Side-L 邯鄲の夢
ルナと鍛錬した日の夜。僕たちはオラクに呼び出された。
僕の他にはオリビア姉さん、僕の相棒フェル、ハルバード、ルナをはじめとする四天王と、錚々たる面子が揃っている。
この面子から察するに、かなり重要な話があるとみえる。
「忙しいところわざわざ集まってもらってすまない。至急皆に伝えるべき事案が発生した」
大きな会議机の最上座でオラクは神妙な面持ちを浮かべる。
「【西の魔王】ルシェルが宣戦布告をしてきた」
「「「っ!!」」」
一同の目が見開かれる。
以前から危惧されていた【西の魔王】の動静だけど、ついに動き出したか。
「どういう手段を使ったのか分からないが、俺の私室への侵入を許した。そこで直接あいつの口から『宣戦布告だ』と」
「サタン様の御部屋に!? まさかそんな事態が起きていようとは……っ」
「幻術とも違った何らかの方法で姿を消していた。だが問題の本質はそこではない」
「また戦争になる」
僕が呟くとオラクは頷いた。
「『一週間後、この世の全てを焼き尽くす』。これがルシェルの言葉だ」
「この世の全て……ということは人間界も?」
懸念を示し、姉さんは不安そうにフェルと視線を交わす。
「おそらくそうだろう。西の魔王軍がどれだけの規模なのかは未知数だが、魔界と人間界を敵に回せるだけの自信があるのは確かだ」
「愚かな……。この世の全てを敵に回すなど破滅行為であろう」
「オデも、ソウ思う」
セラフィスとドルトンは信じられないとばかりに眉を顰めた。
たしかに正気の沙汰とは思えない。でも彼女の二つ名は【狂乱黒蝶】だ。常人では予想もつかない思考回路を有していたって何ら不思議ではない。
「こうなる前に止めたかったけど……今さらどうしようもないわよね」
歯がゆそうにルナは拳を握る。以前オラクのために【西の魔王】を救い出せないかと考えていただけに責任を感じているのかもしれない。
「いいや、まだ間に合う。一週間後にルシェルが姿を表した時、全力で殴って止める。ルナが教えてくれたことだ」
「オラクは何を言ってるんだ。妹につられて君まで脳筋になったの?」
「脳筋だろうが何だろうがもうそれしか手段がないんだ。ルシェルには何も壊させず、奪わせない。取り返しのつかない過ちさえ犯さなければ更生の機会はあるはずだ」
「また甘いことを言って……。宣戦布告してきた以上もう責任は免れられないよ。軍を動員して誰かを傷つけた時点で、もうその人は重責を負う必要がある」
「傷つけさせない」
強い意思のこもったオラクの視線が僕の瞳を射抜いた。
彼の目には諦めなど微塵も存在しなかった。
「俺だってルシェルの傍若無人な態度には怒りを覚えるさ。あいつが本当に言葉通りのことを実行したら心の底から許せなくなるだろう。だけどあいつは数少ない幼馴染なんだ。どれだけ道を踏み外そうとも、見捨てることなんてできやしない」
既に何度も裏で糸を引いて悲劇の元になっていたじゃないか。そう思ったけど言葉にはしなかった。
「命をかけて過ちを阻止する。それが幼馴染だ」
こんなに強いオラクの言葉は初めて聞いたかもしれない。
優しくて、甘くて、どこか頼りない男。それが僕から見たオラクの評価だ。
甘さは隙を生む。でも突き抜ければこんなにも引き込まれる魅力になりうるなんて知らなかった。
「砂糖の塊みたいな男だねオラクは。反吐が出るよ」
「でも」と僕も力強くオラクを見つめた。
「結局僕のやることに変わりはない。降りかかる火の粉は振り払う、それだけだ。後のことはお好きにどうぞ。僕は政治的なことには関わらない」
「……協力してくれるということでいいんだよな?」
「さてね」
僕が肩をすくめるとオラクは姉さんに通訳を求めた。
「正直じゃなくてすみません。こんなことを言っていますがライトは積極的に力を貸すつもりですよ。もちろんわたしも協力します」
「何回も助かる。ありがとう」
深く頭を下げたオラクは彼の配下を見渡した。
