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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-L 始まりを告げる鐘はなく


 ――1週間後――



 【西の魔王】ルシェルの襲撃に備え、僕はオリビア姉さんと人間界に戻ってきていた。魔界に残った東の魔王軍の皆とは別行動になる。


 王都郊外の「風の高原」に姉さんとフェルと共に陣取った僕は静寂に包まれる王都を見下ろした。



「静かだね」


「ええ。アルベルトお兄様の勅令で外出が禁じられていますからね」


「空振りに終わるのが一番いいんだけど」


 そんな僕の願いも虚しく、朝日が昇って数時間が経った頃。王都の西の空に巨大な瞳の形をした魔法陣が出現した。宣戦布告の意思を示す魔法陣だ。



「ご丁寧に西の空から現れるとはね」


 乾いた笑いをこぼすと、宣戦布告の魔法陣の近くの空間が裂けた。

 変わった演出だが転界魔法陣で間違いない。


 様子を伺っていると、中からわらわらと黒い点々が溢れた。“竜眼(ドラゴン・アイズ)”を発現させて目を凝らしてみると、全て魔物であることが分かった。数千……いや数万匹はいるだろう。数は多いが僕たちが相手をするほどじゃない。狙うは幹部格だ。

 もうしばらく空間の裂け目を睨み続けていると、果たして圧倒的に魔力の格が違う者が数体現れた。



「……へぇ、面白い」


 現れたのは七匹の竜。昔僕が倒した竜とは違い、全体的に細長い体躯をしている。

 そしてそのうちの四匹の背には魔族が乗っていた。



「こっちに主戦力を割いてくるとは思わなかったな」


 たった四人といえど、人間界の戦力だけでは厳しいかもしれない。

 僕は懐から水晶玉を取り出した。



『オラク、聞こえる?』


『ああ。来たか』


『来たも何も大本命だよ。君の力が必要だ』


 姉さんとも魔力回線を共有しながら思念を送る。


 これはオラクの開発した界間通信機。通常の念話装置では繋がらない人間界と魔界間でも交信できる装置だ。



『俺の力が?』


『うん。魔王が二人と、その腹心が二人現れた』


『っ!! ルシェルとトオルか!?』


『違う』


 拡声の魔法陣だろうか。顔の前に魔法陣を展開した魔王を眺めながら僕は厳しい現実を告げた。



『【南の魔王】ルシウス・ルビジウム・ルッケンブルク』


『なっ……!!?』


 まさか幼馴染の名を出されるとは思っていなかったのだろう。オラクは言葉に詰まった。

 同時に【南の魔王】ルシウスの拡声魔法が響き渡る。



『アハハハハ! ご機嫌麗しゅう人間界の住民達。これより南の魔王軍と西の魔王軍が人間界を蹂躙する』


 思わず表情が険しくなり、水晶玉を握る手に力が入る。



『これは見せしめだ! 人間共と手を取り合おうなどという幻想を抱く【東の魔王】への。これは罰だ! 愚かな魔王をゆるそうという人間共への』


 腹心の方の魔族が二人、竜を駆らせて王都へ接近した。



わめけ、おののけ、き叫べ! そしてお前達は無力な国王を呪い、すがるように【東の魔王】の助けを願うだろう。だが無意味! お前達の祈りは奴に届くことはない!! さあ、殺戮ショーの始まりだ! アハハハハハハハ!!』


 王都を覆う城壁のあちこちで火の手が上がった。先に接近していた三匹の竜が開戦の狼煙を上げたのだ。

 城壁を起点に王都一帯は結界に覆われているが、この距離でも肌に感じる魔力から考えれば長くはもたないだろう。



『オラク、そっちの状況がどうなっているかは分からない。でも魔王が二人現れた以上こちらに戦力を割くべきだ』


『あ、ああ。分かっている。こちらにはまだ竜が数匹と魔物の大群しか現れていない。当然そちらに戦力を送るが……』


『悩んでる暇はない。受け入れがたいものもあるだろうけど、僕は事実を伝えただけだよ。じゃあね』


 念話回線を遮断して僕は姉さんとフェルに目を合わせた。



「話は聞いてたよね? 幸い【西の魔王】はまだ動いていない。姉さんは【南の魔王】の配下をお願い。僕とフェルで【南の魔王】を抑える」


「分かりました。もう一人は大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だと信じるしかない。その一人というのは【白霜(はくそう)】のアドルノスキーだから相当厳しい戦いを強いられるだろうけど、兄さんたちに任せよう」


