九話
今日もホットなナンバーを紹介しよう!
もちろんDJはこの俺、HATA・Kがお送りするぜ。
まずは、ふつおたのコーナーいってみよう!
ラジオネーム、大根アッシーからのお便りだ。
先日、生まれ故郷を旅立ち、とある人にもらわれていきました。この先、美味くやっていけるでしょうか。心配でうまく火が通りません。
おー、ピュアな乙女からの相談か。わかる、わかるよ、その気持ち。
誰だって故郷を離れ新天地の生活は不安になるものさ。
でも、思い出してごらん。キミをそこまで育てたご両親の事を。いつだって君の事を考え、想っている。だから、勇気を出して一歩鍋に踏み出してごらん。新しい世界が広がる筈さ!
なーんてね。俺も偉そうなことが言える立場じゃないけど、そんな君が勇気を出せるように、お勧めの曲を紹介するよ!
最近農地を騒がしている緑黄色な奴ら!
β―カロテンが歌う、前菜はいつもサラダ!
「いつもよりテンポよく作業ができるんやけど、何でやろうな」
ミートを食す前に、ま、ず、は、ベジタ、ブル、ブル――あ、はい、俺のせいです。
近頃、作詞作曲して歌うのが趣味になりつつある。ただ、歌い始めると没頭してしまい、たまにお婆さんの存在を忘れることがある。
本末転倒だ。
最近、ますます能力が強化されているようで、テンションを高くすると土質が柔らかくなるのは相変わらずなのだが、範囲内の地面にお婆さんがいると、少しだけ俺の感情に左右されるようになってきている。
今のもノリノリで俺が歌っていたので、その影響を受けてお婆さんもリズミカルに作業ができたようだ。
なので、迂闊に感情を晒さないように気を付けないと。怒りや哀しみをオータミお婆さんに感じさせる必要はない。
あっ、そうそう。実は重大発表がある。って、俺は誰に話しかけているんだ。
最近は独り言が癖になっているだけじゃなくて、誰かに話しかけている設定で呟くことが多くなっているな。会話する相手がいないからしょうがないのだが。
だから、誰に言い訳しているんだ俺は……。って、話を戻そう。
とうとう、いや、ようやくと言うべきか進化したのだ――植えてある農作物がっ!
「最近、野菜の形がちごうてきてるような。それに、一株から倍以上とれてへんか?」
オータミお婆さんもそう思うよね。でも、これって進化じゃなくて品種改良だよな!
惜しいけど、ちょっと違うんだなぁ。進化したいのは俺の能力で、愛しの野菜たちじゃないんだが。
何をどう間違ったのか、何の因果か、畑の農作物が通常より大量に実をつけたり、少量の水でもすくすく育つ、干ばつに強い品種に変化したりしている。
これって新たな能力というよりは、過度に栄養を与え過ぎたことが原因なのだろうが、難しいことはよくわからん。
味にもますます磨きがかかっているらしく、最近では料理店で口にした客の中に中毒症状がでてきているそうで、毎日食べなければ手足が小刻みに震える者まで現れてきているらしい。
そういや、前に油断していて歯の生えたカエルのような生き物に、タミタを一つ食われてしまったのだが、あまりの美味しさに驚いたらしく暫く硬直していたな。
あ、うん……栄養を送るのを自重しよう。
「そやった、畑さんや。野菜の種や苗、他の村人に分けて構わへんかのぉ。最近、作物の育ちが悪いらしゅうて、どうにか助けてあげたいんや」
オータミお婆さんらしいな。自分だけで利益を独占して、野菜をもっと高く売り捌けば、村一番のお金持ちになることも夢じゃないだろうに。
もちろん、俺に異論はないよ。品種改良が進んだうちの野菜たちなら、痩せた土地でも元気に生きてくれる。この畑ほどの美味しさにはならないだろうけど、ごく一般的な農作物よりかはランクが上の味になる筈だ。
「ん、ええんやね。ほんまありがとうな」
言葉を返すことは出来ないが、感情を何となくだが伝えることができるようになったのが、本当に嬉しい。
もっとも、この想いを感じ取ってくれるのはお婆さんだけらしく、二日に一度畑にやって来るキッチョームさんも、料理店夫婦も俺の想いは届かなかった。
お婆さんと意思の疎通ができるなら、もうこれで良い気もするが、やはり会話……せめて、筆談を交わしてみたい。気持ちだけではなく言葉で、ありがとうと伝えたいのだ。
その為には、やはり土を動かし地表に文字を書くしかない。
もしそれができるようになったら、オータミお婆さんだけではなく他の人とも。そう考えるだけで、やる気が倍増するな!
