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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-O 東の魔王軍、始動


 オリビアとの鍛錬を終えた俺が本塔へ戻ってくると、正門に腕を組んで仁王立ちしている女性がいた。


 彼女はとてつもない威圧感を放っており、俺はゴクリと喉を鳴らした。



「ま、マリア……?」


「おかえりなさい、ぼっちゃま」


「あー、えっと……」


「おかえりなさい」


「……た、ただいま」


 にっこりしながら威圧するように言うマリアのオーラに飲まれ、全身から冷や汗が流れる。


 怖すぎる……。



「こんな早朝から何をしていたんだい?」


「オリビアと鍛錬を……」


 チラリとオリビアを見ながら、なんとか言葉を絞り出す。



「鍛錬するのはいいことだけどねぇ、前に言わなかったかい? 鍛錬では、あまり派手な魔法を使わないようにって」


 そういえば、そんなことを言われたような気がする。



「幻術ならいいけれど、黒焔みたいに威力が高いのは控えるように言ったはずだよ」


「だが結界の効果で地形は元に戻るんだから別にいいだろ?」


「そういう問題じゃないよ。ぼっちゃまが派手に魔法を使っていたら、勇者が現れたと勘違いする人が出てくるとは思わないのかい?」


「あー……」


 たしかにマリアの言う通りだ。


 普段俺は外で魔法の練習をしない。外で魔法を使うのは、それこそ勇者が攻めてきた時ぐらいだ。


 妹や幹部と鍛錬することもあるが、その際は必ず幾重もの結界に覆われた幹部専用の修練場を使う。


 オリビアが「広い所がいい」と言ったのでその要望に答えたのだが、もっと周りのことも考えて決めるべきだったな。



「悪かった。次からは注意するよ」


 俺が素直に謝ると、マリアは目を細めて頷いた。



「あの……ごめんなさいマリアさん。悪いのはわたしなんです。わたしが『広い所がいい』なんて言ったからオラクさんは――」


「いいんだよ。もう過ぎたことだし、お嬢ちゃんは知らなかったんだから」


 マリアはポンとオリビアの頭に手を置いて笑い声をあげる。


 やっぱ敵わないな。【魔族の母(裏番長)】マリアこそ、魔王城最強の魔族かもしれない。



「まだほとんど誰も起きていない時間だけど、ご飯にするかい?」


「そうだな……その前に一度風呂に――」


 言いかけた瞬間、大気の魔力が揺らいだかと思うと、目の前の空間がグニャリと歪み、そこから胸に傷を負ったセラフィスが現れた。



「む、これは魔王陛下、それにマリア殿とオリビア殿も。もう起きていたのか」


 ポタポタと滴る血液を気に掛けず、彼は小さくお辞儀をした。



「ちょっとセラフィス! どうしたんだいその傷は!? こっちに来な!」


「しかしマリア殿、魔王陛下に報告しなければならないことが」


「そんなのは後回しだよ! まったく、困った子だね。さっさと止血しないと大事に至ることもあるっていうのに。ほら、手当したげるから着いておいで」


 セラフィスは何か言いかけたが、マリアに引っ張られ、そのまま治療室へと連行されていった。



「す、すごい勢いでしたね……。四天王のセラフィスさんをあんな簡単に引っ張って行ってしまうなんて驚きました」


「……俺もだよ。怪力にも驚いたが、120歳のセラフィスを子供みたいに扱うなんて……」


 オリビアは同意するように黙って頷いたが、一拍遅れて「120歳!?」と叫び目を丸くした。



「あー、そっか。人間の寿命は魔族より短いんだっけな。驚くのも無理はないか。

 魔族の寿命は、だいたい人間の5倍。人間の年齢でいうとセラフィスは24歳ってところか」


「5倍も……! それはすごいですね!

