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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
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大魔王杯


 ──魔王祭最終日──



 1週間の祭りもいよいよ最高潮。最終日を迎えた。

 最終日最大の目玉とも言えるトーナメントの開催を前にして、多くの領民が食べ物を手に話に熱中している。


 僕たちも早々と会場入りを済ませ、試合に備えていた。



「だいぶ集まってきたね」


 魔王軍幹部にあてがわれた部屋の窓から観客席を見下ろす。



「緊張してきた?」


 揶揄からかうようにルナが僕の顔を覗いてくる。



「まさか。これだけの人数の前でルナの負ける姿を晒すのが申し訳ないなって」


「は? なんでアタシが負けることになってんのよ」


「だってトーナメントが進めばいずれ僕と当たるでしょ」


「うん」


「で、僕が勝つ。つまり君の負け」


「はあっ!?」


 いつものように僕の挑発に乗り、おでこをぶつけてくる。

 地味に痛い。



「言っておくけど今回のアタシは一味違うから!」


 彼女はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。



「そう言って僕に敵わないっていうのがいつものパターンだけどね」


 ルナを引き剥がし席につく。と、オラクが皆にカップを配りコーヒーを淹れた。



「ありがとう。いつも他の人が用意しているイメージだったけど、オラクも淹れられるんだね。」


「もちろんだ。好きなものくらい自分で用意するさ」


「それもそうか」


 僕もよく自分で紅茶を淹れるし、考えてみれば当然のことか。

 高貴な身分とはいえそこは変わらないようだ。


 宙で指を動かしてミルクを掻き混ぜるオラクをぼんやりと眺める。



「今回はルナさん、普段にも増して張り切っていますね」


 オラクの隣に座った姉さんがルナに向かって微笑む。



「そうなの?」


「だからさっきそう言ったでしょうよ!」


 ルナはそっぽを向いてコーヒーカップをあおる。



「にがっ!」


 咳き込みながらルナは卓上にあったサンドイッチを頬張る。

 得意でもないのに一気飲みするからそうなる。



「わずかな期間ながら吾輩もルナ殿の特訓に付き合った。オリビア殿の言う通り気迫を感じたものだ」


「オデも、手伝っタ」


 セラフィスとドルトン、2人の四天王が口を開く。どうやら本当に今回のルナは一味違うようだ。

 というかいつの間に特訓なんて。ほぼ毎日僕も手伝っていたけれど、2人と顔を合わせることはなかった。寝る間も惜しんで特訓していたのかな。



「なんでそこまで必死になるのさ」


「それは決勝であんたに勝った時に教えてあげるわ」


「ふーん。じゃあ楽しみにしてるよ。せいぜい途中で負けないことだね」


「もちろんよ!」


 トーナメントの組み合わせは既に発表されている。僕とルナは決勝まで進まない限り当たらない。

 まあ大丈夫でしょう。



「セラフィスとドルトンも健闘を祈るよ」


「無論、貴公らにも勝つつもりである」


「オデも、負けナイ」


 皆自信があるようで何よりだ。最終的には僕が勝つつもりだけどね。



「そろそろ始まる。お前たちは下へ降りてくれ」


 オラクの指示に従い、僕たちは武舞台に移動する。少し待てば参加者たちがぞろぞろと集まってきた。



「ご来場の皆さま、お待たせしました! 魔王祭最終日を飾る大一番! “大魔王杯”の開会ですっ!!」


「『大魔王杯』ね。なんとも仰々しい名前だ」


 司会の進行を聞き流しながらオラクのいる方に目を向ける。

 聞いたところによるとオラクとルナの姓であるサタンとは、かつて東の魔王領に君臨していた大魔王の名らしい。『大魔王杯』とはおそらくそこから取ったのだろう。

 そんな大魔王の名を受け継ぐオラクは司会の話に耳を傾けながらも、姉さんと言葉を交わしている。ふと、オラクの手首にブレスレットが輝いていることに気がついた。



「気になるか?」


 背後から、数日前に聞いた声が聞こえる。



「ピエールだっけ。君もトーナメントに参加しているようだけど、僕にくれるっていう絵は完成したの?」


「ホハハハハ! 当たり前だ! 今すぐにでも手渡すことができるぞ!」


「だったらトーナメントなんて出てないで、早くちょうだいよね」


「ホハハハハ! 良いではないか! 物事にはタイミングというものがある。それよりも魔王のブレスレットのことだが、あれは“彗星花”の意匠が施された──」


「いいよ、興味ない」


 装飾品の意味合いを知ったところで僕には関係のないことだ。


 開会の挨拶が終わり、いよいよ試合が始まるようだ。

 今回のトーナメントは僕のことをよく知らない人に実力を示すいい機会だ。だがそれ以上に祭りの一環だ。あまり堅苦しいことは考えずに、ただ楽しむことだけ考えよう。



