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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
29/136

Side-O 竜の家の【獅子】


「…………オーガ……兄さん?」


 逆立つ金髪の青年を視界に捉え、オリビアの弟・ライトは愕然とした。


 あれが、オリビアとライトの兄か。



「おう。何年も会ってないのに顔を覚えててくれたなんて、お兄ちゃん嬉しくて涙が出そうだぜ」


「うるさい!」


 ケタケタ笑うオーガというヤツにライトが噛み付く。


 なかなかどうして兄弟仲が悪いようだ。オリビアとは引くほど楽しそうに話していたのにな。


 オーガのすぐ横に視線をずらせば、兵士に腕を抑えられたオリビアがいる。


 恐れていた事態が起きてしまった。これは面倒なことになりそうだな……。



「一週間と少し前、オリビアがいなくなった時にはヒヤヒヤしたぜぇ。だがこうして戻ってきてくれて一件落着、だな」


 そう言って彼は踵を返そうとする。しかし、俺の隣にいる少年がそれを許さなかった。



「――“雷桜封殺陣”!!」


 ライトが拳を握りしめるとオーガの周りに無数の魔法陣が出現し、白桃色の雷撃が迸る。彼は見事な身のこなしで回避し続けたが、鎖状の雷撃の一部が彼の肩をかすめた。



「いいのかライトぉ? 黙って見逃せばオレもこのまま引き下がろうと思ってたのによぉ」


「姉さんを政略結婚の道具にしようとする行動を、僕が許すとでも?」


「フハハッ、相変わらずお姉ちゃんっ子だなぁ。まあお()ぇの好きにしたらいいがよ。だがライトがこっちに干渉してくるなら、オレ達も黙っちゃいられないぜ?」


「あっそ」


 一歩も譲らぬ剣呑な表情のライトにオーガはケタケタと笑い、そしてチラリと俺を一瞥した。


 

「オモシロイ話を聞いたんだ。この王都内には、たくさんの魔族が潜んでるってなぁ」


 彼の言葉に、ルナがゴクリと唾を飲み込む。



「そのうちの一人に、ライト。お前ぇが絡んでるんじゃねぇかって話だ」


 そう指摘され、ライトは表情を変えなかったものの、やはりルナの眉がピクリと動いた。



「ルナ、喋るなよ」


「……うん」


 今にも反論しかねないと思ったので、ルナには静かにしてるように言う。

 もっともやんちゃな妹のことだ。いつまで持つかもわからない。



「たとえば、今お前ぇの近くにいる2人。角は生えてねぇみたいだが……男の方の顔に見覚えがあるんだよなぁ」


 さて、どこかで会ったことがあるだろうか。


 たしかオリビアの話では、兄たちは騎士だと言っていた。ならば、勇者のお供として魔界に来ていたとしてもおかしくはない。

 ただ、大貴族の子息が人の下に付くのをよしとするとも思えない。


 俺が頭を回転させていると、答えはオーガの口から飛び出してきた。



「銀髪に、赤と青のオッドアイ。手配書に描かれている【東の魔王】の顔と同じだ」


 その言葉を聞いて、俺はさっと手を挙げた。


 刹那の間も置かずして、オーガの影が三日月形の刃と化す。黒い刃は彼に襲いかかったが、しかし、彼は身をひねり紙一重で影をかわした。


 うまくかかってくれたと言わんばかりに彼が口角を上げたが、今度は魔力の矢が、彼とオリビアを捕らえていた兵士に襲いかかる。



「――“闇炎葬(リメヤ・グオ・ナトロ)”!」


 上空から飛来した矢に動じることなく、オーガは手のひらから濃密な火の魔法を放つ。

 黒い電撃を纏った紅蓮の炎は、飛来した全ての矢を焼き尽くした。



「オイオイオイオイ、オイオイオイ。いいのかよお前ぇ、そんなことして。それじゃあまるで、お前ぇが魔王だと認めてるようなもんだぜ?」


 彼は楽しそうに口角を上げる。

 まあ、正論だな。



「だが証拠がなければ裁くことはできないだろう」


「フハハッ、んなもんいくらでも捏造できらぁ。オレは五大貴族がいち、ドラゴニカ家の人間だ。“公正なる騎士団”を名乗る聖魔導騎士団といえども、オレ達の権力の前には無力。ちょこっと撫でてやりゃあ、いくらでも書類を書いてくれるさ」


