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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-L やがて来る日に備えて


「うわ、やっぱでっかいな……」


 世界と世界を繋ぐ扉を抜け、魔王城の前までやって来た僕は城を見上げ、思わず感嘆の声を漏らした。


 ここが魔王の住まう城か。当たり前だけど、幾重にも張り巡らされた結界が城壁を覆っている。たとえ空からでも侵入するのは難しそうだ。

 神の加護を受けた勇者であれば、少し骨が折れるくらいで済むのかもしれないけれど。



「どうよ、見直す気になった?」


「誰を?」


「アタシのことを」


「全然」


 たったこれしきのことで激昂したルナを片手間にあしらい、僕はオラクへ視線を向けた。



「姉さんはこの中にいるんだよね?」


「ああ」


「まさかとは思うけど、監禁とかしてたら許さないからね」


「心配無用だ」


 彼の言葉に安堵しつつも、念の為“竜眼ドラゴン・アイズ”を発現させる。


 竜眼を持続させるのは疲れるけど、魔王の懐に入る以上警戒は必要だ。贅沢は言っていられない。



「そろそろ幻術を使ってくれ。正門を通る」


「分かったよ。ところで今更だけど、城の中に扉を繋ぐことはできなかったの?」


「セラフィスならばできないこともないが、人間(お前)を連れてる以上、城の外に転界する方が無難だろう」


「確かに」


 頷き、僕は自分の頭に黒い角を生やした。

 同時に魔族の面々は幻術を解き、頭部の凛々しい黒角があらわになった。



「皆、すごい綺麗な角だね」


「ひゃっ! ちょ……んっ……、どこ触ってんの……よっ!」


「え?」


 触感を確かめようと近くにいたルナの角に触れると、彼女はつるぺったんな外見からは想像もつかない艶めかしい声を上げた。



「早く……っ! 離しな……さい…………よっ!」


「ご、ごめん」


 慌てて手を引っ込めると、頬を上気させたルナは鋭い眼光で僕を睨んできた。



「説明してなかったが、魔族の角は局部並、人によってはそれ以上に敏感だから、あまり触らないでほしい」


「へえ、それは初耳だ」


 そう言いながら、解説をしてくれたオラクの頭部に恐る恐る手を伸ばしたが、割と強めにはたき落とされた。



「男も同じだ」


「今それを確かめようと思ってた」


「触らなくとも、説明を聞けば十分だろう」


「でも百聞は一見にしかずって言うじゃん」


「どうしてもその目で確かめたいのなら、魔族の彼女なり彼氏なりを作ることだな」


「じゃあ彼氏作るか……」


「え」


「冗談だよ」


 僕にそっちの趣味はないんでね。

 それにしても、局部並に敏感ってのは驚いたな。見るからに硬そうだから凶器にもなるんじゃないかと思ったけど、それはなさそうだ。


 他にも魔族は寿命が人間の5倍だとか、肉が好物だとかいう話を聞いているうちに、姉さんがいるという部屋に到着した。



「あ、姉さんの匂いだ」


「部屋の前に来ただけでわかるとかどんな変態よ」


「匂いって言っても魔力のだよ?」


「わかってるわよ」


 「それにしたって変態だわ」と言いながら扉を開けたルナの後に続いて中に入ると、黒髪の中年と思しき女性と談笑している姉さんの姿が目に入った。



「あ、皆さん戻られたのですね! ライトも、それにフェルまでわざわざ来てくれてありがとうございます」


 笑みを浮かべた姉さんの美しさに見惚れていると、ルナにビンタを喰らった。



「さっさと座りなさいよ変態」


「気のせいかな、僕のあだ名がシスコンから変わったような気がするんだけど」


「気のせいじゃないから座って」


 ゴミを見るような冷たい目線を向けてきたルナはスタスタと歩いていき、黒髪の女性に抱きついた。



「久しぶりマリア!」


「おやおや、相変わらず甘えん坊だねぇ。おかえりなさい」


 いやいや、なんですかその態度の変化は。

 出会ったときから感情の起伏が激しいなとは思っていたけど、これは激しいとかってレベルじゃない。



「それだけお子様ってことか……」


「ちょっと! 今なんて言った!?」


「何も」


「嘘でしょ!」


 僕がルナと不毛なやり取りをしている間に、オラクや配下の2人は席についた。



「さあ2人ともそこまでにして、席につけ」


「だってよルナ」


「いやあんたもだからね!?」


 突っ込みながらも、彼女は荒々しく椅子に座った。



「えー、まずは何から話すか……」


 テーブルの上に置かれていたコーヒーカップに手を伸ばし、オラクはポツリと呟いた。

 他の人も彼に倣い、水が入ったグラスに手を伸ばす。


 って僕の分がないし。



「持って来るかい坊っちゃん?」


「あ、ええと、はい。できればこの子のも」


「まあ可愛い。ワンちゃんもいたのかい」


 フェルの頭をくしゃくしゃにして、黒髪の女性は部屋を出ていった。



「とりあえずオリビアが退避した後の戦いの結末についてか」


 コーヒーを一口飲んでから、オラクはおもむろに人間界でのことを語り始めた。



 ◆ ◆ ◆



「そうですか……お兄様はそんなことを」


 オラクから一通り説明を受け、姉さんはまつげを震わせた。



「正直何を企んでいるのかわからないが、しばらくの間は追手に怯えることなく過ごせるだろうな」


 説明を終えたオラクはカップに二杯目のコーヒーを注いだ。


 僕の分はまだかな……。



「落ち着くまで、姉さんは魔界に残るの?」


