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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
130/136

変わったもの、変わらないもの


 ◆ ◆ ◆


 石鹸の香りが鼻腔をくすぐり、僕は目を覚ました。


 視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井。

 パチパチと薪の爆ぜる音が聞こえる。


 鉛のように重い頭を動かすと、月のような白銀の髪と夜空のように黒い角を持つ少女が椅子の上で寝息を立てていた。



「ここは……魔王城か……」


 ベッドから上体を起こしながら状況を整理する。


 さっきまで僕は【覇黒竜】と戦っていたはずだ。【真聖剣】を召喚し、精神世界もろとも覇黒竜を斬り裂いた──。


 そこで僕の思考は小さな声に遮られた。



「ライト……?」


 銀髪の少女──すなわちルナが瞬きを繰り返す。眠気によって半開きだったまなこに少しずつ光が灯り、やがて焦点が定まるとじっくりと僕の全身を見回した。



「やあ。数時間ぶり……かな?」


 僕がそう言うと、彼女は勢いよく僕の胸に飛び込んできた。



「なに言ってんのよ……このバカっ!! 3日も目を覚まさないで……っ! 心配したんだから!」


 おっと、そんなに長い間眠っていたのか。どうりでお腹が空くわけだ。


 それはいいとして……。


 目線を落とし、肩を震わせる少女のつむじを見つめる。



「前も言った気がするんだけど、誰かと勘違いしてない?」


「してない!! 他の誰でもなくあんたのことを心配してたのよ、ライト」


「………………えっと……、あー…………?」


 予想していなかった答えにたじろぐ。

 まさかルナにこんなに心配される時が来るなんて。



「3日も眠ってたって言ってたけど、戦いの結末はどうなったの? 【覇黒竜】のこととか【西の魔王】のこととか」


 動揺を隠すように僕は話題を振る。

 話題を振られたルナはゆっくり身を離した。



「…………ばか」


「なんて?」


「うっさい!! 全部しゃべるから黙ってろって言ったのよこのバカっ!」


 大して口を開いていないというのに、なぜか頭ごなしに怒鳴られてしまった。

 理不尽だと思いながらも話を聞けなくては困るので僕は黙って彼女に従うことにした。


 もう一度「ばか」と言ってからルナは先の戦いのことを語り始めた。

 僕が精神世界で倒したのと同様に現実世界でもルナ達が覇黒竜を倒したこと、【西の魔王】や【南の魔王】をこの魔王城で捕らえていること。

 それから戦いの途中で抜けている僕の記憶についてもこちらから問いただした。【西の魔王】に隷属の呪いをかけられていた僕の愛狼のフェルが姉さんに化け、そして姉さんに化けたフェルを【西の魔王】が踏み殺し、僕の内に眠っていた覇黒竜を呼び覚ましたこと。覇黒竜がオラクの秘書ハルバードを焼き殺したこと。

 他にも細かいところを含めて僕の知らないことを洗いざらい話してもらった。


 全て話し終えるとルナは力なく肩を落とした。



「ハルバードとフェルが守りたかったものは守れた。だから二人のためにも決して後悔しちゃいけないって言われたし、アタシもそれは理解してる。でもやっぱり悲しいものは悲しい」


