Side-L 呪い
「それでは表彰式を始めたいと思います」
会場に茜指す時刻になり、表彰式が始まった。
武舞台に上った各ランクの優勝者を、僕はオラク達とは離れた場所から見つめていた。オラクの殺気に当てられ気を失ったシルフィーネさんは医療室で眠っている。
「まずはグラハム殿下よりお言葉を賜りましょう。殿下、よろしくお願いいたします」
北面の席に座っていた王子は頷き、おもむろに立ち上がった。
「手に汗握る攻防、誠に心踊らされたぞ! かように強き中枢魔法協会の戦士達がいる限り、王国は安泰だろう。これからも怠らず、鍛錬に励んでほしい!」
王子が座ると、パチパチと拍手が浴びせられた。
「続きまして、ドラゴニカ家次期当主、アルベルト・H・ドラゴニカ様より、各ランクの部優勝者に賞状と優勝賞品が授与されます」
司会がそう言うと、賞品を抱えた数人のスタッフと共にアルベルト兄さんが入場してきた。
いつの間に下に行っていたんだろうか。
「Eランクの部優勝者、クッソ・ザコタ選手には魔盾・デルが授与されます!」
にわかに会場がざわつく。
武器に魔法の術式が施された、いわゆる魔武器はとても希少なものだ。それを手にするだけで、一般人でも鍛えられた兵士並には戦えるようになると言われている。超一流と言われる技師が一年間かけて作るとの噂もある。
そう滅多にお目にかかれるものではないのだ。観客がざわつくのも無理はない。
兄さんはスタッフから優勝賞品を受け取り、一言二言ねぎらいの言葉をかけながら優勝者に渡していく。
姉さんの番になり、僕は両目に“竜眼”を発現させた。
少しでも怪しい動きを見せたら斬りかかる。兄さんはこっちの味方であるかのような言動をとっていたけど、どこまで信用できることか。
「Aランクの部優勝者、オリビア選手には魔剣・ディバイドが授与されます! またの名を【分裂剣】というディバイドは、初代の聖魔導騎士団長が使っていたとされる一品です! 今回の優勝賞品の中でも間違いなく至高の一品が今、兄から妹へと手渡される!」
司会の説明の後、姉さんは魔剣を受け取る。じっと目を凝らしてみるが、呪いが仕込まれているのかどうかまではわからない。魔剣には特殊能力を発揮できるよう、術式が刻まれているせいだ。
ただ、微かに眉根を寄せた兄さんから魔剣を受け取った瞬間、姉さんの魔力が揺らいだような気がした。
……気のせい……か?
いくら眺め続けていてもこれ以上は情報を得られそうになかったので、僕は“竜眼”を解除した。
「優勝者の皆さん、本当におめでとうございます! 会場の皆様、今一度優勝者の方々に大きな拍手をお願いします」
万雷の拍手が沸き起こる中、僕はそっと立ち上がった。
すぐに姉さんに接触できるよう、外で待っていよう。
そう思って観客席から去ろうとした僕の足は、司会の言葉によってピタリと止まった。
「ただいまをもちまして、王立魔法機関・中枢魔法協会主催、第13回 御前試合を閉会いたします。なお、各ランク優勝者はこの後グラハム殿下の御屋敷にて祝勝パーティーがございますので、どうぞご家族やご友人をお誘いの上、参加いただきますようお願いいたします」
祝勝パーティー……?
バッと王子の方を振り向けば、彼は下卑た笑みを湛えて武舞台を見下ろしていた。
まさか姉さんに何かするつもりなんじゃ……。
……わからない。何もわからない。だけど、行かなくては。姉さんを一人で行かせるわけにはいかない。
気を引き締めて、僕は観客席を後にした。
◆ ◆ ◆
表彰式の後、僕はオラク達や姉さんと再会し、王宮内のベンチに腰を下ろして話し合っていた。
「身体に異常はないのか?」
「ええ、特には……」
「本当か?」と姉さんの身体に伸ばしたオラクの手首を掴む。
「触るな。一瞬でも姉さんの身体に触れたら、君の手首を斬り落とす」
「あ、ああ。悪かったな」
殺気を放って威圧すると、彼はおとなしく手を引いた。
「優勝賞品は魔剣とのことであったが」
自分も魔武器を持っているから興味があったのか、セラフィスが静かに尋ねる。
「あ、はい。これです」
姉さんが傍らに置いてあった鞘から剣を抜くと、薄暗いオーラを纏った刀身があらわになった。
一見してごく普通の剣、って感じだけど。
呪いの術式が描かれた冊子を取り出したオラクがじっと刀身を見つめる。じっと、1分、2分と。
瞬きもしないほど集中する彼の雰囲気に呑まれ全員口を閉ざしたが、その静寂も長くは続かなかった。
「ここにいたのか娘よ……」
空気をぶち壊したのは、褐色の瞳を持つ金髪の男。僕の、生物学上の父だった。
その背後にはオーガ兄さんの姿も見える。
ベンチに座っている僕らを見下ろして、彼は続ける。
「この後のパーティーには当然出席するのだろうな?」
「は、はい。あ、でも婚約の件は……」
「無論、貴様が望むのであれば破棄しよう……。それが契約だ」
その言葉に姉さんは顔を輝かせる。
