Side-O 止まらぬ者たち
「やっと姿を見せたな……【侵略者】」
「ここで会ったが百年目、必ずお前の息の根を止めてやる」
ふらりふらりと、勇者とその仲間たちは幽鬼のように立ち上がってそう言った。
一人ひとりに目を向けると、4人ともどこか虚ろな瞳をしている。
「オリビア、早く」
「は、はいっ。武運を祈ります」
いや武運て。人間のご貴族様が魔王の武運を祈ったらダメだろう……。
呆れる俺を残して、彼女は「“転移”」と呟いて姿を消した。
「よそ見してんじゃ……ねェ!!!」
「おいおいちょっと待て、少しは俺の話を聞いてくれよ」
「――“蒼炎葬”!」
「聞けって……」
オリビアが転移したのとほぼ同時に勇者共が襲い掛かってくる。
少し様子がおかしいが仮にも勇者とその仲間たちなので、一撃に込められた威力は半端ではない。
いや、仲間たちというかこれは――
「――お前ら全員勇者か」
返事の代わりに魔法と斬撃が返ってくる。肯定の印と見ていいだろう。
魔力の格もそうだが、手の甲に刻まれた刻印が彼らの正体を示している。
数年勇者と戦ってきて分かったことだが、必ず勇者の手の甲には魔力の込められた刻印があるのだ。どうも勇者はそこから強大な力を得ているらしい。
その刻印が彼らの甲に刻まれているため、全員勇者であると判断できたのだ。
「愛する家族を失った恨み……ここで果たすっ!」
「待てって言ってるだろうが。俺は戦いが嫌いなんだ。一回落ち着いて話し合おう」
「断る!」
剣を持った男が二人、槍を構える男が一人、杖を掲げる女が一人。同じ勇者といえども、戦闘スタイルに違いがあるようだ。
そういえば昨日の勇者も槍を持ってたな……。
おっと、こんなことを考えてる場合じゃなかった。城内にいる兵士達を避難させないと。
俺は四方から迫りくる攻撃をいなしながら、懐の水晶玉を取り出した。
『ハルバード、聞こえるか』
『はい』
『城壁内に勇者が侵入した。数は4人、全員俺と交戦中だ。北面の兵士を避難させ、本塔を中心に探知魔法を展開。他に勇者やその仲間が潜んでいないか確認しろ』
『っ! 直ちに。じぃも今すぐ加勢に――』
『必要ない。もし敵を見つけたら、第三師団長【剛鬼】を出陣させるように。お前は守りに徹しろ』
『で、ですが勇者が4人もいるのですぞ!?』
『俺は大丈夫だ。それより早く兵士を避難させることの方が大事だろう』
『……確かに、仰る通りでございますな。申し訳ありませんでした』
『ああ。分かればいいんだ』
念話を切ると程なくして警報が鳴り響き、兵士たちが走って建物内に避難していく様子が見えた。
「さて、ぼちぼち戦うか」
話し合う余地がないのであれば仕方ない。争いは好まないが、こいつらを倒さなければ兵士や住民に被害が及ぶ。確実に潰していこう。
「さっきあなたが連れていた魔族……見覚えがある気がするのだけれど」
剣を扱っていた勇者2人を殴り飛ばすと、杖を構えていた女の勇者が語りかけてきた。
オリビアのことを言っているのだろう。瞳は虚ろだが、どうやら意識ははっきりしているらしい。
「まあそうだろうな」
「答えなさい、彼女は何者?」
「何者かと問われてもな。俺よりも君たちの方がよく知っていると思うんだが」
俺の言葉に女勇者は眉毛をピクリと動かした。が、すぐに頭を振って杖を構え直す。
「あなたを倒してゆっくり調べさせてもらうとするわ」
「どうぞご自由に。俺を倒せたらの話だけどな」
言い終わるより先に、無数の風の刃が飛んでくる。背後からは雷撃の嵐。左右からは2人の勇者が迫り、上空には巨大な岩石。
俺が会話に集中してる間に仕込みを終えていたか。
「逃げ場はないぞっ!」
「くたばれぇッ!!」
……さて。
「――“黒焔”」
世界が、黒く染まる。
両の手より放たれた黒い魔力が風の刃を呑み込んでいく。腕を振るえば左右の勇者の全身を焦がし、背後から迫っていた雷撃を消滅させ、上空に浮かんでいた巨石をも焼き尽くす。
「んなっっ!!?」
「ぐっ……ぐぉおおああああああああっ!!!」
剣の間合いまであと一歩と迫っていた2人の勇者は断末魔をあげ、遥か彼方まで吹き飛ばされた。
……少し威力が強すぎたかもしれない。まあいいか。
「さあ、残り2人になったわけだが……まだ戦うか?」
「くそっ、この化物が」
「やはり強い……」
俺の前後に陣取っていた2人の勇者は唇を噛み締めながらだらりと得物を構える。
それにしても、相変わらず虚ろな瞳を浮かべているのが気になるな。
「二度も敗北を喫するわけには……」
「こうなったら奥の手を使うしかなさそうね」
2人は頷き合うと刻印の施された手を掲げ、魔力を集中させた。
