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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
進撃の畑編

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四話

「猶予はあと五分だ。超えた場合、問答無用で仲間を潰し、お前を切り裂く」


 時間制限までつけてくれたか。


「ぐあっ!」


「クョエコテク様っ、大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫じゃ。心配するでない」


「ブ……フォッ」


 土で締め付けたのだろう。さっきよりも苦しそうに顔を歪めている。

 どうする、どうしたらいい。このままでは全滅は必至。

 ならば、一旦、配下に加わる振りをして寝首を掻くしか――


「ちなみに、心を偽ったら臭いで直ぐにわかるぞ。その場合も全員ここで無残な死を遂げることになる」


 逃げ道が完全に塞がれた。

 鼻が利くなら臭いに特化した野菜たちを投げつけて、気を逸らすことは可能かもしれないが。谷からそんなに距離が離れていないので背後から、かなりの強風が吹き荒れている。

 そんなことをしても、効果は一瞬だろう。


「しかし、クョエコテク。貴様はもう少し頭のいい将かと思ったのだがな」


「我は……こやつの能力に魔王国の未来を見出したのじゃ。私利私欲の為に動くなど、愚かなこととは思わぬか。大将軍殿」


 この状況で強がるのか。大した女だよクョエコテクは。


「なるほど、なるほど。確かに貴様の言うことには一理ある。だがな、甘いと言わざるを得ない。貴様や我のように理性も自我もあり知能も人並みの魔物はどれだけいるかわかっているのか? 魔王様に従っている魔物の大半がその力に怯え、勝てぬと判断した、生物としての本性に従っている輩ばかりだ。ここで、俺が首を縦に振ったところで、他の魔物が黙っておらぬ。所詮机上の空論。遅かれ早かれ、こやつは独占され飼い殺される羽目になる」


 確かにな。たぶん、この交渉を豊豚魔の将軍に持ちかけても、同じく独占しようとしただろう。

 だが、これは魔物に限ったことではない。人間だって欲望に忠実だ。キコユを手に入れ、殺そうとした皇帝がいい例だ。

 だが、善良な人間だって数多くいる。俺はそんな人たちと出会い、共に過ごしてきた。


 魔物だってそうだ。わかりあえないと思っていたクョエコテクとも、結構仲良くなってきている。当人は絶対に認めないだろうけど。

 人も魔物も千差万別。違って当たり前だ。

 だから、俺は諦める気はない。もぐらとはご破算に終わったが、一度、上手くいかなかっただけで、全てをおしまいにする気は毛頭ない。

 だからこそ、この場を切り抜けなければならない。次へ繋ぐために。


「さて、そろそろ五分だが、答えは出たかな」


 感情を一瞬にして嗅ぎ分けられる。臭い攻撃は効き目があったとしても一瞬。直ぐに強風が洗い流してしまう。

 仲間は土で捕縛済み。一瞬でも隙があれば、何とか形勢をマシにできるのだが。


「さあ、時間……何のつもりだ。少しずつ、悪臭を放出しているようだが。俺を怒らせたいのか?」


 断続的にではなく、途切れることなく臭いを放出すれば効き目があると見込んだのだが、少しは効果があったが怒らせただけか。


「交渉は決裂したと判断してよ――」


「クルワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 俺が相手の注意を引いている間に、背後に回り込んでいた黒八咫が全力で音波攻撃を放つ。風下なので黒八咫の匂いは届いていなかったのだろう、完全な不意打ちとなった。


「ぐあああっ! なんだ、このキリセはっ!」


 後頭部に激突した衝撃波により相手の頭が前方に軽く揺れる。

 威力としては大したことがなかったようだが、意識を逸らすには充分だ。

 俺は畑の中から即座に取り出した、藁で包んだ物体を10本の右手に握らせ、マゲリの顔面へ投げつけた。


「甘いわっ! 俺に死角は無いと言った筈だ!」


 俺が投擲した物体を鋭利な刃物のような爪で切り裂くが、俺は藁の両端を結んでいた土の輪を解き、中身をぶちまける。

 それは爪の間を潜り抜け、マゲリの鼻に纏わりついた。


「何だこの、ねばねばした粘着力のある……臭いっ、腐敗臭がっ!」


 ふははははは、我が加護の力『腐食』により豆を腐らせたら納豆になるんじゃね? という安易な発想により出来上がった、失敗作である腐った豆の威力はどうだ!

