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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-O 目的と、願いと

 友達と楽しそうに遊ぶあなたが好きだった。

 皆に優しさを振り撒くあなたが好きだった。

 心からの笑顔を見せるあなたが好きだった。


 今のあなたにあの頃の面影はない。

 けれど彼を想う気持ちだけは本物だと思うから。

 またあの頃の笑顔を取り戻してくれると信じてる。


 ――愛しい、愛しい、私の従妹(いもうと)――。


 世界と世界を繋ぐ扉を抜けた先には黒い影が一面に広がっていた。少し先を見ればハルバードと敵将の一人が向かい合っている。

 こちらに気づいた両者は攻撃の手を止めこちらに目を向けた。



「あの顔……」


「知り合い?」


「おそらく」


 何はともあれ近づけば分かるだろうと思いライトと共に二人の元に近づく。



「お待ちしておりましたサタン様。ご覧の通り我が軍は壊滅状態となってしまいました」


 ハルバードが影の波を沈めれば、なるほど、いたるところに東の魔王軍の兵士が転がっていた。その中には四天王のセラフィスやドルトンもいた。



「安心して。眠っているだけ」


 抑揚のない声の主に視線を移す。

 やはり見間違いなどではなく彼女は見知った顔だった。



「なぜ喫茶店の店主がこんなことを?」


 彼女は俺の行きつけの喫茶店・羊の館の店主だ。



「同じ説明を【幻影卿】にもしたけど。私は西の魔王軍四天王、メノリ・トリチェリー」


「っ! 四天王……!」


「そして、ルシェルの従姉妹でもある」


 四天王というよりも『ルシェルの従姉妹』という言葉がしっくりきた。

 こちらの四天王を完封し、ハルバードと渡り合えるだけの実力。一介の四天王の実力ではない。


 そして以前ルシウスが言っていた言葉を思い出した。メノリがルシェルに似ている――その理由は親族だったからか。



「西の魔王軍であるというならば容赦はしない」


 黒い炎を灯らせつつ言い放つ。と、横からハルバードの手が伸びてきた。



「サタン様、彼女は貴方様に話があるようですぞ」


「話?」


 眉をひそめるとメノリがコクリと頷いた。



「あまり大勢に聞かれて欲しくない」


 一対一で話したいということか。一体何を企んでいるんだ。


 だが乗らない理由もないので俺はライトとハルバードに離れるよう伝える。



「ということだそうだ。少し二人きりにしてくれ」


 警戒心を残しながらも二人は黙って俺の指示に従った。



「さて、お望み通りにしてやったが」


「ありがとう魔王様」


 礼を言ったメノリは肩をギュッと抑えた。

 気にも留めていなかったが、彼女が纏うローブの肩の部分には何か文様が描かれているように見える。



「四天王の立場で言えることじゃない。でもあなたにはどうしても伝えたかった」


 淡々と話しているようで、彼女の表情は悲痛にまみれていた。



「ルシェルは“災厄の世代”の血を贄に【覇黒竜(はこくりゅう)】を呼び覚まそうとしている」


「【覇黒竜】……? 聞いたこともないな」


「西の魔王領の古い伝承に記されている史上最悪の災害」


「災害? 竜というからには生物なんじゃないのか?」


「生物と言えば生物。でも【覇黒竜】がもたらす被害は生物の域を超えている。災害と呼ぶにふさわしい」


 そんな恐ろしい存在を呼び覚まして何をしようとしているのかは聞くまでもない。

 ルシェルは『この世の全てを焼き尽くす』と言っていた。すなわち、その竜の力を使って世界を滅ぼそうというのだろう。



「ルシェルは小さい頃から魔物への造詣が深かった。その研究の一環で【覇黒竜】の存在にたどり着いた」


「今回魔界や人間界を襲っている竜とはまた別の存在なのか?」


「全く違う。各地を襲っている竜は【覇黒竜】の研究の結晶。様々な魔物の力を組み合わせて創り出した人工の竜」


「創り出しただと!?」


 思わず大きな声が出てしまう。


 そういえば魔界の各地で西の魔王軍に魔物が乱獲されていたが、竜を創り出す研究のために捕獲されていたのかもしれない。


 様々な魔物を組み合わせ新たな生物を作り出す。本当にそんなことが可能なのだろうか。

 いや、可能かどうかという問題ではない。



