Side-L vs四天王【穿空】§2
油断のない視線で周囲を見渡していると、突如四方から無数の矢が飛んできた。
「ふぅ……。――“閃光輪華”」
静かに息を吐いて集中力を高め、剣に魔力を注ぐと、僕はその場で竜巻が如く回転し、飛来した全ての矢を弾き飛ばした。
だがホッとしたのもつかの間。今度は四方だけでなく頭上からも矢の雨が降り注いできた。
「ったく面倒くさいなぁ……。きりがない」
再び閃光輪華を使い、矢を弾きながら愚痴をこぼす。
術者がどこにいるかがわかればいいんだけど、あいにく立て続けに矢が飛んでくるので探している間もない。
これじゃあ“竜眼”が使えなくても同じだ。
相手は幻術を使えるということを考慮すると、まったくの無駄ってわけでもないから竜眼を解くわけにもいかないんだけどね。
「どうした、動きが鈍くなっているぞ」
「うるさいなぁ……今考え事してるんだよ」
近くにセラフィスの姿は見えないはずなのに、声だけが聞こえてくる。
たぶん、声だけを転移で飛ばしているんだろう。
というかこんなに派手に戦ってて、聖魔導騎士団に見つからないかな……。いくら闇市に近づかないとはいっても、これだけドンパチやってたら様子を見に来ない方がおかしい。
ルナのせいで王都に魔族が侵入したって噂が立ってるから、少しでも怪しい動きがあれば見逃さないだろうし。
矢を打ち払いながらそんなことを考えていると、視界の端に映った矢から、キラリと光る糸のようなものが伸びていることに気がついた。
「……なんだ……?」
目を凝らすと、全ての矢から同じように糸みたいなものが伸びているのがわかる。
これは……。
反撃の緒を掴んだ僕は、ニヤリと口角を上げた。
「――“竜炎渦”」
僕を中心に半球状に迫ってきた矢のうち、あえて数本の矢を残し、他を業火の魔法で焼き払う。あまりの熱量に形を維持できなくなったか、“竜炎渦”によって焼き焦げた矢はみなボロボロと消し炭となった。
「一撃で決める」
続けて糸の出処めがけ、一陣の風となって駆ける。
いくつもの矢が僕を貫かんと迫ってくるが、それらは残像を貫くのみで、本体を捉えることはできない。
やがて、竜胆色に染まった僕の瞳が、赤髪の魔族の姿を捉えた。
「――“閃光一文字”っっ!!!」
鉄剣にありったけの魔力を注ぎ、一思いに振り抜く。
セラフィスは驚愕の表情を浮かべ、矢を盾にしつつ身をひねったが、僅かに間に合わなかった。
矢を切り裂いた鉄剣は勢いそのままに彼の胸をも切り裂き、パパッと鮮血が散った。
「君の負けだ」
魔弓・ヘヌメネスを杖代わりになんとか倒れるのをこらえたセラフィスの首筋に、ピタリと剣を当てる。
「……馬鹿な……。吾輩が……負けた?」
「四天王というだけあって強かったけどね。でも、ドラゴンよりは弱い。
距離を取ったからといって油断せずに、いつでも転移できるようにしとくべきだったね」
「……無念」
「さて。おとなしく、僕の言うことを聞いてもらおうか」
◆ ◆ ◆
聖魔導騎士団が来る恐れがあるということで、僕たちは王都の中心部へと場所を移した。
国王のお膝元ともいえる中心部に魔族を連れてきて大丈夫なのかとも思ったけど、彼によれば毎日普通にここら辺を通っているので、まずバレないだろうとのことだ。
実際“竜眼”がなかったら僕もセラフィスの幻術を見破れなかったから、まあ大丈夫だろう。
「それじゃあ改めて、ルナを引き渡す件についてだけど……君には二つ、僕の言うことを聞いてもらいたい」
苦虫を噛み潰したかのような表情で彼は黙って頷いた。いや、元から不機嫌そうな顔立ちだったか。
「一つ、君の仕える魔王の領地に、ある人物がいないか調べてほしい」
「人間が魔界にいるとも思えぬが、いいだろう。その者の名は何と申す」
「オリビア・ドラゴニカ。たぶん、一昨日の夕方あたりに行ったと思うんだけど」
「オリビア・ドラゴニカ……?」
ハッと目を見張り、セラフィスは僕の顔をまじまじと見つめてくる。
さっき僕が切り裂いた胸からポタポタ血が滴っていて、なかなかホラーな画だ。
っていうか止血しないのかな。
「その顔は、知っているね」
「……ちょうど昨日、彼女と対面したところだ」
「何だって!?」
セラフィスの胸ぐらを掴み、彼に詰め寄る。
「どこで!」
「魔王城のある一室で、魔王陛下とその秘書立ち合いの下」
「なんで魔王城なんかにいたんだ……?」
「吾輩はずっと人間界にいたゆえ、詳しいことはわからぬ。ただ、魔王陛下と行動していたらしい」
「魔王と?」
いったい、なぜ?
まさか魔王が魔界へ逃れた姉さんを保護してくれたのか? 【侵略者】とも呼ばれる東の魔王が?
