Side-L vs四天王【宵の月】§2
爆発音が響き渡り、一点に凝縮されていた魔力が凄まじい威力をもって重力の結界を破壊した。さらに結界を破壊するのみならず、勢いを弱めながらも辺りを爆風で薙ぎ払っていく。
「なっ……! ちょ、ちょっと待っ――うひゃあっ!」
突然の爆撃に、重力の結界を仕掛けたルナは防御する体勢を整える間もなく数メートル吹き飛ばされた。
結界を破壊し、すぐにルナの姿を捉えた僕はその隙を逃さず一息で接近。拳に魔力を乗せて振り抜いた。
「はあっ!」
「くっ……、ナメんじゃ……ないわよ!」
だが体勢を崩していたルナは魔力の塊を放つことで推進力を得て、身体の向きを変え、すれすれのところで回避した。敵ながらあっぱれだ。
もちろん称賛の言葉は口にせず、ルナが攻勢に出ぬよう次々と拳を繰り出す。彼女が守勢に回っている今がチャンスだ。この機を逃してなるものか。
殴打の嵐を浴びせながら次なる一手に繋げるべく、魔力を練り上げる。魔力のうねりに気づいたルナはとっさに障壁を張るが、それでは僕の一手を防げない。
「――“閃光”」
闇夜を照らす、まばゆき光。至近距離でそれを発動されたルナはたまらず目を塞いだ。
僕は確実に仕留めるため更に術式を練り上げる。
「“雷桜封殺陣”」
先程突破された捕縛魔法を再び放つ。ただこのままでは先程の二の舞いになってしまうので、もう一段階工夫を加える。
「――“雷桜封殺陣・弐ノ型【縫合】”」
ルナの全身を縛る電撃をいじり、地面に縫い合わせる。
更に念には念を入れて、先程使った重力魔法をピンポイントで両の手首と足首にかける。そして最後に僕自身に身体強化魔法と重力魔法をかけつつルナの背中を押さえつけ、身動きが取れないようにした。
後は、10秒数えるだけ。
「1…2…3……」
まだ動く気配はないが、油断は禁物。じっとルナの筋肉や魔力に変化がないか観察する。
「5…6……」
ピクリと手首が動いた。同時に魔力が彼女の右手に集まっていくのを感じたので、右腕全体に電撃を流して魔力の流れを乱す。
どこからか「チッ」と舌打ちが聞こえたが、たぶん気のせいだろう。うん。
「8…きゅ――」
「あーもう! ――“月光姫”!!」
瞬間、爆発にも似た魔力の奔流が発生し、ルナの全身を覆う光の柱が立った。
しかし、それでも彼女は立ち上がることができなかった。
「……はひ?」
「はい、10秒経過。ルナの負け」
「ちょっと待ったちょっと待った! 何でこうなるのよ!」
「いや、何でと言われても……ねぇ?」
もう勝敗は決したのでルナを押さえつけていた手を離すと、いきなり胸ぐらを掴まれてしまった。頭がぐわんぐわん揺れるのでやめてほしい。
「だって……! 本当は使いたくなかったアタシの奥義を使ったっていうのに、何も起こらなかったじゃない!」
「それは単にルナの実力不足というか……」
「ふざけないで! ちゃんと説明しなさいよ!!」
「いや何で勝った僕が君の言うことを聞かなきゃいけないの。……仕方ないから説明するけどさ」
今ここで解説してやらないと夜も寝させてくれなさそうだ。安眠を妨害されることだけは勘弁してほしいので、渋々解説をする。
「まず、さっきルナが使おうとしてたのは身体強化魔法みたいなもんでしょ。変な光の柱が発生してたから他にも効果はあるのかもしれないけど」
「へ、変なって何よ! 失礼ね!」
「それで力任せに捕縛から逃れようとしたみたいだけど、僕が力づくで押さえつけてたからね。君と同じように身体強化してたから、結局僕の膂力の方が上回って君は立ち上がることができなかった、と」
まあこんなところでしょう。さりげなく“雷桜封殺陣”とか重力魔法とか吹き飛ばしてたけど、あいにく僕の身体までは吹き飛ばせなかったからね。そりゃ、立ち上がろうとしてる人をそのまま見逃すはずがない。
「そんな〜、アタシの身体強化魔法が通用しないなんて……。かなりショックなんですけど……」
「それは良かったね」
「全っ然良くない!」
「はは、何だ。普通に元気じゃない」
相当ルナは落ち込んでるみたいだけど、僕だってそれなりにショックを受けている。何しろ初めて“雷桜封殺陣”を突破――それも1回目は純粋な膂力だけで突破されたのだ。中枢魔法協会の一員として、これ以上の屈辱はない。
「も〜、アタシが戦ったことのある人間はもっと弱かったのに……。勇者でさえこんなに強くなかったし……。ライトは強すぎよ。絶対人間たちの中でトップクラスでしょ」
「さてね。あまり他の人と戦ったことがないからよく分からないな。まあ僕は“竜伐者”だから、そこら辺の連中よりは強いはずだ。勇者の実力はどんなもんなのか分からないけど、たぶん、聖魔導騎士団の団長くらいなら片手でひねり潰せると思うよ」
「聖魔導騎士団って……何?」
「簡単に言えば、王国最強の騎士団だね」
「ぜんぜん『団長くらい』っていうレベルじゃないでしょそれ!」
「ははっ、そうだね」
ルナの的確なツッコミに、僕はただ笑いを返す。
聖魔導騎士団の団長といったらエントポリス王国の中でも十本の指に入るくらいの強者だ。いくら竜伐者の僕と言えども、楽に勝てる相手ではない。
