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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
131/136

温かな思いは今を往く者に継承され


 ◇ ◇ ◇


 人間界へと通ずる東の魔王領東端の地・魔樹の森。濃密な魔力と死の香りが漂う森のほど近い道を一人の女性が歩いていた。

 翡翠の瞳を持つドラゴニカ家三女オリビアである。


 何かを探すように歩き続けていた彼女はポツンと佇む墓標を見つけるとゆっくり歩み寄った。

 刻まれた名を確認し、オリビアは膝を折る。



「初めまして──ではないですね」


 墓標ではなく胸の内にいる誰かに語りかける。



「ずっと見守っていて下さったんですよね。憎むべき存在であるはずのわたしを」


 返事はない。しかし彼女は構わずに続ける。



「戦いの最中あなたの思いが流れてきました。少しの濁りもない、温かい思いが」


 そう語りかけるオリビアの表情もまた慈しみに満ちていた。嬉しそうな微笑みをたたえ、そっと目をつむる。



「そうして思ったんです。『あなたの思いを守るために戦おう』と。

 結局わたしだけではどうにもなりませんでしたけど……でも、できる限りのことはしたつもりです」


 オリビアが黙れば自然と静寂がその場を満たす。

 しばらく黙りこくっていた彼女だったが、やがてやおら口を開いた。



「大切なものを守って、戦いも終わって、ようやく平穏が訪れました。そのはずなのに、どこか心が落ち着かないんです」


 内なるものを吐き出すようにオリビアはため息をつく。と、その時彼女の視界が白く染まった。

 景色が反転し、あたり一面純白の世界が広がる。少しして彼女の正面に光が集い、一人の少女となった。



「…………」


 誰なのか、という反応ではなく、純粋な驚きにオリビアは固まる。一度も会ったことはないはずなのに、オリビアには少女の正体が分かった。



「直接会うのははじめましてだね。わたしはミーナ。あなたのことはずっと見守ってたよ、オリビア」


「ミーナさん……」


 呆気に取られていたオリビアだったが、落ち着くと丁寧に頭を下げた。



「お会いできて嬉しいです。ずっとお話ししたいと思っていました」


「うん、知ってる。わたしも同じ」


 栗毛の少女・ミーナは屈託のない笑みを浮かべる。



「あなたとはたくさん話したいことがあるし、これからもたくさんおしゃべりしたいなって思うけど、たぶん直接話せるのは今回が最初で最後かな」


「そう……なんですか」


 悲しげな表情を見せながらもオリビアはどこかで覚悟していたようだ。

 死霊術師のオラクの手を借りてもできなかったことが、こうして実現している今の状況が奇跡なのだ。



「だから今日はいっぱい話そ? この状態を維持できる限界の時まで」


「はい! ぜひお話ししましょう」


 長い時を共に過ごしてきた親友のように二人は笑いあう。

 事実魂を共有してきた二人は全く同じことを経験してきたも同然の間柄だ。直接会うのは初めてでも多くの思いを共有している。


 ミーナが腕を払うと無彩色の椅子とテーブルが出現した。



「ここは精神世界だから立っていても疲れないんだけど、なんとなく落ちつかないから座って話そ」


 促されるままオリビアは腰かける。

 オリビアに合わせたサイズの椅子に飛び乗ったミーナは両肘をついた。



「さあさあ、何から話そっか」


 ミーナは楽しそうに足をゆらゆら遊ばせる。そうして二人は募る思いを吐露するように笑顔で話を咲かせた。


 食べ物の話や趣味の話、身内のことなど話は移ろい、やがて話は一つの方向に向かった。



「それで? オラクのことはどう思ってるの?」


「えっ」


 突然の問いにオリビアは言葉に詰まる。



「ねえねえどうなの?」


 満面の笑みで身を乗り出してくるミーナにたじろぎながら彼女は返答を考える。



「『どう』と言われましても……どのような意味の『どう』なのか……」


「とぼけちゃって。本当はわかってるんでしょ?」


「うっ」


 オリビアは目を泳がせるが、逃げるのは許さないとばかりにミーナが視界に映り込んでくる。

 どうにか誤魔化せないかと考えていたオリビアもついには諦め、一つ息を入れた。



「その……オラクさんには多くのものをいただきました。感謝しても感謝しきれない……恩人です」


「うんうん、それで?」


「…………今やわたしの心の大きな部分を占める、大切な方です」


 言いつつオリビアは真剣な眼差しでミーナを見返した。



「一番分かりやすく伝えるならば、“ミーナさんと同じ気持”ちでしょうか」


 続きを促すようにミーナは頷く。



「為政者として、兄として、一人の男性として。様々な顔を持つオラクさんの全ての顔に惹かれ、好ましく思っています。ただ、それだけではないと思うんです。進むべき方向を示してくれる道標であり、暗闇に沈んだ時光の世界に連れ戻してくれる救いの手であり、何より守りたいと強く願う。……一言では言い表せない存在です」