「そりゃあね。僕だって同じ気持ちだよ。せめてフェルの亡骸はこの手で拾ってあげたかったな」


「フェルもハルバードも火葬はまだ済んでないから……お別れの言葉だけでも伝える?」


「そうだね。でも今はいい」


 今すぐ伝えたいという気持ちはある。けどフェルに挨拶をする時は一人でいたい。

 全てを終え、誰もフェルの墓標に来なくなってからゆっくり語り合おう。


 と、ベッドから降りようとした僕の頬を雫がつたった。



「……!」


 とっさに目を覆い隠し、ルナから顔をそむける。



「……泣いてるの?」


 気遣うような彼女の声が胸に刺さる。



「泣いてない。泣いてるのは君だろ」


 乱暴に立ち上がって部屋から出ようとする。数歩進んだ僕の手を細い手が掴んだ。



「待って。まだ横になってないと」


「大丈夫だよ。僕の体のことは僕が一番分かってる」


「でも……!」


 引き止める彼女の手を振り払おうとした時、部屋の扉が開いた。



「おっと。目が覚めたか、ライト」


 僕が起き上がっていることを予想していなかったか、一瞬肩を跳ね上がらせた青年──オラクに声をかけられる。

 以前はルナと同じ銀色だった彼の髪は純白に染まっている。


 僕が目をこするのと同時にルナも慌てて手を離す。

 僕達の様子を見てオラクは不思議そうな表情を浮かべた。



「目が覚めたなら飯を持ってこさせる。少し待っていてくれ」


「自分の足で食堂に行くからいいよ」


 オラクの横を通り過ぎようとすると彼の腕が伸びてきて行く手を阻まれてしまった。



「あまり動かないほうがいい」


「兄妹揃って心配性だな。大丈夫だってのに」


「体に問題がなくても目に見えないところに問題がある可能性もある。安静にしていてくれ」


 言われて僕は胸に手を当てる。


 たしかに魂や心に疲労が溜まっていることも考えられるか。

 目に見えない部分に関しては死霊術師であるオラクの専門分野だ。素人たる僕の判断よりも信頼性はある。


 言い争うのも不毛なので僕はオラクの言うことに従った。



「早く持ってきてよね」


「ああ」


 オラクが出て行くのを見送り、僕はベッドに身を投げ打った。



「ごめんルナ。冷たい態度を取っちゃって」


「うんん、アタシも戦いの後とかは今のライトみたいになることもあるから」


「そういえば北の魔王軍との戦いの後は荒れてたっけか」


「なっ……なんで覚えてんのよ!」


「君が思い出させたんじゃないか」


 指摘してやるとルナは羞恥に耳を赤く染めそっぽを向いてしまった。



「張り合いがないな」


「何がよ」


「別に。ただの独り言さ」


 布団に顔をうずめながらルナの横顔を窺う。


 もう少し強く当たってくれた方がやりやすいんだけどな。大切なものをたくさん失ってルナも精神が参っているのかもしれない。



「……一年前はまさかこんなことになるなんて考えてもいなかった」


 しばらく無言の時間が続いたが、黙っていることに耐えられなくなったかルナがポツリと呟いた。



「こんなこと?」


「こうして人間と同じ部屋で同じ空気を吸うことよ。嫌ってたわけじゃないけど近しい存在になるとも思ってなかった」


「近しい存在……ね」


 たしかに僕も同じ気持ちだ。

 一年近く前、人間界(むこう)でルナを拾った時は早く縁を切ることしか考えていなかった。

 面倒なことには足をつっ込まない、面倒事の温床である人付き合いは極力避ける。そんな僕がこの一年は多くの人と関わってきた。

 そのきっかけになったのは間違いなくあの時の出会いだ。



「ルナ」


 ベッドの上に居直りルナを見つめる。



「ありがとう。今の僕があるのは君のおかげだ」


「なっ、何よ急に……」


 座りが悪そうに彼女は目を泳がせる。



「過去の僕を否定するわけでも、今の僕が以前と大きく変わったと言うわけでもない。でも君と出会ったことで周りの人の温かさや支えてくれる人の大切さを知ることができた」


「そ、そう」


「それと……」


 皆まで言うべきか言わざるべきか逡巡する。


 精神世界での【覇黒竜】との戦いの最中、力を出し尽くしたと思い諦めかけた僕を立たせてくれた声。あの声がなければ今見える景色は違って見えただろう。


 あの時のことを伝えようとするのと同時に、オラクが部屋に戻ってきた。



「マリアに食事の用意を頼んできた。今しばらく待ってくれ」


「分かったよ」


 伝えるのはまた今度にしよう。


 首を傾げるルナに「なんでもない」と告げ、僕は笑って誤魔化した。

 と、オラクが扉のところから半身を外に覗かせ誰かを手招きした。

 誰だろう、と考えたのも束の間、部屋の外から漂ってきた魔力の香りに僕の頬が自然と緩む。その人物は顔を見せるなり輝く笑みを浮かべ、こちらに駆け寄ってきた。


 無意識のうちに僕も立ち上がって腕を広げる。


 これだけは一年前から変わらず、この先も変わることがないと確信を持って言える想いの矛先。

 先ほどの悲しみの涙とは違う喜びの涙を流し、僕はぎゅっと固い抱擁を交わした。



「オリビア……姉さん……ッ!!」


「ライト! やっと目が覚めたんですね」


「よかった……よかった……!! 姉さんを守ることができて本当によかった!!!」


「わたしもライトが無事でよかったです。皆心配していたんですよ」


「うん、分かってる。ありがとう」


 腕を解いて頭を下げる。

 姉さんは慈しむように僕の頭に手を乗せた。


 まだ背丈は届かない。器の大きさも遠く及ばない。

 だからこそ背中を追いかけたくなり、だからこそ守りたいと願う。


 僕は面倒事が嫌いだ。でも姉さんに関わることだけはその限りではない。

 これまでも、そしてこれからも。僕は姉さんのために死力を尽くすだろう。


 

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