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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
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その軌跡は一振りの剣

 他人と交わらずとも、姉さんとさえ繋がりを保てればいいと思っていた。

 事実僕は周りの人に頼らずに生きるしたたかさを持っていたし、血の繋がりを断っても困ったことはなかった。


 だから初めて彼女に出会ったときはただただ鬱陶しいとしか思わなかった。

 いたずらに感情をむき出し、ちょっとしたことで騒ぎ立て、面倒事を呼び込む。

 しかしそうしたことが人生に彩りを添えるのだと、彼女との関わりを通して気付かされた。


 姉さん一色だった僕の世界を広げてくれた彼女に感謝の気持ちを伝えたい──。


 これが僕の唯一の願い。


 ◆ ◆ ◆


 黒い炎が至近距離から襲い来る。

 【覇黒竜】の尾に掴まれていては避けることもできず、僕は大人しく炎に呑み込まれた。



「<口ほどにもない>」


 尻尾を解いた覇黒竜が言い捨てる。



「<一人間如きが我に抗えるはずもなし>」


 そのままどこかへ去ろうとした彼の手を僕は掴んだ。



「どこに行くのさ」


「<!?>」


 黒煙の中から姿を現した僕を見て彼は目を見開いた。



「<何故なぜ動ける>」


「──“囚愛緋牙(しゅうあいひが)”」


 覇黒竜の問いへの答えを魔法にて返す。


 僕の胸から生じた緋色の炎は黒煙を飲み込み覇黒竜に牙を立てた。



「術者に牙むく魔法を飲み込むこの魔法に発動までのタイムラグはない。誰かを想う心がある限り、この胸には常に炎が灯されている」


「<くっ……>」


 器を共有しているから思考を読める可能性も考えていたけどその心配はいらないかな。魂が異なれば心も異なるということだろう。



「歯、食いしばりな」


 炎を掻き消そうともがく覇黒竜の鳩尾みぞおちに渾身の一撃を叩き込めば、空気の塊を吐きながら大きく飛ばされていった。

 そのまま僕は無数の魔法陣を描く。



「──“雷桜封殺陣”」


「<小賢しい。──鎮まれ>」


 魔法陣から伸びたおびただしい白桃色の雷撃は覇黒竜に達することなく消滅した。おそらく“竜の咆哮”だろう。


 使えたなら早く教えてよね。


 ため息をつきつつ一瞬で彼の背後に回る。

 虚を突くつもりで放った蹴りは彼の尻尾に絡め取られ、肉体を傷つけるには至らなかった。



「厄介な尻尾だ。千切らせてもらってもいいかな」


「<汝には不可能である>」


 言うと同時に僕の体がガクンと前のめり、尻尾によって勢いよく投げ飛ばされた。



「<滅びよ>」


 畳み掛けるように放たれたのは“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”。

 真っ暗な空間においてなお黒々とした炎に身の毛がよだつ。



「でも“囚愛緋牙”で受け止め──」


 覇黒竜の言う意思の力とやらで勢いを減衰させて体勢を整えた僕が黒い炎を受け止めようとすると、突然胸に熱い痛みが走った。



「かはっ……」


 背後を振り返れば僕の体に尾を突き刺す覇黒竜がいた。



「<“囚愛緋牙”も所詮は一魔法に過ぎぬ。鎮まれ>」


 彼の一声に、僕の胸に灯されていた炎が忽然と消えた。

 これでは“黒竜災禍終焉火”を受け止められない。いや、それよりも姉さんを想う心の象徴たるこの灯火を消されるなんて。



「……ふざけるな」


 圧倒的な滅びの力が波濤となって全身を焼く。

 皮膚がただれ肺は熱で満たされ身体が悲鳴を上げるが、それ以上に僕の心が震えていた。


 やがて炎が収まると覇黒竜は僕の胸から尾を抜き、首を締めてきた。



「<我が炎の前には全てが滅びる。だが汝は通常の人間とは違うようだ。この目でしかと汝の死を見届けるまでは容赦せぬ>」


「……そいつはどうも」


 掠れる声で返しながら、首に絡みつく尻尾を握り返す。



「<ね>」


 その言葉と同時に気管が圧縮され息が詰まる。さらにミシミシと骨が悲鳴を上げるのが分かる。


 この精神世界での死が現実世界での死を意味するのかは分からない。ただ楽観的には考えられないことは明らかだ。


 僕は歯を食いしばり喉と腕に力を込める。



「<無意味>」


「っ……!!」


 首にばかり意識が向いていたため無防備となっていた腹に鉄のような拳を打ち込まれる。

 たまらず空気を吐きそうになるが、息が詰まっているためそれも叶わず。強い不快感を飲み込んで僕は両手の指に魔力を集中させた。


 硬化された指が鱗を砕き覇黒竜の尾に食い込む。

 一方の覇黒竜はそれには構わずに首を絞める力を一層強くしてくる。


 もっと、もっとだ。

 もっと魔力を。この感情を魔力に変えて両手に込めろ……!