「なるほど」


 こうなった以上、口封じするしかなさそうだ。



「お前ぇ、クールぶってる割に顔に書いてあるぜ? 『今からあなたの口を封じます』ってな」


「そうか? だとしたら目医者に行くといい。そんなつもり毛頭ない」


「フハハッ、そうかよ」


 言い終えると彼は勢いよく手を挙げた。それを合図に、俺たちを囲んでいた兵士達が一斉に剣を抜き払う。

 一糸乱れぬ見事な動きだ。


 っと、感心してる場合じゃなかったな。



「オリビア、そんなヤツらさっさと蹴散らして、安全なところに逃げていろ」


「……できないんだよ」


 オーガの隣で怯えた表情を浮かべていたオリビアに語りかけると、彼女ではなく弟のライトが反応した。



「どういうことだ?」


「何年も前、ドラゴニカ家に仕える兵士の人と魔法の修練を行っていた姉さんは、操作を誤って魔力が暴発し、兵士の人を殺めてしまったことがあるんだ。それ以来、自分と力の差がある者を相手にすると、身体が思うように動かなくなるようになったんだ」


「……なるほど」


 だからか。ずっと疑問に思っていたのだ。オリビアが魔界に来たとき、兵士にあっけなく捕まったことを。

 中枢魔法協会(セントラル)のAランカーでありながら、明らかに彼女よりも弱い面々にあっさりと捕まるなんておかしいと思っていたんだよな。


 ライトの話を聞いて納得した。



「じゃあ俺たちが助けるしかないか」


「なんで魔王であるお前ぇがオリビアを助けようとするのかわからねぇけど、させねぇよ」


「俺が魔王だってことはもう決定なんだな……」


 呟きつつ、再び手を挙げる。


 魔力の矢とオーガの影が彼に襲いかかったのと同時に、周囲の兵士たちが地面を蹴った。



「――“重力場グラビティ・フィールド”」


「――“紅石連弾(レッド・バレット)”」


 ライトとルナは即座に反応し、多勢向けの魔法を放つ。

 一方の俺はコートの内ポケットから瓶を一つ取り出し、兵士めがけて投擲した。



「はあっ!」


 兵士の一人が素早く反応して剣で叩き落としたが、結果的にそれが彼らの足を止めることになる。


 粉々になった瓶から液体が漏れ、あっという間に揮発する。それが広がっていくと、兵士たちがバタバタと倒れていった。



「へぇ、面白い」


 辺り一帯に重力魔法をかけていたライトが興味深そうにこちらを振り向く。



「魔法薬?」


「ああ。今俺が投げたのは眠り薬の一種。原液だから、効き目は抜群だ」


 これから敵対する可能性もある相手に手の内を明かすのはためらわれるが、これくらいならいいだろう。まだまだ手札はあることだし。



「フハハッ、さすがに強ぇなぁオイ。だが片付けるなら早くした方がいいぜ? 今、念話で兄貴を呼んだ。魔王といえども、竜伐者(ドラゴンスレイヤー)には勝てねぇだろ?」


「え? ライトのお兄ちゃんも竜伐者(ドラゴンスレイヤー)だったの?」


 オーガの言葉にルナは首を傾げ、横目でライトを見る。『も』ということは、ライトは竜伐者(ドラゴンスレイヤー)だということか?


