六話
この度、土質変化、視界移動に加えまして新たな能力に目覚めました。
それは、何と、死体処理!
あ、いや、これだと語弊があるな。
体内、つまり畑の中に生物を完全に埋めることにより、物体を跡形もなく分解、吸収する能力。これで、何かのはずみで人を殺した時も、証拠の隠蔽は完璧だ!
物騒な話はさておき、あれだ。この能力、実は結構便利だったりする。
殺してしまったウサギもどきも綺麗さっぱり処分できたのはありがたいが、それだけじゃない。土の中に完全に埋めた生物を分解して、それを栄養分として吸収できるのだ。
このことにより、土に栄養が行き渡り農作物に栄養を回してあげることができる。
つまり、害虫や害獣を処分できて、尚且つ、畑のエネルギーに変換することが可能となった。なんて、便利な能力なのでしょう!
まあ、問題は、どうやって土の中に完全に取り込むかという話なのだけどな……。
と悩んでいたのも今は昔。最近というか今朝からなのだが、感情の制御に磨きがかかってきたようで、土質変化もかなり楽にこなせるようになってきた。
範囲指定もほぼ狙い通りできるようになり、能力を効率よく使えるようになっている。
感情による土質変化も範囲を狭めれば、その効果が上がることがわかり、害虫を退治するときは範囲を絞り、泥化の影響を受けやすくした。
その結果、底なし沼のような土壌を作り上げることに成功し、虫や小型の動物も土に埋められるようになった。
ふはははは、害虫も害獣も俺の健康ドリンクだぜ!
さあ、我が畑を荒らす天敵どもよ。きさまらは今の俺には天敵ではなく点滴だ!
我が血肉……じゃないな。我が土砂利となりたくば、何処からでもかかってくるがいい!
「今日はなんや、土がいつにもまして柔らこうて、やりやすいわぁ。作物の育ちもはようて、嬉しいことだらけやぁ」
そうであろう、オータミお婆さんよ!
昨晩、モグラのような生物が大量に乱入してきたから、全て栄養分としてやったわ!
初めから土にいる相手だとこんなに楽にやれるとは、嬉しい誤算だったぞっ!
とまあ、今日は魔王風のテンションでやってみているのだけれど、案外楽しいな。毎回同じノリだとこっちが飽きてしまうから、工夫を凝らさないと。
しかし、昨日、モグラもどきが大量にやってきてくれたのは驚いたが、よく考えたら胃袋の中にご馳走が跳び込んできたようなものだと、全匹美味しくいただかせてもらった。
合計十匹以上いただろうか。まず泥で相手が地中で上手く動けないようにして体力を消耗させつつ、じわじわと吸収していった。
死んだ相手を完全に分解して栄養分にする能力かと思っていたのだが、どうやらそうではなく、地中にいる生物から生命力を徐々に吸収し、養分とする能力っぽい。
死体なら一気に養分へと変換できるようだが、生きている相手でも時間はかかるが可能だということが、今回の一件で学べた。
それに、一つ気になる事がある。今朝はいつもより能力を上手く操れるようになったと言ったが、慣れや地道な特訓の成果もあるとは思うが、ここまで急成長したのには別の要因があるのではないかと考えている。
ズバリ言ってしまえば、ウサギもどきやモグラもどきを殺して吸収したことにより、俺は何かしらの力を得たのではないかということだ。
もしかして……畑としてのレベルが上がったのではないか。
ゲーム脳と言われればそれまでだが、そもそも今の状態がゲームや小説より奇妙奇天烈な状況だ。ここが異世界でファンタジーな世界ならば、レベルアップや経験値という概念があっても良い筈だ。
まあ、九割願望だが。
レベルアップなんて言葉じゃなく、もっともらしい言い回しをするなら、畑が肥料となる生命を吸収し、土が肥える。そのことにより、畑に宿った俺は生命力を吸い取り、畑を操る能力が強化されていく。
説得力も無くて無理があるが、まあ、できるものはできるのだから、それでいいか。
理系の人なら納得するまで追及したり、矛盾点を指摘するのだろうが、畑に転生した時点で、そんな理屈が意味を持たなくなってしまっている。
