祭りの最中に
──魔王祭当日──
「へえ、なかなか賑わってるね」
街全体が祭り一色に染め上げられた東の魔王城の城下町を歩きながら感嘆の声を漏らす。
「そりゃ滅多にない機会だもん。この1週間はみんな全力で楽しむわよ」
隣を歩くルナが得意げに話す。
「大きな戦いが終わった直後っていうのも大きいかもね。街の大半はオラクの“白焔”で元通りになった。それでも失った人は戻らないし、心の傷が癒えるにはまだ時間がかかる。せめて祭りの期間だけでも辛い過去を忘れたいんじゃないかな」
親友のフェルのことを思いながらそんなことを言う。
戦いが終わってからも街の復興で目まぐるしい毎日だった。死者を弔う余裕なんて当然無い。
ただこうした事情も踏まえ、最終日の夜には戦死者を一斉に弔う葬儀をすることになった。フェルとハルバードにも同じタイミングで別れを告げることになる。
「そうね……アタシも辛いことを忘れたいと思うことはある。でもただ忘れるのは違う。早く元気な姿を見せて、亡くなったみんなに安心してもらいたい」
「うん、君らしくていいと思うよ。魔王軍の皆が君には笑顔でいてほしいと願ってる。それは死者も同じ気持ちだよ」
僕は死霊術師じゃないけどそれくらいのことは分かる。
言ってしまえばルナは魔王軍皆の妹みたいなものだ。誰だって家族には笑っていてほしいだろう。
「だからこそ祭りを楽しまないとね」
「あんたに言われなくても最初からそのつもりよ!」
白い歯を見せて彼女は駆けていく。純真無垢なその姿はまるで一枚の絵画のようだった。
そう、絵画の──
「知っているか少年。芸術は……爆発だ」
「っ!!」
聞き覚えのある声に、咄嗟に腰の柄に手が伸びる。
「おおっと勘違いしないでくれたまえ少年。オレ様は戦いに来た訳ではない!」
隻腕を挙げ戦う意思がない事を示すオレンジのモヒカン男。彼はたしか──
「──ニワトリーノ・ニワトリーだっけ」
「誰だそれはっ! ピエール・ド・ロマノフだ!!」
「惜しい」
「どこがだっ!?」
唾を飛ばしてくる彼をしっしと払いのける。
彼はかつて僕とルナが戦った北の魔王軍の将。本当に戦意はないようだけれど一体何の目的でこんなところにいるんだろう。
「まあいい。一度殺し合いをしたよしみだ! オレ様の店を見ていってくれ!」
彼が顎で示した先には小さな屋台のようなものが設けられており、いくつかの絵画が展示されていた。
果物の絵、一人の人物画、戦場を描いたもの。様々なジャンルの絵があったが、どれも力強いタッチで躍動感溢れる絵だった。
「うま」
「ホハハハハッ! そうだろうそうだろう! 爆発する感情を一枚の絵画に落とし込んだオレ様の絵はどれも珠玉の作品! これぞまさに芸術!」
「いや、まあ凄いのは確かなんだけれども。なんでこんなところにいるのさ」
「何を言っている少年! 芸術家が祭事に足を運び自らの作品で盛り上げる。これのどこがおかしい? なにせ芸術に国境はないのだから!」
「うーん、そういうもんか」
何か事を起こすつもりならわざわざ僕に声をかける必要はない。本当にただ祭りを楽しみに来たのだろう。
放っておいても問題はなさそうだ。
「君の事情は分かった。面倒事を起こさないならとやかく言うつもりはないよ。で、僕に声をかけた理由は?」
「察しが良くて助かる。少年に声をかけたのは他でもない。オマエに絵を譲ろうという話だ!」
「絵を?」
「ああ! といってもまだこれから描こうという段階だがな! 先ほど感じたのだろう? 彼女の姿を見て『美しい』と」
「……いや……」
こちらに目もくれず先に進んでいくルナを見やる。
「隠しても無駄だぞ少年! オレ様も同じ事を感じた! 絵画のように美しい少女だ、と。その想いこそまさに芸術!!」
勝手に盛り上がるピエールは僕の肩に手を回す。
「爆発する想いを抑えることなどできやしない。全てキャンバスに乗せ、表現する。それが芸術家だ!」
「……さっきのルナの姿を絵画にしようってことね」
