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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-M 泪を流すか笑顔を咲かせるか

――キミのためならばボクは世界だって敵に回す――

――それで人々から恨まれようとも、キミから恨まれようとも構わない――

――ああ、でもきっとキミはこんなボクを――


――最後まで信じるのだろう――


 ガッと鈍い音が響く。

 吐瀉物を吐きながらもルシウスは腕を振るい、水の魔法を放つ。


 僕は襲いかかってきたそれらをことごとく蒸発させる。その間にオラクがルシウスの胸に再び拳を叩き込んだ。


【西の魔王】ルシェルがどこかへ消えてからはや数分、一方的に攻撃を食らうルシウスは未だ力尽きていなかった。



「誰の目にも勝敗は明らか。体力と魔力だってほぼ尽きている。なのに君は抵抗をやめようとしない。一体何が君をそうさせるんだろうね?」


 炎を放ちながら問いかけるが彼は何も答えない。

 答える余裕がないというよりも答える気がないのだろう。



「君はオラクの幼馴染だ。本当はとどめなんて刺したくないんだけどね」


 オラクが近接戦を務めている間に僕は黒い炎を両手に灯らせる。



「おいライト……」


「止めるのは失礼だよオラク。僕にじゃなくルシウスに対して」


「……っ」


 血が滲むほど強く唇を噛み締め、オラクはルシウスの首根っこをつかんだ。



「アハハハッ、それが正しいよオラク。もっとも最後のあがきはさせてもらうけどネ!」


 フッとルシウスの姿が消えた。いや、正しくは全身を水の粒に変換し霧になったのだ。

 霧が勢いよく僕に迫ってきたが、僕のところに到達する前にオラクが純白に染め上げた手で霧を掴んだ。



「友を殴り続けるこっちの身にもなれよ……!」


 彼が空いている方の手で霧を殴りつければルシウスが実体を現した。


 オラクがルシウスの眉間に強烈な一打をお見舞いしたのを合図に僕は終焉をもたらす炎を解き放った。



「――“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”」


 オラクがその場を飛び退くのと同時に圧倒的な滅びの力がルシウスを飲み込む。

 火の手が収まるとルシウスの全身が黒焦げになっていた。



「これでも命果てず、か。魔王のタフさは異常だね。でも――」


 一瞬で肉薄すると僕は手刀をルシウスの胸に突き刺した。



「これでおしまい」


 口からおびただしい量の血を吹き出し、彼は笑った。



「アハハハハッ……。さすがだネ竜伐者(ドラゴン・スレイヤー)


「これも君の思い描いた通りかな?」


「死人に口無し。ボクは何も語らないサ。ご想像にお任せするよ」


 言い終えると、彼はぐったりと力尽きた。

 王都の上空にははっきりとその様子が映っていた。


 僕が腕を引き抜けばルシウスは地面に落ちていく。同時に王都上空の全ての映像が途切れた。



「……すまないルシウス」


 僕と一緒に地面に降り立ったオラクが膝をついてルシウスの患部に光を当てる。

 魔力を感じない。おそらく死霊術の一種だろう。


 治療を済ませ、オラクはすっくと立ち上がった。



「行こう」


 口数少なく彼は転界魔法陣を構築する。

 魔界へと通じる扉が完成すると僕たちは足早に踏み入った。



「手加減はしてないけど命までは奪ってないよ」


 人間界側の門と魔界側の門に挟まれた次元の狭間とでも言うべき空間を進みながら口を開く。



「分かってる。でなければ治癒を施せなかった」


「そっか。とはいえ君には悪いことをしちゃったかな」


「いやいいんだ。お前が言った通り命がけで戦いに臨む。それがあいつへの礼儀だってことは理解している」


 理解していても感情が追いつかないのかもしれない。それ以降オラクは黙りこくってしまった。



「『カキのなみだ』って知ってる?」


 沈黙が続くのは嫌だったので足を動かしながら彼に問いかける。



「エントポリス王国に伝わる童話なんだけど、その主人公のカキって人物とルシウスが重なるんだ」


「と言うと?」


「カキは人間と魔族のハーフ……いわゆる半人半魔で、迫害から逃れるために人里から離れて暮らしていたんだ。ある日彼は一緒に暮らしていた弟から相談を受けるんだ。『人間と友達になりたい』ってね」


「カキはなんて返したんだ?」


「『分かった』と。そこで彼は一計を案じたんだ。自分が集落を襲い、弟が後からやってきて人間を守るっていう策を。弟は反対したけどカキは引き下がらなかった。そして『手加減しては不審に思われるかもしれないから全力でかかってこい』と念まで押した」


「それで?」


「弟の制止を振り切って彼は集落を襲ったよ。実際に行動に移されては弟も乗らざるを得ない。結局カキの言葉通り弟は全力で兄と戦った」


 粗暴な半人半魔とそれを止める半人半魔。良心的な者もいると示すことで人間からの理解を得ようとしたカキだったけど、彼の思う通りに事は運ばなかった。



「二人が戦っているところに人間も割って入ってきてさ。まずカキが捕らえられた。捕まえられることまでは想定していなかったけれど人間の憎悪が自分に向くのならそれでいいと彼は思っていたんだ。腕を縛り上げられながら弟が人間と言葉を交わしているのを見てカキは安心したけど……」


