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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第二章 この手に自由を
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プロローグ



 ――13年前、魔界――



 見渡す限り一面に花が咲いているのどかな小川のほとりに、4人の魔族の子供がいた。


 一人は銀髪に、赤と青のオッドアイの少年。


 一人はクセのある短い黒髪に、同じく黒い瞳の、どこか暗い雰囲気の少女。


 一人は他の3人よりもわずかに身長が高い、紺色の髪の少年。


 一人は亜麻色の髪を三つ編みにした、クリッとした瞳の少女。


 4人は仲良く花を摘んだり水を浴びたりして楽しく遊んでいた。

 ところが――



「おい! 魔族の子供を見つけたぞ!」


「こいつは僥倖! 絶対に捕まえてやる!」


 どこからか、馬に乗った騎士の集団が現れた。


 彼らは子どもの姿を視界に捉えると、歪に笑って馬を駆らせた。



「……えっ!? に、人間?」


「なんでこんなところに!?」


 子どもたちは戸惑い、互いに肩を寄せ合う。



「お、お母さんを呼んでくる!」


 黒髪の少女が怯えながらも立ち上がり、助けを呼びに行こうと駆けだしたが、彼女の行く手を騎士達が阻んだ。



「おっとぉ、そうはさせないよお嬢ちゃん」


「ヒャハハハ、子供つってもコイツら相当な上玉だぜ!」


 騎士達は馬を降り、ヌラァッと剣を抜いた。


 黒髪の少女は恐怖に肩を震わせ、3人のところへ戻っていった。

 すると今度は亜麻色の髪の少女が勇気を振り絞り、すっくと立ち上がった。



「おじさんたち、わたしたちに何の用があるんですか?」


 紺色の髪の少年が少女を止めようと手を伸ばすが、彼女は一歩騎士達へ近づく。



「わたしたちに手を出したら、魔王軍がだまってないですよ!」


 毅然と言い放つ少女に騎士達は下卑た笑みを浮かべていたが、彼らの背後から一人の男が歩み寄ってくると、黙って道を開けた。



「それはそれは……。魔王軍を怒らせたら怖いな」


「だったら、今すぐここからいなくなってください!」


「だが、本当に助けは来るのか?」


「……え?」


「ここは街から離れているようだ。偶然魔王軍が近くを通らない限り、貴様達に気づくことはないだろう……」


 言うが早いが、金髪の男は少女の手を掴んだ。



「きゃっ、はなしてっ!」


 そのまま脇に抱えられた少女は必死に抵抗するが、到底大の男には敵わない。

 しかし口角を上げた男がくるりと踵を返して立ち去ろうとすると、彼の背中に小さな火の玉が着弾し、鎧がわずかに焦げ付いた。



「まてっ! ミーナはわたさないっ」


 紺色の髪の少年と、銀髪の少年がその小さな手から魔法を打ち出したのだ。



「これはこれは……。この俺に楯突こうというのか」


「つれて行くならボクをつれていけ!」


「そうか。ならば望み通り全員連れて行ってやろう……」


 男がパチンと指を鳴らすと、騎士達が一斉に子どもたちに襲いかかった。


 それを見届けて、男は馬にまたがり遠ざかって行った。



「っ! まてぇぇぇええええええっ!!!」


「ミーナぁぁぁああああああっ!!!」


 子どもたちは叫びながら手を伸ばすが、騎士達の壁に阻まれてその手が届くことはない。

 子どもたちの叫びも虚しく、少女を抱えた男の姿は、完全に子どもたちの視界から消え去った。



「……ゆるさない。ゆるさないゆるさない許さない!」


 ひと雫の涙を流し、憎悪に染まった銀髪の少年の姿が陽炎のようにゆらりと揺らぐ。

 彼だけではない。紺色の髪の少年と、黒髪の少女も立ち上がり、憎しみのこもった瞳で騎士達を睨みつけた。


 もはや、彼らの心に恐怖という感情はなかった。


 絶体絶命の危機が、少女を失った怒りと悲しみが、彼らの魔族としての魂を呼び覚ます。

 元より天賦の才に恵まれていた3人の子どもの闘争本能が、ついに覚醒したのだ。



「――“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”!!」


