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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-L 【宵の月】の鍛錬


「よかったの?」


 僕は目の前に立っている銀髪の少女・ルナに投げかけた。



「オラクの私室に一人で、しかも鍵を持たせて向かわせるなんて」


「こんな真っ昼間から変なことはしないでしょ。それにあんただってそうじゃないの。お兄ちゃんと二人きりになるかもしれないのにオリビアを一人で行かせてよかったの?」


「心境の変化だよ。縛ったところで何も生まない。それじゃあ僕の生物学上の父と同じだ。姉さんの思うがままに動いてもらうのが一番の幸せだ」


「ふーん、そ。直訴試合からなんか変わったわね」


 そうだろうかと自分の行いを振り返る。自覚はないけれど、他人からそう見えるなら変わったのだろう。



「色々あったからね。家族とか、愛とか、考えさせられることが多かった」


「愛と言えばあのエルフとはどうなったのよ。試合中大変だったそうじゃない」


「シルフィーネさんの気持ちには応えられないって伝えたよ。【西の魔王】ほどじゃないけど彼女と似たものを感じた。少しだけオラクの気持ちがわかった気がするよ」


 彼女の気持ちは嬉しかった。でもどうしても応えることはできなかったのだ。こちらが好意を抱いているわけでもないのに付き合うのは不誠実だと思ったから。



「試しに付き合うって人もいるじゃない」


「まあね。でも人は人、僕は僕だよ」


「へえ」


 ルナは感心したように呟いた。



「さて、鍛錬の途中だ。再開しよう」


「わかったわ」


 互いに魔力を練り上げて魔法を放つ準備を整える。

 ここは魔王城の地下修練場。ここで僕とルナは次なる戦いに備えて鍛錬していたのだ。



「“月光姫(げっこうき)”のいくつかの課題。これを克服すれば君はもっと強くなれる」


「わかってる。絶対に克服してみせるんだから!」


 威勢良く言い放ったルナは全身に白銀のオーラを纏った。“月光姫”だ。



「その状態で“金剛力(こんごうりき)”を使ってみて」


「――“金剛力(こんごうりき)”!」


 見た目に変化はない。だが魔力の流れを見てみると、かすかにルナの体表に魔力が集中していることが分かる。



「じゃあいくよ」


 地面を蹴り、僕はルナに肉薄する。流れるような所作で殴りつけると金属音が響いて拳が弾かれた。



「やった! “月光姫”を使いながら他の魔法も使えた!」


「一発なら凌げるか。連撃に耐えられるか試してみよう」


 体の前で交差したルナの腕に殴打を連続して浴びせる。すると一発拳が当たるごとに音は鈍くなっていき、十発もいかずに“金剛力”は解かれた。



「ああもう! うまくいったと思ったのに」


「でも最初の何発かは二つの魔法を維持できていた。それだけでも前進だよ」


 素直に称賛するとルナは綺麗な歯を見せた。



「えへへ、アタシにかかればこんなもんよ」


「まったく、褒めたらすぐ調子にのる……」


「何よ、褒めたのはライトじゃない」


「それはそうだけど」


 ため息をつきながら、魔王城の武器庫から拝借した鉄剣を抜く。



「今度は剣でも試してみよう」


「ふんっ、魔剣でもないただの棒切れじゃ傷一つつけられないってこと思い知らせてやるんだから」


「――“闇黒一文字(あんこくいちもんじ)”」


「……は? ちょ、あんたそれはやめなさいよ!」


 勢いよく首を左右に振って不可能だと示すルナ。



「『ただの棒切れ』だよ」


「ぬぬぬ……確かに言ったけど!! 魔法を使うなんて聞いてない!」


「大丈夫」


 ピタッとルナの動きが止まった。



「君なら大丈夫だよ。絶対に防げる」


「な、なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ……」


 頰を膨らませながらも彼女は“月光姫”に“金剛力”を重ねがけした。先ほどよりもわずかに厚い。



「いくよ」


 床に僕の足跡が深く刻まれた。

 黒い瘴気と共に振るわれた鉄剣は甲高い音をたてて弾かれた。僕は構わず剣を振るい続ける。


 先ほどよりも少ない手数で“金剛力”が薄まってきた。



「くぅ……っ、まだ、まだ……!」


