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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-L 月光



「お、女の子!? ていうか魔族!?」



 高原にできたクレーターの中にいた者の正体を確認し、僕は思わず叫んでしまった。


 隕石のようなものを想像していただけに、心の底から驚いた。

 確かに「あああああ」とか叫び声が聞こえたけれど、クレーターができるほどの高度から落下してきたのが少女だとは、誰も思うまい。

 魔族だから頑丈だというのはわかるけど……。


 そう、クレーターの中で苦しそうに悶ている少女の頭に生えている黒い角。これは魔族に特有のものなのだ。

 だから僕は一目で彼女が魔族だと判別できた。



「うぅ……いったあ〜……」


 しばらくクレーターの中の少女を観察していると、少女は腰を抑えながらよろよろと立ち上がった。



「えーっと、大丈夫かい?」


「うへぇっ!?」


 どうにも歩けなさそうなので少女に近づいて手を差し伸べると、少女は肩を震わせて飛び上がった。



「なんだ……人間か──って人間んんん!? ちょっと待ってちょっと待って! ここどこ!? まさか人間界!?」


「そ、そうだけど?」


「うっわー、よりにもよって人間界とか最悪なんだけど……。どうやって帰ればいいのよ」


「いや僕に訊かれても困る」


 やたら声のでかい少女に気圧されて言葉を絞り出すと、なぜかがっかりした表情を返された。

 何か想定外の事態が起きて人間界に来たのだろうか。彼女は呆然とため息をついた。


 まあこの様子なら怪我はなさそうだし、この子は放置して帰るか。


 そう思い無言かつ無表情でその場を立ち去ろうとすると、首の根っこを勢い良く掴まれた。



「ま、待って! 置いてかないでちょーだい!」


 何事かと振り向くと、今にも泣き出しそうな顔で少女に懇願されてしまった。


 苦痛に顔を歪めたり驚いたりがっかりしたり、泣きそうになったり。なんて感情豊かな子なんだ。という言葉を飲み込んで、今度は僕がため息をついた。



「なんで」


「寂しいじゃない! 人間界(こんなところ)にひとりぼっちでいるなんて! お願いだからアタシも連れてって!」


「どこに?」


「んーっと、あんたの屋敷?」


「え、そんなの無理に決まってるじゃん」


 初対面の男に向かって何てことを言うのだこの少女は。だいたい僕の家は屋敷っていうほど広くないし、魔族を連れて帰ったら面倒な事が起きるに決まってる。

 家に連れて行くだなんてとんでもない。そんなこと誰が許可するものか。



「お願い! アタシ今お金も持ってないし食べ物も持ってない。服もこれしかないの! このままじゃ野垂れ死んじゃう!」


 瞳同様真紅に染まったローブをつまんでそう言うが、生地のツヤといいシンプルなのにどこか気品のあるところといい、彼女の羽織っているローブは随分高価そうだ。これならばローブを売って数日分の食費なり宿代なりを得ることが可能なのではと思う。

 僕は意地悪なので彼女には言ってやらないが。



「僕に言われても困るよ。あと僕は今から協会の本部に行って報告とかしなきゃいけないから、忙しいんだ。悪いけどこれ以上君に構っていられない」


「え!? じゃあ何で最初アタシに手を差し伸べたの!?」


「立ち上がるのを手伝ってあげようと思っただけだよ。じゃあ、僕は急ぐんで。気をつけて帰るんだよ」


 呆気にとられる少女を尻目に、僕は手を振ってその場を離れた。



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜。なんやかんやで少女が気になった僕は、日課となっている夕食後の読書を終えてから、魔物を討伐した場所であり魔族の少女と遭遇した場所でもある高原へと再び赴いた。赴いたのだが……



「なんじゃこりゃ」


 少女がいるであろうクレーターの付近には十数の魔物と、人間の姿があった。


 魔物の方は何者かに操られ、ひたすらその何者かを守ろうとしているように見える。人間の方は何十人もの集団で全ての魔物を殲滅せんと躍起になっている。

 鎧を着用した騎士と思わしき人もいるが、見知った顔の人も多いため協会の人物がほとんどのようだ。



「とりあえず状況把握に努めないと……と言ってもなんとなく想像はつくんだよね」


 呟きつつ高原のより高台に登っていく。顔見知りの人に状況を確かめるのが早いような気もするけれど、戦闘中で神経を尖らせている人の邪魔をしてはいけない。

 それに魔物を操っているであろう人物に話を聞くのが一番だろうということで、戦闘地帯を迂回して進んでいく。


 しばらく歩いていくと、常人の視力では戦闘地帯がギリギリ見えるかどうかというところに草むらが見えてきた。目を凝らして辺りを見渡すと、十数歩離れたところに小さい人影が見える。



