Side-L 陸の王者と空の覇者
「――“竜の逆鱗”」
瞬間、僕と兄さんの魔力が爆ぜた。
光の柱が天に向かって伸びていき雲を割る。やがてまばゆい光が収まると、僕の身体は竜胆色のオーラに、兄さんは橙色のオーラに包まれていた。
「フハハッ、すげぇなオイ」
「まだ褒められるほどの力は見せてないよ」
「そうかよ」
オーラを纏った剣と剣がぶつかり激しく火花を散らす。
一合、ニ合と打ち合う度に剣の速度が高まっていく。
「腕を上げたなライト」
「何当たり前のことを言ってるんだ。兄さん達と別れてから何年もの時が流れている。成長しないわけないでしょうが」
「そうだなァ。だがそいつぁお互い様だぜ!」
言って、橙色のオーラをより一層剣に纏わせ斬りかかってくる。
僕は微かに上体をそらしてカウンターを入れようとしたが、いつの間にか踵付近に岩石がせり出しており、一瞬バランスを崩した。
「くっ……」
「もらったぜ!」
目に意識を集中させ“竜眼”を使おうとするも、わずかに間に合わない。
せめて傷が浅く済むようにと竜胆色のオーラを前面に集中させたが、兄さんの鉄剣は突如現れた矢によって行く手を阻まれた。
「チッ、またこれかよ」
これは、魔弓・へヌメネスの矢……。
舌打ちをした兄さんから距離を取って、僕は背後を振り向いた。
「ルナのお兄さん! 手助けは必要ないって言ってるだろ! 配下にもちゃんと伝えてよ」
「悪いな、今のはセラフィスが勝手にやったことだ」
「あと誰がやってるのか知らないけど、影を操るのもいいから」
「伝えておく」
オラクに一つ文句を言ってから、正面を向き直る。
「フハハッ、いいのかよ加勢を断って」
「これは身内の問題だからね。関係ない人を巻き込むわけにはいかない」
「そんなこと言って、負けたら元も子もないだろうよ」
「負けたらね」
もし僕が勝てなかったら、姉さんを連れて行かれてしまう。そんな状況で負けれるわけないじゃないか。
「……相変わらず憎たらしい喋り方だぜぇ。いつまでその余裕が持つか……なっ!」
「しっ!」
息を吐きつつ兄さんの斬撃を受け止める。
「“炎獅子”は心が熱くなればなるほど、怒れば怒るほど膂力が上がっていく、感情と密接に結びついた身体強化魔法だ。あまりオレを怒らせねーほうがいいぜ?」
「奇遇だね。“竜の逆鱗”も、怒りのエネルギーを魔力へ変換する魔法だ。オーガ兄さんこそ、喋り方には気をつけたほうがいい」
「っるせぇ!! ――“雷爪”!」
「――“閃光一文字”!」
爪の形をなした雷撃と、光の剣がバチバチと音を立てて交差する。
少し、手応えが大きいかな。感情と結びついているというのはハッタリじゃなさそうだ。
だけど僕はドラゴンスレイヤーだ。膂力勝負では負けない。
腕にぐっと力を入れ、僕は兄さんの剣を押し返した。
「――“閃光輪華”」
「ぐをぉっ!?」
兄さんは体勢を崩しながらもとっさに剣を盾にしたが、怒涛の連撃を喰らい、数メートルほど吹き飛ばされた。
やっと隙を見せてくれた――。
「――“竜炎渦”っ!!」
「っ……、まだまだぁ! ――“竜炎渦”!」
同種の、渦を巻いた炎が激突する。
膨大な魔力に当てられ辺りの地面は焦げ付き、滅竜騎士団の団員らはバタバタと倒れていった。
「だったらもう一回……」
未だ手傷を負わない兄を見て、僕は剣身一体となり一筋の閃光と化した。
「甘えっ! ――“炎王牙”」
僕の動きに合わせ、兄さんは獅子の牙を象った炎を射出してきた。
炎の牙が食らいついてくるが、攻撃の速度が緩まぬよう、あえて好きにさせておく。いちいち消火していては、避ける時間を与えてしまう。
それに放っておいても“竜の逆鱗”のオーラにそのうち消されるだろう。
ジリジリとオーラが焦げていく音を耳にしながら、剣を一閃。
「――“閃光一文字”」
鉄剣ごと、オーガ兄さんの胸を切り裂いた。
だが――。
「ぐっ……かはあっ…………カハハ、フハハッ! まだ終わらねぇよ!」
たたらを踏み、何とか倒れるのをこらえた兄さんは、ガシッと僕の手首を掴んだ。
「やっと捕まえたぜ。もう逃げ場はねえ。せいぜい消し炭にならねぇよう祈るこったなぁ!
