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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第一章 東の魔王と竜伐者
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Side-L 協会の妖精


「ふぁ〜あ、よく眠れた……」


 小鳥のさえずりで目を覚ました僕は窓を開けて日光をたっぷりと浴びた。晩冬の冷気と容赦なく差し込んでくる朝日が寝ぼけた頭を覚醒させてくれる。


 深呼吸をしてしばらく窓に手を置いていると、ドタドタ階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。



「おっはようライト! 起きたみたいね」


「おはよう貧乳魔族ちゃん。朝から元気だね」


「なっ……! 誰が貧乳よ!」


 威勢のいい声に振り向くと、昨日人間界に迷い込んできた魔族の少女・ルナが腰に手を当て立っていた。



「で、こんな早い時間からどうしたの」


「『で』で済ませないでよ! 胸のことでこれ以上あたしをバカにしたらお兄ちゃんに言いつけるからね! 昨日も同じこと言わなかった!?」


「ごめんなさいもう言いません」


「ふんっ、どうだか」


 偉そうに鼻を鳴らし腕を組むルナ。そして「ご飯を食べてさっさと服を買いにいくわよ」と言うと、スタスタと下へ降りていった。


 結局、上に来た理由は服を早く買ってほしいということだったのだろうか。

 まあなんでもいい。興味のないことだ。


 それから窓を閉め、僕も食事の用意をするためキッチンへ足を運んだ。


 ◆



 そして朝食後。



「ああ、やっと新しい綺麗な服が着れる!」


「ちゃんと後でお金は払ってもらうからね」


 昨日からせがまれていた服を買うため、僕達は市場へとやって来た。もちろん居候に寝床と食事以外を提供する気はないので、服を買い与えるなんてことはしない。後できっちり払ってもらうつもりだ。


 それと頭部の角についてだが、家を出る前に幻術をかけ、まるで角が生えていないかのように偽装している。

 あまり幻術は得意じゃないけれど、人の頭をじろじろ見るような人もいないだろうから心配しないでも大丈夫だろう。



「というか今の言い方だとまるで僕の姉の服が汚いみたいじゃないか」


「そんなこと言ってないわよ。ただ“ちょうどいい”サイズの服が着れるって言いたかったの」


「あーそうか。色々と未発達な君には一般的なサイズの服は合わないですよね」


「はぁ!? これのどこが一般的なサイズよ! 明らかに一般サイズより丈長いじゃない! それにさっき言ったわよね!? アタシの胸のことからかったらお兄ちゃんに言いつけるって!」


「僕は一言も『胸』とは言ってないよ。勘違いしないでもらえるかな、ブラコンちゃん」


「あんたにブラコンだなんて言われたかないわよ、このシスコン!」


 そんな調子で罵り合いをしていると、主に女性の服を扱う店の前に着いた。ギャーギャー騒いでいたルナもそれに気づくなり目の色を変えて店へ入っていった。


 まったく(せわ)しない子だなあ。そんなに慌てないでもいいのに。まあ視界から消えてくれるならなんでもいいけどね。

 騒がしい人がいない方が気が楽なので、このまましばらく戻ってこないでもいいくらいだ。


 ようやく一人になれたとはいえこの場を離れるわけにはいかないので、なんとなく周囲を見渡すと、視界の端にあまり見たくないものが映り、僕は慌てて正面を向いた。



「え? 何でドラゴニカ家の軍の制服を着た人がこんな王都の外れにいるんだ?」


 視界の端に映っていたのは、僕の生家・ドラゴニカ家に仕える兵士達の姿だった。


 呼吸を整えて再び様子を伺うと、どうやら市民に何かを訊ねているようだ。



「でももう家を出たんだから、僕には関係ない……よね」


 そう、関係ない。ドラゴニカ家と半ば縁を切った僕にとって、姉さんに関わることは別として、家でどんな事件が起ころうがどうでもいい。向こうだって重々承知しているだろう。だったら動揺する必要はない。もう関係ないのだから。


 関係ない、関係ない、関係ない……。



「あれ? ドラゴニカくん?」


 いやだからもうドラゴニカじゃない――



「――ってシルフィーネさん!?」


 僕を呼ぶ声におもむろに顔を向けると、そこには桃色の髪を編み込んだ、透き通るような肌のエルフの女性が立っていた。


 彼女の名前はシルフィーネ。中枢魔法協会(セントラル)で事務の仕事、主に受付嬢と呼ばれる仕事をしている女性である。



「やっぱり! サラサラの金髪で独り言を呟くような人はドラゴニカくんくらいしかいないだろうから、もしかしてと思ったの」


 寒がりな人なのでコートにマフラー、手袋という重装備だが、それでも胸の膨らみがはっきりとわかる。初めてこの人に会った時、「こんなに胸が大きい人がいるのか」と心底驚いたものだ。


 僕が協会に入った年に同じく彼女も事務の仕事に就いたので一応同期ということになるため、時折顔を合わせてはよく会話をする。年上なので敬語を使わなければならないが、気軽に相談をできる数少ない知り合いの一人だ。



「それにしてもあっさりと酷いことを言ってくれますね」


「えー? だって事実でしょう?」


 ふふふ、と妖精のような笑みを浮かべ、そのまま雑談に入る。ところがしばらくして、何かを思い出したシルフィーネさんは声を潜めて顔を近づけてきた。



「そういえばさっき市場で上司のおばさんに聞いた話なのだけれど、昨日の夜、王都(この街)に魔族が現れたかもしれないんですって」


 その言葉に、心拍数が上昇した。


 やっぱり気づいた人がいたみたいだ。あくまで噂だから行政が正式に発表したわけではなさそうだが、魔族の侵入となれば王都存亡の危機だ。いずれ公式の調査隊が編成されるだろう。急いでルナを魔界に帰さなければ。



