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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-L 読めぬ魔王の真意


「――“水門楼(スイメンロウ)”」


 溢れるルシウスの魔力が水となり、僕の周囲に楼閣を築いた。

 鉄剣にて斬りかかるも大きな手応えとともに弾かれる。



「魔法を使わないとダメか」


 僕は鉄剣に魔力を注ぎ姿勢を低くする。と、周囲の楼閣から水の弾幕が襲ってきた。



「何もかも斬り伏せる。――“黒曜輪華(こくようりんか)”」


 闇色の魔力を込めた剣を身体に密着させ、その場で竜巻が如く回転する。

 斬撃の嵐に砲弾は消し飛び、水の楼閣も崩壊する。



「アハハハッ! 随分あっさりと破ったネ」


「この程度の魔法で僕を閉じ込めようなんて甘いよ。ユリア姉さんの魔法には一歩及ばない」


「ハハッ、【清明】か。彼女も化け物だからネェ。でも本当にそうかな?」


 彼が快活に笑うと大気中を漂う魔力の流れが乱れ始めた。

 あまりの魔力に天候すら変化し、先ほどまでは青々しかった空が淀む。



「のっけから飛ばすね」


「当然サ! これくらいのことはしないと一般大衆に恐怖を植え付けられないからネ」


 そういえば戦いの様子は王都に投影されているんだっけ。

 一瞬視線を外すと各所で竜や魔王軍幹部に対峙するみんなの姿が映っていた。



「さあキミはこれをどう防ぐ!? ――“陣水刃裂死滅ドルウォス・オーク・レスタ”ッ!!」


 ルシウスが叫べば無数の水の刃が出現した。

 一本一本がとても細く、一見すれば脆い刃のように見える。しかし目を凝らしてみれば濃密な魔力でできていることが分かる。


 魔剣ならまだしも鉄の剣ではいくら魔力を纏わせても分が悪いと読んで僕は回避に徹する。



「あれれ? 避けるだけかい?」


「うるさいなあ。こちとらまともな武器を持っていないんだよ」


「武器がないなら魔法で対抗したらいいじゃないか」


「……分かったよ。お望み通り僕の力を見せてあげるよ」


 刃の合間を縫って上空へと昇っていきながら魔力を練り上げる。



「ついでに君の真意を確かめさせてもらう」


 ルシウスよりも上方で静止した僕は“陣水刃裂死滅ドルウォス・オーク・レスタ”が迫ることにも構わず右手に黒の魔力を集中させた。



「――“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”」


 全てを灼き尽くす死の炎が渦を巻いてルシウスに迫る。

 吹きすさぶ魔力に当てられた水の刃はことごとく消え失せた。



「アハハッ、それがキミの力か。素晴らしいネ」


 王都を背に滞空するルシウスは呟き、両手で“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”を受け止めた。


 ドッと衝撃波が広がり、一瞬王都の上空に投影されている映像が乱れる。



「ッ……これはまずいネ。力の奔流を抑えきれない」


 彼はありったけの魔力を込めて死の炎を抑え込もうとする。しかし炎は彼の身を焦がし、その両手からこぼれ落ちる。

 溢れ出た炎が彼を呑み込む――



「――“転移”」


 そう思った瞬間、ルシウスの姿が霧となって消えた。



「……これは予想外だ」


 僕は乾いた笑いをこぼして魔力の放出を止める。だが既に放っていた炎の勢いは止まらず王都を覆う結界にぶつかった。

 かろうじて炎が内部に達することはなかったものの、圧倒的な滅びの魔力を受けて結界には大きな穴が空いた。



「けひっ、けひひひひっ」


 底冷えするような笑い声に後ろを振り返れば、ルシウスを抱える白衣の魔族が佇んでいた。

 濡羽色の髪をなびかせるその魔族は艶めかしく舌舐めずりをした。



「惜しかったねーぇ“竜伐者(ドラゴンスレイヤー)”くん」


 ルシウスを助けたのか、それともただ“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”を結界にぶつけたかっただけか。どういう目的にしろようやく黒幕が現れた。