「まったく。戦いを楽しむだなんて誰かに影響されたかな」


 小さく笑って拳を握りしめる。



「さて、どこまで本気を出せるかな」



 ◆ ◆ ◆


 トーナメントを順調に勝ち進み、僕は決勝に駒を進めた。途中ピエールやセラフィスとぶつかったが、なんとかここまで来れた。



「よくここまで勝ち進んできたわね」


 そして決勝戦がまもなく始まる。相手はルナだ。



「君こそ。準決勝のドルトンとの試合は見応えあったよ。僕に負けた時に消耗してました、なんて言い訳しないでよね」


「おあいにく様。休憩を挟んだおかげで万全よ!」


 ルナは誇らしげに鼻を鳴らす。

 万全というのはさすがに大袈裟だろうが目立った疲れはないようだ。これなら加減はいらないかな。



「決勝戦まで勝ち進んできた両者ともに、気合十分のようです! それではこれより“大魔王杯”決勝戦を──」


「ちょっと待ちなさい!」


 司会兼実況が試合開始を宣言しようとすると、ルナが手を掲げて制止した。



「試合の前に、アタシから提案をさせてもらうわ」


「提案?」


 にわかに会場がざわめき、僕も何のつもりだろうかと疑問符を浮かべる。

 人々の困惑をよそにルナは首に巻いていた真紅のスカーフをほどき、地面にほうった。



「四天王ルナ様が身につけていたスカーフをほどきました。これはまさか……!?」


 司会は期待するようにルナに答えを促し、観客たちは色めき立つ。


「この決勝戦、アタシはライトに“魔王への誓約戦”を申し込む」


 その瞬間、歓声が上がった。



「『魔王への誓約戦』?」


 観客の興奮を見るにそう易々と申し込むものではないんだろう。

 オラクへ目を向けると、彼も驚いた表情でこちらを見ていた。



「そ。この戦いで勝った者は魔王の名において、相手に一つだけ要求を飲ませることができる」


「なんじゃそりゃ。横暴にも程があるでしょ」


「まあねー。でも相手の承認が必要だし、要求は限られるから」


 それにしてもだ。『要求は限られる』ということは、慣習的に特定の事柄を要求する時に行われているんだろう。



「ちなみに君が勝ったら何を要求するつもりなの」


「それは言わないことになってるから、終わってからのお楽しみね」


「……そうですか。厄介だな」


 空を眺めて一考する。


 トーナメントが始まる前に話していたのはこのことだったか。


 観客や司会の興奮具合。そしてオラクの驚きよう。

 どのような要求がされるのか想像もつかないが、一大イベントであることは間違いないみたいだ。

 あのオラクが仕組みを廃止していないということは、『誓約戦』とやらが行われること自体に問題はないのだろう。ルナもそれを分かって提案してきたわけだから、あまりにも無謀な要求はしてこないと思われる。たぶん。


 息を吐いて、僕はルナのスカーフを拾い上げた。



「これで、返答になるのかな」


 ルナは口角を上げる。



「新四天王のライト様がスカーフを拾い上げたあああ!! “魔王への誓約戦”成立ですっ!」


 司会の言葉に、先ほど以上の歓声が湧き上がる。

 盛り上がってくれるならまあいいか。



「結局やることは変わらない。要は君に勝てばいいんだ」


「そいうこと。話が早くて助かるわ」


「僕が勝ったら今晩のご飯は君に奢ってもらうことにするよ」


「望むところよ!」


 静かに闘志を高め、互いに見合う。先ほどまでの歓声が嘘のように会場も静まり返る。

 審判が手を振り下ろすのと同時に僕とルナは駆け出した。



 ◆ ◆ ◆


「っ……。また……勝てなかった……っ!」


 長時間に渡る死闘の末、僕の渾身の一撃を受けたルナは膝から崩れ落ちた。

 彼女は腕で双眸を覆い隠し唇を噛み締める。



「みんなの見立て通り、今回のルナは今までで一番苦戦したよ」


 呼吸を整えてからルナに近づいた僕は手を差し出す。



「……あんたがそれだけ息が上がってるところを初めて見たわ」


 涙を流し続けるのでもなく、ルナは僕の手を取った。



「お世辞抜きで肝を冷やしたよ。君は成長力が尋常じゃない。戦いの最中にも成長を続けて、しまいには相手を凌駕する。成長力こそ君の強さだ」


「結局あんたには勝てなかったけど」


 ふらふらと立ち上がったルナはそのまま僕の肩に倒れてくる。



「次は負けないから」


「次も負けないよ」


 クスッと笑ったルナは続ける。



「じゃあ次の次。それがダメなら次の次の次。あんたに勝つまでアタシは諦めない」


 最後にルナは僕にだけ聞こえる声で囁いた。



「勝って、ライトをアタシのものにする」


 言い切って満足したか、ルナは意識を手放した。


 司会の声が。観客の声が。遠くで響いている。

 長時間に渡る試合で、気づけばあたりは暗くなっていた。東の空には宵の月が昇っている。


 見慣れているはずの魔界の月が、いつにも増して輝いているような気がした。


 

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