 僕の思いに呼応するように竜胆色のオーラが全身から溢れた。



「<鎮まれ>」


 すぐさま自身の権能にてオーラを鎮静化しようとした覇黒竜だったが、消し去ることができずに眉根を寄せる。


 消させてたまるものか。

 姉さんへの想いそのものである“囚愛緋牙”を消された怒りは。僕の覚悟そのものであるこの魔法は。誰にも、どんな力にも、決して屈したりはしない!



「──“竜の逆鱗”ッ!!!!」


 魂の叫びが爆発し、覇黒竜の尾を八つ裂きにする。



「<ぬっ……!>」


 バランスを崩し一歩後退した覇黒竜の胸に正拳突きを叩き込む。

 さらにこめかみに回し蹴りをお見舞いし、続けて顎を蹴り上げようとしたところで僕の足は払われた。



「<鋼の意思にて“竜の咆哮”の権能を防ぐか>」


 感心したように頷いた彼は僕の背後に瞬間移動する。



「<しかしその意思でもって維持せし身体強化を使役しても尚、我に及ぶことはなし>」


 音を置き去りにして放たれた拳に僕は振り向きざま拳を合わせる。



「<予言である。五十秒後、汝は我の眼前にひざまずく>」


「いちいち鬱陶うっとうしいんだよ」


 一言だけ返して僕は覇黒竜の間合いの内へ飛び込んだ。


 瞬きする暇すら与えずに殴打の嵐を浴びせようとすると、彼は器用にもその全てに拳を合わせて肉体へのダメージを無に抑える。

 いくら殴っても無駄ならばと半身上方へ瞬間移動した僕は膝蹴りを彼の脳天に叩き込む。今度は防がれることなく決まったが、その直後に胸ぐらを捕まえられ見えない地面に投げつけられた。