「一週間後に備え各自準備を怠らないように。ドルトンとハルバードは住民の避難を手伝ってくれ。セラフィスは北の魔王領と南の魔王領、それからエントポリス王国への言伝を頼む。ルナは魔王軍を見て回って士気の向上に努めるように」
四天王とハルバードは胸に手を当てて簡易的な敬礼をした。
個性ある四天王たちだけど、こういう時は統一した動きが取れるというのはオラクへの忠誠心の表れだろう。数名とはいえ壮観だ。
「何か意見や報告がある者はいるか?」
誰も手は挙げない。
「では解散。ハルバードとオリビアだけ少し残ってくれ」
その言葉を合図に皆一斉に立ち上がった。
「オラク」
「言われなくても変なことはしない」
「わかってるならいいよ。じゃあね」
軽く手を振って僕は退室した。
「本当に変わったわねあんた」
「うわ、久しぶりにフェルと二人になれたと思ったらルナじゃん」
「うわって何よ! 失礼ね!!」
部屋を出るなり声をかけてきたルナに悪態をついて僕は歩を進める。
「ちょっと置いていかないでよ!」
トコトコ駆けてきたルナを一瞥する。
「ずいぶん僕に懐いたね」
「なっ、何よ『懐く』って! 魔物みたいな扱いしないでくれる!?」
「だってさフェル。これは魔物軽視の発言と捉えるべきかな?」
隣をついてくるフェルの頭を撫でてあげると、フェルは嬉しそうに尻尾を振った。
「ああああごめんねフェル! アタシはそういうつもりで言ったわけじゃないからね!?」
「じゃあどういうつもりさ」
「ライトは黙ってなさいよ! アタシは今フェルと話してるの!」
キッと睨みつけてきたルナを見て、からかいすぎたかと反省する。後悔はしない。
「まったくもう、最近ちょっと見直してきたっていうのにあんたの主人はひねくれてるわね」
僕ではなくフェルに話しかけるルナは頬を膨らませる。
魔力の波長が合うルナにも撫でられ、フェルはご機嫌だ。
「……こんな時間がずっと続けばいいのに」
「どうしたのよ急に。ライトらしくないわね」
「らしくないことないよ。僕は戦いが嫌いだし」
「化け物じみた実力があるくせによく言うわ」
そりゃ力はあるけどさ。それとこれとは別だ。
戦いと面倒事が嫌いっていうのはルナにも話したことあるような気がするけど。記憶が曖昧だから話してなかったかな。
「今度の戦いが終わったら剣を手放そうかな」
「……え?」
「姉さんを守るために取った剣だけど、兄弟の確執が埋まりつつある今もう僕がそばにいる必要もないだろうし」
「それは……ライトにとって嬉しいことなの?」
「当然だよ。姉さんが笑っていられることが何よりの幸せだし」
フェルの頭に手を乗せながらルナはうーんとうなる。
何をそんなに悩んでいるんじゃ。
「幸い中枢魔法協会で稼いでいたから貯蓄はある。それを元手に喫茶店でも開こうかな」
「だいぶ前向きに考えてるみたいね……。本当にオリビアのそばを離れるっていうなら寂しくなるわ」
「どうしてさ」
「だって、今は一週間のうち二日は魔王城でオリビアの魔法講義があるじゃない。そばを離れるってことは助手としてライトが参加することもなくなるってことでしょ?」
「かもね」
ルナに言われるまで考えていなかったけど、自然と魔王城からも離れることになるのか。ルナの言う通りここで出会った魔族の皆と疎遠になるってのは少し寂しいかもしれない。
「まあ死に別れするわけじゃないし。会おうと思えばいつでも会えるさ」
「そうだけど……」
表情を曇らせたルナの顔を覗き込む。
「何? そんなに僕と一緒にいたい?」
「ばっ……!! そんなんじゃないわよ!! 勘違いしないでくれる!?」
「あははっ、やっぱり君は面白いなあ」
頭を撫でようとすると勢いよくその手を弾かれた。
「昼間から様子がおかしいから心配してたっていうのに、からかうなんて信じられない! アタシの心配を返して!」
「ははっ」
腹を立てた彼女はプイとそっぽを向いてしまった。
しかしそんなに僕の様子はおかしかったかな。漠然とした不安を抱えているのは事実だけど表に出さないようにしてたのに。
何はともあれ心配はありがたくいただいておこう。
隣を歩く銀髪少女の綺麗な横顔を見て、僕は心の中でお礼を言った。