ということで、何か強くなって能力が上手く使えるようになった。ということでいいよな。
なら、おそらく強化されているであろう能力を確かめておくか。
現在俺に備わっている能力は。
土質変化(感情によって土壌が変化する)
視界移動(畑なら隅々まで視界が移動できる)
NEW 吸収(生物の生命力を吸い取り、死骸の始末も完璧)
といった感じか。
じゃあ、まずは土質変化の実験からだな。
土質を柔らかくするのは実感が湧かないから、一番いいのは泥化になると。
悲しい思い出……か、軽めにしようかな。ええと、場所は全く使っていない畑の角地でいいか。
そうあれは、高校へ通学中、いつものように電車に乗っている時に、急な便意に襲われ――
うむ、狙い通りに液状化している。今回は軽めの悲しいというか情けない話にもかかわらず、範囲を絞ったせいか、泥がかなり緩い。雑草が半分ぐらいまで土に埋まっている。
やはり、範囲を小さくすれば土質変化は威力が上がるようだ。逆にいうなら、畑全体を変化させるには、気が触れるレベルの感情の爆発が必要かもしれない。
じゃあ、次いこうか。
視界移動は意識を集中すれば畑内限定だが、好きな場所に視点を移せるようになった。
今のレベルアップした状態なら、視界の移動もスムーズにできるのではないだろうか。以前ならかなり集中しなければ無理だったが。
すうううううぅ。よっし、今度は何処から覗きたいか頭に思い描いて、気楽な感じで視界を移動させる――おっ、いけた。これなら、もっと簡単にできそうだな。
次は畑の南側の雑草地帯へ……よっし、視界移動は完璧だ。瞬時に見たい場所から見られるようになった。これで外敵への見張りがやりやすくなった。
残りは覚えたての吸収か。
これは実験しようにも、今は何もいないな。土の中には作物の根と雑草の根があるぐらいだし。
ん? あれ、待てよ。地中に埋めた生物から吸収できるなら、雑草の根を吸収できるんじゃないか。根から栄養分を吸い取れば雑草も枯れる筈だし、上手くいけば雑草の駆除ができるよな!
よっし、物は試しだ。やってみるか!
畑全体の下側というか、たぶん南側は全く使用されていない。そこは雑草のジャングルと化している。ここを少しずつだけでも綺麗にしていくか。
進行状況を確認する為に、まず視界を雑草地帯へ移動させる。
そして、無数に入り込んだ根っこから、こう、何ていうか、ストローで少しずつ紅茶を呑むようなイメージで、相手から栄養を吸い取っていく。
吸い取るぞー。飲むぞー。チューチューするぞおおおぉ。
畑操作にもっと必要なのは気持ちだ。感情もそうだが、精神が大きく影響を与えている……と思う。
吸収するにも強い意思や想像が必要となる……筈。
マニュアルも何もないというのが結構辛い。ゲームならチュートリアルや説明書があるから何とでもなるが、ここでは体感と閃きで勝負するしかない。
イメージ、イメージだ。相手から吸い取る感じ。相手が大切な生命力を差し出してもいいという気持ちにさせるような、イメージ。
その時、俺の脳に天啓がひらめく。雑草を敵とは考えず、一人の麗しい女性と考え、そんな彼女が守り通してきた、ナニを奪う男のイメージで優しく対応したらどうだろうか。
怖がらないで雑草、全てをさらけ出して、僕に身を委ねて。大丈夫、痛くなんてしないから、寧ろその快感に病み付きになるはずさ。ほら、恥ずかしがらないで出してごらん。その熱い生命のエキスを。
結論、ちゃんと吸えた。
この方法が正しかったかどうかは不明だが、根から養分を吸い取られた雑草が見事なまでに干からびている。
よっし、この調子で全ての雑草の純潔を散らしてくれようぞ!
一日中、吸収しまくった俺は翌朝、驚くほど元気になっていた。
「あんれ? なんや、畑の土が妙に艶々してへんか? 水分だけやのうて、輝いている様に見えるんやけど」
今の俺は生命力に満ち溢れていますからね!
元気すぎてナチュラルハイですぞ!
オータミお婆さんと俺の愛の結晶である野菜たちにも、熱いエキスを分けておきますから!
そうして、俺は一週間かけて畑中の雑草を除去して、その栄養を野菜たちへと注いでいった。