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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第五章 きみ思ふ
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プロローグ


 ――5年前、人間界――



 人通りのない荒れ果てた街道をある騎士団が行進していた。竜の意匠が施された旗をなびかせるその一団は、ドラゴニカ家所属の騎士団、滅竜騎士団だ。


 先日突如として人間界に災厄の権化が現れ、エントポリス王国の主要都市が立て続けに滅ぼされた。甚大な被害を被る王国はすぐさま対策を練り、その討伐隊として彼らを抜擢したのだ。

 まだドラゴニカ家を出ていなかったライトも、二人の兄と共に主力として参加していた。


 数日かけて被災地までたどり着いた彼らだったが、未だ災厄の権化とは遭遇していなかった。



「なあ兄貴、この苦行はいつまで続くんだ?」


 討伐隊の副司令官として馬にまたがっていたオーガが苦痛の念を発した。その後ろではライトが退屈そうにあくびをこぼしている。

 二人の様子を尻目に総司令官のアルベルトは正面に視線を正した。



「対象と邂逅するまではひたすら捜索が続くでしょう」


「かーっ! こんな無意味なことに時間を費やさなきゃなんねーのかよ」


「不平を言うのもほどほどにしなさい。全体の指揮に関わります」


「わーったよ。静かにしてればいいんだろ、静かにしてれば」


 オーガが不満を漏らすのも無理のないことだ。まだ若いオーガは退屈の連続に慣れていない。彼の言う通り捜索は無意味なのではないかという懸念もある。しかし上から勅令を下された以上黙って従うしかないのだ。