「……降参する気はないようだな。建物を壊されたら困るんで、悪いが奥の手は使わせない。
――“黒焔”」
ここが無人の荒野とかであれば、いくらでも奥の手を使ってくれて構わない。しかしここは魔王城だ。大勢の配下がいるし、近隣には一般市民も多い。あまり好き勝手やらせるべきではないだろう。
勇者の策を封じるため、そして無益な争いに決着をつけるため、俺は再び黒い魔力を解放した。
「……まだ立ち上がるのか」
黒い炎が消えた先には、ボロボロになりながらも立ち上がろうとする勇者達の姿があった。
割りと本気出したんだけどな。正直驚いた。
「まだまだ……この程度じゃあ俺たちァ倒れねえぜ……!」
「必ずお前の息の根を止めてみせるっ!」
彼らはガチャリと得物を構え、俺のことを睨みつける。
「以前のようにはいかない。今度こそ、必ず!」
「“今度こそ”? ああ、なんだ。つまりお前たちは一度俺に挑んだことがあるのか」
「ええそうよ。私たちは皆一度あなたに敗れ、人間界へ逃走した者。そして再び力を蓄えて、再戦の機会を得た」
正面に構えていた女の勇者は魔力を練り上げつつ話を続ける。
「以前のように恐怖が足枷となってしまわないよう、精神操作を受けた私たちは何度やられようとも立ち上がる。足を切られても、腕がなくなっても、魔力が切れても。決して折れることのない私たちの進撃を、あなたに止められるかしら?」
言い終えると、女はニタァッと口角を上げ、先程よりも大きな風の刃を放ってきた。
……これはどうも厄介だな。彼女の魔法がではない。精神操作を受けたという勇者たちの存在そのものが、だ。
勇者とは言っても、今までの奴らはちょこっと撫でてやれば恐れをなして人間界に逃げ帰るか、“黒焔”一発で気絶するようなのがほとんどだった。
それが今回の奴らはどうだ。何度やられても立ち上がるという。まるで腐死者みたいじゃないか。
俺がやられるってことはないだろうけど、単純に疲れる。
戦いを終わらせるには命を断つか、気絶させて人間界に送り返すしか方法はなさそうだ。そして女勇者の言葉から察するに、おそらく気絶はしない。
となると命を断つしかないのか? けどそれは――
「「――“不屈の闘志”」」
俺が考え事をしていると、勇者達は刻印に切れ込みを入れ、天高く拳を掲げた。
地鳴りと共に聖なる魔力が迸り、広場をえぐっていく。彼らが静かに瞳を閉じると、その周囲に煌めく粒子がまとわりつく。
――隙あり、と黒焔を撃ち込もうとすると、手のひらに集めた魔力が霧散した。
魔法の構築を阻害する効果でもあるのだろうか。だが魔法が使えないなら使えないなりに戦い方はある。
俺は冷気と共に、空気中を漂う霊気を静かに吸い込んだ。
「屍となりて、なお恨み晴れぬ我が友よ。そなたらの歩みに生者はおののき、息を止める。唸れ、叫べ、吼えろ。魔王オラクの名のもとに命ずる。地の底より這い上がり、行く手を阻む愚か者共を喰らい尽くせ。蘇れ、腐死者達よ」
意思を乗せた言葉が大気を震わせ、地中に眠る死者の魂を呼び覚ます。
勇者の身体を覆っていた光が散ったのに少し遅れて、辺りの地面から腐った肉体を持つ死者が次々と現れた。俗に言うゾンビというやつだ。その数、百と八体。
土塊を跳ね飛ばしながら、腐死者の群れは一斉に4人の勇者に襲いかかった。
「なんだこいつら……! ゾンビか!?」
「魔力の流れを乱していたはずなのに魔法を使われただと!?」
突如現れた物言わぬ群衆に一瞬動きを止めたが、さすがは人間たちの希望の星。勇者は4人とも得物を一振りし、強大な魔法で腐死者の群れを薙ぎ払った。
「勘違いしているようだから一つ教えてやろう。これは魔法じゃない。言霊を操り死者の魂に語りかける、死霊術の基本となる術だ」
「なるほど。瞬時に魔法は使えないと悟り、別の方法で仲間を呼んだということね」
「そういうことだ。霊気と魂を操るのが死霊術だからな。魔力が使えなくても問題ない」
「はっ、だが残念だったな! こいつらごとき、殲滅するのに10秒もいらねー! ゾンビごときで俺らを止められると思ったか?」
「いやなに。目には目を、歯には歯を。腐死者には腐死者をって言うじゃないか」
「何ふざけてやがる。俺たちをゾンビとでも言いたいのか!」
「同じようなものだろう」
言ってる最中にも、勇者に吹き飛ばされた腐死者達がゆらゆらと立ち上がる。
「お前たちは何度やられても立ち上がると言うが、こいつらも同じだ。肉をえぐられ、骨が砕けようとも、目的を果たすまでは決して止まらない。ゾンビ同士仲良くするといい」
肺いっぱいに空気を吸い込んだ腐死者たちは大きく口を開き、音の爆弾を破裂させた。
「「「ウガアアァァァアアアアアアッ!!!」」」