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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
133/136

新たな一歩


 ◇ ◇ ◇


 戦いから一週間の時が経過した。治安維持機能の復旧や避難民の帰還などに目処が立ち、街の復興に本格的に取り組もうという雰囲気が醸成されつつある中、俺は今後のことについて話し合うためライトや配下の四天王ら近しい者を集めた。



「忙しいところ集まってくれてありがとう。今日は戦後処理や現体制の見直しなど、東の魔王領の今後について話し合いたいと思う」


 集まった面々が頷く中、ライトが手を挙げた。



「そんな大事な話し合いに僕や姉さんが参加してもいいのかな」


「ああ、問題ない。今やお前たち二人は東の魔王領にとって大切な存在だ。当然参加する権利がある」


「そっか。分かった」


「無論強制はしないから参加したくないというのであれば退室しても構わないぞ」


「いや、せっかくだから参加させてもらうよ」


 手を下ろしたライトは姉のオリビアと顔を見合わせて椅子の背に体重を預けた。



「早速本題に入る。まずはルシェル……【西の魔王】と【南の魔王】の処遇についてだ」


 かすかに皆の表情が険しくなる。それもそのはず、【南の魔王】ルシウスはともかくとして【西の魔王】ルシェルは東の魔王領に数々の混乱を招いた張本人だ。多くの恨みを買っていることだろう。



「【西の魔王】については極刑あるのみであろう」


 四天王のセラフィスが呟く。他の者も異論はないようだ。



「【南の魔王】ルシウスさんは人間界と魔界の未来のため、自ら汚れ役を買って出ました。その思いを考えれば彼は釈放してもいいのではないかと思います」


「オデも、そう思ウ」


「思いこそ崇高なれど、【西の魔王】に呼応し混乱を招いたことも事実であろう。無罪放免ではけじめがつかぬ」


 ルシウスの処遇を巡っては意見が分かれる。

 冷静に考えればセラフィスの言い分がもっともだ。事情がどうあれ犯した罪は償わなければならない。



「ライトはどう思う」


「こういうのは規律を重んじるセラフィスの意見に従えばいいんじゃないかな。セラフィスの意見に私情が挟まれていないっていうわけじゃないけど、他の皆は優しすぎるからけじめをつけられないでしょ」


 「あくまで一つの意見としてね」と言って締める。



「セラフィスの意見が最適だっていうことは同感だな。ハルバードは──……」


 途端にその場が重い空気に包まれる。俺は慌てて口をつぐんだ。


 彼の死は受け入れたつもりだ。だが“いない”という状況に慣れたわけではない。


 咳払いをして俺は続く言葉を絞り出した。



「【西の魔王】、【南の魔王】どちらも大罪を犯した。東の魔王軍麾下(きか)であれば断罪は免れられない。麾下でなくとも身柄を拘束している今、二人を裁く権利は東の魔王領にあると言える」


 東の魔王領の統治行為は魔王たる俺に最終決定権がある。つまり俺の判断がそのまま二人の処遇になるということだ。



「皆の意見を踏まえた上で俺の考えを述べさせてもらう」


 全員固唾を飲んで俺の言葉を待つ。



「【西の魔王】、魔王の称号剥奪の上で東の魔王領及び人間界から永久追放。また、東西南北いずれの魔王軍にも足を踏み入れることを禁ずる。【南の魔王】は今後百年、東の魔王軍の一員として汗水流して働いてもらう」


 俺の判決を聞き皆微妙な反応をする。とりわけセラフィスは不満の色を隠そうとしない。



「【西の魔王】の処遇についてはあまりにも軽すぎるであろう」


「軽くはないさ。あいつはもう二度と表舞台へは出てこれなくなる。この世界のどこにいても、何の影響力も持たない。元魔王としてこれ以上の屈辱はない」


「【西の魔王】にとってみればそうかもしれぬ。だがけじめはどうなるというのだ。道を逸れた大罪人には極刑を以て示すのみ。それが魔王軍の不文律ではないのか」


 人情がありつつも規律を重んじるセラフィス。ハルバードがいなくなった今、これまで以上に規律には敏感になっているであろう彼は魔王の俺に対しても決して遠慮はしない。



「あくまで『不文律』だ。明文化されていない習わしに従う必要はない」


「魔王陛下の仰ることも理解できる。しかし、これでは第二第三の【西の魔王】を生みかねない。これだけの罪を犯して極刑にならぬというのであれば、裁きを受けぬからとよからぬ事を企む輩が出てくるかもしれぬ。重大犯罪の抑止はどうする」


「極刑以上の抑止力があればいい」


 一瞬セラフィスが息を呑む。

 他の面々の様子も伺うと、ライトだけは俺の言わんとしていることを理解しているようだった。



「抑止というのは罪を犯した後の処罰もそうだが、体制側の戦力を顕示することも抑止の一つだ。東の魔王軍四天王と魔王。これらの最大戦力が、“魔王の糸”の情報を元に犯罪の芽を事前に摘む。これこそが最大の抑止力だ」


 俺に正面から目を合わされ、セラフィスは二の句が継げないでいた。



「俺が何のために“魔王の糸”を創設したか、その隊長としてなぜお前を指名したのか。セラフィス自身が一番分かっているだろ?」


「……」


「“魔王の糸”の活躍のお陰で近年東の魔王領内の治安はどんどん良くなっている。それに東の魔王軍の力を顕示する絶好の機会が間も無くやってくるじゃないか」


「……魔王祭であるか」


 俺は黙って首肯する。


 魔王祭について何のことかといった表情でオリビアとライトが顔を見合わせる。二人の様子を見てルナが口を開いた。



「魔王祭っていうのは四年に一度行われるお祭りよ。領内の平和と作物の恵みを願って一週間祈りが捧げられるの。で、最終日には四天王も参加するトーナメントが開かれるの。まあ中枢魔法協会(セントラル)の御前試合と似たようなもんねー」


