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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第二章 この手に自由を
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Side-L 愚者に裁きを


 中枢魔法協会セントラルの御前試合まで、残り一週間を切った。


 姉さんは今、魔王城の北の庭で試合に向けてルナと模擬試合をしている。特に鍛える必要もないと思うんだけど、やはり気持ちが落ち着かないらしい。

 僕はというと特に何をするでもなく、2人が汗を流すのをフェルと一緒に眺めていた。


 そのまましばらくぼんやりしていると、カップを2つ持ったオラクがやって来て隣に腰を下ろした。



「紅茶で良かったか」


「うん、ありがとう」


 彼からカップを受け取り、息を吹きかけてからほんの少しだけ口に含む。



「本当に兄さんのことを信用してもいいのかな」


 数日前オラクから聞いた話を思い出し、僕はポツリと呟いた。



「なんだ、まだ気にしていたのか」


「だって都合がよすぎるでしょ。オラクが屋敷を探りに行ったら、兄さんがたまたま屋敷に居合わせて、呪いの術式を渡してくれるなんて」


 言いながらそっとフェルの頭を撫でる。



「騙そうという意図は感じられなかったぞ」


「アルベルト兄さんは昔から感情を表に出さない人だった。いわゆるポーカーフェイスってやつなのかな、他人には決して真意を悟らせない。オラクも騙されてるかもしれないよ」


「嘘を言ってるようには見えなかったがなぁ……」


 屋敷での出来事を思い出すように、彼は一つ息を吐いた。



「まあいい。呪いを解くことも大事だが、その先のことも考えないとな」


「先のこと?」


「オリビアとルナが来たら話す」


 他に話すことはないのか、彼はそのまま黙りこくってしまった。


 しばらくして姉さんとルナの試合が終わった。勝ったのは姉さんだ。

 対近接戦闘が苦手だと言っていたけれど、なんとか克服できたみたいだ。


 2人が近づいてきたのを見て、オラクはおもむろに口を開いた。



「オリビアとライトに質問だが、父親のことをどうしたい?」


「え? えっと……どういうことですか?」


「オリビアが御前試合で優勝して、呪いも解き、無事婚約を破棄できたとする。その後父親をどう処罰するかについてだ」


「処罰だなんて……」


 考えもしなかったという様子で姉さんはうつむく。



「僕はあんな人間いなくなった方が世のためだと思う」


「つまり彼岸に旅立ってほしいと」


「ずいぶん婉曲に言うね」


 フッと口の端に笑みを浮かべる。

 死んでくれるなら、それに越したことはないんだけどね。



「でも処罰ったってどうするのさ。まさか君が殺すわけにもいかないだろ? ドラゴニカ家だけじゃない。エントポリス王国全体を敵に回すことになる」


 そう指摘すると、彼は「わかってる」と頷いた。



「処罰しても誰からも文句を言われない、うってつけの人物がいるだろう」


「…………兄さんか」


「ああ」


「信用しないほうがいいのに」


 ため息混じりに呟くも、華麗にスルーされた。



「で、オリビアはどうしたい。弟は父親の死を望んでいるみたいだが」


 姉さんは数秒逡巡してから、おずおずと口を開いた。



「わたしは表舞台から退いてくれればそれで……。もう自由を奪われるのも嫌ですし、領民の皆様に辛い思いもしてほしくありませんから……。アルベルトお兄様に家督を譲ってくだされば、少なくとも領民の皆様は今よりも楽な暮らしになると思いますので」


 そっか、領民のことも……ね。

 ドラゴニカ家の屋敷は王都にあるけど、ちゃんと地方に領地もある。そこで暮らす領民の生活は酷いものだ。重い税や労働を課せられ、息をつく暇もない。王国の中でも幸福度が低い領地として知られている。

