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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
135/136

あの日の続きを


 ──魔王祭当日、別の場所で──



「どこも賑わっていますね」


 街道に立ち並ぶ屋台を眺めながらオリビアが呟く。



「射的、くじ引き、食べ物のお店……仮装体験なんていうのもあるんですね」


「祭りといって思いつく限りの店が集結しているからな。仮装体験の店では魔王祭の期間中衣装を借用できる。老若男女に人気だな」


「へえ、そうなんですね。少し寄ってもいいですか?」


「ああ」


 「ありがとうございます」と言ってオリビアは色とりどりの衣装の森に吸い込まれる。俺も遅れてついていく。



「魔王様いらっしゃい! 当店では魔界の衣装はもちろん、人間界の貴族や軍の衣装まで揃えていやすぜ。お気に召したものがあればぜひ着て行ってくだせえ」


 軽く手を挙げて会釈する。

 最後に仮装体験をしたのはいつだったか。まだ母が存命だった頃、母に連れられ、赤子だったルナと共に仮装したような記憶がある。



「オラクさん!」


 俺を呼ぶ声にふと目を上げる。視線の先には絵本の世界の魔女が被っているような帽子と、黒を基調とした外套に身を包んだオリビアがいた。



「魔女の仮装ですっ。どうでしょう、似合っていますか?」


 普段は白と金というイメージだったが、これはこれでより大人の女性らしさが出ていて良い。それからこちらも同様、普段は履かない膝上丈のひだ付きスカートを履いており、滅多にお目にかかれない絶対領域が艶かしさを主張している。



「オラクさん?」


 黙り続けていたためオリビアが不安そうに顔を覗き込んできた。



「あ、ああすまない。少し見とれていた。……とても似合っている」


「見とれ……っ!? あ、ありがとうございますっ」


 赤く染まった頬を手で包んで微かに俯く。

 その仕草に心の中で何かが動くのを感じた。



「たっはっはっは! いいねえ、魔王様にも春が来たみたいだ!」


 どこからともなく店主が歩み寄ってきて俺の背中を無遠慮に叩く。



揶揄からかうのはよしてくれ……。すまないが会計を頼む」


「お? もういいんですかい? お嬢様は他にも見たいんじゃ?」


「いえ、大丈夫です。……この衣装にします」


 照れ臭そうにオリビアが言う。



「そういう訳で頼む」


 俺が懐から硬貨を取り出そうとすると、店主が首を振った。



「お代は結構ですぜ魔王様。魔王様にはいつもお世話になっておりますんで」


「流石に悪い。きちんと払うさ」


「いいえ、これはいいものを見せてもらったお礼とでも思ってくだせえ」


「『いいもの』……か。分かった、ありがとう」


「こちらこそありがとうございやす! ぜひ今後ともご贔屓に!」


 豪快に手を振る店主と別れ、オリビアと二人、通りに戻る。

 ちらりとこちらを伺うオリビアと目が合い、二人揃って慌てて目線を逸らした。



「あ……えっと、衣装褒めてくださってありがとうございます。……嬉しかったです」


「ああ。『見とれて』なんて変なこと言ったな。……恥ずかしい」


 お互いぎくしゃくしながら進んでいく。

 柄にもないことを言うもんじゃないな。


 俺の手の辺りを見つめながらオリビアがふと呟いた。



「今までもこのようなことはあったんですか?」


「『このようなこと』って言うと?」


「その……女性とお祭りに行ったり街を歩いたり……。あっ、あの! 答えたくなかったら答えなくても大丈夫です!」


 再びオリビアは両手で顔を覆い隠す。元々照れやすい気質はあったものの、今日はいつにも増してその傾向が強いな。



「全くない訳ではないが……相手を一人の女性として思って街を歩くのはオリビアが初めてじゃないか?」


 立場上諸侯の案内で街を歩くことはあったものの、あくまで客人として扱っていた。オリビアが魔界へ来た時も当初はただの客人としてしか見ていなかった。

 一定の立場を得る前の子どもの頃も常に複数人だったしな。



「『初めて』……。そうか、そうなんですね。ふふっ、オラクさんの“初めて”いただいちゃいました」


 オリビアは微笑んで俺の手を取る。

 一瞬俺が固まると、自分が何をしているか気づいた彼女は慌てて手を離そうとした。



「ごごごごめんなさい! つい感情が昂って……!」


「いいよ。このまま行こう」


「え……?」


 今度はオリビアの動きが止まる。正気に戻してやろうと、俺は彼女の手を力強く握り返した。

 満面の笑みを浮かべたオリビアは一歩俺との距離を縮めた。



「なんだか夢みたいです。大きな戦いがあって、悲しい出来事がたくさんあって。でも、今この瞬間はとても幸せな時間を過ごしている」


「俺もこれが現実だなんて信じられない。1年前には想像もつかなったことが起きている」


 オリビアと出会って1年が経つ。たった1年、されどとても濃い1年間だった。この激動の1年を、俺は一生忘れることはないだろう。



「1年前のわたしだったら、自分だけこんなに幸せでいいのかって悩んでいたと思います。でも、たくさんの方と出会って、想いに触れて。想いを託して散っていった方々の分まで幸せに生きようと、今なら思えます」


