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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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エピローグ


「やっぱりここにいたんですね」


「……オリビアか」


 夜になり、熱くなった頭を冷やすために北面の林で休んでいると、幻術が解けて頭がむき出しになったオリビアがやって来た。


 彼女は藪をかき分けて近づいてくると、俺の隣に腰を下ろした。



「林の中からでも星空は見えるんですね」


「ここだけポッカリ穴が空いているからな」


「とても綺麗です……」


 夜空には、満天の星が輝いている。


 彼女が星空を見上げたのに倣い、俺も寝転がって星空を見上げた。



「今日は、ありがとうございました」


 彼女はまつげを震わせながらポツリと呟く。



「お兄様に捕まった時、どうしていいかわからくなってしまいました。家の兵士たちを前にして手が震えて、婚約のことが頭をよぎり、オラクさんたちが炎に包まれて」


 そういえばライトが、オリビアは格下の者を前にすると抵抗できなくなると言っていたな。



「オラクさんが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたかわかりません」


「弟が助けただろう」


「それは……そうかもしれませんね。でも、ありがとうございます」


 口を開いたが、素直に「どういたしまして」という言葉が出てこない。

 オリビアを助けることができたのは、何も俺一人の力じゃないからだ。



「やっぱり、オラクさんは優しいですよ」


「それは――」


「『反射で助けただけだから、優しいのとは違う』、ですか?」


 にっこり笑ったオリビアに、俺は口を閉ざした。



「初めて会った時、わたしが助けを求めたから反射的に身体が動いていたと仰っていましたけれど、今日はわたし、何も喋っていませんでしたよ?」


 そんなことも言ったっけか。



「目が訴えていた。『助けてくれ』と」


「目……ですか」


「ああ。目は口ほどに物を言うって諺があるだろう」


「……でも、反射で助けたわけではありませんよね? 優しい心を持っていないと、目からその人の気持ちを推し量ることなんてできないと思います」


「さて、どうだか」


 言うことがなくなったのか、オリビアもゴロンと仰向けになった。



「ライトに指摘されてから、ずっと考えていた。なぜ俺はオリビアを守るのか、って」


 ふと、彼女がこちらを向いたような気がした。



「オリビアは俺のことを優しいと言う。でもたぶん、それは違うと思うんだ」


 正直これを話すべきかどうか悩む。誰にも汚されたくない、美しき過去の話だから。



「今は亡き、友に似ていた」


 わずかに視線を横に向けると、オリビアが翡翠色の瞳を見開き、まじまじと俺の顔を見つめていた。



「友は戦乱の最中、俺の目の前で人間に攫われた。俺は友を取り戻そうと必死になったが、あまりにも無力だった。数日後、再会したときには屍となっていた」


 誰かにこのことを明かしたのは初めてだ。ずっと一人で心の内に抱えてきたからな。

 だがもう限界だ。一人で背負うには重すぎる。



「こんなにも命は儚いものかと、こんなにも戦争は虚しいのかと、子供ながらに感じた」


 そしてそれまで以前よりも更に死霊術に没頭するようになった。


 何とか友の霊に会えないものかと、必死に勉強した。勉強して勉強して勉強して。でも、努力が実を結ぶことはなかった。



「もう何も失いたくなかったんだ。仲間も家族も。どうしてか亡き友に似ているオリビアのことも……な」


