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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
127/136

変わらぬ光をよすがに

 ──最後まで共に──


 ◇ ◇ ◇


「──“黒白の波動”」


 破壊と浄化の相反する力が二重螺旋の炎となって“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”を受け止める。

 圧倒的な火力にこちらの炎は押し負けそうになるが、それでも俺は重心を低くし足裏でガッチリと地面を掴んで抵抗する。


 霊子が有する浄化の力がある以上持久戦になればこちらが有利になるはずだ。もっとも持久戦になるかどうかという問題はあるが。



「ふぅぅうううッ!」


 全霊を持って対処していると、ふと手応えが軽くなった。



「絶対に守ってみせます!!」


 斜め前方に目を向ければ、金色こんじきのオーラを身に纏ったオリビアがいた。

 彼女は大気を揺蕩たゆたう魔力を掌握し、“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”、そして【覇黒竜】から魔力を吸収する。


 通常の魔力なら何も問題はないが、滅びの性質を帯びた魔力を吸収すればどうなるのかは容易く想像できる。内から身体を蝕み相当負担がかかるはずだ。

 それでも彼女は泰然として姿勢を崩そうとはしない。


 助かる──。そう思って正面に向き直ると手応えが完全に消えた。



「アタシだって……!」


 視線の先にその答えを見つけ俺は瞠目どうもくした。

 覇黒竜の目と鼻の先で白銀のオーラを纏ったルナが炎を弾いていたのだ。


 空に月は浮かんでいないが、その力は“月光姫(げっこうき)”のものに違いない。時間をかけて勢いを削いでいく俺の霊力とは異なり、ルナのそれは触れれば即座に魔法を無に帰す。しかしあれだけ近づけば当然危険度も跳ね上がる。

 案の定鋭い尾がルナに迫る。素早い身のこなしで尾の追撃を逃れながらルナが叫んだ。



「お兄ちゃん! 今のうちに!!」


 言葉は返さず勢いを増した炎にて答えを返す。

 覇黒竜は再び“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”を放って迎え撃とうとしたが、ルナによって鎮火され無防備な顔面を晒した。



「<──っ>」


 “黒白の波動”が直撃する。

 数枚の鱗が飛び散り覇黒竜は体をのけぞらせた。



「オリビア、ルナ、助かった! それとさっきは情けない姿を見せてすまなかった。もう諦めない。勝つぞ!!」


 言いながら覇黒竜に接近する。



「<我に勝つなどという妄言を吐くとは愚かなり>」


「妄言を実現させてこその魔王だ」


 腹の下に潜り込んだ俺は拳に霊気を纏わせて突き上げようとする。それと同時に覇黒竜は四肢の力を緩め、その巨体で俺を押し潰してきた。


 腕を伸ばし切る前にのしかかられたことで十分なダメージを与えることはできず、反転して守勢に立たされる。



「重い……っ!」


 両手で覇黒竜の体重を支えようとするが、重力魔法をかけているのか一向に持ち上げることができない。

 あまりの重さに全身の骨がミシミシと悲鳴をあげる。



「持ち上げることができないなら……。──“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”!」


 俺の手と覇黒竜の腹の間から猛々しい炎が溢れ出る。圧倒的な魔力を有する炎はしかしわずかに皮膚を焦がしたのみで状況を打開する一手とはならなかった。


 より強力な魔法であれば打開できるかもしれないが、負担を強いられる体勢のままではうまく魔法陣を構築できない。

 鱗に覆われていない腹部ならば攻撃が通りやすいと思って潜り込んだが短絡的だったか。

 だが俺が動けないのと同様に覇黒竜もそう簡単には動けないはずだ。今奴がのしかかりをやめれば再び俺を自由にしてしまうからだ。奴にとってもこれは俺を仕留めるための好機のはず。


