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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-O 千想浄衣

 嫌いだから助けない、見返りがないから助けない、魔族だから助けない。

 そんなことを考えていた時期もあった。

 でも、助けない理由を考えるのはもうやめよう。


 たった一つでも助ける理由があるならば、どんなに些細でも守る理由があるのなら。

 黙って救いの手を差し伸べよう。


 馬鹿がつくほど心優しい、あの魔王のように。


 凄まじい力を感じた。

 直視せずとも分かる強大な力に圧倒され、額から汗がにじみ出る。



「……あれがルシェルの力の結晶……」


 やおらに目線を上空へ向けると、そこには魔王城の倍はあろうかという隕石が浮かんでいた。いや、浮かんでいたと言うと語弊がある。正しくは落ちてきていた。



「オラク」


 ライトに呼びかけられ意識を正す。



「あれ、壊せる?」


「分からない。やってみないことには……」


 だが躊躇している余裕はない。



「けひひっ、止められるなら止めてみることだあ」


 自信ありげにルシェルはほくそ笑む。


 魔法発動の触媒としたのだろう。右手を失ったルシェルには到底体を動かすだけの力が残されているようには見えない。

 だからといって目を離すわけにもいかないが。


 何も憂慮することがなければルシェルの相手をライトに任せ、俺が隕石を壊しに行くところだが、【覇黒竜】復活を企むルシェルをライトと二人きりにするのはまずい。


 隕石はライトに任せるしかないかと考えていると、辺り一面が影の海に変わった。



「ハルバード、戻ってきたのか」


 近くまで来ているであろう相手に向けて語りかける。



「恐れ多くもサタン様、じぃの力が必要かと思い馳せ参じました」


 そう言いながら影から現れたのは秘書のハルバードだ。


 ハルバードにならこの場を任せて行ける。



「けひひっ、【幻影卿】も来たかあ」


「ハルバードがいる限りお前の好きにはさせないぞ」


「さあて、それはどうかなあ?」


 ルシェルが口角を上げると大気が震えた。

 どこにそんな力を残していたのか、彼女は地縛霊や“雷桜封殺陣”を力づくでほどきながら立ち上がる。



「サタン様、お急ぎください。じぃが稼げる時間にも限度がございます」


「ああ。頼んだぞ」


 大きな音が響いたかと思えばルシェルの拘束が完全に解かれた。



「急ごうライト」


「言われなくてもそのつもりだよ」


「行かせないよぉ! ――“屍肉群蠅フリーゲ・ゲフェングニス”!!」


「させませぬ。――“陰惨夢幻波状壁シャッテン・トラオム・ヴォーゲ”」


 はえの大群がこちらに襲いかかってきたが、寸前で影の大波に飲み込まれた。


 その間に俺とライトはその場を脱し、刻一刻と地上へ迫る隕石の落下点、すなわち魔王城へと向かった。


 風を切り、大地に深い足跡を残しながら必死に駆け、俺たちは魔王城の正面までたどり着いた。



「一応聞くけど城下町の住民の避難は済んでる?」


「ああ、もちろんだ」


「じゃあ隕石の破片が落ちても問題はないね」


「極力落としたくはないがな」


「魔王城は?」


「勢いを殺した破片であれば結界が耐えてくれるはずだ」


「そっか」


 やりとりもそこそこに、俺たちは手のひらを迫り来る隕石にかざす。


 必ず止めてみせる。



「あまねくこの世にさまよう御霊みたまよ、その思い重ね、我が下に集いたまえ。

 ――“千想浄衣(せんそうじょうえ)”」


 俺は言霊の届く範囲の全ての霊や魂魄に語りかけ、それらの霊力を一身に集約させる。

 その濃密さに、俺がまとう霊力は純白の浄衣として可視化された。



「――“竜の逆鱗”」


 一方のライトは感情を魔力に変換する魔法を発動させ、全身に竜胆色のオーラを纏う。



「いくぞ」


「うん」


「――“黒白(こくびゃく)の波動”」


「――“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”」


 俺の手からは白と黒の、ライトの手からは純黒の二重螺旋の炎が放たれる。

 勢いよく天へ向かって伸びていった炎はやがて隕石とぶつかった。



「くっ……重い……!!」


「これはすごいね」


 想像以上の手応えの大きさに少し焦りを感じる。だが俺の考えが正しければ防ぎ切ることも可能なはずだ。


 “黒白の波動”は死霊術と魔法の二つを組み合わせた力の塊だ。死霊術の神髄は魂の再生と浄化。これを極めに極めれば魂以外のあらゆる概念に通用する。ここに破壊を司る黒の魔法を掛け合わせることによって魔法の打ち合いには負けようがない。

