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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
132/136

悲しみの唄を喜びの唄に変えて


 ◆ ◆ ◆


 ──東の魔王城・地下──


 湿気が肌にまとわりつく暗い地下を一人の少女が歩いていた。コツコツと足音が反響するのみで他の音は一切響いていない。

 やがて少女は二人の門番が守る固く閉ざされた門の前に辿り着いた。



「どいて」


 冷たく言い放つ彼女だったが、門番は槍で彼女の行手を阻んだ。



「魔王様から『誰も通すな』との厳命を頂いております。たとえ四天王ルナ様であってもお通しするわけにはいきません」


 冷静に返答され、銀髪の少女・ルナはギリッと歯を鳴らした。



「なんで」


「理由は分かりかねます。ただ『通すな』と」


「わけわかんない」


 門番を無視して通り抜けようとしたルナだったが、鉄製の扉には鍵がかかっている。



「で、ですからルナ様、ここを通すわけには──」


「いいからどけって言ってんのよ!!」


 彼女の気迫に押され二人の門番の意識が飛びかける。が、魔王の厳命を守るためかろうじて踏みとどまる。



「……なによ、やろうっての?」


「そのようなつもりは──」


「でもアタシを通すわけにはいかないんでしょ? じゃあ戦う(やる)しかないじゃない」


「っ!!」


 二人の門番がやむなしと臨戦体勢に入った時にはもう遅かった。

 頭に鈍い衝撃が響き、あえなく意識が闇に呑まれた。



「はあ」


 大きくため息を吐いたルナは門番の懐から鍵を探し出し扉の鍵穴に差し込む。時計回りに力を入れればガチャリと解錠される音が聞こえた。

 引き戸式の鉄扉を開け、隠れるでもなく堂々と中に入る。


 時折低い唸り声のようなものが響いてくる暗い通路をしばらく進み、彼女はとある鉄格子の前で立ち止まった。

 冷たい瞳で見下ろす彼女の視線の先には暗闇に溶けるような濡羽色の髪を持つ魔族が座っていた。



「けひひっ、思っていたよりも遅かったねーぇ」


「うっさい」


 扉を解錠するでもなく、ルナは静かにその魔族──西の魔王・ルシェルを見据える。



「ねえ、なんかないの」


「何か、と言われてもねぇ」


「謝罪の言葉とか自分の罪深さに後悔するとか、もっと重罪人らしい態度ってもんがあるでしょう。なんでそんな清々しい表情してんのよ」


「けひひひっ、『重罪人らしい態度』かあ。逆に訊くけどあんさんはアタイの謝罪の言葉一つで納得するのかなあ?」


「納得できるとかできないとかいう問題じゃないでしょ! 誠意を見せろって話よ!!」


 ルナは牙を剥きルシェルを睨みつける。

 感情のままに放出した魔力は大気を震わせ、地下を大きな揺れが襲う。



「おーぉ、オラクにも匹敵する凄い魔力だあ。さすがサタンの血に連なるだけのことはあるねーぇ」


「だから! こっちは苦しい思いをたくさんしてるのに!! なんであんたはそんな呑気にしてんのよ!!!」


「呑気じゃないよぉ。アタイはもう運命を受け入れたのさあ」


「受け入れたからなんなのよ! 謝罪もなしに許されるわけないでしょ!?」


 叫んだルナが鉄格子に拳を叩きつければ大きな音を立てて格子が歪む。

 ルシェルは鎖に繋がれた両手を挙げて「怖い怖い」と呟いた。



「謝罪してももう遅いのさあ。アタイは禁忌に触れ、人道を踏み外し、大切な人を傷つけた。死をもって償う他ない」


「……知ってるわよ。でもそれで納得できるわけないでしょ!? あんたの勝手な思いで厄災を起こして勝手に死んでいくなんて絶対許さないんだから!!」


「ごめん」


 ふとルシェルの顔つきが変わった。



「ごめんなさい。あたしの勝手な行動で多くの人を傷つけた。あなたの大切な人も」


 雰囲気の変わったルシェルの様子に戸惑い、ルナは言葉に詰まる。

 本来はこれがルシェルの素の顔であるが、それを知るのは昔の彼女を知るごく一部の者だけだ。当然ルナには知る由もない。



「…………なによ急に」


 どうにか言葉を絞り出したルナはかぶりを振ってルシェルを睨み直す。



「こっちに来なさい」


 ルナが何をしようとしているのか察したルシェルは黙って鉄格子越しにルナの近くまで寄ってきた。


 ルナは大きく拳を引いて怒りの感情そのままに振り抜いた。



「これは……あんたがけしかけた北の魔王軍によって殺された……ニュマルの恨み……!」


 一発でルシェルの口内が裂け、血が滲む。



「これは……西の魔王軍との戦いで殺された……部下たちの分……!」


 一打一打に怒りの感情を込め無抵抗のルシェルを殴り続ける。