 噂程度でしかないが、竜伐者(ドラゴンスレイヤー)については聞いたことがある。

 この世に災いをもたらす、あまねく生物の覇者たる黒き竜。それを破った者は、竜の眼と絶大な魔力が得られる、と。


 竜という生き物自体、滅多に姿を現さない神秘の生き物だ。まさかそれを破った者に出会えるとは。



「いいや。でも世間的にはアルベルト兄さんが竜伐者(ドラゴンスレイヤー)ってことになってるんだ」


「何でそんなことになってるのよ?」


「竜を倒しに行く時、アルベルト兄さんとオーガ兄さんと一緒だったからね。それで竜を倒した瞬間、爆発に巻き込まれて全員気絶しちゃったんだよ。僕が倒したところを誰も目撃していなかったから、兄さんが倒したってことになったんだ。まあ、僕にとってはその方が良かったけどね。目立ちたくないからさ」


 説明を終えたライトは犬笛を取り出し、息を吹き込んだ。


 数秒経つと、物陰から一匹の犬が飛び出し、オリビアを捕らえていた兵士に飛びかかった。……いや、あれは狼か。


 近くにいた兵士達が襲いかかるも、素早い身のこなしであらゆる攻撃を回避し、オリビアを捕らえていた兵士の腕に噛みついた――



「させねぇって言ったろ」


 ――かに見えたが、寸毫の隙間から伸びてきた鉄剣に阻まれた。



「ったく、獣の分際でオレに逆らおうってのか」


「っ、フェル、こっちに来てくれ! 兄さんには敵わない!」


 ライトの指示を受け、フェルと呼ばれた狼は風のようにその場を立ち退いた。おかげで炎をまとわせたオーガの攻撃を回避することができた。

 傍目に見て、間一髪のところだった。ライトの指示を受けていなければ、今頃狼の首は胴体と繋がっていなかったかもしれない。



「ごめんね、フェル。君には少し荷が重かったかもしれない。こっちの騎士達を相手にしてもらってもいいかな」


 走り寄ってきた狼の頭を撫でてから、ライトは剣を構え、一歩オーガへ近づいた。



「フハハッ、オレに勝てねぇってわかってんなら、さっさと逃げるこったなぁ」


「兄さんは何を言ってるのかな。フェルは敵わないかもしれないけど、僕なら勝てる」


「……あぁん?」


 ライトの言葉が気に触ったか、オーガのこめかみに青い筋が浮かんだ。



「手を貸そうか」


「いらない。君たち兄妹は、フェルと一緒に騎士達の相手をしてくれればいい。兄さんの相手も、姉さんを助けるのも、僕がやる」


「そうか。だが――」


 話しながら転移魔法陣を構築し、自身を光で包み込む。

 そしてオリビアの下まで転移すると一瞬で彼女を奪い去り、再び転移でこの場に戻ってきた。



「――オリビアのことは、今助けた」


「「「……え?」」」


 ライトとルナ、そしてオリビアの声が重なる。



「なんだ……だったら最初っから助けてくれればよかったのに」


「そう言われてもな……。転移は得意じゃないから、今の今まで二重に魔法陣を構築してたんだ。元々、転移の準備ができ次第助けるつもりだった」


 信じてないかもしれないけど、本当だからな。


 にわかには状況を飲み込めていなかったオリビアも、俺の顔を見て礼を言ってきた。



「させねぇって何回言わせりゃ気が済むんだよ!」


 兵士――ライトによれば騎士――達を牽制していると、弾丸の如き勢いでオーガが迫ってきた。

 だが剣を構えていたライトが盾となりオーガと斬り結ぶ。



「僕も言ったよね。姉さんを政略結婚の道具になんかさせないって」


 ギィイインと甲高い音を響かせ、互いに剣を払う。



「ハンッ、お前ぇにそれだけの力があればいいがなぁ。【獅子】と呼ばれるこのオレに勝てると思ってんのか?」


「オーガ兄さんは現実をよく見たほうがいいよ。兄さんの実力なんて、とうに超えている」


 よっぽど短気なのだろう。ライトに挑発され、オーガは全身の毛を逆立たせた。

 怒髪天を突くとはこのことか。



「どうやらまたしつけが必要なみたいだなぁ! 二度と減らず口を叩けなくしてやるぜ!

 ――“炎獅子(えんじし)”!!」


「戦いは嫌いだけど、姉さんに関わることだけは別だ。絶対に姉さんは渡さない。

 ――“竜の逆鱗”」


 瞬間、2人の魔力が爆ぜた――。


 

 兄弟喧嘩、勃発。

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