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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第二章 この手に自由を
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Side-O 第三勢力


「呪いを?」


「うん。兄さんの言うことだから信用はできないけど」


 一番最後に時計台へとやって来たライトは、到着するなりドラゴニカ家当主がオリビアへ呪いをかけようとしているという話をした。

 人を人とも思わぬ仕打ちに、一同の表情が暗くなる。


 仮にも父たる者が、娘にそこまでするのか。



「娘を犠牲にしてでも権力を広げたいということであろう。真偽は定かではないが、ドラゴニカ家はいずれ王権を乗っ取るつもりだという話を聞いたことがある。王子と婚姻関係を結べば、一段とその夢に近づくというものだろう」


「王権を乗っ取るか……。王家に次ぐ権力者と称されるドラゴニカ家が目指すとすれば、次は当然王になることだろうからな」


 神妙な面持ちでセラフィスが頷く。

 こいつも相当頭にきてるみたいだ。ただでさえ不機嫌そうな顔をしているというのに、眉間の皺がいつもよりも深くなっている。

 子供が見たら泣き出しそうだな。



「姉さん、今回は御前試合に出るのはやめようよ」


 姉をいたわるようにライトが言ったが、オリビアは小さく首を振る。



「それができないのです。先ほどお父様と話し合ってきましたが、『2週間後の御前試合で優勝すれば好きにしてもよい。しかし欠場したり優勝できなかった場合はおとなしく王子と結婚してもらう』と仰っていたのです。その条件を飲むという契約の魔術も交わしてしまいました。

 呪いのことが事前にわかっていれば契約しなかったのですが……」


「……じゃあ否が応でも試合には出なくちゃ行けないのか……。それにしてもどうやって呪いを……」


 2人のやりとりにふと疑問が浮かび、俺は口を挟む。



「御前試合とかいうのはレベルは高いのか?」


「高いっちゃあ高いけど、姉さんが優勝するのなんてわけない」


 なるほど。だからオリビアは条件を飲んだのか。


 ライトが黙り込むと、同じようにじっと考えていたハルバードが何かに思い至り、すっと手を挙げた。



「優勝者に景品は出るのでしょうか」


「いいや、今までは優勝賞金だったけど……。でも今回も景品がないとは言い切れない」


 そこで、ライトもハッと目を見開いた。



「そうか、景品に呪いを仕込めば姉さんが優勝すれば呪いをかけられるし、優勝できなかったらできなかったで結婚に持ち込むことができるのか。まあ優勝できないなんてまずありえないことだけど……。……くそっ、やっぱり姉さんの意思を尊重するなんて嘘だったんじゃないか」


 ふむ、そういうことか。よくもまあ姑息な手を思いつくものだな。呆れを通り越して感心してしまう。



「だったらやっぱり出ないほうがいいんじゃないの? 呪いか政略結婚、アタシだったら呪いの方が嫌だけど。それに無理やり結婚させられたとしても、転移魔法とかで抜け出しちゃえばいいんだし」


「そうですね……」


 考えているように見せかけ、オリビアはぼんやりとうつむく。

 親にこんな扱いを受ければ当然傷つくだろう。



「もういっそ魔界に移住するって手も考えられる」


「サタン様!? そればかりはいくら何でも……。東の魔王領に新たな火種を持ち込むことになりますぞ!?」


「でも人間界にいる限り、どこに逃げようともオリビアには奴らの追手が迫るだろう。それにもう既に2週間は魔王城で暮らしたじゃないか。今までこれといって問題は起きなかったろ?」


「今までとは状況が異なります。これまで魔界に侵攻してこなかったのは、オリビア殿の居場所がわからなかったからにございましょう。ですがサタン様は一度そのご尊顔をドラゴニカ家の人間に見られております。口実を付けて侵攻することなど容易いのではありませんか?」


 もっともだな。戦争になるのは俺も避けたい。

 こうなると、別の切り口から攻めるしかないか。



「魔界に匿うのが難しいのなら、オリビアには試合に出てもらうしかないな」


「ちょっと、それは聞き捨てならないね。相手の意図がわかっているのにも関わらず姉さんを試合に出させようっての? そんなことをするぐらいだったら、僕はルナの意見の方がマシだと思うんだけど」


「落ち着けライト。何も呪いにかかれなんて思っちゃいない。対策は立てる」


「どんな」


 一旦呼吸を整えてから、俺は静かに口を開いた。



「屋敷に忍び込んで、どんな呪いをかけるつもりなのかを探る。呪いの種類や術式がわかれば、分析して解呪することができる」



 ◇ ◇ ◇




「よし、行くぞセラフィス」



 3日後、俺とセラフィスは幻術で顔を偽装し、ドラゴニカ家の屋敷前まで来ていた。

 “魔王の糸”に集めてもらった情報によると、今日この時間帯が一番守りが手薄なのだ。当主もオリビアの兄であるオーガ・ドラゴニカもおらず、長兄も聖魔導騎士団の仕事でいないらしい。


