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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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エピローグ


 ――時はわずかに遡り、エーテ湖のほとり――



 試合が終わり、荒れ果てた湖畔こはんに白い粒子が漂っていた。霊子だ。

 仄かな月明かりに照らされる霊子は魂の浄化と再生の効果をもたらす。微々たる力であるため時間はかかるが、数週間もすれば元の景色に戻るだろう。


 そんな霊子と月明かりを反射してきらめく湖を眺める人影が一つあった。切り揃えられた前髪に、普段は眼鏡をかけている青年・アルベルトだ。

 胸を押さえながら立ち尽くしていた彼は、しばらくすると背後を振り向いた。



「ようやく来ましたね」


 彼の視線の先にいたのは、夜よりも黒い濡れ羽色の髪を揺らす白衣を身に纏った麗人。【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリーだ。


 アルベルトに声をかけられた彼女は不気味に口角を上げた。



「けひひっ、試合お疲れ様」


 彼女は語尾にハートマークが付きそうな甘い声調で囁く。



「途中から近くで観察させてもらったよぉ。あんさんの弟と、愛しいオラクの姿を」


「やはり見ていたのですか。よくあの二人に気づかれなかったものですね」


「アタイにはこの指輪があるからねーぇ。空気中の粒子に干渉して姿を見えなくする“ギュゲスの指輪”。魔力も遮断していたし、下手に幻術を使うよりもバレにくいってわけさあ」


