Side-L vs四天王【宵の月】§1
異種の魔力が激突し、辺りに粉塵を撒き散らす。モクモクと上がる砂埃にルナの姿を見失うも、魔力の存在は逃さない。
最初に彼女が立っていた場所よりほんの僅かに左、そこに揺らぐ魔力を感じる。おそらく魔法を練っているのだろう。それが放たれる前に、僕は一瞬で間合いを詰める。
拳に魔力を込め、一気に振り抜く。
「砂塵で姿を隠そうとしたみたいだけど、無駄だよ」
言いながら放たれた一撃は、確かにルナの魔力を捉えた――
「にゃっははは、ざ〜んねぇ〜ん、アタシはこっちよ」
「っ!?」
が、しかし、砂埃が収まるとそこには何もいなかった。慌ててバックステップを取ろうとした時には手遅れだった。
背中に衝撃が走り、僕はたまらず膝をつく。
「おかしいな。確かに殴ったと思ったんだけど」
「そうね、確かに殴られたわ。アタシの魔力は」
「……どういう仕組みか教えてもらえないかな」
「ふふふ、いいわよ。特別に教えてあげる。人間とか魔族とかに関わらず、場数を踏んだ強者っていうのは、視覚だけでなく魔力を感知して敵の居場所を探る」
うん、まあそうだろうね。目に見えない相手の動きに対応できるのも魔力を感知してるからだし。
「で、今みたいに完全に視覚が使い物にならなくなるとどうしても魔力を感知することでしか相手の居場所を探れなくなるから、アタシはあんたが拳を突き出そうとした場所に魔力の塊をごっそり置いといたのよ。その上でアタシ本体の魔力を希薄なものにして、あんたに気づかれないよう背後に回ったってわけ」
なるほど。昨日からルナを観察してる限り彼女はあまり頭を使うのが得意ではなさそうだったけど、戦闘に関してはその限りではないということか。
いや、でも昨夜の魔物を操っていたのはどうにも頭が悪そうだったけど――
「まあ今の説明は全部お兄ちゃんの受け売りなんだけどねー」
――やっぱり頭を使っていたわけじゃないのか。というか、馬鹿正直に技の解説をしてる時点で脳のレベルはお察し、か。
とはいえ彼女に抜群の戦闘センスがあることは間違いない。
「解説ありがとう。おかげで“仕込み”が終わったよ」
「え?」
「――“雷桜封殺陣”」
服に付いた埃を払いながら立ち上がり、ルナに手のひらを向けてからグッと握りしめる。すると彼女の周りに無数の魔法陣が出現し、白桃色の雷が彼女の痩身を捕らえた。
「いったあっ! ちょっと何するのよ!」
バチバチと迸る電撃に顔を歪めながらルナは言う。
「見ての通り、君を縛ったのさ」
筋肉を動かすたびきつくなっていく封殺陣によって動きを封じられたルナの元へ近づきながら、解説とは呼べない解説をする。ルナは頭に血が昇っているみたいだが、残念ながら反撃することは叶わない。
「これで降参してくれるなら僕としても楽なんだけど」
「ふんっ、誰が降参なんかするってのよ」
「……やっぱりそうだよね」
降参するか、地面に倒れて10秒経ったら負け。いくらお馬鹿さんでも事前に決めたルールくらいは覚えているらしく、試合が始まる前からなんとなく想像していた通り、降参する気はさらさらないようだ。
こうなると捕縛系統の魔法で地面に縛り付けるのが最善策だろうか。
さっさと試合を終わらせるべく、僕は雷桜封殺陣を発動したまま新たな魔法を放つ。
「――“重力場”」
闇属性魔法の基本ともいえる重力系統の魔法。その中でも広域に影響を及ぼす魔法を使い、更にルナの動きを封じる。
それでも決して倒れまいと、ルナは必死に踏ん張ってなんとか倒れるのを防いだ。
正直驚いた。華奢な体躯のルナでは“雷桜封殺陣”だけでも耐えられないのではないかと思っていたが、更に魔法を重ねがけしても耐えられるとは。
魔族は見た目から膂力を予測することは不可能に近いというが、その情報は本当だったらしい。それとも、ルナの精神力が強いのか。
「あんた考え事をしてるみたいだけど、実戦でそんなことしてたら足元すくわれるわよ」
「大丈夫。戦場では足を止めたりしないから。それに君みたいなお子様に足元すくわれるほど僕は落ちぶれていないんで」
「っ! なめやがって……っ!」