 こちらが剣閃で“金剛力”を削る度、ルナは重ねがけして対抗してくる。だがそれでもこちらが“金剛力”を削る方が早い。

 一層の魔力を込めて剣を振るおうとすると、彼女は本能で後退しようとした。



「恐れちゃ駄目だ!!」


 ビクッとルナの肩が震える。同時に“金剛力”も弱まった。



「魔法を解いても駄目だ! 強くなりたいんでしょ、だったらこれくらい受け止めてみせろ!!!!」


 叱咤してやれば彼女の瞳が熱く燃えた。



「上等よ! 棒切れの一撃なんて受け止めてみせるっ!!」


 次の瞬間、今までで一番大きな音が響き渡った。


 ルナの腕に目を向ければ赤くなっている。しかし切れてはいなかった。

 少し遅れて、折れた鉄剣の先端が床に突き刺さった。



「やった!!」


 ルナの顔が輝く。



「完全に“月光姫”と“金剛力”を両立できた!」


「まだ持続時間は短いけどね。でも耐久力は心配なさそうだ。防がれるとは思わなかったよ」


「ちょっと! じゃあ本気でアタシを斬るつもりだったってこと!?」


「本気でやらなきゃ意味ないじゃん。それに防がれるとも思わなかったけど、同時に君なら僕の予想を超えてくるだろうとも思っていたよ」


「えっ……なんかそう言われると調子狂う……」


 照れ臭そうにルナはそっぽを向いた。



「ドルトンだっけ? “月光姫”と“金剛力”の両立は彼の力も借りながら仕上げていこう」


「うん」


「それからもう一つの課題。何か分かる?」


「えっと…………うん、ほら、あれでしょ!?」


「……」


「なっ、何よその目は! ちゃんとわかってるわよ! あれのことでしょ!?」


 目を泳がせながらルナは必死に言葉を絞り出そうとする。が、何も出てこない。



「一番の問題だよ。“月光姫”は月明かりの下で真価を発揮する。満月の夜なら誰にも負けないかもしれないけど、逆に月が出ていない時間帯や新月の夜にはちょっとした身体強化魔法にしかならない」


「そ、そうそう! それを言おうとしてたのよ!」


 まったく、これくらいはルナも分かってたはずなんだけどな。



「月が出ていなくても力を発揮できるようになるのが理想。この前の直訴試合の時、君は無意識にこれができてた」


「本当!? ぜんっぜん覚えてない」


 覚えてないのも無理はない話だ。あの時ルナはほぼ意識を失った状態で僕の魔法を弾いた。一瞬とはいえかなり強力な魔法を弾いたから心底驚いたものだ。



「一回できたんだからきっと練習すれば何回でもできるようになるはずだよ」


「うーん、そういうものかしら?」


「できる。君は才能あるんだから」


 そう言うとルナは嬉しそうに破顔した。



「ふふふっ、そーよ、アタシは天才なんだから! 月明かりが無い状態でも魔法を無効化できるようになったらアタシは無敵ね!」


「さてね。少なくとも僕は救われるかもしれない」


 上機嫌に笑っていたルナが首を傾げてこちらを見つめた。



「どういうこと?」


「……いや、なんでもない」


 僕は彼女から視線を逸らす。


 試合の時、ルナに魔法を弾かれていなければ僕はユリア姉さんを殺していたかもしれない。僕が試合の時に使った“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”。あれは尋常ではない威力だった。ユリア姉さんならば大丈夫だろうと思って放ったけど、何割かルナに弾かれた状態でもなおあの魔法は姉さんに深い傷を負わせた。

 威力を削がれることなく直撃していたらと考えると……。



「ライト? 大丈夫?」


 気づくとルナが僕の顔を覗き込んでいた。



「心配させてごめん、大丈夫だよ」


 微笑んでみせてから彼女の肩を叩く。



「いざという時は僕を助けてね」


「……? 本当になんなのよもう。でもわかった! 頭の片隅に入れておくわ!」


「ありがとう」


「お兄ちゃんもそうだけど、あんたも一人で悩みを抱えるのはやめなさいよ? アタシでよければ話は聞くから!」


「悩みか……」


 顎に手を当て、僕はルナの胸元を見下ろす。



「悩みといえば、どうやったら君の胸が大きくなるのか――」


「変態!!!!」


 大きな音が響き、片側の頬と耳に熱い痛みが走った。


 

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