 ……あれ? でもそうするとオラクさんは人間の年齢で考えると4、5歳くらいになってしまいますよ? 14年前に9歳ということは、今23歳ですよね?」


 先程の鍛錬の時の話を思い出しているのだろう。こめかみに指を当て、彼女はう~んと小さく唸る。



「詳しくは解明されてないんだけどな。10代〜20代くらいまでは人間と同じように成長して、そこからはしばらくの間、身も心も若い状態を保つんだ。200歳くらいになると緩やかに老化が始まって、やがて400〜500歳の間に命を閉じる」


「なるほど、だからオラクさんの見た目は人間の20代と同じくらいなんですね」


 納得がいった表情でオリビアは頷いた。



「さて、俺たちも治療室へ向かおうか」


「はい」



 ◇ ◇ ◇



 俺たちが治療室に着いて少ししてから、ハルバードも慌てて治療室へやってきた。

 俺が念話で呼び出したのだ。


 寝癖がついているあたり、まだ眠っていたのだろう。少し悪い気もしたが、呼ばなかったら呼ばなかったで後から文句を言われていたかもしれないので仕方ない。



「始めてもいいだろうか」


 朝食の準備をすると言ってマリアが退室したのを見計らって、セラフィスはおもむろに口を開いた。



「いいぞ」


「ではまず、吾輩が金髪の少年に敗北したということを報告する。あれは、化物だ。紋章がなかったため勇者でないことは確かだが、勇者よりも遥かに強かった」


「戦ったのか?」


「つい頭に血が昇ってしまい、こちらから仕掛けた。誘拐犯ではなかったが、ルナ殿を交渉の手札(カード)としたために耐えきれなくなったのだ」


 そう言って彼は悔しそうに拳を握りしめる。



「それが過ちだと気づいた時には首筋に鉄剣を当てられていた。敗北した以上、吾輩に反論する権利などない。結局吾輩は少年の提示してきた要求に答えることにした」


 わずかに部屋の空気が重くなる。


 四天王とは、東の魔王軍において魔王に次ぐ権限と実力を持つ魔族に与えられる称号だ。

 その一員である【穿空】セラフィス・リュードベリが敗北したという事実は、俺とハルバードを動揺させるのには十分だった。



「……少年の要求は何だ?」


 だがいつまでも動揺してはいられない。

 重苦しい空気を打破するように、俺はセラフィスに問いかけた。



「オリビア殿に一目会うこと」


「オリビアに……!? まさかドラゴニカ家の人間か?」


 昨日のオリビアの話から接触してくることはあるまいと踏んでいたのだが、考えが甘かったか?


 領内の守りを固めるべきだろうか、と思案していると、オリビアがおずおずと手を挙げた。



「もしかしたらわたしの弟かもしれません」


「弟?」


「はい。断定はできませんが、昨日オラクさんが勇者と戦っているのを見た限りでは、弟のほうが勇者よりも強いと思います」


 なんだそれ。姉弟揃ってメチャクチャな実力だな。



「“金髪の少年”について、もう少し詳しく教えてくれませんか」


 オリビアに尋ねられ、セラフィスは少し考える素振りを見せてから口を開いた。



「顔はオリビア殿よりやや幼く見えた。背もそこまで高くなかったように思う。それと瞳が青かったな。……ああ、そういえば中枢魔法協会(セントラル)の協会員と言っていたか」