まだ喋れたことに驚くも、ルナに心情を悟られないよう挑発して返す。例によってルナはいとも容易く僕の挑発に乗った。頭に血が上り、冷静さを失えば失うほど二重の縛りから逃れるのは難しくなる。
このままじっくりと心にダメージを与えていくのが安全だろうと判断し、僕はさらなる口撃を加えようとし――世界が逆さまになった。
「!?」
何だ、何が起きたんだ。
ぐるぐると回る視界に混乱していると、今度は腹部に激しい衝撃が走った。
「がはっ」
衝撃が一瞬で背中まで抜け、僕は地面に打ち付けられる。そこでようやく視界の隅に人影が映り、何が起こったのかを理解した。
どうやら馬鹿力を発揮したルナが拘束を破り、目にも止まらぬ速さで僕を殴りつけたみたいだ。
とりあえずの状況を確認してから、10秒が経過する前に立ち上がる。
「まさか力尽くで拘束を解くなんて……。すごいね」
「だからっ! そういうことしてるから足元すくわれるんだって言ってんでしょ!」
呼吸を整えつつ素直にルナを称賛してあげたが、僕の言葉を無視し、ルナは再び姿を消した。
「ふむ。これは面倒だなぁ。ただの試合なんだからもう少しゆっくり戦いたかったのに」
「ふんっ! アタシに勝負を挑んだことを後悔しなさい!」
言いながら僕の正面に姿を現し、彼女は魔力を乗せた正拳突きを放ってきた。だけど今度はしっかりと動きを捉えている。
「油断してたことは悪かった。謝るよ。でも、ここからは集中していく。申し訳ないけど、後悔するつもりはない」
僅かに体を傾けて、ルナの拳をかわす。するとルナは悔しがるどころか、むしろ嬉しそうに口角を上げた。
「剣士の命とも言える肝心の剣がないっていうのに、アタシに勝つつもり?」
「あいにく、僕は剣にこだわりはないんでね。魔法を放つ媒体として使っているに過ぎない」
「ふ〜ん、だったら魔法協会に剣士の役職を返上したら?」
「そうだね。考えておくよ」
当てることができなかった拳を引っ込め、ルナは次なる拳を放つ。また僕が避ける。ルナは更に拳を放つ。避ける。放つ。避ける。放つ。避ける。放つ。
ルナが攻め、僕が守るという一方的な攻防が続くに連れ、ルナの殴打は残像が見えるほど速くなっていき、同時に僕も身体能力を強化する魔法を重ねていく。
やがて拳の残像が40を超えたところで、ルナはピタリと殴打の嵐を止め、僕の眼前で拳を開いた。
「――“重力閉鎖結界”」
彼女の小さな手のひらから、世界を黒く塗りつぶす魔力が溢れ出てくる。魔法を使ってくる予兆などなかったため、にわかには反応できず、僕は慌てて闇夜を切り裂く魔法を使おうとしたが、その魔法を発動する媒体となる剣が無かったことを失念していた。
違う魔法を構成しようとした時には既に遅く、僕の身体は完全に漆黒の結界に包まれた。
一拍遅れて四方から重力の波が襲い掛かってきて、僕の身体が宙に浮く。
浮く、と言うと楽しそうに聞こえるかもしれないが、全くそんなことはない。全身の骨がきしみ、筋肉もある一点に収束しようとしている。
あらゆる方向からの重力により、対象者を圧殺する。なんとも恐ろしい結界魔法だ。
だが幸い身体が宙に浮いているお陰で背中が地面に着くことはなさそうだ。ルナがこの結界内を覗けるとしても、10秒カウントを数えられて敗北、なんてことにはならない。もっとも僕の身体が延々と重力に耐えられれば、の話だけど。
「文字通り八方塞がりかな」
この状態じゃ突破口を見つけるだけでも一苦労だ。
ああ、でもさっきはついつい魔法を練り上げるのを途中でやめてしまったけれど、この強大な重力に逆らえるくらいの勢いがある魔法を使えば、何とか結界を壊せるのかな。
身体強化魔法は問題なく使えているので、魔力を乱す効果はないと思われる。とりあえず一発試してみようか。
僕は結界内に大爆発を起こすべく、炎の属性を持った魔力を一点に集中させた――。
一章の途中までは毎日2話、途中から2日に1話のペースで更新していきます。切り替わるタイミングになりましたら、また改めてお知らせします。
また毎月25〜31日は執筆期間のため、休載とさせていただきます。ご理解のほどよろしくお願いいたします。