「なるほど、確かにその試合を利用すれば四天王の実力を世に知らしめることができて犯罪の抑止にも繋がりそうだね。ちなみにオラクが出る幕はないの?」


「魔王の俺はトーナメントの優勝者と記念試合をすることになっている。記念試合で魔王が勝利して、魔王への畏怖と尊敬を集めるっていうところまでが例年の流れだな」


「へえ」


 「記念試合ね」と呟き、ライトは何かを考える素振りを見せ頷いた。


 説明を終え俺はセラフィスに向き直った。



「どうだろう、これでもまだ納得できないか?」


「いや……魔王陛下の考えはよく分かった。決定に従おう」


「ありがとう」


 次の話題に移る前に卓上に用意してあったコーヒーを口に含む。

 少しの間を置きオリビアとライトに目をやる。



「次はしばらく欠員となっていた四天王の人選についてだ」


 やはり、とでも言いたげにライトは息を吐いた。



「魔王軍のしきたりは分からないけど、四天王の次の位の人が繰り上がるのが普通だと思うよ。……まあ初めからそのつもりだったら僕らがこの場に呼ばれる意味もないし、大方僕か姉さんに四天王をやれって話なんじゃないの?」


「俺の考えはお見通しか」


「別に。誰でも予想つくと思うよ」


 チラッと彼がルナに目線を向ければルナは慌てて頷いた。



「そそっ、そうよね。うんうん、もちろん分かってたわよ!?」


「だってさ」


 そう言ってライトは肩をすくめる。オリビアはどうだろうかと反応を伺う。



「魔王軍に人間が所属するというのはとても素晴らしい事だと思います。人と魔族を繋ぐ架け橋になることができる──そう確信しています」


 『架け橋』とはまさにオリビアがこうありたいと目指す姿だ。それは何も人と魔族の関係に限った話ではない。王侯と庶民、自国と隣国。この世には様々な対立軸があるが、どのような間柄であろうとも良好な関係を構築する。そのために尽力したいと言っていた。



「ですが、四天王の就任は辞退させていただきます」


 穏やかな表情ながらきっぱりと言い切る。


 薄々断られる予感はしていた。

 魔王軍の四天王となれば自然と魔王軍の業務偏重になってしまう。もちろん人と魔族の関係性を示す象徴にはなるだろうが、オリビアは神輿に乗りたい訳ではない。自ら積極的に行動する現場主義の彼女にとっては少々もどかしい思いをするだろう。



「分かった。気が変わったらいつでも言ってくれ」


「はい。これからも顔は出させていただければと思いますので、その際はよろしくお願いします」


「ああ。大歓迎だ」


 さて、と俺はライトを向き直る。

 オリビアに断られてしまった以上、残るはライトしかいない。



「四天王ねぇ。肩書はどうでもいいとしてオラクの部下になるのかー」


「肩書上は部下ということになるが、俺はあくまで友人として迎え入れたい。四天王とは言っても特殊な立場と思ってくれて構わない」


「うーん、なら魔王のポストを──」


 ライトが言いかけ、ダンッと床を踏み鳴らす音が響いた。



「なに言ってんのよ。あんたがお兄ちゃんと同じ地位なんてアタシは認めないから! せいぜいアタシと同じ地位で我慢しなさい」


「いててて……。急に足踏まないでもらえるかな」


「あんたが変なこと言うからでしょうよ。もう一回同じこと言ったら次はもっとひどい目に遭わせるからね!」


「分かったよ、仕方ないな」


 ライトは不満気に口をつぐむ。

 以前ならルナを言いくるめるまで黙ることはなかったような気もするが、心境の変化でもあったのだろうか。まあ二人の関係のことだ。俺が口出しすることではない。



「それで結局どうなんだ」


「ん、ごめんごめん。特に断る理由もないし引き受けるよ」


「えっ、いいの!?」


 俺が言葉を返す間もなくルナが立ち上がった。



「なんなんだ君は。『せいぜいアタシと同じ地位で我慢しなさい』って言ってたじゃないか」


「言ったけど……まさか魔王軍に入ってくれるなんて思ってもいなかったから……」


「嬉しさのあまり立ち上がっちゃったって訳ね」


「べっ! 別に嬉しいなんて思ってないし!? あんたなんかいてもいなくても変わらないから!」


 頬を染めてツンとそっぽを向く。

 相変わらず仲が良いようだ。



「引き受けてくれてありがとう。お前がいれば百人力だ。これからもよろしく頼む」


「うん、こちらこそよろしく。あと一点だけ訂正させてもらうと、僕がいれば百人力じゃなくて百万人力だからね。そこを忘れずに」


「ああ」


 いつもの調子に頬が緩む。


 長い時間を掛けて人との関係を構築してきたが、今こうして明確な形となった。大衆に公表すればきっと快く受け入れてくれることだろう。

 あらゆる種族が手を取り合う理想の世界は手を伸ばせば届くところにある。後は俺の奮闘次第だ。



「話は以上だ。皆時間を取ってくれてありがとう」



 数日後、新四天王就任の報せは魔界・人間界の全土を駆け巡った。

 そして東の魔王領は祭りの日を迎える──


 

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