 ライトに指摘されるまでは気づかなかったことだ。

 無意識のうちに友とオリビアを重ねて、失うことを恐れていたのだろう。


 仮に彼女がドラゴニカ家に連れ戻されていたとしても、死ぬわけじゃない。それでもこの手から離したくなかったのかもしれない。



「だからオリビアを守るのは、優しさからじゃない。失いたくないという、恐怖からだ」


 俺が上体を起こすと、彼女もゆっくりと起き上がった。

 心なしか瞳が昏くなったように見える。



「辛かった……ですよね」


「それはまあ……」


「わたしの胸でよかったら貸しますよ?」


「ん?」


 何のことだと思いながら無意識に目をこすると、手には涙の痕がくっきりと残されていた。



「こりゃ参ったな」


「オラクさんも泣くことがあるんですね」


「悪魔じゃないからな。切れば血が出てくるし、悲しめば涙も出る」


 元々俺は泣き虫だ。妹が生まれてくるまでは、毎日のように泣いていた。



「生きていますよ」


「え?」


 脈絡もなく言い放たれたオリビアの言葉に、俺は顔を上げる。



「その人を忘れない人がいる限り、誰かの心の中でその人は生き続けます。自分の心に問いかけてみれば、きっと答えてくれるはずです。『私はここにいる』と」


 そっと伸びてきたオリビアの手が、俺の顔を優しく包み込む。



「……確かにそうかもしれないな……。……ありがとう。もう、大丈夫だ」


「遠慮しなくていいんですよ?」


「遠慮なんてしてない。それに、胸を借りたら君の弟が飛んできそうだ」


「ふふっ、そうですね」


 涙を拭って、俺は立ち上がった。



「オリビアはしっかりしてるな」


「そんなことはありませんよ。誰だって弱気になる時があるものです」


 そういうものなのか。



「何にせよ、心が軽くなった。ありがとう」


「こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」


「戻ろうか」


 白い息を吐きながら、こくんと彼女は頷く。


 少し寒そうだな。


 彼女の肩にコートを掛けてやり、俺はオリビアと2人、暖かい暖炉が待っている部屋へと歩き始めた。




 * * *



 ――同じ頃、人間界のある屋敷――



「納得いかねぇ!」


 ダンッと激しい音を立てて、ガラスの張られた高級なテーブルが揺れた。



「オリビアを第二王子に嫁がせるって決めたのはオヤジだろ!?」


 拳を握りしめて壮年の男に怒声を浴びせるのは、逆立つ金髪に燃えるような橙色の瞳を持つ、オーガ・ドラゴニカその人だ。



「それが一転して『オリビアの意思を尊重する』だあ? わけわかんねぇよ!」


「オーガ、落ち着きなさい」


「兄貴も何でそんなに冷静なんだよ!? ドラゴニカ家の勢力を一段と広げるまたとない好機チャンスだったんだぜ!?」


 再びテーブルを叩きつけ、今度は兄に食って掛かる。



「オレぁこんなに怪我をしてまで連れ戻そうとしてたんだぜ!? これじゃあ本当の骨折り損じゃねぇか!」


「……息子よ」


 荒ぶるオーガを見かねて、手を組み黙って成り行きを見守っていた、金髪に褐色の瞳の壮年の男性が厳かに口を開いた。



「勝手に騎士団を率いてオリビアを連れ戻しに行ったのも貴様の責任、ライトに勝負を挑んで返り討ちにあったのもひとえに貴様が弱いせいだ」


「……っ! けど釈然としねぇ!」


「けひひひっ、荒れてるねぇ」


 底冷えするような笑い声にオーガが勢いよく振り向くと、黒革のソファに一人の女性が座っていた。

 男心を鷲掴みにする腰まで延びる濡羽色ぬればいろの髪に、同じように漆黒の瞳。目の下には濃いくまが刻まれている。そして髪とソファにまぎれて目立たないが、頭部からは黒い角が生えていた。



