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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第二章 この手に自由を
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Side-O 決断する勇気


「“災厄の世代”?」


 遠巻きにオリビアの講義を眺めつつ、ルナと話をしていたライトが声を上げた。



「そう。史上最強との呼び声高き当代の四人の魔王を総称してそう呼ぶの」


「魔王は四人もいるんだ」


「あれ、知らなかった?」


「複数人いるってのは知ってたんだけど、人間界でよく知られているのは【東の魔王】くらいだから。具体的な人数は知らなかった」


 一旦言葉を区切ったライトは俺の顔を見つめて「史上最強ねぇ……」と呟いた。



「なによ、疑ってるわけ?」


「いや、ただとてもそうは見えないよなぁって思って。この覇気のないイケメンが史上最強とは、言われなきゃわからないよ」


「ふふ、やっぱりお兄ちゃんはイケメンでしょ? やっと理解してくれたみたいね」


「あ、そこに反応するんだ……。さすがブラコンちゃん」


 プツリと何かが切れる音がした。


 激昂したルナが殴りかかり、それをライトが見事な身体捌きで組み伏せる。

 もうおなじみになった光景だ。


 ギャーギャー罵り合いをする、というよりもルナが一方的に罵倒してライトがスルーするというやりとりを尻目に、俺は正面に視線を戻した。


 魔王城に新たな人間が増えてから、一週間が経過した。今日は人間界に行き、オリビアが父親と話し合いをする日だ。



「2人ともそんなに暴れて疲れないのか?」


「全然。こんなお子様を相手にするくらいなら、護衛に支障はない」


「はあぁっ!? 誰がお子様よ!」


「君の他に誰がいるっていうんだブラコンちゃん」


「あんただってまだまだお子様でしょうがシスコン!」


「だってよオラク」


「え? 俺?」


 つい素っ頓狂な声が出てしまった。


 疲れないのかっていう質問をしたはずなのに、なぜこんな話になったのか。



「違あああぁぁぁあああう!! もうヤダぁ、ライト嫌い」


「ありがとう」


 鋭い眼光で睨みつけてから、ルナは俺の腕の中に飛び込んできた。



「お兄ちゃん、こいつのこと懲らしめてぇ」


 半べそをかきながら、甘えるように懇願するルナ。

 どうせ嘘泣きだろう。



「まあ、仲良くやれよ」


「それだけ!?」


 ガバッと顔を上げたかと思えば、がっかりした表情で再び俺の胸の中へ沈んでいった。



「甘えんぼ」


「何か言った!?」


「あ、姉さんに呼ばれたからちょっと行ってくるね」


「スルーするなぁあ!!」


 ライトは立ち上がってオリビアの下へ移動しようする。



「それにしても、お前まで魔王軍を鍛えてくれるとはな」


 そう呟けば、彼は足を止めて顔だけこちらに向けた。



「進んで鍛えたいとは思わないけど、姉さんの意に従うまでだよ」


「そうか」


「じゃあ、本当に呼ばれてるから行くね」


 俺が頷いてみせると、彼は土塊をはね飛ばし、たった一回の跳躍でオリビアの傍らまで飛んでいった。



「ほんっと、顔は中性的なのに、言うことは憎たらしいわよね」


「ルナが棘のあることを言うからだろう」


「お兄ちゃんは知らないだろうけど、アタシが何も言わなくたってさらっと毒吐くんだから。この前なんて胸のことでバカにしてきたのよ!?」


「それは……なんというか、災難だったな」


「一発でいいからあいつのこと殴ってよ〜」


「機会があればな」


 苦笑しつつ、俺の膝に乗ってきたルナの頭を撫でてやる。

 もう16歳だというのに、相変わらず妹は甘えん坊だ。物心つく前に母親を亡くしたせいだろうか。


 魔族は寿命が長いからか、心が成長するのは遅い。だから実際の年齢と精神年齢がちぐはぐなこともしばしばある。

 それにしても、ルナは幼い方だ。


 四天王という立場上、人に見られることも多い。ルナにはもう少し大人になってほしいものだ。


 そんなことを考えながらぼんやりと講義を眺めていると、パチパチと拍手が鳴り響き、熱心に話を聞いていた兵士達が散っていった。

 どうやら終わったみたいだ。



「お疲れ」


 談笑しながら歩いてきたドラゴニカ姉弟にねぎらいの言葉をかけると、オリビアは微笑んで会釈をし、ライトは邪魔されたと言いたげに舌打ちをした。



「今すぐ人間界に行きますか?」


「もう準備はできてるから、オリビアがいいなら行こう」


 ライトも異論はなさそうだったので、ルナを起き上がらせる。



「もうちょっと膝枕したかった……」


「幼女か」


「あ"あっ!?」


 妹は名残惜しそうにあくびをしていたが、ライトの一声で表情が一変する。


 これだけの元気があれば、護衛もこなせるだろう。

 と思ったのだが。



「ねえお兄ちゃん、今さらなんだけどアタシ達が人間界に行く必要ある? セラフィスと“魔王の糸”隊員がいれば十分じゃない?」


 妹の口からは、人間界に行きたくないという気持ちが滲み出た言葉が飛び出してきた。



「……過剰戦力だと言いたいのか?」


「う〜ん、そんな感じ? オリビア本人だって強いんだし、ライトも強いんだから、何か起きても逃げ切れると思うんだけど……。それになんだか面倒事が嫌いなお兄ちゃんらしくないような気がして……」