それでも彼に負ける自分が想像できない。彼の力の底を見たわけではないけれど、魔力の格が違うのだ。そういうのは直接戦わなくともなんとなくわかる。
「何でこんなに強いのにDランクなのよあんた……」
「んー、あんまり目立ちたくないから、ってのが一番かな。Dランクでも生活に困らないくらいには稼げるし。
それより、ルナこそなかなか強いじゃないか。魔族は皆こんなに強いもんなの?」
自身のことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だというわけではないけれど、魔族の彼女に必要以上の情報を渡すのはためらわれるので、彼女に尋ねられたのと同じような質問をする。
「まさか。四天王のアタシと同じくらいの力を持ってるヤツなんてそうそういないわよ」
「……四天王?」
「何よ、まさか魔王軍の最高幹部格である四天王を知らないっていうの?」
「あ、いや、そうじゃなくて……。四天王って、誰が?」
「だからアタシだって言ってるでしょ」
「……嘘」
「本当よ」
「冗談じゃなくて?」
「本当だって言ってるじゃない! 東の魔王軍四天王【宵の月】ルナ・ジクロロ・サタン。何度か魔界に侵攻してきた勇者と戦ったこともあるんですけど」
「……それは驚いた」
【宵の月】という二つ名は聞いたことがないけれど、魔王軍に四天王なるものがいるというのは聞いたことがある。勇者とも互角に渡り合えるような化物らしい、ということくらいしか知らないけども。
そもそも、数多の勇者を擁する勇者養成学園はもっと情報を公開するべきなのだ。あそこの連中は徹底した秘密主義で知られ、毎週のように魔界に勇者を送り込んでいるものの、魔界で得た情報は王侯に伝えるだけで一般には公開しないのだ。
学園ならば四天王に関する情報も少なからず持っているだろうに。
一つ確実に言えることがあるとすれば、数え切れないほどの勇者を送り込んだにも関わらず、未だ魔王の討伐には至っていないということだ。
「それより久々に心置きなく体を動かせたわ。人間相手なら、間違って殺したところでアタシは困らないし」
「間違って殺されるほど僕はやわじゃないけどね」
まるで日常会話のように全然日常じゃない会話をしながら、トコトコと寄ってきたフェルの頭を撫でてやる。
「そういえば今更かもしれないけど、ルナは人間を襲ったりしないんだね。昨日の夜も、人間を倒すというより自分の身を守るために魔物を操ってたみたいだし。間違って殺しても、なんて言いながら、人間を攻撃しようとする素振りが見られない」
「当たり前よ。魔界を侵略しようとしているヤツらならともかく、罪のない人間を襲うほど残酷じゃないわよ」
「へー、戦い好きな割には優しいんだね。【侵略者】の妹とは思えない」
称賛するつもりでそう言ってあげると、なぜかルナの表情が曇った。
「人間はお兄ちゃんのことそう呼んだりするけどね、お兄ちゃんが魔王になってから7年間、東の魔王軍は一度も人間界に侵攻してないのよ?」
「……どういうこと? 毎週のように大陸の南部に現れてるって聞いてるけど」
「まあ、人間ならみんなそう思うわよね。でも、現在人間界に侵攻しているのは北の魔王軍なの」
「北の魔王軍?」
僕の知ってるのとは異なる情報に少し戸惑う。
数年前――ルナによれば7年前――に代代わりしたらしい東の魔王は、2、3年前から人間界の大陸南部に侵攻するようになり、大陸の一部が魔族の手に落ちた。
それが我々人間の認識だ。
ところが東の魔王軍は人間界に侵攻してきてないという。
「そう。人間界に拠点を築くことで北の魔王領と人間界から挟み撃ちできるよう、【北の魔王】が積極的に人間界を狙うようになったの。東の魔王軍と北の魔王軍が直接ぶつかったのは何年も前だから、直接東の魔王領を攻めてはこないけど、狙いは明白よね」
「うーん、まあ」
「そして人間たちの怒りの矛先がお兄ちゃんに向くよう、人間の都市を攻める際には自分たちが東の魔王軍であると呼称してるの」
「なるほど……」
確かに彼女の話が本当なら合理的なことだ。転界魔法を使わずとも人間界と魔界を行き来できる唯一の場所は、大陸の南部、それもちょうど魔族と人間の軍事境界線辺りにある。
そこは東の魔王領に通じているらしいから、大陸の南部を完全に制圧すれば東の魔王領を攻めるのに都合がいい。
しかも東の魔王領を直接攻めてるわけではないから、東の魔王軍にも手が出しづらい。東の魔王軍が動けば、それこそ東の魔王領を攻める口実ができる。
なんとも戦というものをわかっているようで。
ルナの言葉が本当かどうか、まだ判断はできないんだけどね。
兄をかばうためにそう言っているのかもしれない。直接彼女の兄に会うまでは確かめようがないね。
だけど、到底そんなことは言えなかった。言葉の端々にまで、兄に対する愛情が込められていたから。さすがの僕でも固く口を結ぶしかない。
「だから……その、あんまり【侵略者】とか、【残虐】とかって言わないでほしい。アタシの言葉だけじゃ信用できないかもしれないけど、たぶんお兄ちゃんは魔界の中で一番優しい魔族だから」
試合中とは打って変わってしおらしい微笑みを浮かべ、弱々しい言葉を漏らしたルナを見て、僕はただ、頷くことしかできなかった。