「あー、オータミさんや、おるかー」
あれ、キッチョームさん? 今日は担当の日じゃないのに、何しに来たのだろう。
「どないしたんやぁ。昨日来たばっかりやのに」
「毎日来てもええじゃろうに……」
露骨に落ち込まないでキッチョームさん。
「ほんで、何の用なん?」
「ああ、そうじゃった。昨日な猟師のゴーンゾが村の近くに緑魔の群れを発見したそうじゃ。黒魔犬も連れていたそうじゃぞ」
「な、なんとまあ……。そりゃ厄介やねぇ」
「厄介どころの騒ぎじゃないわい。でだ、一応、村は木の壁で囲われ人も多く、戦える若もんも多い。それに比べて、ここは壁で覆われていない一帯じゃろ。一時的でいいから、うちに避難せんか?」
何だと、緑魔ってのは前に現れた緑のちっちゃいオッサンだよな。あの狂暴そうなヤツが群れで現れたとなると、かなり危険だろう。黒魔犬というのが良くわからないが、言葉の響きからして黒い犬の魔物か。
ここは、キッチョームさんの言う通りにした方がいいって、オータミお婆さん。
「うーん。そやかて、畑の世話をせんといかんしなぁ」
「そんなことを言うとる場合じゃないじゃろ。村には元戦士だった料理店の主や、狩人もおる。万が一の時は守ってくれる筈じゃ」
いやいやいや、それどころじゃないでしょ!
キッチョームさんが正しいって!
俺が何とか世話しておくから安心していいよ!
「ふむぅ、畑さんは行けと言うとるんか?」
うんうん、そうだよ。何かあれば俺もお婆さんを助けるけど、それは畑の中限定だから。毎日ずっと、畑で過ごしてもらうわけにもいかないし。
歯がゆいけど、村人と一緒にいた方がいいに決まっている。
「そやな。ほなら、収穫できるだけしておいて、お世話になるお礼に受け取ってもらってええか?」
「そんな気を使わんでもえんじゃぞ。だが、遠慮なく貰っておくかのぉ。うちのひ孫が前に貰ったタミタ気に入ってなあ」
「ほな良かったわ。数日は戻ってこれんかもしれんから、秋冬用の種は箱に入れて畑の隅に置いとこか」
「何故に、そんなことをするのかのう? 家に隠しておいたほうが安全じゃろうに」
「もし、緑魔がきたら家は荒らされてしまうやろ。それやったら畑さんに守ってもろうた方が安全やからなぁ。暫く留守にしますんで、よろしゅう頼んます」
そんな、頭を下げなくてもいいから。
任せてくれ、オータミお婆さん。この種たちは何があっても守ってみせるから。あと、お野菜たちも安心して任せていいからね。
「畑さんか……初めはとうとうボケが始まってしもうたのかと心配になったが、この畑はわしんとこのと違って不思議な感じがするからのう。満更間違いではないのかもしれんな。なら、わしも挨拶しておこうかの。オータミさんは暫くうちで預かるから安心しておくれ。農作物はお頼み申したぞ」
わかりました。キッチョームさん、オータミお婆さんのことよろしくお願いします。
「ん? オータミさんや、今なんか言うたかの。お礼を言われた気がしたんじゃが」
「畑さんがお礼を言うてくれたんやよ。ほな、準備しよか」
視界から二人が消え、家の中から物音だけが聞こえてくる。
魔物の群れか。ファンタジー系の物語でこういった場面を読んだことは何度もあったが、実際に体験してみると不安感が尋常ではない。
嫌な想像が頭を過ぎってしまい、居ても立っても居られない。
まあ、頭もなければ立つのも座るのもできないのだが。
何事もなく無事に終わればいい。動くことのできない俺はただ祈るしか術がなかった。