「その通り! そして完成次第少年に譲ろうということだ」
「なぜ僕に?」
芸術家が魂を込めて描いた絵を『買ってもらう』ではなく『譲る』という。一体どのような義理、あるいは意図があって譲るというのか。
「ホハハハハ、簡単なことだ! 少女の絵画を持つに最も相応しい人物が少年。オマエというわけだ」
「はあ、いまいちピンとこないけど」
「オマエにわからずともよい! オレ様が納得すればそれでいいのだ! ホハハハハハハハハッ!!」
ピエールは快活な笑い声を響かせる。
絵をもらう義理もないけど断る理由もない。どうせタダなんだし貰えるものは貰っておこう。
「絵はいつ頃もらえるの?」
「今夜にでも、と言いたいところなのだがな! そう簡単には完成するまい。然るべきタイミングで渡そう」
「『然るべきタイミング』?」
「ああ。魔王祭最終日、トーナメントが終了した時にでも。四天王就任祝いとでも思ってくれたまえ!」
僕が四天王に就任するということは知れ渡っている。トーナメント終了後、改めて宣言するとも。
葬儀の邪魔にならないのであれば丁度いいタイミングだろう。
「街を行き交う人々の間で噂になっていたぞ。新たな四天王は魔王にも匹敵する強者だと」
「悪い気はしないね」
「トーナメントの下馬評では【宵の月】に次ぐ二番手の評価を受けている」
「二番手か」
魔王に匹敵するのに魔王の妹よりも評価が低いのはなんとも不思議なものだ。
まあ僕の実力をよく知らない人もいる。噂程度の話で二番手の評価を受けているだけ十分だろう。
「少年の噂の他には、少年の姉が東の魔王と婚約を──」
「それはない」
最後まで言わせずにピエールの言葉を遮る。
「それはない」
念を押すように再度言い放つ。
「ホハハハハ! 流石に姉のこととなると血相を変えるな! 素晴らしい、それもまた芸術!!」
「うるさいよ」
話は終わりだと睨みを効かせてピエールと別れる。
ルナはどこに行っただろうかと彼女が駆けて行った方へ進んでいくと、両手に食べ物を抱えた彼女が走ってきた。
「遅かったわね。どこで道草食ってたのよ」
「ちょっとね。厄介な芸術家に絡まれていた」
「ふーん? ライトが芸術に興味あるなんて意外ね」
「これでも一応貴族の出だ。多少なりとも芸術は理解しているつもりだよ」
嘘だ。
芸術に触れる機会こそあったものの、良さを理解できるようになる前に僕は家を出た。
「そんなことより随分たくさん買ったね」
「んふふ、それが聞いて驚きなさい! これぜーんぶお店の人に貰ったの!」
無い胸を張り、ルナは得意げに鼻を鳴らす。
「アタシが屋台を眺めてたら、『好きなだけ持って行きな!』って。いやー、やっぱり四天王の威厳ってやつ? 抑えようと思っても滲み出ちゃうもんなのよねー」
「うん、そうだね」
たぶん威厳というより親戚の子どもにお菓子をあげるような感覚だと思うけど、黙っておくことにする。
「何よニコニコして。気持ち悪いわね」
「シンプルにひどいな」
肩を落として歩き出そうとする。と、ルナが僕の顔の前に串焼きを差し出してきた。
「あげる」
「いいの?」
「もちろんよ」
「じゃあありがたく」
目の前に差し出された串焼きにそのままかぶりつく。
うん、なかなか美味しい。
礼を言おうとルナの顔を見ると、なぜか彼女は口を開けて固まっていた。
「な、な……」
「どうしたのルナ?」
「なな、ななな……」
突然ハッとして周囲を見渡し、彼女は咳払いをした。
「あんたの分なんだから自分で持ちなさいよ。これじゃ……〜〜……みたいじゃない……」
「何みたいって?」
「なんでもない! あんたは黙って!!」
プイとそっぽを向いていまい、照れているんだか怒っているんだかよく分からない表情で彼女は先に行ってしまった。
「それで、この後はどうするんだっけ?」
「そんなの決まってるでしょ」
串で僕の方を指しながらルナは高々と言い放つ。
「トーナメントに向けて特訓よ!」