 ルナに指摘されて、俺は続く言葉が出てこなかった。

 どう答えたものかと顎に手を当てる。



「正直に話した方がいいんじゃないの」


 俺が言い淀んでいると、思わぬところから助け舟が入った。



「何か、隠してるんでしょ」


「……竜伐者ドラゴンスレイヤーにはお見通しか」


「人には言えないけどどうしても行きたい理由がある。そんな顔をしているよ」


 人の心を見透かすような、されど淡々とした様子のライトと目が合う。


 包み隠さず話してしまった方が楽……か。



「人間の街を歩いて、人間たちの暮らしを見てみたいと思っていた。魔王城ここの城下町の地下にあるようなのじゃなくて、人間界にある本物の街を」


 はっと、オリビアの息を呑む音が聞こえた。



「オリビアのように小さい頃から思っていたわけじゃなくて、魔王になってから思ったんだ。魔界にはない技術や仕組みを学んで、魔界を発展させられないかってな。

 セラフィス率いる諜報部隊・“魔王の糸”が人間界には潜んでいるが、見識を広めるためには自分の目で見ることが一番だと思うんだ」


 今まで隠し通してきた本音を洗いざらい話すと、若干心が軽くなったような気がした。



「なら行けばいいんじゃないの?」


「そうだな、だからこそ護衛として――」


「そうじゃなくて、留学するなり旅行するなり、魔王の職は休んで長期滞在すればいいじゃん」


 さも当たり前かのように言って、ライトは一つ大きなあくびをする。



「だが、東の魔王領の魔王トップがそんな無責任なことをするわけには……」


 もう興味を失ったのか、ライトは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 代わりにオリビアが俺の手を掴み、真剣な眼差しを向けてくる。



「そんなの気にしていたらきりがないですよ!」


「……は?」


「責任とか地位とか、どうでもいいとまでは言いませんけれど、一番大切なのは自分の心じゃありませんか? 自分の心を押し殺して生きるなんて、窮屈以外の何物でもありませんよ」


「だけど、俺が人間界に行くのをハルバードが許してくれるかどうか……。先週ライトと対面したのとか、今日の護衛とかとは違って、何週間も滞在するとなればすんなり首を縦に振るとは思えない」


「話し合えばいいじゃないですか。真摯に向き合えば、わかってくれるはずです」


 オリビアの言葉に、俺は何と返していいのかわからなかった。



「ちょっと! 黙って聞いてれば何なのよ2人とも! お兄ちゃんのことを何も知らないくせに! お兄ちゃんがどれだけ苦労してきて、どれだけ頭を悩ませているか知らないからそういうことが言えるのよ」


 代わりにルナが俺の前に立ちはだかって、ハキハキと言い返す。


 ただ甘えてるだけじゃなくて、しっかり俺のことを見てくれていたようだ。俺のために必死になってくれる妹がいるなんて、兄としてこんなに嬉しいことはない。


 だが――



「常に周りの人の気持ちを考えてるお兄ちゃんが、そんな無責任なことできるわけないじゃない! だいたいそう全てがうまくいくわけ――」


「いい。いいんだルナ」


 呼吸を整えてから、優しくルナの肩を叩く。



「でもお兄ちゃん……! こいつらお兄ちゃんの気持ちなんてちっとも考えてない」


「いいんだよルナ。お前の気持ちはありがたい。けど、オリビアの言い分もよく分かるんだ。この機に、人間界で学ぶことを真剣に考えてみる」


 一番大切なのは自分の心。オリビアに言われて思い出した。


 まだ俺が子供だった頃、友にも同じようなことを言われた。


 『自分の心に正直に生きなよ。自分の心よりも大切なものなんてないんだから』


 当時四天王だった親の息子として肩肘張っていた俺のことを、そう諭してくれたものだ。以来自分の心の赴くまま、困っている人や悲しんでいる人を助けるようになった。

 母親に叩き込まれた助け合いの精神こそが、俺の生きる道標だったから。


 いつしか大切なことを忘れていたようだ。



「休暇は取らない。ただししばらく活動の拠点を人間界に移そうと思う。四天王、魔法研究庁長官、各種大臣と相談してみる。それに、ハルバードとマリアにも」


 人間界に行くことについては、魔王不在による仕事の滞りを懸念するよりというより、敵地に乗り込むことを心配する者が多いだろう。ハルバードに限らず、反対の声が上がることは避けられまい。

 しかし反対されたとしても粘り強く交渉するまでだ。それでもダメだったらその時考えればいい。



「オリビアとドラゴニカ家当主の話し合いが終わり次第、皆に相談してみる。今は護衛に集中だ」


「……気乗りしないけど、お兄ちゃんが行くならアタシも行く。人間の街を歩きたいっていうお兄ちゃんの夢を叶えてあげなきゃ」


 ルナはオリビアから俺の手を奪い取り、ギュッと握りしめた。



「お兄ちゃんのことは、アタシが守る!」


「護衛対象はオリビアだぞ」


 俺がそう言うと、妹はふるふると首を振る。



「アタシはお兄ちゃん以外の護衛はしない。ついでにオリビアのことを助けたりするかもしれないけど、最優先はお兄ちゃん。……あんたはあくまでついでだからね!」


 言いながら、ルナはオリビアのことを睨みつけた。


 ついで……か。素直じゃないな。


 ふっ、と笑みがこぼれる。



「念話でハルバードを呼び出すから、その間にオリビアは転界魔法の用意を。セラフィスは既に人間界にいる」


「わかりました」


 念話装置を取り出してから、相変わらず退屈そうにしているライトと転界魔法の用意を始めたオリビア、そしてルナに対し、俺は「ありがとう」と感謝の気持ちを述べた。


 

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