 臭いと粘り気を増しているから、そう簡単に拭うことはできないぞ!


「ぐあああっ、鼻孔に入り込みやがった。くそがっ! 舐めやがって、まずは仲間を全員捻り潰してやる!」


 もう遅いよ。相手がもがき苦しみ注意力が散漫になったところで、土の支配権を奪い、全員救出済みだ。


「調子に乗るな。油断を突かれたが、臭いを土で遮断すればいいだけの話だ」


 もう、立ち直ったか。鼻につまった腐った豆を爪でほじくり出して、代わりに土を詰めたようだ。これで臭い攻撃は通用しなくなったが、強みである嗅覚による察知を封じた。


「どうするつもりじゃ。このまま、一旦引くことを勧めるが」


 畑の上で悲壮な表情を浮かべ、正面を見据えているクョエコテク。

 もう、奇策も奇襲も通用しないだろう。頭に軽く血は上っているが、油断は消えたようだからな。

 俺が物理攻撃を仕掛けても、あの爪で切り裂かれたら、そこで終わりだ。勝ち目は薄い。ならば、逃走しか手段は残されていない。


「もしや、逃げようと考えているのか? そんなことはさせんぞ!」


「この揺れはっ!」


 嫌な予感がしたので後方へ視界を移動させると、防衛都市まで繋がっている一本道の手前に、巨大な壁がそそり立ちやがった。俺が全力で跳躍してもあれは超えられない。

 これで逃げ道は防がれてしまったと。


「もう、配下に成れとは言わぬ。ここで激痛を与えながら少しずつ切り裂き、我に歯向かったことを後悔しながら土に還れ」


 さーて、これはやばい。

 クョエコテクとその下僕が魔法や飛び道具を放つが、もぐらの体には傷一つない。全く効いていないのか。


「やはり、大将軍の魔力障壁は破れぬか」


 クョエコテクの悔しそうな呟きを聞いて、以前の説明を思い出した。

 魔法というのは同等かそれ以下の相手には効果が期待できるが、圧倒的な魔力の差がある場合は、自動的に魔力障壁が発生して威力が落とされると。

 手前で完全消滅しているということは、マゲリとの実力差はかなり開いているということだ。


「はっ、お前ら如きの攻撃など、痒みすら感じないなぁ。貫くことのできぬ魔力障壁。物理攻撃の通じぬこの肌。そして、土を操作し、魂を削る爪。何処に勝ち目があるのだ」


 ごもっとも、その通り。

 普通にやれば勝ち目はない。

 俺は土の腕を大きく打ち鳴らした。その音を聞き取った黒八咫が畑の上にすっと降り立った。

 黒八咫一つ頼みごとがある、聞いてくれるかい?

 当たり前じゃないかと言わんばかりに躊躇いもせず頷いてくれた。

 ありがとう、黒八咫。それじゃあ――


 そんなに激しく横に首を振ったら、もげるぞ。黒八咫が俺の頼みごとを断るのは初めてだな。これはお願いだ。いやな役目だとはわかっている。だけど、この手しか考えられない。

 俺の我儘を聞いてくれないか?

 出来るだけ優しく、心で語り掛ける。黒八咫の三つの目が俺をじっと見つめている。


 こうしている間にも、マゲリはじりじりと間合いを詰め、俺もごぼうや、投擲武器を投げつけ牽制をしているのだが、全て弾かれ切り裂かれている。

 頼む、黒八咫! 時間が無いんだ!

 俺の熱意が通じたのだろう。黒八咫はおもむろにしっかりと頷いてくれた。

 ありがとう……じゃあ、作戦名『畑の愛撫』を発動する!


