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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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Side-O すれ違い


 ライトたちが所属する中枢魔法協会(セントラル)の存亡をかけた直訴試合が行われてから長い月日が流れた。まもなく魔界は冬を迎える。人間界よりも厳しい寒さが訪れる魔界では、この時期でも雪が降るほどには寒い。


 魔王城の私室からすっかり人のいなくなった庭を眺めていると、部屋のドアがノックされた。

 入室を許可すると冬仕様の衣に身を包んだ秘書・ハルバードが入ってきた。



「お休みのところ失礼いたします。数ヶ月前に編成した魔物の調査隊から報告が上がりました」


「ようやくか」


 以前俺への陳情で魔物の調査をしてほしいというものがあり、手が空いている人員で調査に当たらせていたのだが、ようやく真相を掴んだか。



「西の魔王軍の仕業でございました」


「ルシェルか……」


「領内西部で魔物の個体数が減少していたことから予想の一つには挙がっておりましたが、先日ようやく現場を目の当たりにしたようです。戦闘になり、所属を尋ねると西に魔王軍と答えたとのこと。他の魔王領の可能性もゼロではありませぬが、魔物と深く関わっているのはかの領地だけなのでまず間違いないでしょうな」


「そうだな」


 卓上に置いてあったカップを手に取りコーヒーを啜る。


 ああ、やはり美味しい。



「西の魔王領とは隣接しているわけではないが、西部の境界の警備を強化しよう。関所を増やし、第三師団から人員を割く」


「承知しました」


 散歩でもしようかとコートを羽織ろうとして、ハルバードが退室しないことに首を傾げた。

 今日は休日だ。気の利くハルバードであれば要件が済んだらすぐに退室するのだが。



「他にも何かあるのか?」


「恐れ多くもサタン様、じぃの個人的な頼みを聞いていただけないでしょうか」


 彼は丁寧に頭を下げる。


 個人的な頼みとは珍しい。



「もちろんいいぞ。長年仕えてくれているお前に少しは恩返しをしないとな」


「ありがとうございます。頼みというのは、じぃのために魔法具を作っていただきたいのです」


「魔法具か。具体的に言うとどういったものだ?」


「愛する者が命の危機に瀕した時、その場に転移できるものでございます」


 なるほど、主に戦いの際に役立つ道具だろう。他にも病や寿命で命を落とす直前に最期の言葉を交わすこともできよう。

 転移装置をベースに改造すればそれほど時間はかかるまい。



「わかった。出来上がり次第渡すよ」


「感謝いたします」


 満足げに頭を下げ、今度こそ彼は部屋を出て行った。



「さて、俺も外に行くか」


 コートを羽織って窓を施錠する。コップに残っていたコーヒーを飲み干しドアに目を向け――俺は目を見開いた。

 音もなくドアが開いたのだ。



「誰だ?」


 問いかけるも返事はない。姿の見えない何かは扉を閉め、ガチャリと鍵を掛けた。


 この部屋は私室であるため機密情報も隠れておらず、盗られて困るような物も置いていないため探知魔法のたぐいは展開していない。何より俺がいるということが最上の警備であるため結界も一切張っていないのだが、それがあだとなったか。


 懐から念話装置を取り出して回線を繋ごうとした瞬間、俺は地面に押し倒された。



「くそっ、本当に誰なんだ!?」


 触れているはずなのに姿が見えない、ということは幻術ではない。じゃあ何かと言われれば答えに窮する。

 しかしこれだけ至近距離であれば魔力を隠すことはできない。

 俺が魔力を吸い込もうとすると、間近に女性の顔が現れた。



「アタイだよぉ、オラク」


「っ! ルシェル!?」


 姿を現した【西の魔王】ルシェルを振りほどこうとするが、身体を密着させられているため思うように力が入らない。さらに彼女を振りほどく前に、首筋に注射器を差し込まれた。



「筋肉弛緩剤を打ち込んだ。抵抗しても無駄だよぉ」


「……っ、なら転移で――」


 描きかけた魔法陣もルシェルに砕かれる。


 まずい、八方塞がりだ。



「落ち着いてオラク。何もしないから」


「嘘つけ、俺を押し倒してるじゃないか」


「けひひっ、違いない」


 不気味に微笑んだルシェルはより身体を密着させてきた。

 柔らかいものが俺の胸に当たり心臓が跳ねる。



「遮音結界を張ったから叫んでも助けは来ない。大人しくアタイの為すがままになることだあ」


「何が目的だ」


「宣戦布告に来た。一週間後、魔界と人間界全てを焼き尽くす」


「な……!?」


 笑ってはいるが、冗談を言っているようには思えない。

 以前、俺以外の生物をこの世から消し去ると言っていたが、まさか本当に実行するのだろうか。



「一週間のうちにできる限り鍛えておくといいよぉ。でないとオラクでも死んでしまうかもしれない」


「お前本気でそんなことを言っているのか!? いくら幼馴染でも看過できないぞ」


 殺気を込めながらルシェルを睨みつける。



「『幼馴染でも』……かあ。けひひひっ」


「何がおかしい!」


「いやあ、何も?」


 歯ぎしりをして俺は全身に霊子を纏わせる。


 筋肉が働かないならば霊力で動かすのみだ。



「ふっ!」


 ルシェルを投げ飛ばした俺は自由を取り戻す。



「――“(シュヴァルツ)――がはっ」


 部屋のことは考えずに“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”を放とうとすると、今度は俺が蹴り飛ばされた。

