表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
129/136

【白】の魔王

 忘れた温もりを思い出させてくれた。

 冷めた心に火を灯してくれた。

 力強い言葉で道を照らしてくれた。


 全てを投げ出し慕ってくれた。

 世界を敵に回してでも支えてくれた。


 我が身を顧みず守ってくれた。

 頼りない姿を見せてもついてきてくれた。

 成長を促し新たな気づきを与えてくれた。


 諭されて初めて、俺はこんなにも愛されていたのだと気づいた。

 受け取った愛を、今度は俺が返そう。

 愛が巡り、世界の果てまで愛が行き渡るように。


 ◇ ◇ ◇


 激しい攻防とは対照的に世界は静寂に満ちていた。

 【覇黒竜】が大地を踏み砕く音も、ルナが奴を殴る音も、オリビアが覇黒竜の炎を撃ち返す音も聞こえない。


 極限状態にある身体が不必要だと判断した感覚器官の働きを制限しているのだ。それによって視覚と魔力の感覚が先鋭化し、いつも以上に敵の動きに反応できるようになっていた。


 荒れ狂う覇黒竜の懐に潜り込みその巨躯を天へ蹴り上げる。

 勢いよく飛ばされながらも炎を吐こうとした奴の背にルナの拳が叩き込まれ、奴は再び大地へ戻ってくる。



「“霊験白掌(れいげんびゃくしょう)”」


 純白に染め上げた指先を覇黒竜の腹めがけて突き出す。

 第二関節あたりまで指が食い込んだところで覇黒竜は身体を捻って俺の指から逃れた。



「<───────、────────>」


 体勢を整えた覇黒竜が何か言うが俺の耳には届かない。

 俺は死霊術を解くことなく再び覇黒竜に迫る。



「<───>」


 奴の目が竜胆色に光る。“覇者の威厳”にてこちらの動きを止めようというのだろう。

 だがその視界は猛々しい炎に覆われ、俺の動きを止めるには至らなかった。


 と、その炎をかき消すように覇黒竜の口から漆黒の炎が噴き出された。炎自体は咄嗟に回避したものの、その先で大渦に呑み込まれおびただしいほどの雷撃を浴びる。

 白いオーラにて水流と電流をかき消している間に再び濃密な炎が迫り来る。満身創痍の身体では到底耐えられないだろう。しかし俺は迷わず炎の中に飛び込んだ。


 刹那、覇黒竜が放った炎が消滅し道が開ける。


 風になびく銀髪を尻目に俺は覇黒竜の間合いまで一足飛びに踏み込む。

 俺を喰らわんとする大きな顎はオリビアが障壁を展開して防ぎ、逃げに転じようとした覇黒竜の足をルナが地面に縫い留める。


 ほんの一瞬、されど最大の好機が訪れた。


 振り抜かれた腕は覇黒竜の腹をすり抜け、指先が奴の魂に触れる。

 底の見えない深淵のごとく黒々とした魂。


 ようやく、掴んだ。



「<────>」


 敗北を悟ったか、覇黒竜の全身からこれまでの比ではない炎が噴き出す。いや、爆風と表現するのが適切か。

 自らの命をも燃やす自爆の一手だ。


 爆発が広がれば俺はもちろんのこと、オリビアやルナ、魔王城とて無事では済まないだろう。


 覇黒竜の身体が輪郭を失い、黒い光となる。

 魂を起点として生じた魔力場が乱れるほどの爆発はしかし、とてつもなくゆっくりと俺の視界を流れる。


 感覚的なものなのか、それとも実際に起こっていることなのか、まるで時の流れが遅くなったかのようだ。


 爆風が俺の姿を覆い隠し、跡形もなく消し飛ばそうとした瞬間──




「──“白焔(ヴァイス・フォイヤー)”」



 ──焔の形をした光が世界を白く染めた。


 それはこの世の一切合切を清き姿に導く浄化の光。

 純白の光は爆炎を呑み込み、焦土と化した大地を覆い、そして覇黒竜の魂を柔らかく包み込んだ。


 破壊の権化である覇黒竜は存在意義を根底から覆され魂ごと消滅していく。



「<おのれ……この我を滅ぼすなど……!>」


 消えゆく中、それでも覇黒竜は最後の恨み節を言う。



「<破壊は創造の元である。破壊なき世に創造なし。創造なき世に変化なし! 淘汰されることを拒絶した世界に未来など……!!>」


 そこで言葉は途絶え、覇黒竜の魂は完全に消滅した。



「お前の言葉を否定はしない。だがそんなことはどうだっていい。俺は……俺達はただ、愛する者のために戦う。それだけだ」


 光が収まる。

 先ほどまで覇黒竜がいた場所には髪を金色こんじきに輝かせる少年が残されていた。



「ライトっ!」


 地面に仰向けになっていた彼の元にルナが駆け寄る。俺もルナに続いて歩み寄った。


 一度器を失って身体を再構築した影響か目に見える傷はない。“白焔(ヴァイス・フォイヤー)”の力によって魂の損傷も治っている。

 気を失っているだけか。


 安心した途端緊張の糸がほつれ、俺はくらりと体勢を崩した。

 倒れかけた俺の身体がふわりと抱き止められる。


 見ればライトと同じ髪を持つ女性の顔があった。



「ありがとう、オリビア」