「……弟も捕まった?」


「そう。結局裏切られたんだ。弟は悲しみ、兄は怒りや落胆、様々な感情が混ざった涙を流した。最後は偶然通りかかった勇者に殺されて幕を閉じる」


 話しているうちに魔界の扉までたどり着いた。



「ルシウスもたぶん、カキみたいに憎まれ役を買って出たんじゃないかな。何のためにそんなことをしたのか僕には分からないけど、君なら分かるんじゃないの?」


「『何のために』……か。あいつの夢は魔族と人間の共生だ。だからこそ今回人間界を襲った理由が分からなかったが……」


「自分が犠牲になることで人間と共に生きようとするオラクの存在を知らしめようとしたってところかな」


 次元の扉が開かれるが、オラクは唇を噛み締めたまま動こうとしない。



「あの馬鹿……っ。自分の夢を俺に託したっていうのか」


「それが最も理想に近づくことができる手段だと思ったんだろうね。君は魔族の中で最もエントポリス王国の人たちに名が知られているし、魔王城の城下町に人間を受け入れることも公言している。でも一番の理由は長年王国に流れていた君の偽の悪評を塗り替えたかったんだと思うよ」


 何の根拠もない。

 けれど何よりも相手のことを考える。それが親友ってものだろう。



「王都の上空に各所の様子を投影していたこと、不可解な言動、すべて俺やルナの存在を顕示するためだという事は分かった。だが誰よりも魔族と人間の共生を夢見ていたルシウスが泥をかぶる結末なんて俺は認めない」


「君ならそう言うと思ったよ」


 彼のことを思ってかオラクは胸に手を当てる。


 もうルシウスへしたことへの後悔は言葉にしない。彼は最善だと思って行動に移したのだ。その彼を迎え撃ったことを後悔すれば、彼の思いを踏みにじることにもなりかねない。



「カキは最後に涙したが、ルシウスには決して流させない。あいつから託された夢を実現して、最後には笑ってもらう」


「夢の果てを見せてあげられるかどうかは君次第だね」


「もちろんライトにも協力してもらうぞ」


「何で僕まで……。まあいいけどさ」


 二人で息を合わせて魔界へ足を踏み出す。


 【西の魔王】が引き起こし、【南の魔王】が利用し、【東の魔王】が心を痛める。その本当の戦いはまだ始まったばかりだった。



 * * *



「やあセリーヌ、ボクのわがままに付き合わせて悪かったネ」


 目を覚ましたルシウスの元に部下のセリーヌがやってきた。

 ルシウス同様魔力の枯れ果てた彼女はルシウスの隣に腰を下ろす。



「いいえ、お気になさらず。わたくしが率先してついてきたんですもの」


「ルナ嬢とオリビア嬢はもう行ったかい?」


「ええ。【西の魔王】を探しに行きましたわ」


 「そうかい」と呟いてルシウスは仰向けになり空を見つめる。

 ルシウスやセリーヌ、アドルノスキーらによってかき乱された王都の空には日差しが戻りつつあった。



「ボクの想い、届いただろうか」


「きっと。【東の魔王】達なら大丈夫ですわ」


「アハハッ、キミがそんなことを言うなんて珍しいネ。ルナ嬢に何か触発されたかな?」


「何で小娘が出てくるんですの!? べ、別に関係ありませんわよ」


 照れ臭そうにセリーヌはそっぽを向く。


 小さく笑ったルシウスは上体を起こし、ポンと彼女の頭に手を置いた。



「ルシウス様っ!?」


「昔話をしてもいいかな」


「昔話……?」


 腰を動かし、セリーヌはほんの少しルシウスに身体を寄せる。



「ボク達の幼馴染のミーナを失った時、オラクがこんなことを言ったんだ。『全ての種族が笑って暮らせる世の中になればいいのに』とネ。恨みと悲しみの感情がなかったわけじゃない。でもオラクはそれらに支配されることはなくただ平和を願ったんだ。だからボクは人間と魔族が共に暮らせる世の中を作ろうと決意したのサ」


 ライトによって開けられた胸の穴に手を当ててルシウスは続ける。



「オラクはそれをボクの夢だと思っているみたいだけどネ。元はと言えばオラクの夢だったのサ」


 わずかに目を見開きセリーヌは驚きの表情を示す。



「まだまだ道のりは険しいだろう。でも希望の証はここに」


「……ルシウス様がそう仰るのなら黙りますけれども。ライト・ドラゴニカがこの場にいたならばたまらずその首を掻っ切っていたと思いますわ」


「アハハハッ、相変わらず手厳しいネ。これしきの傷大したことないサ」


 そう言いながらもルシウスの呼吸は決して穏やかではない。ただ表情だけは晴れやかだ。



「ボクにできることは全てやったつもりだ。オラク、あとはキミの思う通りに進むんだ」


 セリーヌに体重を預けたルシウスはそっと目を閉じた。

 

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