 手持ち無沙汰なので、僕は姉さんに言葉を向ける。



「そうですね、オラクさん達のお邪魔でないようでしたら……」


「邪魔になんか思わないさ。むしろ残ってくれたら嬉しい。もっと色んなやつに講義をしてほしいからな」


「えっと、ではひとまずもう一週間だけ泊まらせていただいて、その後一度屋敷に戻ろうかと思います」


「じゃあ僕も一週間魔王城(ここ)に泊まらせてもらおうかな」


「はぁああっ!?」


 僕が言うと、黙って話を聞いていたルナが勢いよく立ち上がった。



「アタシは嫌よ! そもそも、ライトのお姉ちゃん――オリビアが泊まることだってアタシは反対だから!」


 ピクッと姉さんの眉が動いた。



「ちょっと、僕はともかく姉さんにまで噛みつこうってんなら黙っていられないよ」


「上等よ! 外に出てアタシと勝負しなさい!」


 くいっと指を曲げて挑発してくる。

 いつもだったら鼻で笑って終わりだけど、今回ばかりは看過できない。



「落ち着けルナ。部屋は離れたところにするから、それで妥協してやれ」


「お兄ちゃん!? こんな胡散臭い人間を泊めるっていうの!?」


「彼らを泊めることは、魔王軍にとってもメリットがある。ルナもオリビアの魔法の講義を受ければ納得するはずだ」


 敬愛する兄に諭され、ルナは悔しそうに唇を噛み締めた。



「何がそんなに不服なんだ。ライトのことを嫌っているにしても、少々我が儘がすぎるぞ」


「……っ」


 わがままと言われて精神に堪えたか、ルナは表情に影を落としてストンと腰を落とした。



「……あれ、強く言い過ぎたか?」


「サタン様、おそらくルナ様はずっとサタン様に会えなくて寂しかったのでしょう。存分に甘えようと思っていた矢先に襲撃を受け、さらに関係者が増えたことで、自分に構ってもらえなくなるのではないかと危惧しているのでしょう」


「なるほど」


 秘書――ハルバードから耳打ちされたオラクは頬を掻いてから、そろそろとルナの頭に手を伸ばした。

 ポンとその手を乗せれば、今にも泣き出しそうな表情でルナが彼の方を振り向いた。



「大丈夫だよ。俺はお前をないがしろになんてしない」


「……本当?」


「本当だ」


「本当に本当?」


「ああ」


 ついに堪えきれなくなったか、ルナは涙を溢れさせてオラクに抱きついた。


 ……なんだこの気まずさは。この場に僕がいてもいいのだろうか。



「それでこれからのことについてだが」


 あ、さらりと本題に戻った。まだ抱きつかれてるのに。



「ドラゴニカ姉弟には魔王軍を鍛えてもらいつつ、適度に人間界に戻って中枢魔法協会セントラルの依頼を受けてもらう。金髪眼鏡はオリビアが落ち着くまで干渉しないとは言ってたが、念の為2人で行動したほうがいいだろう」


 後半に特に異論はないので頷くが、最初の『魔王軍を鍛える』っていうのが少し引っかかる。引っかかるというか、戸惑いというか。


 姉さん、僕のいない間にそんなことしてたのか……。



「2人が依頼を受けている間、フェルの面倒は魔王軍が見る」


「あ、それはいいよ。フェルも一緒に連れて行くから」


「そうか? まあお前がそう言うのなら任せよう」


 フェルは僕の最高のパートナーだからね。ルナがいたときは監視と護衛のため家で留守番しててもらったけど、普段は一緒に依頼を受けに行っている。フェルがいるかいないかで、効率が大きく変わるのだ。

 まあ雑魚魔物の討伐依頼の時は連れて行かないけど。



「俺たち東の魔王軍はいつも通り仕事をこなしつつ、一週間後に備えておく。金髪眼鏡は『話し合おう』などと言ってたが、何があるかわからない。同じメンバーでオリビアの護衛をする」


 ハルバードとセラフィス、それにオラクの胸の中でルナが頷く。

 少し気になることがあったので、僕は手を挙げて口を開いた。



「一ついいかな」


「なんだ?」


「どうしてオラクはそこまで姉さんのことを守ろうとするの? 君たちみたいに強力な戦力が味方してくれるのはありがたいけど、理由が知りたい」


 そう言うと、オラクは自分でも気づいていなかったのか考える素振りを見せた。



「強いて言うなら、優秀な人材だからその才能をもって魔王軍に寄与してもらいたいってところか……」


 言いつつも、オラクは自分自身その理由に納得していないようで、小さく唸りだした。



「まあいいけど」


「……とりあえずこんな感じで。勇者の襲撃には気をつけて、各々修練に励め」


 話がまとまったところで、ルナがマリアと呼んでいたふくよかな女性がワゴンに食事を乗せて入室してきた。


 テーブルの上に次々と並べられていく肉料理に魔族の皆は目をキラキラさせる。

 そして彼女は最後にフェルの足元に水の入った皿と骨つき肉を、僕の手元にグラスを置いた。



「お待たせ坊っちゃん」


「ありがとうございます」






 遅いよ。


 

 今章はこれにて終了です。次回はエピローグとなります。


 ようやくオラクとライトが共に行動するようになり、物語が動き始めたところですが、いかがでしたでしょうか。物語全体を起承転結で分けるとしたらまだ『起』の部分ですので、今ひとつ盛り上がりに欠けたかもしれません。

 その分、次章からどんどん話を盛り上げていきたいと思います。


 まだまだ物語は序盤。少しでも多くの読者様に楽しんでいただけるよう精進して参りますので、どうぞこれからも『【白】の魔王と【黒】の竜』をよろしくお願いいたします。

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