 ちなみにオリビアやライトらは魔王城でお留守番だ。ライトの自宅は何重にも結界を張ってあるそうなので、彼は魔王城で暮らす必要はないと言っていたのだが、ここ1、2週間でオリビアの魔法講義が人気になってしまい、3日に1回講義を開くことになったのだ。その関係で、彼女らには魔王城で生活してもらっている。



「魔界一の幻術使いであるハルバード殿もいればよかったのだが」


「そうだな。けど人数が多すぎても怪しまれるだろうし、あいつは魔物の個体数の調査隊を編成したりで忙しいから仕方ない」


「確かに。魔王陛下の言う通り2人が最適であるか」


 頷き合い、俺たちは幻術で兵士の服装になり、屋敷の門をくぐる。


 建物の構造はオリビアに教えてもらい、全て頭に叩き込んである。

 俺たちは迷うことなく、呪いに関する情報が隠されていそうな部屋を漁った。


 一部屋目は……ない。

 二部屋目は……ない。

 三部屋目も、四部屋目もない。


 今度こそはと思いながら五部屋目を漁っていると、突然部屋の扉が開いた。



「貴方達、一体何をしているんですか」


 慌てて振り向けば、騎士団の仕事をしているはずの長兄の姿があった。

 眼鏡の奥から覗く瞳には殺気が込められている。



「おかしいな、仕事中と聞いていたんだが」


 さり気なく内ポケットに手を入れると、金髪眼鏡の眉がピクリと動いた。



「その声は……」


 最後まで言わせずに一本の注射器を取り出す。同時にセラフィスは転移魔法陣を展開し、俺の退路を確保する。

 刹那の間に金髪眼鏡に肉薄し、彼の細い首筋に針を打ち込もうとしたがしかし、彼は瞬時に抜剣し注射器を真っ二つにした。



「お待ち下さい。自分に敵意はありません」


「……本当か?」


「ええ。ですから、素顔を見せてくれませんか」


 彼は剣を捨て、両手を上げる。瞳の奥に秘められていた殺気も霧のように消え失せた。

 本当に敵意はなさそうだ。もし妙な素振りを見せたら、セラフィスと2人がかりで取り押さえればいいだろう。


 俺とセラフィスは頷き合い、幻術を解除した。



「やはり貴方達でしたか。黒角が生えているところを見ると、【東の魔王】とその配下【穿空せんくう】で間違いないでしょうか」


 俺は静かに首肯する。


 まさかセラフィスのことも知っているとは。



「こいつの顔も手配書として出回っているのか?」


「いえ。自分は少々魔界にもツテがあるものですから」


 彼はポケットから数枚の紙を取り出し、こちらに差し出してきた。



「申し遅れました。ドラゴニカ家次期当主。アルベルト・ヒッグス・ドラゴニカです」


 紙を受け取り握手を交わす。



「味方と見ていいのか?」


「今回に限れば構いませんが、自分のことはどちらの側でもない、第三勢力と考えていただければと思います」


「なるほど、覚えておく」


 紙を開けば、そこには複雑な術式と魔法陣がいくつも描かれていた。



「父上は御前試合の優勝賞品に呪いを仕込むつもりでいます。賞品がどのようなものなのかは自分にもわかりません。しかし、術式さえわかれば何とかなるはずです」


「たしかにそうだが……まさか次期当主ともあろう者が協力してくれるとはな」


「信用できませんか?」


「そりゃな」


 金髪眼鏡・アルベルトは一考すると、禍々しい漆黒のブレスレットを取り出した。



「であるならばこれを。契約者に逆らうことができない呪いが組み込まれています。ただし、御前試合が終わるまでの期限付きですが」


「これをお前の手首にはめればいいのか?」


 躊躇いもなくアルベルトは頷いた。



「じゃあやるぞ」


 ブレスレットに魔力を注ぎ、俺の魔力を契約主として刻み込む。一瞬光を放ったそれを彼の手首につけ、契約が完了した。


 一つ息を吐き、アルベルトは剣を拾い上げると腰へ収めた。



「一つ訊いてもいいか」


「何でしょう」


「どうやってこの術式を手に入れた?」


「強力な味方がいますので」


「そうか」


 なぜアルベルトが解呪しようとしないのかは問うまい。

 呪い関連の知識がないとも考えられるが、何より彼も表立って父親に逆らうことができないのだろう。だからこそこっそり俺に接触してきたに違いない。



「じゃあこれはありがたく頂いていく。探す手間が省けてよかったよ」


 彼は小さく頷く。



「どうか、オリビアのことを頼みます。……と言っても、ライトは信用してくれないでしょうが」


「仲が悪いのか」


「ええ、まあ……」


 オーガのように、ライトのことを嫌っているようには見えない。些細なトラブルがきっかけで疎遠になったのだろうか。

 仲直りの手助けをしてもいいが、さすがにおせっかいが過ぎるだろう。それに何より面倒くさい。


 これは彼らの問題だ。解決は本人達に任せよう。


 頭を下げるアルベルトに手を振り、俺はセラフィスと共に転移の光に包まれた。


 

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