彼と彼女と彼女と彼
どんよりとした雲に覆われた空の下、死臭が充満する墓場を一人の男が歩いていた。その男は黒色で丈の長いコートを羽織り、これまた黒のマフラーを巻いている。
絶好の散歩日和の中最高の散歩コースを歩くという優雅な一時を過ごしていた彼だったが、残念ながら今日も招かれざるお客様のお出ましによって散歩などしていられない忙しい一日になりそうだ。
「いたぞ! 銀髪に赤と青のオッドアイ、そして流れ出る邪悪な魔力! アイツが魔王だ!!」
彼の背後から4つの影が迫り、鋭い殺気を向けてきたのだ。
ずっと城内にいると息が詰まる。そう思い、気分転換をしようとして外に出たのが10分前。だが安らぎを求める彼の意志に反して面倒な事に巻き込まれてしまった。
「もう逃がさないわよ!」
彼は一目でその正体を見破った。
――人間たちの希望の星。勇者とその仲間だ。
人間達の中でもとりわけ実力を持つであろうその青年らは討伐対象である彼を見つけ、歓喜、そして恐怖に震える。
「あー……、遠い人間界からわざわざ来てくれたところ申し訳ないんだが、帰ってもらえないか? 俺戦いが嫌いなんだよ」
親切心からそう提案してやったが、武闘家と思われる青年がこめかみに青い筋を浮かばせて反論してきた。
「何言ってやがる! てめーをぶっ殺して帰るに決まってんだろ!」
「おい、奴のペースに乗せられるな! 油断したところをやられるぞ!」
「お、おう。わりぃ」
「動かれる前に先手を打つぞ! みんな畳み掛けろ!」
魔王の彼が制止する間もなく、勇者達は各々の手、あるいは得物に魔力を込め始めた。
「はぁ……本当なんでこうなるかな。俺は戦いが嫌いだってのに」
彼がため息をつくのと同時に、勇者達は一撃で城壁をも粉砕するような強力な魔法を発動する。
「――“爆炎仏滅拳”!!」
「――“聖心鎮魂歌”!!」
「――“岩石連弾”!」
「――“雷槍十文字”!!!」
己の身に迫る魔法を見て、彼は「仕方ないな」と呟き右手を正面にかざした。
「――“黒焔”」
◇ ◇ ◇
「サタン様、また部下も連れずにこんなところにいらしたのですか!」
勇者達を気絶させ、彼らを人間界へと強制送還すると、燕尾服のようなものを着た白髪の老人が慌てて駆け寄ってきた。
「いいじゃないか。『こんなところ』と言っても城のすぐ外だし、領内ならどこに行こうと俺の勝手だろ」
「しかしサタン様に万が一のことがあったら、このじぃは悲しくて生きてはいられませぬ」
「それはそうかもしれないけどさ……」
老人に対し強くは言い返せないのか、サタンと呼ばれた彼は頭を掻きながら反論する。
「とにかく! これからは外出する際は必ず供の者を付けてください! いいですね!?」
「えー……別にいいだろ? 自分の身は自分で守るって」
「駄目です! じぃは奥方様に誓ったのです。全身全霊でサタン様をお守りすると。今貴方が置かれている状況はサタン様もご存知でしょう!? 人間はもちろんのこと、北の魔王や西の魔王にも狙われているのですぞ!? そんな中お一人で外出されるなど……」
数時間前に聞いたばかりの小言に辟易し、彼は頭を掻く。
言われるまでもなく、幾千の者に命を狙われている中一人で出歩くのは危険だということはわかっている。
それでも城に閉じ籠ってばかりなのは嫌だ。自分がいなくたって魔王軍は十分機能するし、なにより若いうちに外の世界を知っておきたいのだ。
――と彼は考えているのだが、周囲からの期待、そして魔王としての責任感に圧迫され、今までその考えを周囲に漏らすことはできなかった。
だが、本当にそれでいいのか。このままでは一生城の中で暮らすことになってしまうのではないか。
「どうしたもんかな……。ハルバードに迷惑はかけたくないけど外の世界を見て回って何かを得られるかもしれないし。そしたら魔王軍を発展させて、こいつを喜ばせられると思うんだよな……」