「……全部、わたしの弟に当てはまります」


 ほう。そっくりさんというわけでもないだろう。そんな偶然が起こるはずもない。ほぼ弟で決まりだな。



「弟は転界魔法のことも知ってるんだったよな」


「はい。弟の他には中枢魔法協会(セントラル)のSランクの方が知っていますけれど、Sランカーは全員金髪ではないので、弟で間違いないと思います」


 ふむ。



「時にセラフィス、少年はオリビアに会いたいとのことだが、具体的な日時は指定してこなかったのか?」


「一週間後、中枢魔法協会(セントラル)の本部前の喫茶店にて待つと」


「一週間後か……。準備する余裕はありそうだな」


 セラフィスを打ち負かすくらいだからかなり強いのだろう。俺とて下手すればやられるかもしれない。十分に備えをしなければ。



「ところでルナ様はどうなったのです?」


 ここで、沈黙を貫いてきたハルバードが初めて言葉を発した。



「少年によれば、帰りたがっているとのことだ。オリビア殿に一目会えれば引き渡すと言っていた」


 そうか……。奔放なルナの性格を考えれば人間界に留まりたいと言うのかと思っていたが、さすがに人間界では心細いか。



「んじゃあ、少し作戦でも立てようか」


「え? 作戦?」


 「必要ないのでは?」という表情でオリビアが首をかしげる。



「四天王よりも強いヤツを相手にするんだ。警戒しとかないと、気づいたらあの世行きってことも考えられる」


「弟は戦いが嫌いなのでそこまで心配する必要はないと思いますが……まあ怒らせたら怖いですからね」


 同意は得られたと見ていいだろう。



「まずはオリビアの協会員の資格が剥奪されないよう、明日までのうちに一回人間界へ行く必要があるな」


「えっと……わたしのことは気にしないでいいですよ?」


「そうは言ってもな。オリビアは今、家出してきたことで不安定な立場に置かれている。有望な人材だし、魔法を教えてくれるから魔王軍に入ってくれてもいいんだが、人間界に戻った時、後ろ盾がないと困ることも出てくるだろう」


「そうですね……」


「それに兄や姉が騎士団に入る中、父の願いに背いてまで中枢魔法協会(セントラル)に入ったんだ。きっと深いわけがあったんだろう?」


「あっ……」


 何かを思い出したのか、オリビアは小さく口を開けて固まった。



「どうだ? 資格を剥奪されてもいいと、本当に思うのか?」


 ふるふると彼女は首を横に振る。



「ならば俺の言うことに従ってもらおうか。まずはセラフィスを連れて人間界に戻り、依頼を受けてくるんだ。ドラゴニカ家の人間に見つかるわけにはいかないから、依頼を受ける時以外は常に幻術をかけてもらうように。セラフィスも異論はないな?」


「無論。魔王陛下の命に従うまで。不安要素があるとすれば、例の少年に幻術を見破られることぐらいか」


「なら、フードを被ればいい」


 そうそう少年に遭遇するとも思えないけどな。



「俺は一週間後に備え、必要な道具を調達しておく」


「サタン様、まさか貴方自ら人間界へ赴かれると仰るのですか!?」


「相手はセラフィスを凌駕する実力者だ。ルナを確実に連れて帰るためには、他に適任はいないだろ」


 毅然とした態度に一瞬ハルバードは黙り込むが、すぐに口を開く。



「でしたら、じぃもお供いたします!」


 これだけは譲れないといった彼の気迫が伝わってくる。


 あまり魔王城を手薄にするわけにはいかないのだが、相手の戦力が未知数な以上仕方ないか。

 四天王を招集して城の警備に当たらせよう。



「わかった。当日は、今ここにいるメンバーで人間界に行くことにする。次に当日の動きについてだが――」



 ◇ ◇ ◇



 一週間後。



「全員、準備はいいな。打ち合わせ通り配置についてくれ」


 俺たちは人間界最大の国家・エントポリス王国の王都へとやって来た。



「あそこか……」


 各々事前に決めていた配置につき、対面の時を待つ。


 俺は少年に指定された喫茶店へ足を運んだ。


 ぱっと見金髪の人はいなかったので、店員に待ち人がいることを伝え、ブラックコーヒーを頼んでから奥の方の席へ座る。

 ぼんやり外の風景を眺めていると、店員の女性がコーヒーを運んできた。そして彼女がコトッ、とカップを置いた瞬間



「……来たか」


 全身に、壮烈なプレッシャーが襲いかかる。


 入り口を見れば、どこかあどけなさの残る金髪の少年が立っていた。ひしひしと感じるこの膨大な魔力。彼で、間違いないだろう。


 じっと様子を観察していると、彼と目が合った――。


 

 竜伐者(ドラゴンスレイヤー)と魔王が今、相見える――。

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