 彼女の肩を借りてゆっくりと歩みを進めた俺は、心配そうにライトの手を握りしめるルナの頭に手を置いた。

 顔を青くしたルナは目に涙を浮かべながらこちらを振り向いた。



「ねえお兄ちゃん、ライト大丈夫よね?」


「ああ。少なくとも命に別状はない」


「目、覚める?」


「大丈夫。今は疲労で眠っているだけだ」


 言いつつもどれほどの時間で目覚めるかは分からない。

 見たところライトは覇黒竜と直接魂のぶつかり合いをしていた。目には見えなくとも相当の疲労が溜まっているはずだ。表面上は元通りになったが、何しろ俺も魂に干渉したのは初めてだ。不確定要素はある。


 それでも不安な素振りを見せてはいけない。ルナを安心させるためにも、ライトが目覚めるのを信じるほかない。


 と、ルナが俺の服を引き寄せ額を寄せてきた。



「お兄ちゃんも大丈夫? 髪色まで変わっちゃって、アタシ心配……」


「大丈夫だよ。前に言ったろう。お前を置いて逝くことなんてないと」


「そう、なんだけど……。フェルがあんな姿になって……ハルバードまでいなくなっちゃって……! だからもう誰の傷つく姿も見たくなくて……!!」


 堰を切ったようにルナの双眸から涙が溢れる。

 俺と同じように先ほどまで保っていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。


 もう小さな子供ではない。しかし大人と呼べる歳でもない。

 普段の好戦的な性格と実力によって忘れがちだが、ルナも一人の繊細な少女なのだ。


 彼女の頭を撫でながら俺は優しく諭す。



「きっと皆疲れている。ルナだってそうだ。つい余計なことや悪いことを考えてしまうだろう。早く魔王城に戻ってゆっくり休もう」


「……うん」


「その前にまずは報告をしないといけない。取り繕わなくてもいい、気丈に振る舞わなくてもいい。戦いの行く末を案じていた者達に顔を見せて、終戦を伝えよう。休むまでにもう少しだけ辛抱できるか?」


「うん」


 涙を拭い、ルナはライトを背負って立ち上がった。


 

「オリビア、悪いがもう少しだけ肩を貸してくれ」


「はい。少しと言わずいくらでも」


 自分も疲れているだろうに、そんな素振りは微塵も見せずにオリビアは微笑む。


 俺は歩きがてら二人に語りかける。



「二人ともありがとうな。二人のおかげで大切なものを守れた」


「いえ、わたしは何も……。わたしが戦力になれたとはとても思えませんし……」


「十分戦ってくれたさ。それにオリビアには戦いそのものよりも大切な精神面で支えてもらった。オリビアが来てくれなかったら、俺はとっくに諦めて全てを失っていた。ありがとう」


「そうでしたか……。でしたらありがたく感謝の言葉をいただきますね」


 俺は頷いてルナに顔を向けた。



「アタシは……。確かに覇黒竜は倒せたけど、大切なものを守れたとは思えない」


「いいや、守ったさ。この領地の民、必死に戦っていた東の魔王軍、ルシェルの襲撃を受けた人間界」


「でも──」


「それから、ハルバードとフェルが命を賭して守ろうとしたもの」


 真意を問うようにルナが俺の瞳を覗いてきた。



「ただいたずらに命を失い、守りたいと願ったものを守れなかったら死んでも死にきれない。だが大切なものを守れたならば、自分の生死はどうでもいい。それはあの二人だけじゃなく全ての人に共通する思いだ」


「そう……かもしれない。うん、アタシもそう思う。でも二人の守りたかったものって?」


「ハルバードが守りたかったものは俺とルナ、フェルが守りたかったものは無二の親友・ライトだ」


 微かにルナの目が見開かれる。



「俺達は二人が守りたかったものをしっかり守ったんだ。二人の命は救えなかったかもしれない。だが二人の願いは叶えた。それが二人へ贈る手向(たむ)けだ」


「っ…………うんっ」


 一筋の涙を流しながらもルナは笑顔で頷いた。


 しばらく歩き続ければ魔王城が見えてくる。城壁の上には固唾を飲んで戦いの行く末を見守っていた魔王軍の幹部達やライトの兄達の姿が見えた。


 彼らに手を振り、俺は隣を歩くオリビアを見つめた。



「お前もありがとう」


「え?」


 オリビアはきょとんと首を傾げる。が、徐々に口が弧を描き始めた。



「え、あれ? どうしてでしょう、なぜか無性に嬉しく……?」


 自らの胸に手を当てたオリビアははっと顔を上げた。



「もしかしてわたしの魂と溶け合っている方の気持ちでしょうか?」


「さあな」


 東の空が色づき、俺達の頬を桃色に染める。


 様々な情念が渦巻き世界を混沌に陥れた戦いは人々の心に暗い影を落とし、明けない夜を予感させた。

 しかしこうして日は昇り、俺達はここにいる。


 当たり前のように人と魔族が手を取り合い、皆が笑顔を振りまいている。

 目の前に広がるこの愛おしい光景こそ、俺が守りたかったものだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