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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-L 苦い


「え、これって……」


 兄に渡された紙を見つめ、息を飲む。


 この紙は確か、大量の魔力を注ぐことであらゆる魔法陣に変化することができる魔法具だったはずだ。家を出る前に、結界で覆われた額縁に飾ってあったのを見た覚えがある。



「その表情から察するに、それが何か分かっているようですね」


「……まあ……一応」


「ですがご心配なく。その紙――いわゆる任意可変魔法陣は家に飾ってあった物ではありませんので。あれは、昨年父上が使ってしまいました」


 まるでこの紙がどうなろうと構わないといった態度で、兄は眼鏡の位置をクイッと調整しながら淡々と話を進める。


 だがとんでもない。この紙は超一流の魔法具職人が一年間かけてやっと完成させるような代物だ。当然僕にだって作れやしない。

 いくらドラゴニカ家の財と権力を駆使しようとも易々(やすやす)と手に入るような物じゃない。


 一体何を企んでいる……?



「そんな顔をされると流石に傷つきますね。裏などありません。言ったでしょう、『ライトが困っているだろうと思い、これを渡しに来た』と」


「……そんなこと言われたって信用できるわけないだろ。小さい頃から僕とは関わろうとはしなかったくせに、今更親切にする理由なんてないはずだ」


 一貫して表情を崩そうとしない兄に対して、鋭い視線を向けて苛立ちを(あらわ)にする。


 そんな僕の様子にとりつく島もないと判断したか、兄はため息をついて外套を翻した。



「自分のことを信用できないのならば、使わずとも構いません。売ればかなりの額になりますから、生活費に当てるなりすればいいでしょう」


 僕に背を向けて、庭の小さな門まで歩いていく。



「――ですが、今はそんなことも言っていられないでしょう。貴方の愛する姉のために、何をすべきなのか。よく考えなさい」


 兄から放たれた言葉にようやく僕は納得した。


 つまり、ドラゴニカ家繁栄のため、姉さんを連れ戻せということだろう。


 今朝兵士達から聞いた話によれば、昨日は姉さんの婚約を発表するパーティーが開かれていた。彼らの口ぶりから察するに政略結婚なのだろうと分かる。


 『あの人』にとっては相当大事なイベントだったはずだ。

 ところが姉さんが姿を消したことで思惑が達成されなかったため、総力を挙げて姉さんを探しているのだろう。


 で、兄が言いたいのは僕も捜索に協力しろ、と。



「あいにく、僕は家族のために行動しようだなんてこれっぽっちも思っていないから。姉さんを見つけ出しても、絶対に兄さん達に差し出すような真似はしない」


 兄に、そして生家に対する拒絶を表すため、膨大な魔力を放出する。


 殺気立った魔力に当てられ、兄は門を開けてピタリと立ち止まった。



「……二つ、ライトに言っておきます」


「聞かない」


「一つ、自分は父上の側でも、ライトの側でもない」


「嘘だ」


「一つ、魔族を家に匿うのであれば、なるべく人目につかないよう気をつけた方がいい」


「…………は?」


「では」


 伝えたいことは全て伝えたと言わんばかりに、コツコツと無駄に反響する足音を残して兄は立ち去った。



「……」


 拳を握りしめながら、兄が去っていった方角を睨みつける。


 一体、最後はどのような意図であんなことを言ったのだろうか。



「詳しいことはよくわからないけど、なんか大変そうねー」


 退屈そうな声に振り向くと、ルナが腕を組んでドア枠に寄りかかっていた。


 なんですかその風格のあるポーズは。ルナ(さんかっけい)



「大変ってわけじゃないけどね」


 彼女と共に中に入り、心配そうに近寄ってきたフェルの頭を撫でようとしたところで、はたと気づく。



「……そういえば幻術は解いてたんだっけ」


「ん?」


 ルナの方へ顔を向けると、やはり彼女の頭には立派な黒い角がつやつやと輝いていた。



「これはまずいな……。兄さんにルナの正体がバレた」


「はあ? どうしてバレんのよ。ちゃんと人前に出る時は幻術を――あれ?」


 どこから取り出したのか手鏡を覗き込んだルナも、たった今気づいたようだ。


 混じりけのない紅の瞳で僕を睨みつけてきた。



「ちょっと! 幻術がかかってないじゃない!」


「そうだね。僕も今思い出したところだよ。買い物から帰ってきた時に解いたことをね」


「どうしてくれるのよ! このままじゃアタシこの国の軍に捕まっちゃうじゃないの!」


「まあまあ落ち着いて。お茶を飲んでからゆっくり考えても遅くはない」


 一旦冷静になるためにティーサーバーの紅茶をカップに注ぎ、ちょびっと口に含む。


 うわ苦っ。



「落ち着いてなんかいられないわよ! だいたい下手したらあんただって追われる身になるかもしれないのよ!? 逆に訊くけど、どうしてそんなに落ち着いていられるわけ!?」