「ふふっ」


 満足した様子でミーナは笑みをこぼした。目の前に座っているオリビアともう一人、別の人物の姿を重ねて。

 彼女はオリビアの手を包み込み、そっとささやいた。



「それはね、愛だよ」


 ミーナはゆっくり、感情を込めて伝える。



「喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、いろんな感情を共有してお互いを想い支え合う。それを愛っていうんだよ」


「愛……」


「オリビアはオラクと似ているね。そんなに難しく考える必要はないの。この世界は愛し愛される、ただそれだけの世界なんだから」


 オリビアの心につかえていたものがすとんと取れたような気がした。

 自分の胸を見下ろし、そして再びミーナと目を合わせた。



「ありがとうございます。この感情の名前を教えてくださって。自分の気持ちには気づいていましたが、ずっとその名前を探していたんです」


「ふふ、お役に立てたようでよかった」


「その、ミーナさんも同じ気持ちということでいいんですよね?」


「うん、もちろん」


「辛くはありませんか?」


 言ってからオリビアは失言に気付き慌てて頭を下げた。



「ご、ごめんなさい! 無神経でした!」


「ううん、大丈夫。謝ることはないよ」


 立ち上がりオリビアの隣に歩み寄ってきたミーナは小さな体でオリビアのことを抱きしめる。



「辛くないと言ったら嘘になる。でもね、それ以上にわたしの心は温かいものでいっぱいだから。大切な人を思う気持ちがあればわたしは大丈夫」


 オリビアもミーナの背に手を回し力強く抱きしめ返す。



「オラクだけじゃない。ルシウスも、ルシェルも、それにオリビア。あなただってわたしの大切な人なんだよ? みんながいれば大丈夫。魂だけの存在になってもこの気持ちは消えないから」


「……ミーナさんは強いですね」


「オリビアも強いよ」


「わたしはそんなこと──」


「強いよ」


 腕を解いたミーナはオリビアの顔を覗き込む。



「オリビアはこれまでにたくさんの人を支えてきた。強靭な精神で、心が折れそうになった人に手を差し伸べ寄り添ってきた。強くないとこんなことできないよ」


「そう……でしょうか。自分ではよく分かりません。でもミーナさんがそうおっしゃるのなら自分を信じてみようと思います」


「うん、自信もって」


 頷いたオリビアは立ち上がってミーナの手を取った。



「ありがとうございます。ミーナさんとお話しできて嬉しかったです」


「わたしも。ありがとうオリビア」


 純白の世界に霞がかかり、ミーナの輪郭も朧げになってきた。別れの時が近づいてきたのだろう。



「最後にお願いを聞いてもらってもいいかな」


「はい」


「オラクとの子ども、わたしにも見せてね」


「えっ?」


 一瞬何を言われたのか理解が及ばず、数拍遅れてオリビアの顔が真っ赤になる。



「きゅ、急に何を言い出すんですか! そそそんな子どもだなんて! それにオラクさんにとっての一番はミーナさんで──」


「ふふっ、あははは!」


 オリビアの反応が余程面白かったらしくミーナは涙を浮かべて笑う。



「ふふふふふっ! オリビアはかわいいね」


「かっ、からかわないでください! 子どもの姿のミーナさんに言われると複雑です」


「ふふっ、たしかに。でも半分は冗談だけど半分は本気なんだからね?」


「半分本気だったんですか!?」


 珍しく声を張り上げるオリビアにミーナは笑いが止まらない。

 どうにか呼吸を整えてミーナはオリビアを諭す。


「だって、大切な人たちには幸せになってほしいもの。それにわたしのこと気にしてたら他の女に取られちゃうよ? オラクはああ見えてモテるんだから」


「わ、分かってます……!」


「オラクともちゃんとお別れは済ませたから大丈夫。オラクには過去に囚われず前に進んでほしい」


「そう……だったんですね。分かりました。頑張ってみます!」


「うん、よろしく。ずっとオリビアの中で見守っているから」


 「はい」と頷きかけ、オリビアははたと気づく。



「『ずっと』……?」


「あ、夜は目つむっててあげるから安心して」


「〜〜っ!!」


 顔中から湯気を立ち上らせ、現実世界でもないというのに頭をくらくらさせる。



「ふふっ、冗談だよ。わたしの自我はオリビアに呑まれて消える。残るのは微かな感情だけだと思うから」


「では子どもの姿を見せるというのは……」


「それはオリビア自身の目にしっかり焼き付けて。わたしはあなただから、それが実質わたしに見せたことになるんじゃないかな」


「子どものところは冗談ではないんですね……」


 楽しげに笑いながらミーナはオリビアの胸に顔を埋める。



「じゃあ、そろそろ時間だから」


 頬を朱に染めたままオリビアは優しくミーナを包み込む。



「はい。本当にありがとうございました。これからもずっと一緒に」


「うん。みんなのことよろしくね」


 

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