「北の魔王軍に潜り込んでいたあの人ですか……」


 不安を払拭するように頭を振った姉さんは僕とフェルの足元に転移魔法陣を展開した。



「相手は魔王。気をつけてください」


「ありがとう。姉さんも気をつけて」


 頷いて姉さんは魔力を注いだ。

 視界が白く反転する。光が収まると、僕とフェルは【南の魔王】ルシウスが騎乗する竜の真下にいた。



「【西の魔王】も近いか……。でもやるしかない」


 鉄剣を抜き魔力を込める。



「まずは竜を堕とす。フェルは翼をもがれた竜の相手をお願い」


 フェルが小さく吠えたのを合図に僕は土塊を飛ばして勢いよく地面を蹴った。

 ぐん、とルシウスに近づく。



「――“闇黒一文字(あんこくいちもんじ)”!」


 ルシウスがこちらに気づいたがもう遅い。剣を一閃し、竜の翼を斬り裂いた。


 竜の背に着地した僕はルシウスと対面する。



「君はオラクの味方だと思っていたんだけど」


「アハハハッ、誰かと思えばドラゴニカの竜伐者(ドラゴンスレイヤー)じゃないか。久しぶりだネ!」


「一体どういうつもり?」


 背中を蹴り飛ばして竜を地面に堕とす。

 僕が翼を顕現させて滞空すると、ルシウスも足から水流を噴出して宙に留まった。



「どうもこうも、ボクは今でもオラクの味方サ」


「っ、ふざけたことを」


 最小限の所作で斬りかかると、彼は身を捻って剣を回避した。



「アハハハッ、説明する気はないよ」


 彼の腕が伸びてきて僕の胸ぐらを掴んだ。彼はぐっと力を込めて加速する。


 まずい、フェルと離れてしまう。


 抵抗を試みながら眼下を見るとフェルが竜に噛み付いていた。心配しないとまではいかないけれど、フェルを信頼して任せるしかない。

 そう判断して僕はルシウスに向き直った。



「僕に力勝負を挑むなんてさすがは魔王だ」


 彼の手首を握り返し、骨を砕かんと力を込める。だが彼の腕の力が緩む気配はない。空中で踏ん張りが効きにくい以上押され続けるのは必至か。

 ならばと僕は背後に何層もの魔法陣を展開した。


 ルシウスは警戒してようやく力を緩めたが、わずかに間に合わなかった。僕の身体と彼の腕の半分ほどが魔法陣を通り抜ける。途端に鋭い電撃がほとばしった。



「……っ」


「――“雷桜封殺陣(らいおうふうさつじん)”」


 一瞬の隙をついて背後だけでなく周囲に魔法陣を展開して拳を握りしめる。すると白桃色の電撃が僕たちを縛り上げた。



「耐久力勝負だ」


「アハハッ、こんなに距離が近いと照れるネ」


「うるさいよ。――“雷桜封殺陣”・参ノ型【(とどろき)】」


 バリバリバリと雷鳴が轟いた。

 電撃とともに黒い魔力が吹きすさぶ。



「アハッ、アハハハハハ! 間一髪!」


 確かに捉えたと思ったけど、力づくで雷の鎖をちぎられてしまったようだ。

 数歩先に退いたルシウスは高らかに笑った。



「考えてみればこれくらい破られて当然か。ルナでも解けるんだし」


「へえ、さすがルナ嬢だ」


「念のため魔法陣を残しておいてよかったよ」


 疑問符を浮かべる彼を無視して手に雷を纏わせる。



「――“雷導(らいどう)”」


 雷撃がルシウスを貫いた。彼の背後に残っていた“雷桜封殺陣”から僕の手に雷を誘導したのだ。



「ガハッ……なーんてね」


 口角を上げたルシウスは僕を蹴り飛ばし、拡声魔法陣を展開した。



『聞け、人間達よ。愚かにもこの国の王の血族が戦いを挑んできた。我は今からこやつを討ち亡ぼす! 【東の魔王】が来ない限り誰にも止めることはできないっ! 固唾を飲んで王族が敗北する様を見守るがいい!』


 彼が言い終えると、王都の上空に次々と巨大な映像が投影された。

 そこにはオリビア姉さんや聖魔導騎士団、中枢魔法協会(セントラル)の人たちが竜や魔物と対峙する様子が映っていた。



「わざわざ王都の住民にも戦況が分かるようにしてくれるなんてね。君たちが優勢になれば住民は不安になるだろうけど、こちらが有利に戦いを進めれば士気が高まる」


「アハハハッ、確かにそうだろうネェ。でも安心するといい、ボクの思い描いた通りになるからサ」


「大した自信だね。僕がいる限り君の思い通りになんてさせないよ」


 剣を構え直して彼を見据える。



「舞台は整った。本番はここからサ!

 ――“大瀑水泡(オーク・レスタ)”!!」


 大瀑布を連想させる水の奔流が襲いかかる。

 源から斬り裂いてやろうと僕は剣を一閃。



 ――長い、長い一日は、剣閃の煌めきによって始まりが告げられた。

 

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