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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
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器一つ、魂二つ

 ──白銀に輝き赤く燃ゆ──


 ◆ ◆ ◆


「ここは……?」


 目を覚ました僕の視界に飛び込んできたのは黒。天も地も果てもない、黒一色の世界だった。



「たしか【西の魔王】を追って魔界に来て、隕石を壊して、それで……?」


 何でこんな場所にいるのか、それ以前に気を失う前に何をしていたのかすらはっきりと思い出せない。

 これが記憶喪失ってやつなのかな。


 何となしに体を動かしてみると戦闘による疲労や痛みが一切消えていた。



「一体どういうこっちゃ」


 呟けども返事はない。

 木霊することなく暗闇に飲み込まれるだけだ。



「<目を覚ましたか>」


 突然厳かな声が脳に響いた。

 後ろを振り返ると、確かに誰もいなかったはずの空間に黒い肌の男が佇んでいた。



「誰?」


「<汝と魂の器を共有せし者である>」


「は?」


 何言ってるんだこの人。



「<分からぬといった顔であるな。しかし汝の魂に問いかけてみれば分かるであろう>」


「いや僕死霊術師じゃないし魂とか言われてもよく分からないんだけど」


「<では【覇黒竜】と言えば分かるか?>」


「っ!」


 僕は咄嗟に全身の魔力を昂らせた。


 こいつが【覇黒竜】……。【西の魔王】が復活を目論み、魔界を蹂躙しようとしていた存在だ。

 そう、このどう見ても変人にしか見えないこいつが──。



「一ついいかな」


 どうしても気になっていたことがあったため、僕は自称【覇黒竜】に問いかける。



「何でパンイチなの」


 そう。筋骨隆々とした身体をアピールするためなのかわ分からないが、なぜか覇黒竜はパンイチだったのだ。

 脇毛もない、すね毛もない、頭もスキンヘッド。おそらく下の毛もつるつるなんだろう。黒光りする身体と馴染むような黒いブーメランパンツだけを履いているのだ。

 人によっちゃセクハラ案件だ。



「<『ぱんいち』とは何だ>」


「その言葉も知らずになってるとか本当の変態じゃん」


 話し方といい知識といい、俗世離れした男なんだろう。

 これだから変人は嫌いだ。



「<我は生物の域を超えた存在である。その我が凡庸な生物ごときと同じ容姿をしているはずもなし>」


「あっそ」


 いちいち疲れる話し方だ。


 ため息をつきながら僕は右手を覇黒竜にかざした。



「何でもいいけど。とりあえず君のことは倒す」


 敵意を剥き出しにした僕に、覇黒竜は眉をピクッと動かした。



「<我を倒す……?>」


「聞こえなかった? そう言ったんだよ」


「<笑止。一生物ごときが我を倒すことなどあたわず>」


 そう言って彼が虚空を指し示すと、どこかの映像が映し出された。

 そこには険しい形相のオラクや姉さん、ルナがいた。



「これは?」


「<我の器を通して見た外界の様子である>」


「外界……?」


 気になる言い方だ。わざわざ外という言い方をしたということは、ここは内にあたる場所ということだろうか。



「君の言い方を借りればここは“器”の中ってわけ?」


「<是とも非とも言える。ここは我と汝の精神世界である>」


「精神世界」


 言われて納得した。こんな異様な場所、現実世界にあるとは考えられない。



「どうして僕を精神世界に引きこんだのさ?」


「<否、引きこんだのではない。言ったであろう。我は汝と魂の器を共有せし者だと>」


「……?」


「<5年前、汝らと対峙した我は戦いの後、汝の内で眠ることにしたのだ>」


「5年前っていうと……ああ、あの時の竜か。なんだ、【覇黒竜】は強いって聞いてたからどんなもんかと思ってたけどあの時の竜だったのか」


 なら大したことはないな、などと考えていると覇黒竜の眉が微かに動いた。



「<一度我を倒したからといって図に乗ることなかれ。当時の我は本領を発揮してなどいない。真の目覚めのためには器が必要なのだ>」


「ふーん」


「<そして器として選ばれたのが汝である>」


「勝手に選ぶなんていい迷惑だ」


 前置きはどうでもいいから早く僕の疑問に答えてほしい。



「<器を共有した我らは魂の一部が溶け合い、そして精神世界を共有する。ゆえに『ここは我と汝の精神世界である』と言ったのだ>」


 分かったような分からないような。

 とりあえずこいつが僕に寄生してたってことだけは分かった。



「映像を見せてきたのは三人がかりでも倒せないんだから諦めろって言いたいのかな」


「<左様。魔王すら我の前には無力>」


「説明どうもありがとう。他に質問があるわけでもないし始めようか」


「<何……?>」


 映像から目を離し、一瞬で魔力を練り上げる。



「──“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”」


 放たれるのは僕の最大火力の魔法。

 ところが黒い炎は覇黒竜に達する前に減衰し、彼に大した傷を負わせることは叶わなかった。



「おかしいな」


「<力を使えぬことが不思議か>」


 微動だにせず覇黒竜は僕に問いかける。



「<汝は知らぬであろう。汝が使おうとしたその力は我のものだということを>」


「君の力……?」


 彼は頷き、嘲笑するかのように口角を上げる。



「<汝が己のものと思い使っていた黒の魔力の数々。それは全て器の主導権を汝が握っていたことにより、内に眠る我の力の使役が可能となっていたのだ。しかし今器の主導権は我にある。ゆえに汝が我の力を使える道理は無し>」