「いいから座って」


 フェルに足を突かれたルナは僅かに毒気を抜かれたようで、渋々口を閉ざし僕の対面の席に腰を下ろした。


 やはりモフモフは偉大だ。後でご褒美をやろう。



「冷めるといけないから、とりあえず一杯飲んじゃって」


「そう言うあんたは一口しか飲んでないじゃない」


「僕もきちんと全部飲むよ」


 内心動揺しているのだろう。早く僕の意見を聞きたいがために、ルナはカップに手を伸ばさない。



「一応言っておくけど、いくら見つめられてもルナがお茶を飲むまで話す気はないから」


「ったく、変なところで頑固なんだから……」


「何か言った?」


「なんでもないわよ。もう、飲めばいいんでしょ飲めば」


 イライラしながらも、ようやく彼女はカップを傾けた。



「にっがっ!」


「すぐに香りが開く分、苦くなるのも早い茶葉だからね。恨むなら兄さんを恨んでよ」


 言いながら砂糖の入った壺をずいっと差し出す。



「え、いいの?」


「何が」


「いや、あんたのことだから『砂糖なんて入れたら紅茶の風味が台無しだ〜』とか言うのかと思ってた」


「君は僕を何だと思っているんだ」


「えっとぉ……鬼畜?」


「心外な。僕の心は海よりも広いというのに」


「どこが!?」


 僕の言葉に驚き、ルナはけほけほ咳き込みながら指を差してくる。


 確かに彼女が驚くのもわかる。今のは過小評価だったかもしれない。

 僕の心は海どころか宇宙よりも広い。



 ゴミを見るような目線を僕に向けながら、ルナは角砂糖を一つカップに放り込んだ。


 あ、かき混ぜるスプーンがないか。


 ところが僕が席を立とうとすると、彼女は宙で指をくるくると回し始め、驚いたことにその動きに合わせてカップの中の紅茶が渦を巻き出した。



「それどうやってるの?」


「んん? あーこれねー。アタシにもよくわからないんだけど、飲み物に感謝と祈り? を捧げて心を通わせることで、念じるままに流れを発生させる? 特殊な魔法? だったかなぁ」


「なぜに疑問形」


「だからアタシにもよくわからないって言ってるでしょ。お兄ちゃんがコーヒーをかき混ぜるのに使ってたから教えてもらおうと思ったんだけど、難しすぎてアタシには理解できなかったのよ。そしたらお兄ちゃんがわざわざ魔法具を作ってくれたってわけ」


 そう言ってルナは人差し指にはめていた指輪を見せてきた。



「なるほど、魔法具か。さっきまで指輪を付けてるようには見えなかったけど、幻術の類の術式も刻まれてるのかな」


「そうよー。お兄ちゃんは魔法具を作るのも得意なんだから」


 ルナは誇らしげに、にへらっと表情を崩す。


 幸せそうにしやがって。このブラコンめ。



「さて、どうやら落ち着いてくれたみたいだし、少し話そうか」


 砂糖を溶かしたことで、彼女が美味しそうに紅茶を飲み干したのを確認し、口を開く。



「兄さんにルナの正体がバレたことについてだけど、よく考えてみたらそこまで心配しなくてもいいと思う」


「どうして?」


 答えながらも彼女はエクレアに手を伸ばし、嬉しそうに頬を緩める。


 ……はたしてこの子は話を聞く気があるのかな。



「もし兄さんがルナのことを報告するつもりだったのなら、わざわざ僕に伝える必要はないはずだ。黙って立ち去れば、後々僕を不安に陥れることができるかもしれないし。

 伝えた、ってことは少なくともルナの正体については関与するつもりがないってことだと思うんだ」


「ふーん?」


「もちろん絶対とは言えないけどね」


 苦いお茶を飲み干し、僕もエクレアに手を伸ばす。



「それから兄さんにもらった紙。これは大量の魔力を注ぐことで、あらゆる魔法陣に変化することができる魔法具の一種なんだ」


 たしか常人の内在魔力の499%分だっただろうか。5人分の魔力を注いで初めてこの紙は魔法陣の効果を発揮する。

 だからこの紙を戦闘中に使うには、あらかじめギリギリまで魔力を注いでおき、ちょっと魔力を流し込むだけで発動できるようにしておく必要がある。その分敵に奪われた場合、すぐに使われてしまう恐れもあるのだけれど。


 ただあくまで普通の人が使うならの話。竜伐者(ドラゴンスレイヤー)である僕は普通の人よりも魔力が多いから、一瞬で魔力を充填できる。



「どんな魔法陣にもなれる……?」


「うん。つまり転界魔法陣に変化することもできる」


「えっ、じゃあそれを使えば魔界に帰れるってこと!?」


 『転界』という語を聞いて、ルナの表情がさらに輝いた。


 ついさっきまでプンプンしていたというのに。ほんとこの子は感情の起伏が激しいな。そんな彼女の肩を落としてみせよう。



「まあ使わないけどね」


「あ〜、やっと家に帰れる――って、今なんて言った!?」


「使わないって」


「はぁあ!? どうして!?」


 チョコとクリームの髭を生やして、彼女は勢い良く食卓を叩く。



「兄さんが何の見返りも求めずにこんな貴重なアイテムを渡してくれるとは思えない。呪い的な何かが仕込まれているかもしれない。……僕に効くかはわからないけどね」


「そんなぁ……。じゃあこれからどうするのよ?」


「姉さんと接触できるのを待つしかない」


「えぇー……、行方不明者を当てにするしかないのぉ……」


 ガクンとうなだれ、彼女は食卓に倒れ込んだ。


 そんな彼女を放置して僕は紅茶のおかわりを注ぎ、しばらくの間のんびりとくつろぐことにした。


 ……さて、姉さんが魔界から帰ってきてくれればいいんだけど。


 

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