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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-O 夢見る羊は彼女に力を貸す


「はあ……」


 魔王城の城下町を歩いていたオリビアはため息を吐いた。



「どうして逃げてしまったのでしょう」


 先ほどの出来事を思い出してうつむく。


 オラクの部屋に入ると、オラクと【西の魔王】ルシェルが唇を重ねていた。状況を理解するのに頭の回転が追いつかず、結局ルシェルが去ってから正気を取り戻したが、その場に留まるのも気まずくなって思わず逃げてきてしまった。

 オラクに頼みがあったのだが、それも伝えることもできなかった。


 再度ため息をついたオリビアはふと羊の意匠が施された木の看板が目に入った。



「ここはたしか……」


 扉を開けると、カランとベルが鳴った。

 カウンターの奥にいた店主と目が会う。


 オリビアは会釈をして席についた。



「いらっしゃい」


 眠そうに歩み寄ってきた店主がオリビアにメニュー表を手渡す。

 メニュー表に目を通すと、一番上には『喫茶・羊の館』とあった。



「かわいい……」


 ところどころに描かれている羊のイラストを見て思わず頰が緩む。



「えっと、ブレンドコーヒーを一つお願いします」


 コクリと頷いた店主は黙って下がって行った。



「……かわいい」


 店主の後ろ姿を眺めながら再びオリビアは呟く。


 店主はルナよりもさらに小さい背丈で、腰にかかるほどの長い黒髪から羊のように巻いた黒角こっかくが生えており、フードがついたコットン地のローブに身を包んでいる。

 飲食店に従事する者の服装としてどうなんだとは思わずに、オリビアは純粋に店主の姿に見とれた。


 しばらく待っていると鼻腔をくすぐる香りが漂ってきた。



「……おまたせ。ブレンドコーヒー」


「わあ、いい匂いですね」


「にs……私の故郷で取れる豆を数種合わせたもの。自信ある」


 あくびをこぼす店主はじっとオリビアの顔を見つめる。飲めということだろう。

 気恥ずかしく思いながらも彼女はコーヒーを口に含んだ。



「美味しいです」


 満足げに頷いた店主はカウンターに戻っていき、腰掛けると眠そうに頬杖をついた。



「カウンターの中にも椅子があるんですね」


 変わっている、と思いながらコーヒーをすする。

 ふとオリビアは思い立ち、テーブル席からカウンター席に移動した。



「……」


 店主が寝ぼけまなこでオリビアのことを見る。



「あ……っと、少しお話ししませんか?」


「……」


「その、無理にとは言いませんのでっ。もしよろしければと」


「聞いてあげる」


 立ち上がった店主は瓶から豆をすくい、コリコリと挽き始めた。


 『聞いてあげる』とのことから、オリビアが相談を持ちかけてくるだろうことを予想しているのだろう。



「えっと、店主さんのお名前を伺ってもよろしいですか?」


「……。メノリ」


「メノリさんですね、よろしくお願いします。わたしの名前は――」


「オリビア・ドラゴニカ。知ってる」


 オリビアの目が丸くなる。



「どうしてわたしの名前を?」


「有名。魔王様が迎え入れた人間の友人。それに魔王様も話していた」


「オラクさんが?」


 頷いた店主――メノリは自分のコーヒーを用意してオリビアの対面に座った。



「アイスブレイクはいらない。本題」


 「あつっ」とこぼしたメノリは静かに本題に入るよう促す。



「本題、と言ってもわたし自身何を話すかまとまらないのですが……オラクさんとルシェルさんってどういう関係なんでしょうか。あっ、ルシェルさんというのは【西の魔王】を務めてらっしゃる方です」


「知ってる」


 両手でカップを持つメノリはじっとオリビアの瞳を見つめる。まるで心の奥底を見透かされているようで、オリビアは恥ずかしくなって目線を逸らした。



「喫茶店の店主に訊く内容じゃない」


「っ、すみませんでした」


「でも、いいよ」


 あくびを挟んでからメノリは続けた。



「二人は幼馴染。これは知ってる?」


「はい」


「ルシェルは小さい頃から魔王様に惹かれていた。それは今も変わらない」


 ルシェルを下の名前で呼び捨てしたことに違和感を覚えながらもオリビアは黙って話を聞く。



「魔王様の心は複雑。非道な行いを繰り返すルシェルに怒りを抱いている。でも幼い時を共に過ごしたルシェルのことを心の底から憎めない」


「好意を抱いているということは……」


「異性として、という意味ならそれはない」


「ですが……見てしまったんです。オラクさんがルシェルさんと……その、唇を重ねているところを」


 瞳は悲しみに、頰は朱に染まる。



「…………心配ない。おそらくルシェルが無理矢理迫った」


「仮にそうだとしても、抵抗するそぶりがなかったのですが……」


「魔王様は優しい。だから受け入れたのかもしれない」


「っ……」


「でも心はそこにない。安心して」


 釈然としないような表情を浮かべながらもオリビアは頷いた。



「気にする必要はない」


「え?」


「二人の関係が何であれ、あなたが気にする必要はない。好き嫌いの尺度は自分で計るもの。他人に左右されることはない。あなたの気持ちを素直にぶつければいい」


 ハッとオリビアの瞳に光がともった。


 聞きたかった言葉を、聞けたかもしれない。



「ありがとうございます。メノリさんの話を聞いてスッキリしたような気がします」


 メノリは小さく頷いた。



「これをあげる」


 親指から指輪を抜いたメノリはオリビアにそれを差し出した。



「面白い話を聞けたお礼」


「そんな! お礼を言うのはこちらの方です。こんな大切なものいただけません!」


「大丈夫。私にはもう必要のないものだから」


 半ば強引に握らされ、オリビアは心配そうにメノリの顔を覗く。



「それは持ち主の魔力を制限することができる」


「制限……、あっ! そういえばオラクさんに頼もうとしていたのを忘れていました!」


「何を?」


「ちょうどこの指輪と同じ効果を持つ魔法具を作ってもらおうと……それで頼みに行ったのですが、あんなことがあったので……」


 一考してからメノリは口を開いた。



「私からもらうより魔王様からもらいたい?」


「いえ! とんでもないです。せっかくの厚意を無下になんてできません」


「そう。ならあげる」


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます!」


 晴れやかな笑顔を浮かべたオリビアは人差し指に指輪をはめた。



「魔王様はモテる」


「もて……?」


「ルシェル、妹、民。そしてあなた」


「わた……し…………っ!? ち、違いますよ! わたしはそんなつもりは!」


 彼女は顔を真っ赤にして首を振る。しかし説得力に欠けることは誰が見ても明らかだった。



「ごご、ごちそうさまでしたっ! コーヒー美味しかったです。それからお話を聞いてくださってありがとうございました! しっ、失礼します!!」


 コーヒー1杯の値段よりはるかに多いお代を置いて、オリビアは逃げるように退店して行った。



「……面白い子」


 カップを片付けメノリは大きく伸びをした。そしてまたあくびをこぼし、カウンターにもたれかかる。



「ルシェル……やっぱり魔王様と接触した。もう引き返すことはできない」


 先ほどまでは指輪によって抑えていたメノリの魔力が溢れ出し、彼女の黒角が大きくなる。さらに纏っていたローブの肩の部分に黒い蝶の文様が浮かび上がった。



「あの子に血は似合わないのに。また昔みたいに無邪気に笑って欲しい」


 虚空を見つめながら、祈るように呟く。



「勝手なお願いだけど、魔王様。助けてとは言わない。ルシェルを止めて」


 

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