 他の騎士達にも同様の感情は生まれているだろう。アルベルトが何とか規律を保たなければと考えていたその時だった。



「上空から謎の生体が接近! ぶつかります!!」


 三兄弟が上空に目を向けようとした時には既に衝突していた。

 轟音が響き、前方の騎士達が押し潰される。


 まさに降りかかってきた災厄。目の前に現れた巨体を前に三人はゴクリと唾を飲み込んだ。



「対竜陣形展開! あれが対象です。気を緩めず、対象を討ち取りなさい」


 気炎を上げる対象に戦慄しながらもアルベルトは指示を下す。



「フハハッ、これが討伐対象か……。道理でオレたちが選ばれたわけだぜ」


 鉄剣を抜いた彼らの正面に佇むのは、漆黒の鱗で覆われた巨躯を持ち、胴体と同じほどの長さの尻尾を生やした四足歩行の生物。


 竜と呼ばれる存在だった。



「先祖に竜伐者(ドラゴンスレイヤー)がいるからって安易な……。勇者でも動員すればよかったのに」


 ライトが文句を垂れる。が、すぐにそんな余裕はなくなった。

 雄叫びを上げた竜が口から黒い炎を放ってきたのだ。


 三兄弟はとっさに馬から飛び降りて回避したが、彼らの後方に控えていた騎士達はもろに炎を浴び焼き尽くされる。

 たった一撃で、騎士団の半数以上が壊滅した。



「想定以上の力だ……。対竜陣形は諦めます! 貴方達は下が――っ!!」


 アルベルトが退却の指示を伝えようとするも、竜の尻尾が襲いかかり回避に気を取られる。

 続けて広域に炎を吐かれ、残った騎士達も焼かれていく。


 そんな中、唯一ライトだけが攻撃をかいくぐり竜に接近を果たした。



「――“閃光一文字(せんこういちもんじ)”」


 光の速さで剣が振り抜かれる。バキッと鈍い音がしたかと思うと頑強な鱗が数枚飛び散った。



「<浅い。浅いぞ小さき者よ。それしきでは我を傷つけることはあたわず>」


「わ、喋った」


 太い足が踏み下ろされ大地に亀裂が走る。ライトは当然のごとく地面を転がり難を逃れた。



「――“雷爪(らいそう)”っ!!」


 バリバリバリと雷鳴が轟いた。オーガの手から放たれた雷撃はしかし、竜の巨大なあぎとに噛み砕かれた。



「<矮小な力だ。なんじらは我の前に立つ資格すらない>」


 厳かに言い放つ竜を無視し、三兄弟はそれぞれの場所から“竜炎渦(ドラゴン・フレイム)”を打ち出した。

 だがかすかに目を細めた竜が地鳴りのような咆哮を響かせると、それらも全て消え失せた。



「<ずは汝からだ>」


 竜とオーガの目が合う。するとオーガの身体はピクリとも動かなくなった。



「んなっ、何だよこれ!」


「<滅べ>」


 濃密な炎がオーガに襲いかかる。どうすることもできずに目を閉じると、彼の前にアルベルトがおどり出て黒い炎を切り裂いた。

 その間にライトが再接近し、鉄剣を振り抜く。



「最大出力! ――“閃光一文字”っ!!」


 淀んだ血が舞った。

 鱗を貫き、ライトの剣が竜の皮膚に達したのだ。



「<まだ、浅い>」


 “雷爪”を噛み砕いたあぎとがライトに迫る。

 ライトは身軽に飛び上がると、身体に密着させた剣を竜の眉間に押し当てた。



「――“閃光(せんこう)輪華(りんか)”」


 そのまま彼は勢いよく回転し、竜の首を斬りながら進んで行く。



「せいっ!」


 首の付け根まで達したライトは垂直に剣を突き刺した。

 どっと浅黒い血が流れる。それでも竜は平然としていた。



「<灰となれ>」


 竜が言葉を発すれば、流れた血から豪炎が上がった。



「なかなか弱らないなあ」


 跳躍して火の手から逃れたライトは無数の魔法陣を展開する。



「――“雷桜封殺陣(らいおうふうさつじん)”」


 竜の周囲に展開された魔法陣から白桃色の雷撃がほとばしる。



「<鎮まれ>」


 再び竜の咆哮が響き渡る。雷の鎖は竜に達することなく消え失せた。

 ライトを真っ先に始末すべき対象として認識した竜は翼をはためかせて飛び上がろうとした。



「――“光槍点描(こうそうてんびょう)”」


 完全にライトに意識が向いた瞬間、アルベルトの剣が竜の目に突き刺さった。

 それを見てライトとオーガが畳み掛ける。



「――“炎王牙(エン・オーガ)”!!」


「――“竜炎渦(ドラゴン・フレイム)!」


 炎の牙が額を、渦巻く炎が翼を灼く。

 たまらず竜は身悶えした。



「<我の身体を傷つけることは万死に値する。滅びよ!>」


 全身の鱗が逆立ち、爆炎を噴出した。



「ぐっ……」


「っぁぁぁあああああっ!!」


 ドラゴニカ兄弟の身体が吹き飛ぶ。



「<我に歯向かう。その行為は世界の理に背くも同義。これは報いである>」


 とどめの黒炎を吐こうとして、竜の動きが止まった。ライトの姿を見失ったのだ。



「おりゃ」


 プスリと腹に何かが突き刺さった。



「へえ、お腹は案外柔らかいんだね」


「<汝……!>」


 死角となる腹の下に潜り込まれていたことに気づき飛翔しようとしたが、ライトの剣が腹を切り裂く方が早かった。

 目にも留まらぬ速さで振るわれた鉄剣が竜の腹をズタズタに裂く。血で剣が黒く染まっていく中、ライトは脈打つ臓器を見つけた。



「これが心臓か」


 血を払ってから剣にありったけの魔力を注ぐ。



「<やめ――>」


「――“閃光一文字”」


 心臓が真っ二つに割れた。おびただしい量の血が舞い、ライトに降りかかる。

 地響きを立てて竜は力尽きた。



「くさっ」


 酷い臭いにライトは顔を歪める。心底不快な顔をしながら彼は兄たちの元へ向かった。



「これで終わり?」


「…………ええ。この竜さえてば――」


 呆気に取られていたアルベルトの瞳孔が見開かれた。



「<許、さぬ。許さぬ。我を倒すなど……滅びそのものである我を滅ぼすなど……人間ごときに許されることではない>」


 腹から内臓を垂らしながらも竜が立ち上がったのだ。



「<罰だ。罰として汝の身体を奪う。汝は我の真の力を目覚めさせるための器として生きるのだ>」


 竜の身体を中心に大爆発が起こる。

 隕石が衝突したかのような振動が伝わり、さらに爆炎が勢いよく広がる。ドラゴニカ兄弟や騎士たちは為すすべも無く爆発に呑み込まれた。

 あまりの衝撃に爆発は雲を作り、振動は地震となって街道を襲った。


 爆心となった竜も形を維持することができずに炭となる。ところが驚くことに、燃え尽きた身体から黒い光が飛び出したかと思えば、気を失っているライトの口に勢いよく飛び込んだのだ。


 生死の淵を彷徨っていた彼らには、もちろんライト本人にも、このことを知るよしはなかった。

 ただ一人、遠くから様子を伺っていた人物を除いて――。



「けひひひっ、【覇黒竜(はこくりゅう)】の調査で来てみれば面白いものが見られたあ。完全に覚醒していないとはいえ、【覇黒竜】を倒す少年がいるとはねーぇ。それに最後の……」


 不気味に口角を上げたその人物は踵を返した。



「“災厄の世代”が揃う時降誕する災い。その力、大いに利用させてもらおうかあ」


 

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