「魔族ですか? そんな馬鹿な。警備隊が見つけたわけじゃないですよね。第一王都の守りは鉄壁だ。そう簡単に侵入できるはずがない」


「う~ん、それがどうやら『王都』とはいっても城壁に囲まれた街の中ではなくて、少し離れた高原に現れたみたいなの。ほら、昨日ドラゴニカくんが討伐依頼で行った、あの辺りに。ドラゴニカくん何か知ってる?」


 ええ知ってますとも。知ってるどころか一晩家に泊めたし。

 だが口が裂けてもそんなこと言えない。面倒事には関わらず、静かにのんびり暮らす。それが僕のポリシーだ。


 シルフィーネさんが騒ぎ立てるとも思えないけど、万が一周囲の人に聞かれたら大変だ。直ちに騎士団に通報され、捕縛されたのち牢屋にぶち込まれてしまう。

 なのでしらを切るしかない。



「さあ……僕は何も知りませんけど」


「本当に〜?」


「本当に知りません」


「そっか〜。まあ信憑性は低いし、本当に魔族が現れたとしたらもっと騒ぎになってるものね。あくまで噂話だから真剣に考える必要はないかもしれないわね」


「その通りですよ。そんな嘘か本当かもわからない話に頭を悩ませるより、1ヶ月後の御前試合のことを考えないと」


「あら、もうそんな時期? そろそろ準備を始めないといけないわね」


 年に一度しかない協会の一大イベントの話を持ち出すと、シルフィーネさんの頭の中はそのことで一杯になったようだ。

 うまいこと話題をそらせたみたいでよかった。



「ドラゴニカくんは今回も試合に出ないの?」


「ええ、面倒なんでね」


「面倒だなんて……。実力があるのにもったいない」


「それに王侯が見てますから」


 その一言で、僕の家の事情を知っているシルフィーネさんは察したようだ。

 失言に気づいた彼女はうなだれてしまう。



「……ごめんなさい。勝手なこと言って」


「気にしてないんで大丈夫ですよ」


 そうフォローしたもののなんとなく気まずい空気が流れてしまったので、王都の中心の方に視線をやると、ドラゴニカ軍の連中がだいぶ近づいているのに気がついた。


 このままだと少し厄介な事になりそうだ。早々に立ち去りたいところだが、ルナから離れるわけにはいかない。かといってルナを連れて立ち去ろうにも、まだ服を選んでいる最中の彼女にそんなことを言ったところで素直に従ってくれるとも思えない。


 さてどうしたものか。



「ドラゴニカくん、もしかしてあれって……」


「僕の実家の兵達です」


「やっぱりそうなのね。それじゃあ、これ以上引き留めるのも悪いからまた後で協会で会いましょう」


「あ、いや、それは……」


 ルナを魔界に送り返さなければならないため、協会に行けるかどうかわからない。もちろんそのままそっくり伝えるわけにはいかないので、今日は家でゆっくりすると伝えようとしたのだが。



「ライト〜、この服どう? 似合ってるー?」


 店内から耳障りな大音量の声を発しつつルナが小躍りして出てきた。


 その声でドラゴニカ軍の連中がこちらに気づいたみたいだ。少し気まずそうにしながらも近づいて来た。



「お、お久しぶりですライト様」


「どうも……」


「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」


「まあ、少しなら」


 こうなる前に家に帰りたかったのに、と恨みがましくルナに目線をやると、彼女は口を開けてポカンとしていた。その横では「ごめんね」とシルフィーネさんが肩をすくめている。



「実は昨夜、王都のはずれに魔族が現れたという情報が入ってきたのです。『風の高原』付近に怪しい動きをする魔物が多数出現したらしく、現場にいた者によれば『魔族に操られていたのでは』とのことです。ただ魔族が操っていたとするならば、なぜ街を攻めてこなかったのか、という疑問が残りますゆえ現在調査をしているところでございます。このことについて何かご存知ありませんでしょうか」


 何だ、この人たちもか。どうやら予想してたよりも噂が広まっているみたいだ。


 僕はシルフィーネさんに答えた時と同様に「知りません」とだけ返した。



「そうですか……。やはりこの話は信憑性が低いのかもしれません。魔族を見たという者がいないわけですし」


 いや、ここにいますけどね。


 これ以上彼らに関わりたくないので、相変わらず固まったままのルナを横目で見ながら「もう帰っていいですか」と言おうとすると、彼らの口から信じられない言葉が飛び出してきた。



「それともう一つお話があります。昨夜から御館様の三女・オリビア様の行方がわからなくなっており、夜通し捜索を行っているのですが依然として行方不明の状態です。

 昨日は王国第ニ王子を招いてのパーティーがあったため、オリビア様に会うためにお越しいただいた王子が大変ご立腹なさってしまい、オリビア様と王子との婚約を考えていた御館様も怒り心頭となり、現在屋敷は非常に荒れてしまっております」



 正直後半の話はどうでもいい。いや、婚約がどうとかっていうのは驚いたけれど、それより何より――






 ――姉さんが行方不明になった。


 

 Side-OとSide-Lとで時系列がズレてしまいましたが、なるべく早く一致させますので、どうか数話だけ今の状態にお付き合い下さい。


 シルフィーネのことは巨乳エルフと覚えてくだされば大丈夫です。

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