エピローグ
この世界には摩訶不思議な伝説があった。
今よりも少し昔の話。人間と魔物との大きな戦争が勃発し、各地で激しい戦いが繰り広げられていた。
多くの犠牲を出しながらも、一進一退の攻防が続き、戦争は長く続くと思われていた。
だが、戦争はある日、突然終わりを告げる。この戦争を止めた英雄と呼ばれる存在が現れたのだ。
そのモノは当初人間側につき、魔物を撃退していたのだが、何を思ったのか魔物の国へ乗り込んでいった。
人々はそのモノが魔物を滅ぼし、人間に平和をもたらすと思っていたのだが、話はそう簡単にはいかなかったのだ。
そのモノは何度も魔物と争いはしたが、魔物を滅ぼすのではなく、魔物と話し合うことにした。そして、厳しい大地で食料が乏しい為に人間の国を襲ったことを知る。
そこで、魔物と争うのではなく魔物たちの国から飢えを無くす努力を始めた。そのモノは農業に対する知識が豊富で、幾つもの対策を打ち出し、数年後には魔物の国は飢えに苦しむ者が、殆ど存在しない国へと変貌した。
魔物たちが人間と争わないことを誓い、そのモノは安心して魔物の国を立ち去った。
これだけなら、ただの英雄譚なのだが、問題は対象となる英雄だ。
思慮深く、人や動物や魔物を区別せず、野菜にまでも愛情を注いだ、そのモノは――畑だったのだ。
英雄と呼ばれた動く畑。
そこで採られた作物は天上の作物と呼ばれる程、美味らしく、多くの者がその野菜の虜となり、姿を消した畑を懸命になって探したという逸話が今も残されている。
あまりに大袈裟過ぎてにわかに信じがたい話なので、それは完全創作の物語として後の世に伝えられるのだが、それが確かな真実だと知る者も僅かながら存在していた。
時を戻そう。防衛戦での活躍後、伝説の畑の情報はピタリと止み、今ではその存在も危ぶまれ、真実は噂となり、伝説へと変化していった。
今日も元気に、畑を耕しマッスル!
「寒いです、畑様」
「夏だというのに寒気を感じるのう」
「ブフォッ!」
「クワックワッ!」
くっ、渾身のギャグだったのにみんなの反応が酷い!
キコユとクョエコテクはまだしも、ボタンと黒八咫まで……何でウサッター一家は耳を伏せているのかな?
まあ、いいさ。天才とは孤独なものだからね。俺のセンスは凡人には伝わらないのさっ。
「オヤジギャグに才能は必要ありませんよ」
クール系美女に冷たい視線を注がれるというのは、若干ありなような気もする。
しかし、キコユは美人になったな。本当に18歳の成人を迎えた日に、一気に体が成長するとは思いもしなかった。可愛らしい少女が、一夜にして大人の女性になるとは異世界の神秘だねー。
「しかし、畑は変わらぬのう。英雄と呼ばれた存在だというのに、相変わらずじゃ」
クョエコテクにため息をつかれた。変わらないって、それはこっちの台詞だよ。
長い黒髪からちらちらと覗く瞳や顔も、昔と全く変わっていない。
吸血魔に寿命は無いに等しいらしく、実年齢は教えてもらっていないが会った時は既に結構な年齢だったらしい。
でも、そんなことより、どうしてクョエコテクは敵である俺と、ずっと行動を共にしているのでしょうねぇぇ。
「そ、それは、そのなんじゃ、あれじゃよ! 野菜の美味さに魅了されてしまったからじゃ! 決して、お主の事が気に入ったからではない!」
顔を真っ赤に染め、そっぽを向いている。顔全体を覆う髪で顔を見られていないと思っているようだが、俺は視界変更が自由自在だ。
現在真下からのアングルで、髪の奥で照れているクョエコテクの顔を、ガン見している最中だったりする。
ツンデレっていいよなあ。その過剰な反応に、見ているこっちが照れてしまいそうだ。
変化と言えば、うちの動物たちも変わったな。
見た目は殆ど変わっていないのだが、その、中身というか能力があれだ。
ウサッター一家はその耳の切れ味が増し、今では鋼鉄であろうがドラゴンの鱗であろうが切り裂くことが可能になった。それだけでも大概なのだが、遠距離対策用に真空の斬撃を飛ばせるようになり、遠近共に戦える最強のエシグだ。
ボタンは土の鎧を纏い続けていたことが原因なのかは不明だが、土操作の加護に目覚めてしまった。大地を割り、小さな山を隆起させることも可能となり、最近では自分を巨大化したかのようなウナスス型のゴーレムを作り出し、それに搭乗して操っている。
黒八咫は……あれだ、もうあれだ、規格外すぎる。
まず、目が三つあるのだが額にある第三の眼から――光線が出るようになった。ちなみに、その光で切り裂くことも、着弾地点を爆発するようにも使い分けができる。
