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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-O 人間の街


『なっ……、さ、サタン様!? ルナ様がさらわれたのやもしれないのですぞ!? 心配ではないのですか!?』


 ルナがいなくなった、とうろたえながら念話をしてきたハルバードに対する俺の答えがあまりにもそっけなかったためか、彼は声を張り上げてきた。



『そりゃ何日も城に帰ってこないってんなら心配にもなるけど、まだ昨日の今日の話だろ? 子供っぽいところが残ってるとはいえ、ルナだってもう16歳なんだから一晩帰ってこないくらいで騒ぐ必要もないだろ』


『ですが、ルナ様はサタン様の妹君。他の魔王に誘拐されたとしても不思議はありません! 人質としての価値は、言うまでもないではありませぬか』


 んー、確かにそうなんだけどさ……。さすがに他の魔王が東の魔王領に侵入してきたら、魔力の巨大さにすぐに気づくと思うんだよなぁ。


 結界を張って魔力を遮断するって方法もあるにはあるが、コソコソした行動を嫌う魔族の長が、そんな周りの魔族から馬鹿にされるようなことをするとも思えない。もちろん断言はできないが。


 それに何より、ルナが抵抗もできずに連れ去られるとは思えない。魔王を倒すとまではいかなくても、一矢報いることぐらいはできるはずだ。



『もう一日くらいは様子を見てもいいんじゃないか? お前の言うとおり誘拐されてもおかしくはないけど、まだそうと決まったわけじゃないだろう。あいつだってたまには外泊したくなるだろうさ』


『しかし……』


『しかしもお菓子もない。とはいえお前が心配する気持ちも理解できないではないからな。外出がてら俺の方でも探しておくよ』


『…………わかりました。外出というと、オリビア殿とでしょうか?』


『ああ。護衛は……そうだな、4人くらい付けてくれれば十分だ。オリビアに悟られないよう、街に溶け込めるような奴にしてくれよな』


『承知しました』


 耳から水晶玉を離し、ハルバードとの念話を切る。

 「ふぅ」と息を吐くと、マリアが眉根を寄せてこちらを見つめてきた。



「何かあったのかい?」


「ああ。ハルバードの話ではルナが昨日から部屋に戻ってないみたいなんだ」


「あれま、それは大変なことじゃないか。でもお嬢様も年頃の女の子だからねぇ。恋人の一人や二人くらいいても不思議はないから、案外楽しくやってるかもしれないよ」


「……そうだな」


 ハルバードと同じく、俺達兄妹のことを実の子供のようにかわいがってくれるだけあって、マリアもルナのことを心配しているようだ。

 ただハルバードとは違い、ルナにも事情があるのだろうということは理解してくれている。少々返答に困るような台詞を吐くのは困るけどな。



「まっ、あたし達がうじうじ悩んだところでどうしようもないさ。何日かすれば帰ってくるよ。それより早くご飯を食べちゃいな」


「わかってる」


 マリアに促され、俺は水晶玉を懐にしまって立ち上がった。


 今頃ハルバードはルナを探すのに必死になっていることだろう。様子を見るようにとは言ったものの、何よりも俺たち兄妹のことを考えているハルバードのことだ。おとなしくしているとは思えない。


 あいつを安心させるためにも、ルナの居場所くらいは確認しておかないとな。出来る限りルナには自由に行動してもらいたいので、無理に帰ってくるようには言わないが。

 現在地さえわかれば、ハルバードも少しは安心できるだろう。


 今日は朝から忙しくなりそうだ。億劫だ、と感じるのと同時に、たまにはこういうのもいいなと思う。


 清々しい朝の冷気を肌に感じながら、俺は歯磨きと洗顔をするため、城の1階にある大浴場へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



「ふぅ〜、おいしいご飯でしたね」


 食事を終え、口腔環境を整えた俺はオリビアと並んで南通りに来ていた。

 今回もきっちり、彼女の頭に幻術をかけて角を生やしている。



魔王城(うち)には腕利きの侍従がいっぱいいるからな。いつでも美味しいご飯が食べられるのがうちの売りだ」


「わたしにも作れるようになりますかね?」


「さあ、どうだろう。マリアに教えてもらえばそれなりのものは作れるようになるとは思うけど、貴族には必要ない技術(スキル)だろう?」


 ルナの魔力の痕跡が残っていないか周囲を見渡しながら、耳だけオリビアの方に傾ける。



「それはそうですけど、かっこいいじゃないですか。料理ができる女性って」


「まあな」


 しばらく歩いていくと、右手前方に、大きなとんがり帽子の看板が立っている荘厳な建物が見えてきた。



「なんだかあのお店、異様に目立ってますね」


「あー、あれは魔界の各地に支店を持ってる魔法具屋だな。戦闘補助の品物より、女性のアクセサリーとなるような品物がメインの店なんだ」


「アクセサリーですか……。少し寄ってもいいですか?」


「少しと言わずに、何時間でもいいぞ」


 それを聞いて、彼女は「ありがとうございます」と言ってから嬉しそうに駆けていった。



「ちょうど一人になれたしルナに念話してみるか」


 店の前のベンチまで歩いていってから、ルナと念話を繋ぐことができる水晶玉を取り出して腰を下ろす。そして回線を繋ぐため水晶玉へ魔力を注ぐ。


 だが、繋がらなかった。


 ザザーッというノイズが聞こえるばかりで、水晶から伸びようとしていた魔力回線はしばらく行くと四散してしまう。



「……おかしいな。ルナの水晶玉に傷でもついてるのか?」


 普通、所有者が水晶玉を携帯していない場合でも思念が伝わらないだけで回線自体は繋がる。それが繋がらないということは、向こうの水晶玉に問題があるか、距離が離れすぎているかのどちらかだ。