いやちょっと待てよ……たしかルナによれば東の魔王は魔族で一番優しいとか……。一番ってのは誇張だとしても、ルナの言葉が真実だとすればあり得なくはない……のかな。
「ところでその手を離してくれないだろうか。息苦しくて敵わない」
「ん? ああ、うん。悪かったね」
彼に言われて、僕は静かに手を離した。
「それじゃあ、そのことも含めてもう一つ。姉さんが無事かどうか、一目会わせてほしい」
「吾輩は構わないが、魔王陛下が何と言うかだな。善処はしよう」
「頼むよ」
後は、いつ会うかかな。
「日時は一週間後、中枢魔法協会本部前の喫茶店で待ってる」
それだけ伝えて僕はセラフィスに背を向けた。
「待ってくれ。貴公は一体何者なのだ? 勇者すら欺く幻術をいとも容易く見破る目に、四天王である吾輩を凌駕する実力。只者とは思えぬ」
「……買いかぶりすぎだ。僕は中枢魔法協会に所属する、ただの協会員だよ」
後ろ手に手を振りその場から立ち去る。彼はまだ何か言っていたが、それを無視して僕はそのまま家に帰った。
◆ ◆ ◆
「ええぇぇぇええええっ!!? セラフィスと会ってきたのぉおおおお!?」
帰宅してから庭で素振りをしていると、ルナがひょっこり顔を覗かせていたので、今朝方のことを説明した第一声がこれだ。
「アタシも連れてってくれればよかったのに〜」
「そうは言っても寝てたじゃん」
「う~……そうだけどさぁ……」
ルナは窓を全開にしてサッシのところに座り込む。
「まあ一週間後に会えるかもしれないんだし。そこまで落ち込む必要もないと思うけど」
「落ち込んでるっていうか……ただイケメン不足というか……」
「イケメン不足?」
「ほら、目の保養ってやつ? 定期的にイケメンを見ないと元気がでないのよ」
なんだそれ。
「なんだそれ」
謎すぎて心の声がそのまま出てしまった。
「あんただってたまには綺麗な人を見たくなるでしょ? それと同じよ」
「なりませんけど」
「嘘だぁ。しばらくお姉ちゃんを見ないと禁断症状が出たり……とかってのはないの?」
「何を言ってるんだ君は。何日も姉さんを見てなければ禁断症状が出るのなんて当たり前じゃないか」
「えっ……、冗談のつもりだったのに……。引くわ……」
彼女はカラカラ…と窓を閉めて後ずさる。
「ちなみにルナのいうイケメンってどんな人なの」
そう話題を振ると、彼女は手を止めて顔をパアァッと輝かせた。
「理想はお兄ちゃんみたいな人だけど、セラフィスとか、ライトのお兄ちゃんみたいな人もタイプかなぁ」
「このブラコンめ」
「んなっ……! あんたほどじゃないわよシスコン!」
「ありがとう」
「いやけなしたつもりなんですけど!?」
お馴染みになったやりとりに思わず頬が緩む。
イケメン不足と言いながら、十分元気そうだ。
「ほんとあんたって掴みどころがないわよね」
「そうかな? たまに言われるけども、これでも自分の信念に基づいて行動してるつもりなんだけど」
「信念?」
ルナはこてっと可愛らしく首をかしげる。
「小さい頃、アルベルト兄さんに言われたんだ。『信念を持たない、大義もない者に、はたして生きている意味などあるのでしょうか』ってね」
「へぇ〜、やっぱイケメンは言うことが違うわね」
「普段は何を考えているのかわからない人だし、一緒に過ごすこともあまりなかったから兄さんの言う事なんて聞いてなかったんだけど、その時だけは心に響くものがあった。それ以来、自分の信念に従って行動するようになったね」
兄さんとは遊んだ記憶もないし、剣や魔法の修練に付き合ってもらった覚えもない。正直言って、兄さんは苦手だ。
けれど、その一点においてのみは感謝している。
「それで、あんたの信念ってなんなのよ」
「姉さん第一」
「あー……うん、納得」
苦い顔をしてルナは窓を閉めてしまったので、僕も汗を拭いて家の中へ入る。
「フェルはもう起きてる?」
「さっきまでダイニングで毛づくろいしてたわよ」
中を覗くと、確かにペロペロと前足を舐めていた。
「それじゃあ一週間後のことでも話し合おうか」
「話し合う必要なんてある? ただ会うだけじゃない」
「そうなんだけど、君のお兄さんが僕の要求を飲んでくれない可能性もあるから、何が起きてもいいようにしとかないと」
「お兄ちゃんはそんな不誠実なことしないわよ……」
「仮にそうだとしても、聖魔導騎士団に気づかれたり、僕の生家の人に気づかれたりする恐れだってある。あらかじめ不安要素は潰しておくべきじゃないかな」
「う~ん……そう……ね」
ルナにもわかってもらえたようだ。
彼女はぎこちなくではあるが、首を縦に振った。
さて……はたして姉さんに会うことはできるだろうか。一週間後が待ち遠しい。
僕はルナとフェルを近くに寄せ、一週間後の動きについて話し合った――。
以前お伝えしたかと思いますが、毎月25〜31日は執筆期間のため休載とさせていただきます。よって、次回の更新は4月1日となります。
……と言おうと思ったのですが、第一章は25〜31日も更新します。その代わりに第一章が終わったところで何日か休載させていただきます。本当は執筆期間を設けずに更新したいのですが、ストックがどんどん減ってきていまして……。
読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ございません。