「――“陣水刃裂死滅ドルウォス・オーク・レスタ”!!」


「――“黒焉墜星滅撃メテオ・オブ・ジ・エンド”っ!!」


 小さな身体から放たれる、圧倒的な滅びの魔力。

 騎士達は黒き炎に焼かれ、水の刃で切り刻まれ、そして隕石によって押し潰された。



「はあっ……はあっ……はあっ……」


「やったの……かな?」


「……行こう」


 紺色の髪の少年の言葉に、2人はコクリと頷く。

 つい先ほどまでは花が咲き乱れていた、死屍累々が転がる荒れ地を見渡してから、子どもたちは駆け出した――。



「――っ!?」


 が、しかし、死体の山から三本の腕が飛び出し、3人の子どもを捕らえた。

 足を引っ張られて転倒した子どもたちが振り向くと、そこには黒焦げになりながらも致命傷を免れた騎士が3人いた。



「ヒャハハハ、捕まえたぞ!」


「一瞬肝を冷やしたが、何とか生き延びることができたな」


 3人の騎士は立ち上がると、子どもたちのことを羽交い締めにした。



「おとなしくついてきてもらうぞ!」


「くっ……はなせ! ミーナをたすけに行くんだ……!」


「ははは、もうあのお嬢ちゃんは助からねーよ。お館様は変わった趣味の持ち主だからな。いたぶられるだけいたぶられて、最後は黒角をもぎ取られて終わりだ」


「な……っ!?」


 それが何を意味するのか、子どもとはいえ聡明な彼らにはわからないはずもなかった。



「黒角なんてもぎとられたら、ミーナはしんじゃう!」


「よく知ってるねぇ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんの角も同じように取ってあげようか?」


 いやらしい笑みを浮かべた騎士の手が、黒髪の少女の頭に迫る。


 彼女は慌てて魔法を使おうとしたが、3人とも先の魔法で全ての魔力を使い果たしていた。ゆえに、彼女の手からは煙が出るだけで、何を起こすこともできない。



「ははは、力はあるようだけど、所詮は子ども。魔力を使い果たしてくれて助かったよ」


 騎士の手が、黒角まであと数ミリに迫ったその時。



「――“雷刃(らいじん)”」


 バリバリバリと雷鳴が轟き、騎士達の胸を貫いた。



「大丈夫でごわすか!」


 颯爽と姿を現したのは、雷に覆われた槌を持った若い魔族だった。



「あ、ありがとうお兄さん……」


「そんなことより、ミーナをたすけなきゃ!」


「何かあったのでごわすか?」


 顔を見合わせた子どもたちは、優しく声をかけてきた魔族に事の顛末を話した。



 * * *




「申し訳ない!」


 日も傾き、空が茜色に染まる頃。子どもたちの下に戻ってきた若い魔族は膝を突いて頭を下げた。



「見つけることができなかった!」


 子どもたちに話を聞いた彼は、何も言わずに亜麻色の髪の少女・ミーナを探しに行ったのだ。

 しかし、少女も少女を攫った人間のことも、手がかりすらつかめずに終わってしまった。



「そんな……じゃあミーナはもう……」


「ダメだよそんなことを考えちゃ! まだわからない!」


「本当に申し訳ないでごわす。もう少し早くおいどんが来ていれば……」


「……しょうがないよ。お兄さんのせいじゃない。わるいのはぜんぶ、あの人間だ」


 そう言って、紺髪の少年は拳を握りしめた。



「ぅ、うぅ……ぅっ」


 数刻前までは悲しみよりも怒りが勝っていた黒髪の少女は、耐えきれずに頭を掻きむしる。

 ずっと黙り込んでいた銀髪の少年も彼女にもらい泣きをしてしまい、双眸からはとめどなく涙が溢れてくる。



「これ以上ここにとどまっていては、お前さん達も危険でごわす。親御さんの下までお送りいたす」


 もう、ミーナを助けることはできない。


 不幸にもそれが理解できる子どもたちは、静かに頷いた。






 ――後に各個に成長を遂げた子どもたちと、子どもたちを救った魔族は魔族の頂点に上り詰め、史上最強の魔王達――災厄の世代――と呼ばれるようになるのだが、この時の彼らには知る由も、未来のことを考える余裕もなかった――。


 

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