「【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリー……!」


「当然名前は覚えているかあ。ありがたいことだあ」


 彼女の言葉には取り合わず僕は剣を構える。



「君がしてきたことは到底許されることじゃない。多くの人を悲しみの底に沈ませた。その報いを受ける覚悟はできているんだろうね?」


「けひひっ、がらにもないことを言いなさんなあ。あんさんの気持ちにその他大勢は含まれていないでしょう」


「……へぇ、よく分かったね。別に隠してたつもりもないけど」


「あんさんとアタイは似ているからねぇ。想いを寄せる相手はただ一人」


「君と一緒にしないでほしいな。僕だって成長している。その他大勢の気持ちを考えていないのは事実だけど、友達の気持ちくらいは考えているよ」


 言って、僕はルシェルに斬りかかった。



「――“蟷螂(とうろう)の斧”」


 魔力を纏った彼女の腕に剣が払われる。



「『友達』かあ。それは一体誰のことを指しているのかなあ?」


「ここに至るまで僕が出会ってきた人々。そして他でもないオラクのことだよ」


 ニヤリと彼女の口角が上がった。



「そう、そう、そう、そうそうそうそうそうそうそうそう! オラクは関わる人全てを魅了する。それは【覇黒竜】に取り憑かれたあんさんも例外じゃあない」


「いまいち会話が噛み合わないね。相変わらず何言ってるか分からない人だ」


 両目を竜胆色に染め上げてルシェルのことを睨もうとすると彼女の姿が黒い蝶に覆われた。



「後ろか」


 振り向きざま斬りつけようとつかを握り締める。すると水の弾丸に手の甲を撃ち抜かれた。

 思わず剣を手放してしまい、剣は遥か下の地面に落ちていった。



「すまないネ。手出しはしない、なんて訳にもいかないのサ」


「っ……」


「――“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”」


「がはっ」


 ルシェルの細い拳が文字通り脇腹に突き刺さり意識が遠のく。



「けひひひっ、こんなものじゃないでしょーう? もっともっともっともっともっと! 内に秘めた力を解放することだあ」


 狂ったように喚く彼女の手首を握って拳を引き抜こうとする。しかし鋭く伸びてきた膝を顎に決められ力が緩んでしまった。



「舞台が整うまであんさんには極限まで力を引き出してもらう必要がある! そのためには命の灯火が消える寸前まで痛めつけるしかないよねーぇ」


 昆虫の大顎のようなオーラを纏った拳が眼前に迫る。

 “竜眼(ドラゴン・アイズ)”の権能にて動きを封じようとするもわずかに間に合わない。



「くっ!」


 歯を食いしばったがしかし、痛みは襲ってこなかった。


 横から伸びてきた手がルシェルの拳を受け止めたのだ。

 見れば純白の粒子と黒い炎を纏った青年が立っていた。



「オラク……。来るのが遅いよ」


「すまない。心を整理するのに時間がかかった」


 突如現れた第三の魔王。それは戦いの行く末を見守る者たち、そして僕にとっての希望の星だった。



「オラ……ク……?」


 赤く染まった拳を引き抜いたルシェルは数歩下がって動揺した様子を見せる。



「まだ……まだ早いよ……。どうして来たのさあ……」


 血濡れるのにも構わず彼女は頭を掻きむしる。



「もう少しでうまくいくのに……どうしてどうしてどうして! あ、でもいっかあ」


 急に表情を変えた彼女は大量の蝶を呼び寄せた。



「オラクが人間界(こっち)に来たなら好都合だあ。魔界に戻って残る役者を揃えたら……」


「何を言っているのか分からないが好きにはさせないぞ」


「けひひっ、言葉だけ(・・)は強いねオラクは。実力が伴っていないよぉ」


 オラクが放った炎をルシェルは軽々しく躱した。



「“ギュゲスの指輪”」


「消えた!?」


 小指につけていた指輪に触れた途端彼女の姿が消えた。

 “竜眼(ドラゴン・アイズ)”を発動させている状態で見失ったということは幻術とも違う何かだ。



「けひひひっ、アタイは一旦下がるよぉ。また後でね」


 どこからかルシェルの声が聞こえてきて、やがて魔力も完全に消え失せた。


 一から十まで言動が読めない相手だ。エントポリス王国を滅ぼしに来たわけじゃないのだろうか。


 僕が物思いに耽っていると、もう一人の魔王・ルシウスが拡声魔法を展開した。



『城壁の中から戦いの行く末を見守っている矮小な人間どもよ。見ての通り【東の魔王】オラクが現れた。たった今【西の魔王】ルシェルは此奴に討ち滅ぼされたが、まだ我がいる! 人間たちの希望の星である【東の魔王】と王族の少年を抹殺し、この国を絶望の淵へ沈めてやろう!』


 『討ち滅ぼされた』……?

 僕とオラクが顔を見合わせるのにも構わずルシウスは続けた。



『恐怖と共に頭蓋に刻め! 我は【南の魔王】ルシウス・ルビジウム・ルッケンブルク!! 全てを滅ぼす【人類の敵】である!!」


 大仰な身振りで言い終えた彼はこちらに向き直った。



「キミたちの脳内には様々な疑問がよぎっているだろう。けれど一切答える気はないサ」


「命の危機に瀕しても?」


「アハハハッ、脇腹に風穴を開けられているというのに大した余裕だ。……そうだネ、たとえこの命果てようともボクの真意を語るつもりはない」


 常にふざけた態度の男かと思っていたけど、どうやら僕の見立ては間違っていたようだ。

 彼の顔には真剣な覚悟が滲み出ていた。



「ルシウス……」


「無駄だよオラク! 幼馴染のキミといえども説得には応じない」


「…………戦うしかないのか」


 ポツリと呟いてオラクは両手に炎を灯らせる。


 おそらく戦いは長くは続かないだろう。二対一なのだ。ルシウスの実力が圧倒的であるならばともかく一対一でも僕に押されるくらいだ。

 ルシウスとてそれは分かっているはずだ。


 幼馴染と戦わなければならないオラクの心境はいかばかりか。

 相当辛いだろうけどやるしかない。



「サアいくよ。――“背水陣死裂烈刃滅律ドルウォスラ・オーク・レスタロト”ッ!!」


 

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