 それもこれもすべてあの人のせいだ。

 アルベルト兄さんに当主の座が降りてくれば、多少はマシになるだろう。



「姉さんがそれでいいのなら、僕も死までは望まない。家督を譲って謹慎処分ってところが妥当なんじゃないかな」


「そうだな。金髪眼鏡に伝えておこう」


 金髪眼鏡ってもしかしなくても兄さんのことか。



「にしてもずいぶん気が早いね。未来さきのことばかりに目を囚われて足元をすくわれなきゃいいんだけど」


「すくわれるのか?」


「……別に。家の人達になんて負けるわけがない」


「ならいいだろう」


 うーん、そういう問題かなあ。まあいっか。



「ところで呪いの解析は順調?」


「概ねは。ただ術式が複雑だから、どうしても読み取るのに時間がかかるな」


「御前試合までには間に合うの?」


「五分五分だな」


 ダメじゃん。

 君は魔王でしょ。もうちょっとしっかりしてくださいよ。



「本当に足元すくわれるよ」


「わかってる。善処はするさ」


 大丈夫かな……。オラクは呪い専門職の人並に詳しいらしいから、素人の僕は口出しできる立場じゃないんだけど、なんか心配だな……。



「人の心配ばっかしてるけど、あんたこそ大丈夫なの?」


 先行きに一抹の不安を抱えていると、水筒の水をゴクゴクと飲んでいたルナが口を挟んできた。



「何が」


「あんたも御前試合に出るんでしょ?」


「いや出ないけど」


「えっ、そうなの!?」


 信じられないとルナは目を丸くする。



「だって賞金が出るんでしょ!? 絶対出た方がいいじゃない!」


優勝者には(・・・・・)ね。でも貴族が見てるからどうも乗り気になれないんだよね」


 五大貴族、すなわちドラゴニカ家の目がある中で戦うなんて絶対に嫌だ。



「それにDランクの部で優勝しても大して賞金は出ないし」


「だったら昇級すればいいじゃない。っていうか何? ランクごとに別れてるわけ?」


「うん。でないとランクのかけ離れた人同士がぶつかることになる。Aランクの人とDランクの人を戦わせるのはさすがに酷でしょ」


「あんたならランクなんて関係なしに勝ち進みそうだけど」


 違いない。姉さんには勝てないかもしれないけどね。



「さて、そろそろ講義の時間だから行かなくちゃ」


 腰を上げて、ティーカップをオラクに返す。



「そういえば今日もか。ライトもオリビアも忙しいところ悪いな」


「いえ、皆さんの喜ぶ顔を見るとわたしも元気をもらえますので、全然苦痛ではないですよ」


「僕はただの助手だから大して体を動かさないし、忙しくもないから。それに僕がどんな状態であれ、姉さんを助けるためならどんな苦労も厭わない」


 はっきり言い切ると、ルナが侮蔑の視線を向けてきた。



「シスコン」


「君も同類じゃないかブラコンちゃん」


「はぁあっ!? アタシとあんたを一緒にしないでくれる!?」


「じゃあ何か、君はお兄さんのことを好きじゃないと」


「え、いや……それは…………好きだけど……」


「じゃあ同じじゃん」


 言い返すことができずに、ルナはぐっと押し黙る。

 フェルが「これ以上はやめて」と目で訴えてきたので、口撃もそこそこに彼女に背を向けて歩き始めた。



「……いつか絶対ぶっ飛ばしてやるんだから!」


「はいはい」


「手を洗って待ってなさい!!」


「首ね」


 顔を真っ赤にしたルナに手を振りその場を去る。

 僕とルナのやりとりをハラハラと見守っていた姉さんもサタン兄妹に頭を下げ、フェルと共に僕のことを追いかけてきた。



 ◆ ◆ ◆




「ご清聴ありがとうございました」


 姉さんがお辞儀をすると、万雷の拍手が沸き起こった。今回も講義は大成功だ。


 血行が良くなれば魔力の出も良くなる。ゆえに魔法の鍛錬において一番大事なのは体を柔らかくすることだ、という姉さんの理論を体感した兵士達の話が話を呼び、今では北庭を埋め尽くさんばかりの聴衆が姉さんの話を聞き入っていた。


 もちろんそれだけではなく、他にもすばやく魔法陣を展開する方法や効率のいい魔力の練り上げ方なども解説したがために、これほどまでに盛況になったのだ。



「先生! 今回もとても素晴らしいお話でした!」


「懇切丁寧に教えていただき光栄です!」


「先生は実は人間なのではという噂が流れているのですが、噂は本当なのでしょか!?」


 講義が終わっても、話を聞いていた兵士達のうち3分の1ほどは残って姉さんに感謝の言葉や質問をぶつける。


 純粋に魔法に関する質問だけならいいんだけどね。一部変な声が混じっている。



「えっと……あの、詳しいことはオラクさんに……」


「魔王様に尋ねても答えをはぐらかされてしまうのです。どうか先生御本人から説明をお願いします!」


「先生は魔王様の女であるという話も聞いたのですが、本当ですか!?」


 一部じゃなかった。結局は全員変な質問に帰結していく。



「ち、違いますっ。それは誤解です」


「ということはフリーですよね!?」


「よろしければそれがしと……!」


「いえ私めと!」


「いやいやワイと」


「ストップ、そこまで」


 もう見ていられなかったので、人の輪に割って入って質問を終了させる。



「姉さんに近づこうとする奴は、この僕が斬って捨てる。たとえ魔王が相手でもだ。わかったらさっさと帰って」


 鋭い眼光で姉さんを囲んでいた兵士達を睨みつけると、彼らは一目散に逃げていった。


 まったく意気地なしばっかだなぁ。本気で姉さんの心を捕らえたいんだったら、ここで食い下がろうという気概を見せてほしいものだ。



「姉さん大丈夫?」


「え、ええ……」


 ふぅと息を吐いて、姉さんは伊達メガネを外した。そして髪を耳にかけ、黒板のサイズを縮小させる。

 その一つ一つの所作は、どれをとっても美しい。


 やはりこの世に姉さんより美しいものなんて存在しない。


 そう確信し、これからも姉さんに近づく不届き者を追い払わなねばと決意を新たにしていると、背後からドスの利いた声が聞こえてきた。







「変態」


「なんで君はいつも僕の幸せな時間を奪おうとするのかな」




 

 ルナはいつの間に来てたんだって話ですよね。

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