「やっぱり君だったね」


 人影に近づき肩を叩くと、人影はエビみたいな動きで僕から距離をとった。


 月明かりがその人影を照らすと、ピアスのついた福耳に真紅の瞳を持つ、ローブを羽織った少女の姿が浮かび上がった。


 そして月明かりを反射する短い銀髪の中には夜に紛れる黒い角が生えていた。



「っ! さっきの薄情な人間! 何の用よ!」


「用っていうか……ただ君のことが心配になって来たんだ」


「何よ今更! 話し相手がいなくて寂しかったんだから!」


 反抗する意思を見せながら可愛いことを言う少女に思わず吹き出してしまう。魔族とはいっても見た目は12、3歳くらいの可憐な少女ゆえ、年相応に怖がったりはするみたいだ。



「ちょっと、何で笑うの!?」


「ごめんごめん。あまりにも可愛いこというから、つい」


「かっ、可愛いって……っ! は、恥ずかしいこと言わないで!」


 頬を赤らめむくれる少女。そんな態度もまた可愛らしく見える。僕が魔族であったならば、恋をしていたかもしれない。



「まあまあそんなに照れないで。顔真っ赤だよ」


「あ、あんたが余計なこと言うからでしょうよ! ていうか何? この暗い中アタシの顔が見えてるわけ!?」


「はっきり見えるよ。僕の目は特別製なんでね」


「……特別製? まあいいか。それよりアタシの質問に答えて。何の用?」


 いやだから心配になって来たんだってば。


 そう言っても信じて貰えなさそうなので、なんと伝えれば良いか思案する。あの時少女を置いていくべきではなかったかな。


 んー、本当に何て言えば……。




「君のことが気になったから?」



 結局同じことを言った。




「も、もうっ! 調子狂うなあ! アタシのことを口説こうとでもしてるの!?」


 こういうのに慣れていないのか、何やら勘違いを起こして少女の顔は熟したリンゴみたいになる。


 口説こうなんて、そんなつもりは毛頭ないんだけどね。



「ってぁあ!? あの子達やられちゃった!」


 面倒な事になってきたな……と本日2回目のため息をつくと、少女が突然叫んだ。

 “あの子達”というのは、下で戦っていた魔物のことだろう。



「なんか悪いことしちゃったみたいだね。ところで魔物を操っていたみたいだけど、どうして? ――って、聞くまでもないか。黒い角から流れ出る膨大な魔力。その魔力によって自分の存在がバレないように、魔物を使って人間が高原に近づかないようにした……ってところかな」


「あんたに見破られると悔しい……。……その通りだけど」


 やっぱりね。


 しかしその策はあまり上策ではない。あまり徒党を組まない魔物が大量に高原に集まっているとなると、魔物が何者かに操られているのでは?と考える人が出てきてもおかしくはない。

 魔族が周囲2、3km圏内にいる魔物を操れるということは僕たち人間にとって周知の事実なので、近くに魔族がいるという予測を立てる人が少なからずいるのでは、と思う。


 まあ伝えなくても問題はなさそうなので少女には言わないでおく。いちいち自分の考えを伝えるのが億劫だっていうのもあるし。



「あぁそうそう。僕の家に来たかったら来てもいいよ。風呂も沸かしてあるから体を温めるといい」


「えっ? いいの?」


 ふと言おうと思ってたことを思い出し少女に伝えると、予想だにしていなかったようで少女は目を丸くした。



「女の子が野宿っていうのも可哀想だしね。昼間はあんなこと言ったけど、僕のせいで君に何かあったら寝覚めが悪いし」


「あ、ありがとう」


 本当は魔族と関わりたくなんかない。絶対面倒な事になるから。けれども困っている人を見捨てるのも……という思いから、しぶしぶ家に泊めてやるのだ。


 照れつつ感謝の気持ちを述べた少女を見て、面倒事が嫌いな僕らしくないなという考えはどこかに消え去った。



「それじゃ、行こうか。えーっと、名前は……」


「ルナ・ジクロロ・サタン。ルナでいい」


「ルナね、覚えた。じゃあ行こう、ルナ」


「ちょっと待って、まだあんたの名前聞いてない!」


 手を差し伸べてから彼女に指摘され、そうだった、と手を引っ込める。

 あまり気乗りはしないけど、少女――ルナがフルネームで名乗ったのだから僕もフルネームで名乗ろう。



「僕は王立魔法機関・中枢魔法協会(セントラル)のランクD協会員、ライト・ドラゴニカ。ライトと呼んでほしい」


 ルナの髪のように銀色に輝く月の下、僕は静かに名乗った。


 

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