もう何年も悩み続けてきたことだけに、早く結論を出さなければとは思う。
とりあえず今日のところはおとなしく城に戻るか……と足を踏み出したその瞬間、彼の目の前の空間が突然歪みだした。
「こっ、これは人間界と魔界をつなぐ扉!? しかも強力な結界を張ってある城の近くで開こうとしている。これは異常事態ですぞ、今すぐ退避して下さいサタン様!」
「また人間界からのお客さんか? もう戦うのはうんざりなんだけどな……」
「サタン様っ!! 聞いていますか!?」
彼の城には時空の歪みを抑制する強力な結界が張ってあるため、本来一部の幹部を除けば城の近辺に転移や転界できる者などいない。
しかしその理を破って世界をつなぐ扉が出現したため、彼がハルバードと呼んだ老人はうろたえる。
一方の彼は億劫そうに現状を分析する。
「穏便に話を進めたいところだが、そううまくはいかないよなぁ」
「サタン様っっ!!!」
その場を動こうとしない彼をなんとか城内に連れて行こうとハルバードが声を荒らげるが、既に手遅れだった。
「一日に2回も来客なんて珍しいこともあるもんだ」
彼が呟くのと同時に扉が開き、次元の狭間があらわになる。そして中から姿を表したのは――
「「――女!?」」
絹のドレスに身を包んだ一人の可憐な女性だった。
◇◆◇◆◇
雲ひとつない青々とした空が広がるのどかな高原に、一人の少年が寝そべっていた。色々な荷物が入った麻の袋を枕代わりに寝ている金髪の少年の表情は、高原同様にとても穏やかだ。
しばらくの間気持ち良さそうに眠っていた彼だったが、遠くから地響きが聞こえてくるとハッと目を覚ました。
「10時の方角、距離は700……いや600ほどか」
すぐに立ち上がって剣の柄を握り、音源の位置を確認する。そして音源が近づいてくると瞑目し、集中力を高める。
「依頼を受けるのは面倒だけど、生活費を稼ぐためだからね。さっさと終わらせて読書でもしようかな」
笑みを浮かべ、剣に魔力を注ぎ込む。そして音が間近に迫ると目を開き、抜剣。目標へ向かって剣を一閃した。
「――“閃光一文字”」
◆ ◆ ◆
「よし、帰ろう」
討伐依頼を受けていた魔物を倒し、死骸を焼き払った彼は、満足げな表情で荷物をまとめて街へ帰る準備を整えた。そうしてから手首につけていたブレスレットを叩き、耳に当てる。
『もしもし、シルフィーネさん? 僕です。依頼されていた魔物は倒しました。これからそっちに向かいます』
魔力を頭部へ集中させ、彼は脳内で誰かに語りかけた。すると数秒の沈黙の後、彼の脳内に綺麗なソプラノ声が響いてきた。
『あら、もう終わったの? さすがね』
『えぇ、まあ……。小さい頃から鍛えられていたので。それより依頼用紙とペンの準備をお願いします』
『ふふ、わかりました。帰り道も気をつけてね、ドラゴニカくん』
『はい。では失礼します』
そう言って彼は耳からブレスレットを離した。
「“ドラゴニカ”……か。今も僕のことをそう呼ぶのはシルフィーネさんぐらいだな……」
そのように呼ばれることを嫌っているわけではなさそうだが、ちょっとした事情があるかのように呟き歩き始める。と、その時。
「……ぁぁぁぁああああああ!!!」
彼の頭上からもの凄い勢いで何かが落下してきた。彼がとっさに横に飛ぶと、その何かは勢いそのままに激しい音をたてて墜落した。
魔物か!? と腰に手を伸ばし剣の柄を握る。
本当はもう依頼を達成したため戦いたくなどなかったのだが、ギリギリまで反応できなかったということは相当な手練だと判断し、彼は仕方なく墜落地点に近づく。
しばらくして視界を確保できた彼がクレーターの中を覗くと――
「お、女の子!? ていうか魔族!?」
真紅のローブを纏った、頭部から角の生えている少女が転がっていた。
受験等の関係で2年近く温めてきた作品をようやく公開することができました。拙い文章ですが、どうぞ温かい目で見守っていただければと思います。