――“闇炎葬”!!!」
兄さんの全身を覆っていた橙色のオーラが激しく燃え上がる。そのオーラが手のひらの一点に集中したかと思うと、黒い雷を伴った、紅蓮の炎が溢れてきた。
量、密度共に、今までの魔法とは比べ物にならないほど凄まじい。
こんなものをゼロ距離で喰らえば、ひとたまりもないだろう――
「…………な……、う、嘘……だろ?」
――普通の人であれば。
炎が収まり、相変わらず無傷で立っていた僕の姿に驚愕し、兄さんが固まる。
「なん……でだ……。なんで、何でこんな至近距離で魔法を喰らって、無傷でいられるんだよっ!?」
「言ったでしょ。“竜の逆鱗”は、怒りのエネルギーを魔力に変換する魔法だ、って。僕は“竜の逆鱗”を発動してから、ただの一度もその魔力を攻撃に使っていない。ずっと、防御のために使っていたんだ。だから“炎王牙”の魔法も僕の皮膚にまで到達できなかった。まあ、さすがに最後のは危なかったけどね」
それに竜伐者の皮膚も、魔法的な攻撃には驚くほどの耐性を示す。
仮に“竜の逆鱗”のオーラが破られていたとしても、僕の肉体を焼き尽くすことなどできなかっただろう。
「それじゃあ、僕の勝ちということで」
閃光一文字で付けた傷跡に垂直に、僕は鉄剣を走らせた。
兄さんが崩れ落ちたのを確かめ、僕は踵を返す。
「待ち……やがれ……っ! 兄であるオレにこんなことをして、許されると思ってるのか?」
「……まだ喋る元気があるんだ」
「オレの話を聞け!」
「別に許してもらえるとも思ってないし、許してほしいとも思わない」
「チッ、そうかよ。だが、オリビアのことは必ず取り返す。どんな手を使っても――ぐふぁっ!」
気づいたら、僕は兄さんの後頭部を踏みつけていた。
「分からない人だな。渡さないって言ったろ。姉さんを守るためなら、兄さんを手にかけることだって躊躇わない」
「ぐっ……お前ぇ……!」
「いっそ、この場で死んでもらおうか」
「んなっ! ば、バカ、やめろ! お、オレたちぁ兄弟だろうが!?」
いやいや、何を今更寝言を言っているんだ。一番僕を蔑んでいたのはオーガ兄さんじゃないか。呆れて言葉も出てこない。
それに――
「姉さんの自由と尊厳を奪おうとした。それだけで、万死に値する」
ふぅ、と一呼吸置いて、僕は高々と剣を掲げた。
「おまっ……! 本気でオレを殺す気か!?」
「さてね」
「チッ、オイ、お前ぇら、オレのことを守――」
言いかけ、兄さんは絶句した。
「――ぜ、全滅……だと!?」
地面に伏したまま、彼は驚きに目を丸くする。
辺りを見渡せども、視界に映るのは同じく地面に伏した騎士達の姿。兄さんの頭には絶体絶命の文字が浮かんでいることだろう。
冷や汗を流しながら血眼になって味方を探していた兄さんは僕の背後に何かを見つけたが、その瞳は更に絶望に染まった。
「安心しろ。眠ってるだけだ」
振り向けば、銀髪の兄妹が手を鳴らして埃を払っていた。
「オリビアは今、人間には手が出せない場所に避難している。彼女のことは諦めるんだな」
「くそっ、くそくそくそくそクッソォォォオオオオオオ!!」
激しく拳を地面に打ち付けるが、どれだけ嘆いても現状は打破できない。
悔しさに唇を噛みしめる兄さんの首に、僕は裁きの鉄剣を振り下ろした。
「あ、兄貴……」
死を覚悟したオーガ兄さんは目をつぶったが、いつまでも襲ってこない痛みに恐る恐るといった様子でまぶたを開いた。
そこには、長男・アルベルト兄さんの姿があった。