 あくまで理論上の話ではあるが。


 “千想浄衣”によって生み出される霊力と魔力を余すことなく魔法に乗せる。それでもなお、隕石の勢いを殺しきれない。



「もっと……もっと力を!!」


 こうしている間にもハルバードはその身を削ってルシェルと戦っている。いくら四天王以上の実力を有するとはいえルシェルが相手ではそう長くは持たないだろう。


 早くこの状況を打破しなければと気持ちばかりが浮き足立つ。


 足は地面にめり込み両腕は悲鳴を上げる。このままでは身体が持たない。



「耐えろ俺……!」


 呼吸を整えるため下を向いたその瞬間、声が聞こえた。



「「――“時空拒絶弾(クロノス・へヌメネス)”」」


 バッと視線を上空へ戻す。すると一条の光が隕石を貫いた。



「この力、セラフィスか?」


「セラフィスだけじゃないよ。アリスの力も感じた」


 ライトの姉・ユリアの友にしてセラフィスの恋人。彼女も来ているのか。


 後ろを向くことはできないため確認のしようがないが、目を覚ましたセラフィスと魔界へ駆けつけたアリスが力を合わせたのだろう。

 時間と空間に干渉する二人の魔法は隕石の中央に風穴を開けた。

 崩壊こそしなかったものの今の一撃でわずかに勢いが衰えた。


 と、今度は同じ方向から違う声が響いた。



「「「――“竜獄三叉想炎ドラゴニカ・フィーリア”」」」


 三重螺旋の紅蓮の炎が隕石にぶつかる。


 今の声、ライトと近いものを感じるこの魔力……。


 横に目を向けるとライトの口元が緩やかに弧を描いていた。



「誰も頼んじゃいないのに」


 悪態をつくが、その言葉とは裏腹に嬉しそうな表情だ。


 兄弟の確執はもう乗り終えたか。


 三つの炎に押され、ようやく隕石との力が均衡した。

 釣り合いが取れれば後は“黒白の波動”の浄化の力で隕石の力を削っていけばいい話だ。



「これだけお膳立てされて、失敗したら末代までの恥だな」


「そうだね。“恥の魔王”として歴史に残るよ」


 俺とライトは顔を見合わせ笑い合う。


 セラフィスとアリスの思いが、ライトの兄達の思いが、魔王城で固唾を飲んで見守っているであろう民の思いが、重なり合って俺の力となる。皆の思いに呼応して“千想浄衣”の輝きが増した。



「貫け!!!!」


 刹那、世界から音が消えた――。



 ◇ ◇ ◇



 魔王城の空に大輪の花が咲いた。

 遠くからその様子を確認したハルバードはひたいの血を拭った。



「どうやらうまくいったようですな」


「けひひひっ、あれだけ勢力を結集されちゃあ防がれるのも仕方ないねぇ」


「命を賭して時間稼ぎした甲斐があったものです」


 ハルバードは杖の先端をルシェルに向ける。



「貴方を含め西の魔王軍は“個”の力はとても強い。しかし我々東の魔王軍は個々の“想い”の力でそれを凌駕する」


「知ってる、知ってるよぉ」


「これから“想い”の力が貴方に襲いかかる。観念することですな」


 それには答えずにルシェルはただ不気味な笑みを浮かべる。


 しばらく睨み合っていた両者だったが、ふとルシェルの目線がハルバードからそれた。

 ハルバードが視線の先を追うと、そこには静謐な魔力を纏うオリビアが佇んでいた。


 転移してきたばかりなのか周囲の状況を確認していたオリビアは、ハルバードを見つけるとすぐ彼の元に駆け寄ってきた。



「ハルバードさん、一人で【西の魔王】の相手を?」


「はい。サタン様が戻られるまでほんの時間稼ぎを」


「わたしも協力します!」


 気炎を上げオリビアはハルバードと並び立つ。



「けひひっ、けひひひっ!」


「何がそれほど可笑しいのですかな?」


「けひひひひっ、やっと来た」


 答えになっていない答えにハルバードは眉をひそめる。


 ハルバードがいぶかしむのにも構わずルシェルは髪を掻き上げ、空を仰いだ。



「これで全ての準備が整った」


 彼女が両手を広げれば無数の蝶が飛来して彼女を覆い隠す。



「逃がしませぬ」


 影を駆使して追い撃ちをかけようとしたハルバードだったが、その手が振るわれることはなかった。


 胸に短剣を突き刺されたのだ。



「……オリビア殿?」


 胸を見下ろし、オリビアに目を向けたハルバードは信じられないという表情で声を絞り出す。



「ごめんなさい」


「かはっ」


 さらに深く剣を押し込まれたハルバードはオリビアの手首を掴む。



「状況が読めませぬがこの程度でわたくしを倒せると――」


「――“塵風刃乱波(ドルウォストラ)”」


 風の刃が吹き荒れハルバードを体内から切り裂いた。


 どさりと倒れたハルバードは踵を返したオリビアを睨みつけた。



「なぜこのようなことを……」


「これがわたしの役目だからです」


 幻術の可能性を考慮し、残った力を振り絞ってオリビアの正体を見破ろうとしたハルバードは、結果として絶望することになった。

 いくら確かめても幻術など使われていなかったのだ。



「けひひひっ、死にゆく者が絶望する様は美しいねーぇ。それじゃ、アタイは先に失礼させてもらうよぉ」


「待――」


 伸ばした手も虚しく、ルシェルの姿は完全に消え去った。

 意識が薄れゆく中ハルバードが最後に見たのは、オリビアに化けていた者の本当の姿だった。



「貴方は……」


 胸に蝶の文様が刻まれたその者は涙を流し、ハルバードに頭を下げた。



「サタン様……どうか彼女のことも…………救ってやってくださいませ……」


 ハルバードの願いが虚空に溶けていく。


 二つの足音が聞こえたのは、彼の意識が闇に呑まれてからだった。


 

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