 ハルバードの言うように、他の魔王領に連れて行かれたのだろうか。


 ただ今の段階では何とも言えない。いくら俺が開発した魔法具とはいえ、欠陥がないとは限らないからな。


 念話ができないとなると、自分の足を使って探すしかないだろうか、などと考えていると、店の中からオリビアが戻ってきた。



「もういいのか?」


「はい。初めから少し眺めるだけにしようと決めていたので」


「そうか。じゃあ行くか」


 念話のことは忘れて、ゆるりと腰を上げる。


 そういえば護衛が4人ついてきているはずだが、ざっと周りを見渡しただけだとどこにいるのかわからないな。きちんと街に溶け込めているようだ。


 服の皺を伸ばしてから、俺達は再び歩き始めた。



 しばらく大通りを歩いていると、不意にオリビアが肩をつついてきた。



「オラクさん、少し気になったのですけど、魔界で使われている貨幣はどのようなものなのでしょうか?」


「ん? あー、貨幣か。魔界に流通している貨幣の種類は魔王領によって異なるが、東の魔王領では現在人間界と同じものを使っている」


「同じものだったんですか。なぜそのように?」


「一つ、デザインを考えるのが面倒だったこと。一つ、硬貨の種類が多いため品物の細かい金額設定が可能になること。一つ、人間と交易する際に用いることができること。この3つの理由だな」


「なるほど……。でも人間界と同じ貨幣を使うということは、この領地では自由に貨幣を製造することができないのではありませんか?」


 僅かに頭を傾けながら彼女は尋ねてくる。



「そうだな、俺は最初はそれでもいいと思っていたんだ。けどやっぱり、金の流れを細かにコントロールするためには自由に貨幣が発行できることが必要だった」


 ポケットの硬貨をジャラジャラといじりながら、彼女の問いに答えてやる。ところが俺の話に不可解なところがあると感じた彼女は更に質問を重ねてきた。



「では……やはり独自の貨幣を作ろうとしているのですか?」


「いいや、その必要はない」


「え? え?? でも……」


「なぜなら、貴国が抱える貨幣製造専門の、優秀な錬金術師を大勢引き入れたからな」


 それを聞いて、オリビアは口に手を当て目を丸くした。



「そ、そういえば2、3年前にエントポリス王国の錬金術師が大勢誘拐された事件がありました!」


「誘拐したわけではないんだけどな……。転界魔法を扱える配下が人間界に行って、彼らをスカウトしてきたんだ。魔族の下に付きたくないという者がほとんどだったが、それ以上に当時の労働条件に不満を持っていたらしくてな。それなりの数の者達が魔界へ来ることを承諾してくれた」


「わたし達の知らないところでそんなやり取りが行われていたんですか……」


「まあ魔界へ来ることを承諾した者以外の記憶は全員改ざんしたから、人間達は何がなんだか分からなかっただろうな」


 感心したように頷いていた彼女だったが、ふと何かを思い出しピタリと止まった。



「あれ? さっき人間との交易とおっしゃいました?」


「言ったな」


「交易なんて行っていたんですか?」


「あまり知られてはいないが、非公式のものを細々とやっている」


「非公式……ですか。でもどこで取引を? 人間の方がいたら目立つと思うのですが……」


 昨日今日と人間の姿を見ていないからだろう。周囲に人間がいないことを確かめるようにキョロキョロしながら尋ねてきた。



「オリビアの言う通り、魔界の地上に人間がいたらすぐにわかるだろうな。それにこの辺りの魔族にはいないが、北の魔王領なんかでは人間を見たらすぐに首を刎ねるような輩もいる。だから人間界から交易を目当てにやって来た者には、安全のためすぐにある場所に向かってもらうようにしているんだ」


 一旦そこで言葉を切り、「ある場所?」と首をかしげるオリビアを無視して裏路地に入る。薄暗い道を右へ左へ曲がりながら進んでいき、一軒のあばら家に到着した。

 みすぼらしい外見からは想像もつかないが、この小さな建物には多数の結界が張られている。


 スッと結界に手を添え魔力を注ぐと、結界の一部分に人一人が通れるかという小さな穴が空いた。



「幾重にも張り巡らされた結界を一瞬で解除するなんて……。さすがですね」


「正確に言うと解除したわけではないな。俺の魔力を感知すると入り口が開くようになっているんだ。というかよく結界に気づいたな。結界を張ってあるのがバレないように認識阻害の結界も重ねているんだが」


「ほんの僅かにですが、大気を漂う魔力の流れが乱れていたので」


「なるほど」


 喋りながらオリビアを招き入れ、結界を閉じる。建物の中に入ると、埃を被った机と、その先に下へ続く螺旋階段があった。


 戸惑う彼女の手を取り暗い階段を降りていく。

 何段、何十段と降り、気が滅入りそうになろうかというところで、蝋燭の仄かな明かりに照らされた、両開きの木製の扉が姿を現した。



「さっき、どこで取引をしているのか、と言ったな。この扉を開けた先にあるのが、その答えだ」


 言いながら扉に魔力を注ぎ、両腕にぐっと力を込める。


 ギィィッ…と古めかしい音を立てて開いていく扉の奥から光が漏れてくる。


 俺が扉を開けている間、暗い階段を降りてきたせいで視界が安定しないのかオリビアは目を細めていた。だが扉の先に広がっている光景が目に飛び込んでくると、彼女は目を見開き、翡翠色の瞳を輝かせた。






 そこには、大勢の人々が行き交う人間の街があった。


 

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