 一対一でこの状況ならば両者の根比べとなるところ。だが現状は異なる。


 俺が食いしばっていると、側方で大きな音が響き魔力が爆ぜた。


 覇黒竜の身体がぐらりと傾き、俺の全身にかかっていた圧力が緩む。その隙を逃さず俺は伸ばしかけていた腕を振り抜いた。



「“霊験白掌(れいげんびゃくしょう)”」


 純白の粒子に包まれた拳が覇黒竜の腹をすり抜け、体内に達する。

 形無いものを捉えるこの手でこいつの魂を掴めばチェックメイトだ。



「<不遜なり>」


 左目を光らせ魂の位置を確認した俺はそのまま腕を伸ばしたが、咄嗟の飛翔により空振りに終わった。



「そう簡単には掴ませてもらえないか」


 覇黒竜が羽ばたきながら噴き出してきた炎をあえて躱さずに“黒白の波動”にて正面から受け止める。

 示し合わせるでもなくオリビアはすぐさま転移魔法陣を展開し、ルナがその魔法陣を通って覇黒龍の鼻先に転移した。



「ふんっ!!」


 もはや俺以上の膂力を誇るであろうルナの渾身の一撃を受け覇黒竜は姿勢を崩した。



「──“竜炎渦(ドラゴン・フレイム)”!」


 さらにオリビアが黒い魔力の伴った炎を打ち出す。

 おそらく先ほど吸収した覇黒竜の魔力が混ざっているのだろう。


 翼を撃ち抜かれた覇黒竜は滞空し続けることができずに落下してきた。



「畳みかけるぞ!」


 俺の掛け声にオリビアとルナは頷く。



「──“闇炎葬(リメヤ・グオ・ナトロ)”!!」


「──“竜炎渦(ドラゴン・フレイム)”っ!!」


「──“死燦槍黒焔シュヴァルツ・イレイア”」


 三者三様の炎が覇黒竜に迫る。

 さすがにこれで仕留められるとまでは思っていない。だがそれなりの傷を負わせることはできるだろう──。



「<鎮まれ>」


 ──もっとも直撃すればの話だ。


 大気を震わせる覇黒竜の雄叫びに全ての炎は消し去られた。


 焦った様子など微塵も見せずに、覇黒竜は着地と同時に天を仰ぐ。



「<はしれ>」


 刹那、雷鳴が轟き雷が俺達に降り注いだ。



「がはっ」


 飛びかけた意識をかろうじて繋ぎ止め奴を睨みつける。



「<思い通りに事を運べず不満であるか>」


「何も不満になんか思っていないさ。これはただの戦意の表れだ!」


 言い終えないうちに疾駆し、今なお降り注ぐ雷の雨を回避しながら覇黒竜に再接近する。

 決して上策とは言えないが魔法を打ち消されてしまう以上近接戦に持ち込むしかない。



「<それも無意味。汝は我に近づくことすらできぬ>」


「何を根拠にそんなことが言える」


「<もう忘れたか。──止まれ>」


 奴の視線が俺の瞳を射抜いた。その瞬間から俺の手足が鎖に繋がれたかのようにピクリとも動かなくなった。

 目を合わせた相手の四肢を封じる竜眼(ドラゴン・アイズ)の権能・“覇者の威厳”だ。


 当然忘れていたわけではない。奴がこの力を使うよう、あえて誘導したのだ。


 この一連の戦いが始まる前ルナから聞いたのだ。一見最強の権能とも思える“覇者の威厳”には欠点が存在すると。それは、この力を使用している間、術者も同様に四肢を動かせなくなるということ。