羽ばたきで台風並みの強風を巻き起こすことが可能となり、口から吐き出される音波攻撃は範囲が広がり過ぎて、空で黒八咫に敵う生物は存在しないのではないかと、最近本気で思っている。
そして、何より驚いたのは――
「畑様、手が止まっているようです。今日のノルマを、まだこなせていませんよ」
耳触りのいい澄んだ声で厳しいことを言っているのは、黒八咫である。
そう、黒八咫は人の言葉を理解するどころか話せるようになったのだ。何を言っているのかわからないと思うが、俺も何を言っているのか……と錯乱しかけた。
「また止まっていますよ。畑様が自ら立てた予定ではありませんか。今日やっておかなければ明日からの計画に支障が」
わかった、わかりました! どうにも、話せるようになってから口うるさい秘書のようなキャラになってしまい、相変わらず頼れる黒八咫なのだが、正直会話できなかった頃の方が可愛げがあったと思わなくもない。
「何か失礼なことを考えませんでしたか?」
滅相もありませんぜ。さあー、仕事仕事。
おまけに勘も鋭いから、たちが悪い。でも、俺を信頼し忠誠を尽くしてくれているので、文句を言うのはお門違いなのだけどね。
そういえば、ようやく、村の復旧も一段落つきそうだ。
あれから、ジェシカさんと執事のステック、メイドのモウダーさん、そして、第八王女のハヤチさんと一緒に各地を回った後に、俺はここに腰を据えた。腰は無いけど。
暫く共に過ごしたジェシカさんは防衛都市を、この国で一番農業が盛んな地へと発展させ、末永く明主として称えられていた。
第八王女だったハヤチさんは、ちょっと俺たちがお手伝いしたことにより、現皇帝をその座から引きづり落とし、女性として初の皇帝の座に就いた。
彼女は生涯独身だったが、最も美しく聡明で慈愛溢れた皇帝として、今でも語り継がれている。
彼女たちの活躍を見守り、時には手を貸してきた俺たちは彼女たちの死後、オータミお婆さんが住んでいた、あの場所へと帰ってきた。
初めはのんびりまったりと過ごしていたのだが、暇を持て余してしまい、どうせならと、廃墟と化していた村を復興させることにした。
そう、ここに食のテーマパークを作り上げることにしたのだ!
年に一回、腕自慢の料理人を集め、優勝者にはうちの畑で採れた野菜を一年間無料で提供すると告知をして国中に広めると、あっという間に人が集まってしまった。
瓦礫しかなかった土地を更地にして、クョエコテクの下僕が住む家を何件かは建てていたのだが、殆どが更地だった元村は、あれよあれよという間に家が乱立して、今では村ではなく食の町と呼ばれている。
ちなみに、第二十回の栄えある優勝者は――俺だ!
今までは傍観者に徹していたのだが、記念すべき二十回目だから是非と町長に言われ、参加したら優勝しちまったのさ、てへっ。
出来レースだと騒ぐ連中もいたが、そういった輩には俺の手料理を食わせて昇天させておいた。
何と言うか、騒がしくも楽しい日々だ。
黒八咫たちは動物としての寿命はとっくに過ぎている筈なのだが、未だに元気はつらつで、老いとは何ぞやと考えさせられる。
雪精人もかなりの長寿らしく、まだまだ若輩者ですと、以前キコユが謙遜していた。
クョエコテクたちは寿命がないらしいし。俺はまだ暫く彼女や動物たちと共に過ごすことが出来そうだ。
町も発展してきたことだし、次は何をしようかね。
「他の大陸に行ってみるというのはどうでしょうか」
「それは、いいかもしれんのう。結局魔物の国と帝国を漫遊した程度じゃった。確か、海の向こうには幾つもの島があり、もっと先には巨大な大陸があるとの噂を耳にしたことがある」
ふむ。それもいいな。
この大陸には俺の野菜が普及して、飢えも貧困もなくなってきている。だからと言って楽園が出来上がるわけじゃない。何かが満たされると、今度は別の何かを求める。人は強欲だなとしみじみ思い知らされた。
畑として政治にこれ以上絡むつもりはないので、旅に出るというのはありかもしれない。
俺はオータミお婆さんの墓の前まで移動すると、いつものように手を合わせる。
土の腕の後ろに皆が並んでいる。俺に倣い墓参りをしてくれているようだ。
お婆さん、また旅に出ることになったけど、一緒に行ってくれるかな。
俺はまだまだ異世界を満喫できていないからさ、もっともっと、この世界の絶景や人々の営み、新たな食材に出会いたいんだ。
だから、また遠出するけど構わないかな。
俺が墓石にそう語り掛けると、優しい風が畑の野菜をそよがせた。
よっし、じゃあ、許可も頂いたということで。皆、出発するよ!
