Side-L 終焉の足音
――あなたは光、あたしは陰――
「けひひっ」
底冷えするような笑い声が耳に残った。
「たった二人、されどその実力は魔界のトップと人間界のトップ。とぉーっても恐ろしいねぇ。……普通なら」
ざり、とヒールと砂利が擦れた。
「悪いけどアタイはやられないよお。生きて、最後はオラクと結ばれる」
「まだそんなことを言っているのか。いい加減諦めろ」
オラクは拒絶するように言うがルシェルは取り合おうとはしない。
「どうでもいいけど。敵対してる以上潰す。それだけだよ」
僕はおもむろに拳を握りしめる。
バリバリと、爪が大気を掻くかのように電撃が迸った。
「――“雷桜封殺陣”」
無数の魔法陣が出現し、白桃色の電撃がルシェルに襲いかかる。
これはほんの目くらましだ。この程度の魔法では魔王を縛れないことは分かっている。
必ず隙が生まれるはずだと考え、雷撃鎖がルシェルに達する前に僕は駆け出した。
「――“胡蝶の羽ばたき”」
と、どこからか旋風が吹きよせ“雷桜封殺陣”を消し去った。
これでは隙も何もありゃしない。
「まあこれくらいのことをしてくれないと張り合いがないからね」
「けひひっ、さすが“竜伐者”は言うことが違うねーぇ」
「お褒めの言葉ありがと……うっ!」
感謝の言葉と同時に正拳突きを放つ。
当然のごとく防がれたが、こっちは二人。オラクが予備動作を終えていた。
「――“黒焔”」
ルシェルが逃げないよう彼女の腕を掴む。すると面白いことに彼女も僕の腕を掴んできた。
「へえ、君も同じことを考えたってわけ」
「どっちがオラクの魔法に耐えれるか勝負だあ」
“黒焔”が僕達を呑み込む。
「けひっ、けひひひっ! ああ、ああ! アタイは今オラクの魔法を全身に浴びてる……!!」
「この人こわっ」
全身が焦げるのに耐えつつ空いている方の手でルシェルの顎を殴りつけた。一瞬ふらついたのを察知し、続けて彼女の腹に蹴りを入れる。
身体をくの字に曲げた彼女が蹴り飛ばされた先にはオラクが構えていた。
ルシェルの背に掌底を打ち込んだ彼はそのまま魔法を放った。
「――“死燦槍黒焔”」
「ああっ♡」
凝縮された焔が槍となってルシェルを貫いた。
貫かれた当の本人は幸せそうな表情をしている。痛いのが好きなのではなく、オラクの魔法に触れるのが幸せなのだろう。
気持ちわる。
僕が顔をしかめているとルシェルの身体が水に溶けるように消えていった。
「“竜眼”」
幻術だろうと判断し僕は両目を竜胆色に染め上げる。
ところが彼女の姿はどこにも見えなかった。
「前にもこういうことあったな。どうやって見つけよう」
周囲を見渡していると、突然足元に血色の魔法陣が描かれた。
「なんじゃこりゃ」
戸惑いつつ魔法陣の破壊を試みる。
どうせタチの悪い魔法陣に決まってる。
だが僕がいくら干渉しようとしても魔法陣はちっとも変化を示さなかった。
「なら……。“竜の咆哮”」
地面に手を当て、魔法術式を崩壊させる“竜伐者”の特殊能力を使用する。しかしそれでもなお術式は崩れなかった。
“竜の咆哮”が効かない……? こんなの初めてだ。
どうしたものかと考えあぐねていると、オラクが両手を純白に染め上げていた。
「集えよ魂魄、顕現せよ霊の御手。――“霊験白掌”」
彼は僕の間近に迫り、その手で虚空を掴んだ。
と、オラクに掴まれたことでルシェルが実体を現した。同時に足元の魔法陣も消滅する。
「ライマンの術と違ってアタイのは身体を透明にさせてるだけだから“霊験白掌”なんて使う必要はないさあ」
「そうか。何にせよお前を捕まえられればいい。ライトに手出しはさせないぞ」
「けひひひっ、その様子だとやっぱりメノリ姉から話を聞いてるようだねーぇ」
「さあな」
一体何のことやら、二人は僕を置いてけぼりにして話を進める。
「僕だけ話の筋がつかめないのはちょっと悔しいな」
言いながらルシェルに殴りかかる。
口角を上げたルシェルは背負い投げの要領でオラクを盾にした。
「っと危ない」
僕はすんでのところで拳を止め、オラクも受け身をとって投げのダメージを抑える。
「――“蟻戯擬顎”」
オラクの前に躍り出て、僕はルシェルの渾身の突きを素手で受け止める。
腕に力を込めれば彼女の拳を覆っていたオーラが四散した。
「“覇者の威厳”」
さらに“竜眼”の権能にてルシェルを睨みつけ、四肢の動きを封じる。
ルシェルの拳を握りしめた手のひらからは黒い光が溢れる。
「消し飛べ。――“黒竜災禍終焉火”」
圧倒的な滅びの力がルシェルを飲み込んだ。
黒い炎はあらゆるものを燃やし尽くし、辺りは一瞬にして焦土と化した。
やがて炎が収まると、右腕を黒焦げにしたルシェルが膝をついた。
「けひっ……けひひっ。とてつもない火力だあ……」
胸には風穴が開き、右半身もまともに使えないだろう。
とはいえ相手は魔王。まだ何をしてくるか分からない。
「――“雷桜封殺陣・弐ノ型【縫合】”」
面倒なことをされないよう雷撃の鎖でルシェルを地面に縫い付ける。
さらにオラクが死霊術にて地縛霊を召喚し、彼女の足を縛った。
「観念しろ」
オラクがルシェルの首を掴む。
追い詰められた状況だというのに彼女は変わらずうすら寒い笑みを浮かべていた。
「まだ、終わってないさあ」
「奥の手があるって言うんなら出し惜しみせずに見せてみなよ」
「言われなくてもそうするよお」
彼女がそう言うと彼女の右腕が塵となって消えた。
「――“黒焉墜星滅撃”」
◆ ◆ ◆
――同じ頃、人間界――
「フェルがいなくなったあ!?」
役者が揃い次第魔界へ向かおうとしていたルナは、ライトの親友である魔狼・フェルがいなくなったという報告に大きい声をあげた。
「はい……どこを探しても見つからなくて……。魔力すら感じないのです」
「まさかやられちゃったとか!?」
「あの子に限ってそんなことはないと思うのですが……」
ルナに事実を伝えた人物であるオリビアは顔を曇らせる。
「もう少しだけ探して、それでも見つからないようであればわたし達だけで魔界へ向かいましょう」
「そうね……」
苦渋の決断だ。
二人ともフェルのことを心配していないわけではない。しかし今は非常事態。最悪の場合も想定して動かなければならないのだ。
「手分けして探しましょう」
「うん」
オリビアが最後にフェルを見たのは開戦直前、ライトとフェルを魔王の元まで転移させた時だ。
その後王都の上空に投影されていた映像ではライトのみが【南の魔王】に立ち向かっていた。その時には既に別行動を取っていたのだろう。
映像で確認できたのはライトとオラクが【南の魔王】を撃破したところまでだ。だがその後すぐに二人の魔力が消えたことから察するにフェルと合流している時間はなかったはず。
そう判断してオリビアは不安な心で戦場を駆ける。
「フェルはライトが最も心を許している親友。フェルがいなくなればきっとライトは心を閉ざしてしまう。……どうか無事でいてください」