『クョエコテクと愉快な下僕たちさん、集合してください』


「誰がゆかいな仲間たちじゃ。何か良策でも思いついたのかえ」


 文字を見て彼女たちが集まってきた。


『貴方たちを土の塊で囲って、他の土の塊と同時に相手の背後に投げつける。背後で土を解除するから。そこの袋の中にある物を相手にぶつけて。土から解放するまで決して開けないように』


「また怪しげなものでも詰まっておるのじゃろうな。了解した。任せい」


 あっさりと信じてくれたな。何だかんだ言って、信用は得ているようだ。

 クョエコテクたちを土の球で包み、中から外が見えないように密封する――空気穴は開けておこう。


 ボタン、ウサッター、ウッサリーナ、ウサリオン、ウサッピーは黒八咫との会話聞いていたよね。悪いけど反論を聞く時間もない。従ってもらうよ……すまない。

 理解はしているが納得はできないのだろう。頭を縦に振ることはなかったが抵抗する様子もない。ごめんな、皆。


 俺はかなり迫ってきたマゲリにありったけの武器を投げつけると、土の腕を側面の下部に移動させた。

 そして、その腕を一斉に曲げ力を蓄える。


「跳躍するつもりか。その壁をその図体で越えられると思っているのか。はっ、愚かな」


 マゲリの嘲笑を無視して俺は、その場から大きく跳ねた。

 力の限界まで跳躍すると、そこで俺はクョエコテクの入った土の球を掴み全力で、マゲリの――遥か後方へ投げつけた。

 土の球は唸りを上げ、飛び続けていき、俺の視界から点となり消えていく。

 クョエコテクたちは生き延びてくれ。その袋の中身は望んでいた種子たちだから、これでキミの街は救われる筈。飛行能力があるから空中で解除しても大丈夫だよな。

 今までありがとう。


「今のは何だ……まあいい。お前を倒せばそれで済む話だ」


 爆撃ポイントで玉砕覚悟の俺を突き刺そうと、鋭く伸びた爪を腰だめに構え、タイミングを見計らっているな。

 このまま落ちても、その爪で切り裂かれる未来が待つだけだ。土の腕で殴っても結果は同じ。あの爪には勝てない。

 ならば、これが最後の変形だ!


 意識を集中しろ。神経を研ぎ澄ませ。失敗したらそこで畑としての生涯に幕が下りる!

 ダイス状の真ん中を貫くように突き出された爪にあわせて、俺は体のど真ん中に自ら穴を制作した。


「なにっ!」


 ぐがああああっ! 爪がかすったが、この程度ならっ!

 俺はそのままマゲリを包み込むように体を操作して、腕を伸ばした状態のまま体を固定させる。土で出来た土管に腕を伸ばした状態で入り込み、抜けなくなったような感じになっていると思う。

 問題の爪には触れないように、土は手首までしか覆ってない。そこを固定されているので、手首を曲げて爪で切り裂くことも不可能だ。

 このまま、ギリギリと圧迫してやる!


「ぐっ……くくくくっ! その程度の力で俺をどうにかできると思っているのか。こんな束縛程度、お前の土の体ごと引きちぎって……な、なんだ、力が上手く入らんぞっ!?」


 そりゃ、同時に吸収を発動しているからな。だが、吸引力が弱すぎる。これも膨大な魔力による魔力障壁とかいう、やつの影響か。

 だが、相手の力は確実に削いでいる。このまま、じわじわと憔悴させれば、最後には俺が勝つ!


「ふっ、見事なものだ。侮っていたことを謝らねばならんな」


 ここにきて上から目線で余裕の態度か。まるで、まだ奥の手があるかのような、言い分だな……やめてくれよ。ただの強がりだよな?


「俺の『魂削』は爪でなければ効果が無い。その爪を無効化したことは素直に称賛しよう。だがな、爪は手だけではない」


 足の爪か! だが、それは想定内だ。

 足首を曲げたところでもぐらの短い脚では、どうやっても俺の体を引っ掻くことはできない。それに土が足首まで達し、完全に固定されている今では動かすことすら叶わない。

 動揺を誘いたかったようだが、残念だったな。


 戯言には耳を貸さず、直立状態でギリギリと締め付けていたのだが、何を思ったのか重心を傾け自ら地面へと倒れ込もうとしている。

 何を考えている。倒れたら逆にこっちが有利だ。危なくなったら谷底に転がり落ちるという策も、俺には使えるからな。お前さんが幾ら頑丈でも、この底の見えない谷の底に落ちて無事でいられるとは思えない。


「何を考えているか理解できないか? 足下をよく見てみろ」


 負け惜しみを言うマゲリに釣られて足下に視線をやると、足先が歪に上に曲がっている? どういうことだ、足先の下に土操作で土を盛り上げたのか……そんなことをしてどうなる――いや、このまま、前に倒れるとっ!?