「ああ、そうだな」


 肩と肩が触れ合う距離感で人波に流されていく。

 しばらく進むと、多くの人で賑わう店にたどり着いた。看板には「出張版魔女の家」と書かれている。



「オリビア、少し寄っていくか?」


「ええっと……『魔女の家』?」


「オリビアが魔界に来たばかりの頃、城下町を案内したことがあっただろう。その時に寄った装飾品店だ」


「そういえばこんな看板のお店がありました! よく覚えていましたね」


「大切な思い出だからな」


 言ってる途中から自分でも恥ずかしくなってしまい、頬を掻く。



「い、いきましょうか」


 オリビアも照れ隠しするように俺の手を強く引いて屋台に入って行く。

 俺たちの様子に何事かと周囲の客が好奇の目を向けてくるが、気にしていてはキリがないので無視することにする。


 手の込んだ品々にオリビアはじっと見入る。特にブレスレットのコーナーに目を引かれているようだ。この様子だとしばらくはこの店から動けなさそうだな。

 俺は真剣な眼差しの彼女の肩をそっと叩いた。



「一旦外す。待っていてくれ」


 きょとんとした表情を浮かべたオリビアだったが「それなら」と続けた。



「用が済んだらあちらで待っていてくれませんか?」


 そう言って通りを進んだ先にある噴水広場を指差す。

 かなりの人混みだが、お互いの魔力量が魔力量だけに見失うことはないだろう。



「分かった。噴水のふちにでも座って待ってるよ」


 俺が答えるとオリビアはにっこり頷いて品定めに戻った。


 彼女から離れた俺はというと、別の屋台に行くでもなく、同じ店内の指輪のコーナーに移動する。いくつかの品を見比べ、複雑ながくの装飾の中心に透き通る鉱石が埋め込まれた指輪を手に取った。

 蝋燭の灯りで照らしてみると、それ自体は無色の鉱石が光を反射し鮮やかに輝く。ほんのわずかに魔力も感じるな。

 オリビアがまだ悩んでいる姿を確認して、俺は一足先に会計を済ませた。


 どれくらい経っただろうか。指輪を眺めてぼんやりしていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。



「オラクさん、お待たせしました!」


 遠くから息を切らしながらオリビアが駆けてくる。俺の目の前まで辿り着くと、呼吸を整えて紙袋を掲げた。



「素敵な子と出会えました」


 彼女は満面の笑みを咲かせる。



「ならよかった。隣、空いてるぞ」


「はい、失礼しますね」


 オリビアは外套が噴水に浸らないよう手で抑えながら俺の隣に腰掛ける。

 膝と膝が触れ合うような距離感ゆえ、無意識のうちに彼女の太ももが目に入ってしまい俺は慌てて視線を上方に修正した。



「オリビア、手を借りてもいいか?」


「手ですか? いいですよ」


 差し伸べられた両手を取り、指の太さを確認する。



「人差し指か、あるいは薬指か……」


 そう呟くも、右の人差し指には既にシンプルな指輪が嵌まっている。

 確か魔力を制限する魔法具だったか。右手がだめならば左手だな。

 俺は先ほど購入した鉱石の指輪をオリビアの人差し指に嵌めようとした。が、微妙にサイズが合わない。



「済まない。本当は一発で決めたかったんだがな」


 はにかみつつ彼女の右手を取る。さすがに左手はまずかろう。

 一瞬考えてから右の薬指にそっと指輪を嵌めると、今度は綺麗に収まった。



「色々助けてもらっているお礼だ。いつもありがとう」


 俺が微笑むとオリビアは恍惚と指輪に見惚れ、やがて顔を歪ませたかと思えば勢いよく抱きついてきた。



「ありがとうございます! とても嬉しいです……!! ……一生っ、大切にします!!」


 彼女は声を震わせ、ギュッと腕に力を込める。

 そうしたまま離れようとしない彼女の頭を俺はそっと撫でた。


 鼻を啜る音が収まると、オリビアはゆっくりと顔を上げた。



「いつか、右の指ではなく左の指につけてもらえる日まで。ずっとそばにいます」


「オリビア、それ──」


 言いかけた俺の口に、オリビアはスッと人差し指を当てた。



「ふふっ、本当はこの後言う予定だったんですけど、気持ちが先走ってしまいました」


 俺が呆然とし二の句を継げないでいると、彼女は純白の花弁が彫刻されたブレスレットを取り出した。



「わたしからもオラクさんに贈り物です。“彗星花(すいせいか)”のブレスレット。意味は……ご存じですよね?」


「……ああ」


 彗星花。天に彗星が現れた時のみ咲くとされる幻の花だ。その幻の花が刻まれた装飾品を贈ることは、特別な意味を持つとされる。

 今世、来世と何度転生しようとも、彗星の如く、幾星霜の時を経て必ず巡り合うという意味を込めて。



「オラクさんと出会った、あの日の続きを今ここで」


 オリビアは深く呼吸をして、おもむろに口を開く。



「オラクさん」


 彼女の翡翠の瞳が、一際ひときわ輝いた。



「わたしと結婚してくださいませんか」


 

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