「なるほど、興味はありませんね」


「けひひひ! つれないねぇ」


「貴方もそんな話をしに来たわけではないでしょう」


 頷いたルシェルはアルベルトのそばまで歩み寄る。

 ひたっと冷たい指先がアルベルトの胸に触れた。



「長い間協力ありがとう。あんさんとの協力関係はおしまいさあ」


「【東の魔王】オラクに負けた瞬間から覚悟はしていました。敗北者に価値はありません」


「違うよぉ、勝敗はどうでもいい。アタイがあんさんのところに出入りしていたのは、あんさんの末弟に近づけると思ったからさあ」


「一体どういうことでしょうか」


 すぐには答えずに、彼女はアルベルトの服の中に手を滑り込ませた。



「貴方が中枢魔法協会(セントラル)は廃すべきだと仰るので熟考の末その判断を下しましたが、それもライトに近づくための布石だったと?」


「まあねーぇ。近づくというか、戦いに発展すれば何でもよかったのさあ」


 警戒心の欠片も見せずルシェルはアルベルトの上衣をめくる。

 彼女の漆黒の瞳に蝶の文様が映った。



「最後だから特別に教えるよー。アタイがドラゴニカ家に近づいた目的は竜伐者(ドラゴンスレイヤー)くんの力を覚醒させるためさあ」


「ライトの力を……?」


「今回エルフの売女とあんさんの妹の【清明】をぶつけて竜伐者(ドラゴンスレイヤー)くんの力は目覚めた。ずぅっと、アタイはこの時を待っていたのさあ」


 ルシェルから目線を外し、アルベルトは物思いにふける。



「確かにライトの成長は目を見張るものがあります。しかし以前からライトの実力は魔王にも匹敵していたはずです」


「それじゃあ足りないのさあ。魔王すら凌駕する圧倒的な実力。あの子にはそれに耐えられる器が備わっている」


「……目的が見えませんね。何のためにライトにそれほどの力が必要なのでしょう」


「目的は竜伐者(ドラゴンスレイヤー)くんの覚醒だって言ったさあ」


「その先の話です。貴方の言動は全て【東の魔王】に繋がっていると思っていたのですが」


 話は平行線をたどり、ルシェルはなかなか尻尾を掴ませようとしない。



「アタイのことをよくわかってるねーぇ。もちろんこれだってオラクに繋がることさあ」


 ライトが絶対的な力を身につけることがどうオラクに繋がるのか、アルベルトには予想もつかない。

 オラクと結ばれることを願っているということは彼も知っているが、それでも関連性は見えてこなかった。



「そのうち嫌でもわかるさあ。多弁は銀、沈黙は金。これ以上は自力で答えを導くことだぁ」


 何を言っても無駄だと悟り、アルベルトは静かに目を閉じた。



「たとえ協力関係になくともこの鎖は維持したかった」


「けひひっ、知ってるよぉ。だからあんさんを選んだのさあ」


「自分も知っています。忍ぶれど、この想いは夜空に浮かぶ月のごとく、隠しおおせるものではありません」


「風流だねえ」


 思ってもいないことをうそぶく彼女を咎めることもせず、アルベルトは瞑目したまま身を委ねていた。



「自分は家族との繋がりを求めながら、接し方が分からず今に至りました。言うなれば愛情に飢えていたのです。そんなある日、貴方が恋い焦がれる【東の魔王】。自分もまた彼に出会い、彼の兄妹愛に憧れ、彼のような姿を目指したのです」


 彼の言葉に、ルシェルは普段の不気味な笑みではなく、嬉しさが滲み出た微笑みを浮かべた。



「オラクの魅力は性別や種族すら越えて人々を虜にする。あんさんも魅了された一人ってわけだあ」


 彼女が魔力を送ると、アルベルトの胸に刻まれていた黒い蝶の文様が光を発した。少しずつその光がルシェルの指先に吸い込まれていく。



「それまではただの協力者としてしか見ていませんでしたが、自分と同様に彼に惹かれる貴方に興味を覚え、そして自分と同じように愛に飢えている貴方に目を奪われるようになった」


 まぶたを開き、彼は決して自身を向くことはないルシェルの瞳を見つめた。



「見れば見るほど辛かった。全容は把握していないものの、彼と結ばれたい一心で貴方が道をそれていることには気づいていました。地獄に落ちてもいい。貴方にはその覚悟があった」


「違いないねーぇ」


「貴方もどこかで感じているはずです、貴方がやろうとしていることは多くの人を不幸に陥れ、そして何より【東の魔王】を悲しませる」


 黒い蝶の文様が消えていく。

 完全に消えるまであとわずかというところでルシェルはアルベルトを見上げた。



「どうでもいい、って言ってもあんさんは信じないかな? アタイだって良心は残っているさあ。吹いたら消えるくらい微々たるものだけどねぇ。人々の不幸も、悲しみも、恨みも。全てを受け止めオラクと結ばれる。アタイはそれだけを希望に生きてきたのさあ。もう後戻りはできない」


 スッと、蝶の文様は全て彼女の指に吸い込まれた。



「貴方の覚悟を承知の上で言いますが、自分は貴方を救いたかった。ずっとそれだけを思っていました。今もその気持ちに変わりはありません。どうか、踏みとどまってもらえませんか」


「けひひっ、気持ちだけ受け取っておくよぉ。ありがとう」


 一歩下がったルシェルの周りに無数の蝶が舞い降りてきた。

 それが魔法なのか、幻術なのか、それとも本物の蝶であるのか。アルベルトにとってそんなことはどうでもよかった。



「せめてもの抵抗です。【東の魔王】も、ライトも、そして自分も。貴方のはかりごとを全力で阻止します」


 ルシェルの姿が蝶に覆われ、もはや彼女がそこにいるのかすら判然としなかったが、それでもアルベルトは続けた。



「貴方に取り返しのつかない過ちは犯させない」




 * * *




「アルベルト。あんさんとは出会うのが遅すぎた。あの時……ミーナを失った時に出会っていれば、救われていたのかもしれない。それでもアタイは自分の進んできた道を後悔してない。誰に何を言われても、アタイは……あたしはもう止まらない。

 ねえオラク、もうすぐ、もうすぐで終わるよ。オラクの他には何もいらない。この世にはあなたさえいればいい。だから待っていて。もうすぐこの世界は素晴らしいものになる。そうしたらあなたを迎えに行くから」


 

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