 体勢を立て直そうとする僕の顔面に覇黒竜の足が踏み下ろされる。

 その場を半回転して頭への一撃を回避した僕はそのまま彼の足を掴み、逆に彼を地面に組み伏せた。



「ふっ!」


 渾身の力で彼の膝をあらぬ方向に曲げ、関節を外す。



「意思の力で現象を操作できるとはいっても、直接触れている間は瞬間移動もできないみたいだね」


「<否。出来ぬのではない。不要なのだ>」


 と、覇黒竜の全身から炎が噴き出し僕を包んだ。



「悪いけどこの程度──」


 言いかけ、形と質を変えた炎に全身を串刺しにされた。


 力が緩んだ隙に覇黒竜に抜け出され、距離を取られる。



「<人間が盲信する“想い”とやらの力で足掻きはしたが、死期を遅らせたに過ぎない>」


 体内から僕を焼く炎を無視して飛びかかろうとするとどこからともなく炎の鎖が伸びてきて僕を縛り上げた。


 僕を貫いた炎といいこの鎖といい、“竜の逆鱗”の防壁をこうも容易く突破してくるなんて。



「<戯れはここまでである。汝に与えるのは世界をも崩壊させる“滅び”。その全てを一身に受けられることを光栄に思うが良い>」


 鎖を解こうともがいている間に、周囲三百六十度、僕の目で見える全ての範囲に魔法陣が描かれた。



「<滅びよ>」


 次の瞬間、全ての魔法陣から黒い炎が放たれた。

 襲いくる滅びの魔力。頭に浮かぶのは「死」の文字。


 これは避けられないな。


 敗北を悟った僕は黙って炎に呑み込まれた。



「<予言通りである>」


 どれくらいの時間が経ったか、あるいは数秒の出来事だったのか。

 その場に倒れた僕の近くに覇黒竜が歩み寄って来た。


 油断してたつもりはない。全力だって尽くした。その結果がこれなら仕方がない。


 僕の中に残ったのは寂寥感と一抹の悔しさ。

 長らく味わっていなかったこの気持ち。


 これが、敗北か。


 自分の死はどうでもいい。ただ姉さん達を守れなかったことだけが悔やまれる。

 あの世からみんなに謝らないと──。そう思って目を瞑ろうとすると、どこからか声が聞こえたような気がした。


 ふと覇黒竜から視線を逸らし意識を集中させると外界の様子が投影された。

 そこに映るのはオラクと姉さんとルナが覇黒竜()に立ち向かってくる様。目の前の戦いに必死で誰も無駄口は叩いていない。だけど──



「諦めてんじゃないわよ!!」


 ──確かに、ルナの声が聞こえた。


 僕が言い返そうとする前に意識が現実に引き戻される。

 覇黒竜に首を掴まれたのだ。



「<まだ息があったか>」


 力なく睨み返し、黙って彼の言葉を聞く。



「<せめてもの情けである。直ちに黄泉の国へと旅立たせてやろう>」


 覇黒竜の右手で手刀が作られ勢いよく僕の心臓へ吸い込まれていく。既にいくつもの風穴が空いた僕の表皮を破り、骨を砕き、手刀の先端が心臓に触れた瞬間。

 覇黒竜の手が見えない結界に弾かれた。



「<……?>」


 結界は水晶のような音を立てて崩れたが、その中から一片の紙がはらりと舞い降りてきた。



「幻聴なのか何なのか知らないけど……勝手なこと言ってくれちゃって…………」


 目の前の相手ではなく今も覇黒竜と戦っている少女に向けて小言を言う。そして震える手から僕の中に残っていた全魔力を紙片へと飛ばす。


 魔力を注がれた紙片は地面へ達すると同時に一つの魔法陣へと姿を変えた。


 警戒した覇黒竜が距離を取ったことで僕は彼の手から逃れる。



「<何なのだそれは>」


 黄金に輝く魔法陣を見て覇黒竜が言葉を発する。



「……召喚魔法陣だよ」


 多くは語らず、というよりもその余力がなく端的に彼の疑問に答える。


 より正確に言えば、元となった紙片は任意可変魔法陣。ありとあらゆる魔法陣に変化することができる魔法陣だ。

 これは一年近く前に一番上の兄・アルベルト兄さんからもらったもの。今までは懐に入れていたけど使う機会がなかったため結界ごと体内に埋め込んでいたのだ。

 よもや使う機会が訪れるとは。



「<笑止。召喚魔法陣など用いて何になる。助けが来ようとも犠牲が増えるだけである>」


「さてね」


 耳に残る少女の声で己を奮い立たせ、僕は魔法陣の中に手を入れる。


 どれだけ気合を入れても一撃入れて動けなくなるだろう。でもそれで十分だ。


 実体を掴んだ僕は煌々と輝く魔法陣から一振りの剣を抜いた。



「<……聖剣だと?>」


 覇黒竜の口から驚きの言葉が漏れる。

 そう、描いたのは生物を呼ぶためのものではない。聖剣の召喚魔法陣。



「【真聖剣】エクスカリバー」


 銘を呼べば剣身が眩い光を発した。


 【真聖剣】は二振りの聖剣を融合させたもの。召喚魔法陣を用いたとしても、世界のどこかに一振りの【真聖剣】の状態で存在していなければ呼び出すことはできない。

 場合によっては呼び出せない可能性も十分に考えられた。しかしこの極限状態の中、迷いはなかった。


 柄からアルベルト兄さんやオーガ兄さん、ユリア姉さんの魔力を微かに感じる。

 つい先ほどまで誰かが使っていたのだろう。


 頬を緩めた僕は腰を低くし、見えない地面をしっかりと踏みしめる。



「<その身体でまだ抗うか。なれば今度こそ塵となって消えるがよい。

 ──滅びよ>」


 先ほど僕を焼き尽くした“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”の弾幕が壁となって迫り来る。

 少しでも触れれば僕の身体は──あるいは魂と言うのが正しいのかもしれないけれど、無事では済まないだろう。でも恐れはない。


 澄み渡った頭とは対照的に燃える心を聖剣に乗せ、光の速度で駆ける。


 理屈を無視して文字通り一条の光となった僕は黒い炎の壁を抜け、覇黒竜の目の前に躍り出て聖剣一閃。




「──“閃光一文字”」



 白い光が世界をわかつ。


 その光はこれから先の未来を示すかのごとく、どこまでも続いていた──。


 

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