「おぇ……まだいたのかよ……っ!」


「あんさん達がアタイに興味を失うまでは、いつまででもいるよぉ」


「お前ぇなんかに最初ハナっから興味はねぇよ!!」


「んん〜? 本当かなぁ? あんさんが望むなら、夜の相手をしてあげてもいいんだけどぉ?」


 研究者が好んで着るような白衣から覗く艶めかしい肢体を惜しげもなく披露して、彼女はオーガを誘惑する。



「けっ! 魔族と交わるなんて死んでもお断りだぜ!」


「けひひひっ、残念♡」


 少しも残念に思っていなさそうに、彼女は不気味に笑った。



「それで結局なんでオリビアから手ェ引いたんだよ」


「『オリビアの意思を尊重する』と言わせたのは、建前に過ぎん。今のままでは仮に結婚までこじつけたとしても、先日のように逃げられる可能性があると判断したのだ……」


「だったら逃げられねぇように鎖にでも繋いどきゃいいじゃねぇか」


 それが妹に対する言葉か、と言いたげに、眼鏡の位置を調整したアルベルトが数ミリ眉を寄せた。



「その通りだ息子よ……。そこで王子と結婚した後に逃げられぬよう、そしてこの父の言うことに逆らわぬよう、オリビアに呪いをかけることにした」


「呪いねぇ……。一体どうやって?」


「三週間後に迫った、中枢魔法協会セントラルの御前試合を利用する」


「御前試合?」


 それがどうしたと首を捻ったオーガは、数秒遅れて父の思惑に思い至り、ハッと目を見開いた。



「……なるほどなぁ、そういうことか。フハハッ、こいつぁ面白そうだぜ」


「理解したか息子よ……」


 頷きあった父と息子は立ち上がって部屋を出ていった。


 後にはアルベルトと、濡羽色の髪の女性が残された。



「何もかも、貴方の思い通りに事が進んでいるようですね」


「けひひひっ、そんなことはないよぉ。オラクが出てきたのは予想外だった」


「【東の魔王】ですか」


「そうそーう。まさか魔王が人間の味方をしているとはねぇ」


「それを言うなら貴方もでは?

 ……【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリー」


 数秒、重い静寂がその場を支配する。やがてルシェルと呼ばれた魔族の顔が不気味に歪んだ。



「けひひっ、違いないねぇ」


「五大貴族と手を結んでいるなどと知れたら魔族の反感を買うのでは」


「それはお互い様さあ」


 楽しそうにルシェルは笑い声を上げる。



「しかし、本当によろしいのでしょうか」


「何がさあ」


「仇なのでは」


 言われて、ルシェルの瞳が少し昏くなった。

 一つ息を吐いてから、彼女はアルベルトの眼前まで歩み寄る。



「優しいね」


「……いえ」


 ルシェルに頬を撫でられ、アルベルトはうっすらと頬を赤く染めた。

 ライトがこの場にいれば、目玉が飛び出るほど驚いていたことだろう。血も涙もない冷酷な男。それが兄に対する彼の評価だからだ。



「もちろん生かしてはおかないよぉ」


「……」


「けひひっ、ごめんね♡ これだけは譲れない」


「……止めはいたしません」


「……へーえ?」


 そのまま黙りこくったアルベルトの真意を確かめるように、瞳を覗き込む。そこにはルシェルを騙そうなどという意図は微塵もなかった。


 ニッコリと笑ったルシェルの手が、アルベルトの頬から首へ、首から胸へと降りていく。



「何はともあれ、与えられた仕事はしっかりこなすよぉ。アルベルトとの契約だからねぇ」


「それはありがたいことです。途中で裏切ったり……ということはないでしょうね?」


「けひひっ、どうかなあ? アタイを抱いてくれるなら約束してあげるよぉ?」


 腰に回された彼女の手をはしっと掴み、アルベルトは毅然と言い放った。



「結構です。まだ死にたくはありませんので」


「あれえ? 何で知ってるのさあ?」


 彼女の言葉には取り合わず、アルベルトも黙って部屋を出ていった。



「けひひひっ、この家は面白いねぇ。おかげでアタイの計画が捗りそうだぁ。もう少し、もう少しで会いに行くから。それまで待っててね、オラク♡」


 もう何年も会っていない人物の顔を思い浮かべ、ルシェルは不気味に微笑むのだった。


 

 今回後半にハートマークを入れたんですけど、ちゃんと表示されてますかね……? もし表示されずに「?(ハテナ)」マークになっていたら教えて下さい。


 それと明日からの8日間は休載とさせていただきます。次回の更新は4月13日です。

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