「へえ、そういうことか」


 ならばと僕は魔力の質を変換し新たな魔法陣を構築する。



「──“白竜唱歌極光火ドラゴン・フレア・アルフレア”」


「<っ!?>」


 刹那、目を焼き尽くさんばかりの光が波濤のように覇黒竜に襲いかかる。

 油断していた彼は受け身を取る間も無く光に呑み込まれた。



「<──っか>」


 炎の形をした光を払いのけた覇黒竜が姿を表すと、その全身には白い火傷の痕が残されていた。



「<かはっ……。なぜだ。なぜ我の力を使えもしない汝にそれだけの火力が出せる>」


 ギロリと彼は目を剥く。



「ははっ、急に驕りが消えたね。いい気味だ」


「<思い上がるでない。汝こそ悠々と笑みを浮かべていられるのも今のうちだけである>」


「どうでもいいけど。君が満足して逝けるように教えといてあげるよ。僕の魔力はここ最近ずっと君の魔力によってせき止められていた。行き場を無くした魔力は膨れ上がり、君の魔力というせきを失ったことで勢いを持って放たれたってわけ」


「<それであの火力を発揮したというわけか>」


「まあ元々今のに近い火力は出せたけどね」


 肩をすくめてみせた僕は予備動作を抜きにして一瞬で覇黒竜に肉薄する。首根っこ目掛け伸ばした手はしかし途中で彼によって払われた。



「<思い上がるなと言ったであろう。汝は二度と我の肉体に傷をつけることはできない>」


「精神世界なのに肉体って概念が当てはまるのか疑問だけど、まあいいや。その自信ともども壊してみせるよ」


 言いつつ自然と口角が上がる。


 自分でも不思議な気持ちだ。戦いを楽しむということは、とうの昔に失くした感覚だと思っていた。

 最初は新たな自分の一面を見つけられ、日常の些事さじも忘れられるからと愉悦を感じていた。しかし成長するにつれ周りの者との実力差が顕著になり、様々な制約も課されるなど、徐々に戦いは退屈なものになっていった。そしていつしか戦いを嫌いになっていた。


 けれど今日の相手は違う。器の主導権を握られるほどの相手、周囲への被害を心配しなくてもいい精神世界という舞台。

 何より相手は悪の権化。他の相手とは違い命を奪うことについてためらう必要がない。


 久々の感覚に全身がブルっと震える。

 ようやくルナの気持ちが分かったかもしれない。


 そうだ、外で器の覇黒竜と戦っているルナは大丈夫かな。さっきは皆苦しそうな表情をしていたから心配だ。


 映像の方へ目を向けると中央にただ一人オラクの姿が映っていた。ルナや姉さんがどうなっているのかは分からない。



「……さっさと済ませよう」


 精神世界の覇黒竜を倒せば現実世界の覇黒竜にも影響が出るだろう。表の状況を確認するためにも早くこいつを倒さないと。



「<そう易々と屈服させられやせぬ>」


「でも君も分かってるんじゃないの? 力の大きな者同士、そう長くはかからないって」


 答えを待たずに繰り出した膝蹴りは簡単に受け止められ、反撃の魔炎によって焼かれた。



「<汝が望むのであれば刹那にて勝負をつけよう>」


 突き出された拳を受け止めようとすると予想以上の威力に僕の身体は飛ばされてしまった。


 遮蔽物のない世界ゆえになかなか止まらない。それでも何とか体勢を整えようともがいていると、やがて僕の身体は自由を取り戻した。



「<無意識のうちに精神世界での戦い方を心得ているか>」


「っ!!」


 突然目の前に覇黒竜が現れ正拳突きを繰り出してきた。

 避けることができずに胸に強烈な一撃を食らってしまったが、今度は飛ばされぬよう咄嗟に覇黒竜の手首を掴む。



「<精神世界では意思の力が勝敗を左右する。互いの心身へ直接干渉する事はできぬが、多少の現象を操作することは──>」


「ふんっ!」


 手首を握り潰さん勢いで彼を腕ごと引き寄せ、僕は渾身の頭突きをお見舞いする。

 鈍い音と同時にヒビが入る音が響くがそれがどちらの頭蓋のものなのかは分からない。


 それに構うこともなく僕は覇黒竜の顎を殴りつけた。



「──“炎王牙(エン・オーガ)”」


 さらに獅子の形をした炎を手に纏わせたまま覇黒竜の顔面を握りしめる。


 彼の腕が伸びてきたのを見ると手を離し、逆の手で彼の鳩尾に拳を叩き込む。


 先ほどは僕だったが、今度は覇黒竜が吹き飛ばされる番だった。



「現象を操作っていうのは──」


 言いつつ、吹き飛んでいった覇黒竜の背後に回る。

 文字通り一瞬にして(・・・・・)



「──こういうことだよね」


 背中に一発入れてやろうと脚を振り抜く。と、その脚が空を切った。



「<左様>」


 数歩先へ瞬間移動した覇黒竜から言葉が発せられる。



「<然し、現象を操作する度魂への負担は大きくなる>」


「知るか」


 今更代償なんて気にしない。

 再度接近した僕は獅子の炎を纏わせた指で覇黒竜の喉を掻っ切ろうとする。しかし首まで達する直前、僕の腕が硬い何かに掴まれた。



「尻尾!?」


 暗くてよく見えなかったけど、人の姿をしているとはいえ仮にも竜なんだし尻尾くらい生えていても不思議ではないか。



「<滅びよ>」


 覇黒竜の口に黒い魔力が集約されていく。


 ──これは“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”か。


 至近距離でくらえばひとたまりもない。だが無情にも滅びの炎は放たれた。


 

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