 背中を壁に打ち付け、そのまま鳩尾みぞおちに拳を打たれる。たまらず俺は床に膝をついた。



「お……前……」


 ダンッと顔の横にルシェルの手が叩きつけられる。



「ああ、たまらない、たまらないよぉオラク。弱いのに強くあろうとする姿が可愛くてたまらない」


 反対の手で俺の顎を掴んだ彼女は目と鼻の先まで顔を寄せてきた。



「……腕が上がらない……」


「無駄さあオラク。アタイも死霊術を使える。奪うことまではできなくても、霊子を集めるのを妨害することくらいならできる」


「……――“四閻(カトリエム)――」


「ダメだよオラクぅ」


 またしても転移魔法陣を破壊された。


 何か、他に何か手はないのか?



「俺の私室で暴れて誰も来ないと思うなよ」


「けひひっ、誰も来ないよ。遮音結界は振動も吸収するし、魔力遮断結界も張った。どれだけはしゃいでも気づかれることはないさあ」


 ブラフも通じないか。まさに万事休すだ。



「可愛いよぉオラク。必死で頭を働かせてこの状況を打開しようとしている。その姿が可愛くてたまらない。思わず食べたくなっちゃうなぁ。

 本当は宣戦布告だけして帰ろうと思っていたけど、もう無理だあ、我慢できない」


 ルシェルの息遣いが荒くなってきた。俺の顎を握る力も強くなっていく。



「我慢しろよ……!」


「けひひっ、無理」


 言い返そうとした俺の口が塞がれた。

 引き剥がそうにも為すすべがなく、俺は黙って受け入れるしかなかった。


 どれくらいそうしていただろう、その時間は唐突に終わりを告げた。錠が解かれ、扉が開いたのだ。

 扉の向こうからは金髪の女性・オリビアが顔を覗かせた。


 オリビアと、そちらを振り向いたルシェル、俺の動きが固まる。

 最初に言葉を発したのはオリビアだった。



「えっ、あれ、これは……えっ?」


「……オリビア・ドラゴニカぁ……どうしてオラクの部屋の鍵を持ってる」


 ルシェルの怒りのこもった視線がオリビアを射抜いた。



「えっ、あ、これはルナさんに借りて……ドアをノックしても返事がなかったので、誰もいないのかと思って書き置きを残そうと……」


 『ドアをノック』? ……そうか、遮音結界で外からの音も遮られていたのか。



「その、し、失礼しました! あれ? でも【西の魔王】ルシェルさんは敵……? あれ? あれ??」


 情報の処理が追いつかずオリビアは目を回す。

 混乱するあまり手が止まっているが、しかし彼女は突如差し込んだ希望の光。木偶の坊にさせるものか。



「オリビア! こいつは敵だ! ためらうな!」


「た、『ためらうな』と言われても何をためらわなくていいのか……」


「倒してくれ! 俺は今動けない。情けない話だが助けてくれないか」


「え、わ、わ」


 俺が次の言葉を紡ごうとすると、再びルシェルと唇が重なった。



「おまっ……!」


 ゆるりと立ち上がったルシェルはオリビアを睨み、言った。



「邪魔が入ったから今日は帰るよ。オリビア・ドラゴニカぁ、次会う時はあんさんを殺すと決めた時だから覚悟することだあ」


 最後に俺の方へ向き直り、彼女は打って変わって笑顔を見せる。



「ごちそうさまオラク。また来週」


「……戦場で同じようにやられると思うなよ」


「けひひっ、わかってるよぉ」


 そう言うと、どこからか蝶が飛んできてルシェルを覆った。数秒後には蝶ごと彼女の姿は消えていた。



「オリビア、来てくれて助かった。ありがとう」


「……えっ!? ど、どういたしまして……?」


「…………その、さっきのことなんだが……」


「っ! わ、わたしは何も見てません! し、失礼します!」


 頭を下げ、オリビアも走り去ってしまった。


 参ったな。誤解を与えてしまっただろうか。追いかけて説明しようにも、まだ筋肉弛緩剤の効果が残っており立ち上がることすらできない。後で説明するしかないな。


 そういえば書き置きと言っていたが、俺に何を伝えようとしていたのだろう。



「それも後で聞けばいいか……」


 ドッと疲れが出てきた俺は静かに目を閉じた。


 

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