「そんなことが許されるわけ――」


「ない。ルシェルは禁忌に触れすぎている」


 死した者の魂を操る死霊術とて禁忌の術と言われているのだ。この世に存在し得ない命を生み出すことが許されるはずがない。



「少し話が逸れた。【覇黒竜】の力は人工竜の比じゃない。魔王様の実力をもってしても敵わないかもしれない」


「そんなに強いのか……。【覇黒竜】の恐ろしさについては何となく分かったが、それを俺に話してどうする?」


 一息の間を置いてからメノリは続けた。



「【覇黒竜】の復活を阻止してほしい」


 ドッと彼女の肩から血飛沫が散った。


 血濡れた手の奥に見えるのは……蝶の文様? まさか隷属の呪いか!?


 俺は話を続けようとするメノリの言葉を遮る。



「おい、それ以上は――」


「いい。覚悟はできている」


 眠そうなまなこの奥には揺るぎない意思が燃えていた。



「ルシェルはあなたの血も、【南の魔王】様の血も手に入れている。今あの子は【北の魔王】様の血を採りに北の魔王領へ向かっている。もしかしたらもう手に入れているかもしれない」


「なら為す術なしじゃないか」


「大丈夫。復活のためには“器”が必要」


「器?」


「そう。だからルシェルは必ず戻ってくる。“器”であるあの子の元に」


 そう言ってメノリは俺の後方を指差した。



「ライト……?」


 メノリは小さく頷く。



「【覇黒竜】は二度、目覚めの時を迎える。一度目の目覚めで【覇黒竜】は“器”を探し出し、真の力を覚醒させるために“器”に寄生して再び眠りにつく。……あの子は五年前、“器”に選ばれた」


「ライトが……」


「今あの子の内には【覇黒竜】が眠っている」


 ライトの魂を観察したことがなかったから気づかなかったが、まさかそんなことになっているとは思いもしなかった。


 俺達の血が捧げられれば【覇黒竜】は真の力を覚醒させる――。

 この話が本当ならばルシェルとライトを接触させてはいけないな。



「この話はあの子にしてはいけない。自覚も【覇黒竜】の目覚めに繋がる」


「分かった」


「手遅れになる前に伝えられてよかった」


 微笑んだメノリは膝から崩れ落ちた。

 俺はとっさに手を伸ばし彼女の体を支える。



「近くで見ると分かる。この紋章、隷属の呪いだな」


「そう。でも大丈夫。命までは奪われない」


 しかし彼女の言葉に反して彼女は見るからに衰弱していく。


 急いで呪いを解かねばと蝶の紋章に手を当てると、メノリに手首を掴まれた。



「必要ない。こんなことに時間を取られるわけにはいかない。魔王様は早くルシェルの所に行って」


「目の前で苦しんでいる人がいるのに無視できるわけないだろ」


 強い口調で言えば、メノリの笑みが深くなった。



「あなたが慕われる理由が分かる……」


「寝言はいいから静かにしてろ」


 メノリを黙らせて解呪に集中しようとしたその時。

 視界に黒い鱗粉が舞い降りてきた。



「この魔力……」


 数歩先に蝶の群れが現れ渦を巻く。


 不本意だがメノリの呪いを解いている余裕はなさそうだ。



「ハルバード! 眠っている皆とメノリを城内へ連れて行ってくれ」


「御意」


 駆け寄ってきたハルバードに皆を託し、俺は蝶の群れを睨みつける。



「魔王様」


 ハルバードの影に飲み込まれながらメノリがか細い声を絞り出した。



「身勝手なお願いだとは分かっている。だけどどうか、ルシェルを止めて。あの子にこれ以上の過ちは犯してほしくない」


「ああ。身内を想う者の心からの願い、必ず叶えてみせる」


 メノリやセラフィス達が影に飲まれ、ハルバードが城内へ去っていったのと同時に蝶の群れが四散する。

 中からは白衣を血で染めた人物が姿を現した。


 幼馴染にして【西の魔王】、ルシェル・ミロ・トリチェリー。



「けひひひっ、メノリねえはしっかり仕事を果たしてくれたみたいだねーぇ。大半が眠りの世界へ閉じ込められた東の魔王軍に抗うすべはない」


「確かに頭数は減った。だが俺がいる」


 全身に純白の霊子と黒い炎を纏いルシェルと対峙する。



「僕もいるよ」


 さらに隣にはライトが並び立つ。



「俺達二人が東の魔王軍だ」


 

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