思い立ったが吉日。出発するとしようか!
「即断即決じゃのう」
「さすが、畑さんです」
二人は俺の唐突な行動に慣れてしまっているので、畑の真ん中に半ば埋め込んであるソファーに素早く座り込んでいる。
ボタンは畑から降りると、並走する気満々のようで、鼻息荒く足元の土を掘っている。
ウサッター一家は相変わらずのマイペースか。畑の上をピョンピョン楽しげに跳ねているな。
黒八咫は……
「畑様。急な出立により町長がお困りになるといけませんので、旅立つことを伝えてきます」
あ、はい、よろしくお願いします。
しっかり者だな黒八咫は。俺も安心して行き当たりばったりの行動が出来るってもんだ!
さてと、前良し、後ろ良し、左右に人や動物なし。周囲の安全確認よし!
では、この数年で更に進化した俺の移動モードを発動するぞ!
いつもの様に、畑に複数の腕を生やして、よいしょ、よいしょと体を持ち上げていく。そして、どっこらしょと大きく空いた穴の横に一旦畑を置く。
土操作の腕が上がったので、空いた大穴も即座に埋めることができる。久しぶりにここに戻って来た時に、この大穴に水が溜まって池になっていたのには驚かされたからな。
後処理も済んだことだし、では本格的な走行形態へ変形するか。
畑の側面から合計20本の腕を出したまま、畑の底に意識を集中する。
そう、人化を求め続けとうとう辿り着いた進化。それは――畑の真下から巨大な脚が二本ぬうっと生えた。
そう、俺は土の脚を手に入れたのだ!
「畑様この形態は見た目がその……」
はっはっは、キコユ君。何を言い淀んでいるのかね?
「正直、子供が見たら号泣して悪夢を見る恐ろしさじゃよ」
こらこら、何でも素直に言えばいいってもんじゃないんだよ、クョエコテク君。
ちょっと、巨大な土の塊から無数の腕が生えて、下から二本の生足が剥き出しになっているだけじゃないか。
本当は足も複数生えて欲しかったのだが、足は二本が限度のようだ。
ちなみに体を正六面体にして、下の面には足を二本、残りの五面に二本ずつ腕を生やしたバージョンで、以前、帝国を侵略しようとした異世界の軍隊と戦ったことがある。
その時は何故か敵が悲鳴を上げ、顔面を涙と鼻水で汚しながら懸命に逃げ惑っていたな。
懐かしい思い出だ。
さて、昔を懐かしむのはいつでもできる。今は前向きに行こう。
皆、準備はいいかい?
「ばっちりです」
「構わぬぞ」
足下にはボタンが鼻息荒く、スタートの合図を待ち構えている。
では、出発!
俺はあの時と同じように山を駆け下りていく。以前と違い俺が下りるルートは整地され、草も木も生えていないので自然破壊の心配はない。
一気に山を下りると、隣にボタンがいる。俺の本気走りに着いてくるとは腕を上げたな!
「畑様! そちら側は最近新しい村ができたそうなので、もう少し西側に進路を取った方がよろしいかと」
お、黒八咫が追い付いてきたか。
風が気持ちいいな。こうやって二匹と並走すると、本当に清々しい気分になれる。
まあ、時折、こっちを凝視して硬直している魔物や人間を見かけるが、気にしない!
見慣れた空は青く何処までも広がり、畑の表面で揺れる野菜たちは今日も健康にすくすくと育っている。
さあ、まだ見ぬ異世界を堪能しないと。
また争いごとに巻き込まれるかもしれないが、そこは見事な畑っぷりを見せつければいいだけの話だ。
「畑様。どうやら、この先で異世界から召喚された無法者が暴れているようです」
先行していた黒八咫が俺の元まで戻ってくると、耳寄りな情報を教えてくれた。
異世界から召喚された無法者ね。どうにも、嫌な予感がするが。まさか、日本から来た馬鹿者じゃないだろうな。もしそうだったら、先輩として優しく教育してやらないと。
「どうするのですか?」
「どうするのじゃ?」
二人が声を揃えて俺に問いかけてきた。
答えは決まっている。馬鹿者どもに、この世界の畑は恐ろしいことを教えてやらないとな。
異世界と言えばチート能力を所持した勇者が活躍すると相場が決まっているが、残念だったな。
俺は畑で無双する!
畑の物語はここで終了となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語についての想いや裏話は活動報告であげる予定にしています。
最後にもう一度。皆様、本当にありがとうございました。