「足の可動域でないのであれば、強引に曲げればいいだけの話だ!」


 前のめりに倒れるマゲリの足元からグギリッと、背筋が凍るような音がすると同時に、足首か指の関節が外れたのだろう。本来曲がらない方向である、倒れ込む自分自身を包む土に爪の背が――触れた。


 がっがああああああああっ!

 触れているだけだというのに全身の土を抉り出したくなる程に、痛いっ! 全身がバラバラになりそうな痛みが、耐えがたい苦痛が、畑中を駆けまくっている!


「どうだ、この爪は触れただけでも影響がある。どうだ、なまじギリギリで耐えられそうな痛みなだけに、気を失うこともできないだろう。拷問で有効な手段だからな!」


 頭がっ、掻き毟りたくなるような痛みがっ! 頭なんて脳なんてない筈なのに、軋むっ、ああああああああ、ぐぞおおおっ、耐えろ、耐えろ、耐えろおおおおっ!


「ぐごごごっ……この期に及んで締め付けを強くするだと……だが、お前の心が折れる方が早いぞ! さあ、諦めろ。魂が削られているということは、お前自身が、存在が消滅していっているということだ。耐えたところで、記憶が消滅し、自我を失うだけだっ」


 ふざけるなアアアアアッ!

 俺は、俺は畑だ!

 皆を救う為に、作物を食べてもらう為にっ、まだ、まだ、消滅するわけにはっ!


 くぞおおおおっ! 記憶を追体験させるにしても集中があああああっ!

 ち、違うっ! 過去の経験や感情を、相手にも同じように感じさせられるならっ!


「諦めたらど、おおおおおおおおおおおおおっ!? な、な、な、この痛みがああああっ!」


 現在進行形で味わっているこの痛みをお前にもプレゼントだ! 一緒に味わいやがれえええっ!


「や、やべぼおおおおおぉぉぉ! はなぜええええっ!」


 暴れろ暴れろ!

 お前の爪が余計に強く触れて、痛みが、がっ、増すだけ、ぐああああああっ!

 負けるな、痛みに負けるな。俺は……俺は……人間?


 な、なにを今思った。俺は転移者で、人間だろっ!


 痛い、痛い……何で痛い?


 ぐがああああっ、何だっ、一瞬思考にノイズがっ!?


 俺は畑……この痛み……土なのに痛み?

 何でもぐらが暴れている?

 いや、俺が捕らえて能力で……不快だ、痛い。


「俺があああっ、俺でなくなるっ! やめろっ、記憶が魂がああああっ!」


 記憶、魂。俺は、そう俺は。

 俺は……何だ?

 今、何をしているんだ……確か大事な……何かを。


 あれは空か。何だあれ……大きなカラスが猪を捕まえて飛んでいる。その背中にはウサギが一杯だ。あっ、人もいる。少女がカラスの脚に捕まって……こっちを見ている。何であの少女は泣きそうなんだ。

 口が、動いている。何か話しているようだ。


 「は」「た」「け」「さ」「ま」


 はたけ?

 そうだ、俺は……畑だ。

 俺は、何を……そうだ、このもぐらを退治しなくちゃ。

 痛いけど、苦しいけど、これを呑み込まないと。


「ち、ヂガラガアアアアアッ! ぬ、ぬ、ヌゲエデエエエエエ!」


 ああ、なんか、チクチクするのが無くなってきた。

 暴れているのも動かなくなった。


 よくわからないけど よかった


 あれ なにを するのだっけ


 かべに あな?


 あ やさいに みずあげないと


 そら あおいな ぴかぴかあたたかいのが あたってる


 やさい おおきくなると いいな


 なんか ねむくなってきた


 ああ ねむい……


明日投稿する話が最終話、続いてエピローグとなります。

二話連続投稿になりますので、お気をつけください。

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