「では、今すぐ王子との結婚はなかったことにしてください!」
ところがその瞬間、【分裂剣】から黒雷が迸り、姉さんに直撃した。意識を手放しこそしなかったものの、姉さんはたまらず膝をついた。
「なっ……何が……?」
「言い忘れていたが、その魔剣には呪いが仕込まれていてな……。どういうわけか、俺の願いに逆らうと罰が下るらしい……。事前にわかっていれば、優勝賞品になどしなかったのだが……」
「……っ!」
やっぱり優勝賞品を提供したのはこの人たちか。なんとなくそんな気はしていた。
「さて、では問うが、王子との婚約は破棄したいのか?」
「もちろんです!」
はっきりと言った姉さんの身体に再び黒雷が襲いかかる。
「これはこれは……。見るに耐えないな。結婚はしたくない。しかし婚約を破棄しようとすれば黒雷が襲いかかる……。これでもまだ、王子と結婚したくないと言うのか?」
温厚な姉さんが歯軋りをする音がはっきりと聞こえた。
姉さんに代わって今すぐにでもこいつらを殴りたい。だけど呪いを解いていない今、殴ったところで何の解決にもならない。
「もう一度言おう。貴様が望むのであれば婚約を破棄する。それが契約だ……」
唇を噛み締め、姉さんは蚊のようなか細い声を絞り出した。
「……結婚…………します……」
それを聞いて、僕の生物学上の父は口角を上げた。
「結婚したいと望むか。なればそのようにしよう……。それが、契約だからな……。慶事は早く発表するに越したことはない。この後のパーティーで貴様と王子の婚約を発表する。それまでに身だしなみをととのえて、気持ちの整理をしておくことだ……」
そう言い残すと、2人は外套を翻して去っていった。
「姉さん、大丈夫?」
「はい……なんとか」
「やっぱり婚約を見直す気なんてなかったんだ」
視界から遠ざかっていく彼らを睨みつけながら、僕はポツリと呟いた。
「奴らを殴り飛ばして考えを改めさせるしかないな」
「その前に姉さんの呪いを解かなきゃでしょ。今のだって、オラクがさっさと解呪してれば姉さんは苦しむことはなかったのに」
「それは素直に申し訳ない。だが慎重に事を運ばないといけないんだ。少しでもミスをしたら、呪いを解くどころかかえって苦しませることになりかねない」
そう言ってオラクは再び魔剣と冊子とを見比べる。
「一応訊くけど、姉さんから魔剣を離しても呪いの効果は出るんだよね?」
「出る。なんなら試してみるか?」
「いや遠慮しておくよ。姉さんを傷つけるとわかってて、僕が試そうとするとでも?」
「思わない」
うん。よくわかっていらっしゃる。
「まあ何にせよパーティーには行かないとね。王子との婚約が発表されるのを阻止しないと」
「パーティーまでに呪いを解けなかった場合、会場にオリビアがいないとまた黒雷が襲いかかるだろうしな」
「間に合わないの?」
「さあな」
と言いつつも、彼は魔剣を手にとって鐔の部分に魔力を流し込んだ。
パキン、パキン、と小気味よい音が響く。
やがてひときわ大きな音がしたかと思うと、魔剣から黒い電撃を伴った魔力が弾け飛び、虚空へと消えていった。
「よし、うまくいった」
満足げに頷いたオラクは魔剣を僕に投げ渡してきた。
「呪いの術式だけを破壊した。魔剣としての効果は残っているはずだ」
2歩下がって軽く剣を振る。そうして手に馴染ませてから魔力を注いでみると、なるほど。彼の言う通り魔剣としての効果が顕現した。
「なるほどね、これで【分裂剣】というのか」
呟く僕の正面には、手に握られた魔剣ディバイドとは別にもう一本、まったく同じ形の剣が滞空していた。
ふっと魔力の供給を止めれば、宙に浮かんでいたディバイドが霧のように消えた。
「……これが魔剣。初めて見ました……。……あ! その前にお礼を言わなくては! オラクさん、ありがとうございます」
ぼんやり様子を見ていた姉さんは勢いよく立ち上がり、オラクに頭を下げる。
「僕からも礼を言うよ」
「礼なら金髪眼鏡……じゃなくてお前たちの兄に言ってくれ。彼が冊子を渡してくれなかったら、こんなすぐには解呪できなかった」
「それでも、呪いを解いてくださったのはオラクさんです。本当にありがとうございます」
これ以上謙遜しては悪いと思ったのか、オラクは照れくさそうに頬を掻いた。
御前試合も無事姉さんの優勝に終わり、呪いも解いた。これで第二関門は突破だ。
あとは、婚約を阻止するのみ。
咳払いをしたオラクがベンチから立ち上がり、ざっと僕らを見渡す。
「これからパーティー会場に行き、婚約を阻止する。ドラゴニカ家当主と第二王子に接触し、婚約を破棄するという言質をとる」
「そんなこと言うとは思えないけど」
「無理やりにでも言わせるさ。奴らを叩きのめせば流石に言うことを聞くだろう。後始末は金髪眼鏡に任せればいい」
その金髪眼鏡さんが味方とも限りませんけどね。まあ、異論は無い。
「行くぞ」
皆は立ち上がり、力強く頷いた。