「お兄ちゃんを傷つけた分……っ! オリビアを悲しませた分!! ライトの魂を汚した分…… !!」


 殴られている方のルシェルはどこか満足げに、対照的に殴っているはずのルナは大粒の涙をこぼし、それでも拳を解くことはない。



「フェルを……っ!!! ハルバードを……っ!!!! 殺じだ…………分……っ」


 やがて溢れる感情を抑えきれなくなり、ルナはその場で膝から崩れ落ちた。



「ぅぅっ……うっ…………」


「あなたはオラクにそっくり。他人のために涙を流せる。…………本当にごめんなさい」


 優しい目でルシェルはルナの頭に手を乗せる。ルシェルが姉のように慕ってきた従姉妹のメノリにされてきたように。



「触るなっ……! アタシはあんたを許さない!! 生まれてきたことを後悔するほど苦しませて、苦しませて、苦しませて! 楽な死に方なんかさせてやらない! 死んでからも地獄の果てまでアンタを追いかけて泣きながら許しを乞うまでアンタを──」


「そこまで」


 涙で揺らぐルナの視界を何者かの手が遮った。

 彼女が顔を上げれば、金髪の髪を揺らす少年・ライトが佇んでいた。



「邪魔……しないでよライト」


「嫌だね」


「なんで!! 今アタシはこいつと喋ってるの! あんたは引っ込んでなさいよ!」


 くしゃくしゃになった顔でルナは喚く。今にも飛びかかってきそうな様子にもお構いなしにライトは首を振る。



「僕は死霊術師じゃないけど分かる。君のそれは自らの魂をも闇に沈ませる呪詛だ。地獄に行くどころの話じゃ済まなくなるよ」


「どうだっていい……! アタシがどうなろうとも関係ない! 命が尽きても、呪いに囚われても、アタシはこいつを苦しませ続ける!!」


「はあ。この人を許せないのは僕も同じだけどね、それじゃだめなんだよ。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らないと悲劇を生み続ける。この人が僕たちに悲しみを与えたように、今度は君が新たな悲劇を生む。……君の兄(オラク)ならそう言うんじゃないかな」


「それは……っ、それはそうだけど!! でもどうだっていい! アタシがこいつと同じように多くの人から恨みを買ってもアタシは別に──」


「よくないよ」


 自暴自棄になるルナの身体が力強く抱きしめられた。



「君がよくても、僕がよくない。呪いに囚われる君も、悲劇を生む君も見たくない」


「そん…………なによ……ばかあ……っ。自分の都合を押し付けないでよ……っ」


「悪かったね。僕はわがままなんだよ。君が嫌って言っても僕は僕の都合を押し付ける」


「なんの義理があってそんなこと……」


 ライトの腕の中でルナの感情が鎮まっていく。

 啜り泣きながらルナはライトに問いかけた。



「助けられたから」


 ライトの温かい声にルナは耳を傾ける。



「僕が精神世界で【覇黒竜】と戦っている時、君の声が聞こえたんだ。『諦めるな』って。正直、初めて諦めかけたんだ。あらゆる策を試した、全力も尽くした、それでも覇黒竜には届かなかった。そんな僕を君が奮い立たせてくれたんだ。他人に頼らず一人で戦い続けてきた僕にとって、初めて仲間の力を実感したんだ」


「…………」


「君は僕の大切な友だちだ。だから、君を不幸にしたくない」


「『友だち』……」


 ライトはかつて見せたことがないほど優しい笑みを浮かべる。そんな彼から発せられた言葉にルナの胸の内に温かいものが広がっていった。



「……わかったわよ。こいつを許さないことは変わらないけど、恨みや呪いには囚われない。…………とっ、友だちのお願いだから」


 耳を真っ赤に染めてルナは囁く。

 満足げに頷いたライトは腕を解き立ち上がる。



「悪かったね【西の魔王】。恥ずかしいものを見せちゃって」


「いいさあ。良い冥土の土産ができたよぉ」


 いつもの口調に戻ったルシェルはひらひらと手を振る。



「友だちは大切にねーぇ。でないとアタイみたいな末路を辿る」


「アドバイスありがとう。それと僕も君を許したわけじゃないから。それだけは間違えないように」


「分かってるさあ」


「じゃあね、兄さんの運命の人」


 そう言い残しライトはルナを連れ立って立ち去る。



「『兄さん』……ああ、アルベルトのことかあ。本当に、眩しいくらいに少年は周りの人に恵まれているねーぇ。……とても美しい。アタイも少年のように生きることができたら──」


 二人が去って行った方を見つめていたルシェルは言葉を飲み込む。



「夢想話をしても仕方がない。これがアタイの人生。後悔はない」


 顔の傷を愛おしそうに撫でながら彼女は眠りについた。


 

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