 一騎打ちであれば問題とならないような欠点も、多対一では大きな隙となり得る。


 俺が動きを止められている間にオリビアとルナも雷撃から逃れ、各々地面を蹴る。



「<哀れ。それで裏をかいたつもりか。──呑め>」


 たったその一声で二人の足元から瀑布を逆さまにしたような水の波濤が生じた。

 判断の遅れたオリビアは為すすべなく吹き飛ばされ、束となって襲いかかった雷の餌食となった。



「オリビア!!」


 叫べども俺にできることは何一つない。手を伸ばすことすらできずにただその光景を見つめるしかなかった。



「<我は汝らとは違う。たとえ一歩たりとて動かずとも汝らを粛清することは容易い>」


 奥歯を噛み締め、俺は全身の筋肉を隆起させる。



「<笑止。そのような事をして何になる>」


 俺を焼き尽くそうと口を開き魔力を集中させる覇黒竜の背後で短い銀髪がなびいた。



「アタシのこと忘れてんじゃないわよ!!」


 雷撃も、激流も回避してのけたルナが覇黒竜の後頭部目掛けて飛び上がる。

 覇黒竜は全身の鱗の隙間から炎を噴出するが、もはや彼女の勢いは止められない。魔力を込めた拳が巨大な脳天に吸い込まれ──



「<無駄である>」


 ──直撃する寸前、鋭い尾がルナの腹部を貫いた。


 奴の目線はずっとこちらに向いていた。気配だけでルナの詳細な位置まで把握していたというのか。



「<命がけの奇襲も我には通用せぬ>」


 ルナを貫いた尾が地面に迫る。

 勢いそのままにルナと尾が覇黒竜の眼前を通り過ぎたほんの一瞬、彼女の身体と溢れる血によって覇黒竜の視界が遮られた。



「ばーか」


 苦悶の表情を浮かべながらもルナの口角が上がる。それを合図に俺は一陣の風となって駆け出した。


 そう。尻尾の刺突すらもルナは読んでいたのだ。

 術者も同様に四肢が動かせなくなることは当然術者自身も把握しているはずだ。だから両手以外からの魔法、そして四肢以外の部位を用いた攻撃には注意する必要がある、と。


 複雑な計算ができるわけではない。しかし圧倒的な戦闘センスに裏打ちされた直感でもって覇黒竜と俺の視線を断ち切る位置に来るように貫かれたのだ。


 命をして妹が作ってくれた隙を無駄にはしない。

 俺は自ら覇黒竜の顎門あぎとの中に飛び込み、口内に収束しつつあった奴の魔力に俺の魔力を上乗せした。



「<鎮m──>」


「──“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”ァァァッ!!!」


 “竜の咆哮”によって魔法を無効化されるよりも早く、俺は持てる全ての魔力を込めて魔炎を放つ。



「<オ、オオォォォ……>」


 燃え盛る炎は覇黒竜の喉を焼き、声帯を焦がし、気管を熱で満たしていく。



「<ォォォォッ……>」


 念話で発しているのかこの声は収まる気配がないが、着実にダメージは蓄積されていく。


 途方もない時間が過ぎ、体内の魔力をほとんど使い果たした。俺は糸が切れたかのように脱力し覇黒竜の口からこぼれ落ちた。



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 受け身も取れず地へ落ちた俺は膝に手を当てて立ち上がる。



「やった……のか?」


 虚ろになった竜の瞳を見つめながら呟く。


 息を確かめようと俺が一歩踏み出したその時、突然奴の瞳が光を取り戻し、ギョロリと目を剥いた。



「っ!!」


 一言も発することはなく、奴はそのまま巨大な顎で噛み付いてきた。

 とっさに防御の姿勢を取るものの、おそらく鋭い牙の前には意味を為さないであろう。


 食われる──。上半身が覇黒竜の口に包まれ、俺はそう確信した。



「……?」


 しかし、奴の牙が俺の身体に達することはなかった。


 とうに限界を迎えている肉体に鞭打って距離を取りつつ、霊子を纏わせた瞳にて奴の体内を見据える。すると先程まで一つになりつつあった二つの魂が反駁し、衝突を繰り返していた。



「これは……」


 両頬を叩いて気を引き締め直し、俺は言霊を使役して大気中の霊子に干渉する。



「あまねくこの世にさまよう御霊よ、その思い重ね、我が下へ集いたまえ。──“千想浄衣(せんそうじょうえ)”」


 魔力も体力も尽き果てた身体をそれでも動かすために霊子を流し込む。

 この一帯だけでは足りない。各地の霊達を媒介とすることで俺の力だけでは届かない所まで言霊を届け、東の魔王領全域、あるいはその境界を超えて魔界中から霊子をかき集める。

 濃縮された霊子は体表を覆うだけにはとどまらず、俺が纏う衣服や髪までをも純白に塗り潰す。


 俺が一歩踏み出すのに合わせるように、オリビアとルナが隣に並び立った。



「今、奴の内でライトもあらがっている」


 俺の言葉に二人は息を呑んだ。



「ライト一人だけ戦わせるわけにはいかない。絶対に助けるぞ」


 二人は頷き、奥義を発動した。



「──“礼讃金陽(アドラシオン)”」


「──“月光姫”」


 もう言葉はいらない。

 覚悟も、想いも、全て拳に乗せる。


 ──世界が白く染まりつつあった──。

 

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