三話
俺がその形状のまま、のっしのっしと前に進むと、植物系の魔物たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
将軍が死んで統率力が失われたのだろう。俺の姿を目にして怯えたという線もありだが、そこは考えないでおこう。
遮る相手がいないので、そのまま前進を続け、敵の親玉である左足大将軍マゲリの近くまで歩み寄った。
サイコロ形状の俺よりか低く見えるが、それは間違いだ。
四つん這い状態だったマゲリが、ゆっくりと体を起こすと、頭の高さは俺と同じぐらいになった。
「妙な生き物だ。人間が操っているようで、そうではないな。内部に生物が一体隠れているようだが、そのモノからは強い魔力を感じない。これを操っている当人ではないようだ」
見た目に反して渋くダンディーな声をしている。
体内にいるキコユを一発で見抜くとは、侮れない相手だな。
「それにその体全体から魔力の臭いと生命力を感じる。そう、まるで、それが一つの生命体であるかのように」
饒舌なもぐらさんだ。それに察しがいい。
この相手なら文字も理解できるだろうし、交渉も可能かもしれない。
『お初にお目にかかります。今回は貴方と交渉する為にやってきました』
「我が配下の者共を大量に殺害しておいて、話し合いとは……まあ、よい。強者は嫌いではない。申してみろ」
いきなり攻撃を加えてくるかと警戒していたのだが、杞憂に終わったか。だが、油断は禁物だ。警戒態勢を維持しながら、交渉を始めよう。
『魔物の国は食糧難だと聞いています。私は農作物を急速に成長させる能力を有し、どんな環境でも育つ野菜の種子を大量に保有しています。これを提供する代わりに、魔王様との話し合いの場を設けていただきたいのです』
簡潔だがこちらの要望はわかりやすく伝えられた筈。
これで相手の反応を探り、受け入れられなくとも妥協点を見つけるしかない。
「作物の急成長に、魔物の国でも育つ作物の種子か。それは確かに魅力的だな。この戦での大敗の汚点を塗りつぶすことができるぐらいにな」
おっ、乗ってくるか。
「だが、それが本当だという証拠が何処にある」
『証拠ですか。ではまず、これをご覧ください』
俺は体を少し斜め前に傾け、畑の表面をマゲリに見せる。そこから土の腕を一本生やして、大きなズタ袋を地面から取り出し、中に満載してある種を掴み取った。
そして、それを畑の上に撒く。水は俺の悲しい思い出の効果により地面を湿らすので必要ない。
「まさか、今から作物が育ち切るのを待てと言うのではないな。そこまで、気は長くないぞ」
『2、3分だけ時間をください』
俺は撒かれた種へ過剰なまでに貯め込んでいる栄養を注入した。
すると、数秒後に元気よく芽が飛び出し、見る見るうちに蔦を伸ばし畑中に広がっていく。
「おっ、おお」
まるで早送りで成長を見ているかのように蔦が伸びると、葉が茂り、花が咲き、枯れた後に紫色の実を大量に付けた。
まさに、3分間クッキングも真っ青の速度で、サツマイモに似たシテミウマが豊作状態となる。これは流石に強引過ぎるのとエネルギーの消費が半端ないので日頃はしないのだが、今回ばかりは、わかりやすさを重視させてもらった。
「何と、まさか本当にこの短時間で実がなるとは……」
よしよし、食い付いてきた。ここでいつもダメ押しいってみようか!
『よろしければ、味を確認してください。毒は一切入っていません』
500を超えるシテミウマの実をもぎ取り、畑の隅に山のように積むと、今度は巨大な腕二本で包み込むようにして持ち上げ、マゲリの前に差し出す。
「毒があったとしても『毒無効化』の加護を所有しているので問題ない。ここはその誘いに乗ってみるのも一興か」
長く鋭い爪を揃えて受け皿にするマゲリ。その上に全てのシテミウマを流し込んだ。
魔王との会談までこぎつけるまでの第一歩。気に入ってくれよ。もぐらはミミズや野菜、根菜類を食べるらしいから、大丈夫だとは思うが。
「それでは、いただこう」
顔の割に小さな口一杯にシテミウマを頬張る姿が、可愛らしさを演出している。これが小型なら愛らしいのだが、強力な敵だということを忘れてはいけない。
「ほおおおぅ、これはこれは、何たる美味! それに、野菜一つ一つに栄養が凝縮しているかのようだ! 土竜の中でも大食漢である私が、久々に満腹になったぞ!」
おっ、大絶賛。これは、かなりの好印象だな。
よっし、ならこの野菜を足掛かりに交渉を切り出そう。
『お気に召されましたか?』
「大いに気に入った!」
『ならば、魔王様との話し合いの場を設けるというのは』
「それは無理だ」
なっ、ここで即答だと。それも完全な否定。どういうことだ。手ごたえはあったというのに、何故、迷いもせずに断った。
『何故ですか。私の能力が気に入りませんでしたか』
「いいや、素晴らしい力だ。あれ程の作物、生まれて初めて味わった。大満足だ。だからこそ、お前を大魔王様の元にやるわけにはいかぬ。お前は……俺のものになれ!」
なっ!? 美味すぎたのが裏目に出たのか?
独占欲が出てくるとは……もう少し味のグレードを落しておくべきだったか。
「土竜というのは大量の食事を必要とするのだ。故に、日頃は出来るだけ体を動かさずに体力を温存している。だが、お前がいれば俺は本来の実力を如何なく発揮できる! 俺が本気を出せば四肢将軍のトップにも、ゆくゆくは魔王の座さえも夢ではない! お前は俺の為だけに作物を育て、貢げばいい!」
この野郎。可愛い面して野心家か。
くそ、誤算もいいところだ。これは完全に決裂だな。なら、俺のやるべきことはたった一つだ。
「おっと、攻撃するつもりか。やめておけ。お前は土に宿った生命体か何かなのだろう。今までは敵なしだったようだが、俺は違うぞ。無敵だと勘違いしているようだが、この加護の前では無意味だ」
そう言って大きく腕を振りかぶるマゲリから跳び退るが、振り下ろした腕が予想以上に素早く、畑の隅を少しだけ抉る――ぐああああああああああああっ!
何だ、痛みっ!?
ど、どういうことだ。鍬を刺されても、抉られても全く痛みを感じなかったというのに、何だ、この焼けるような激痛は!
『何をした!』
「やはり、効き目があったか。加護の一つ『魂削』を喰らった感想はどうだ。この爪は魂を直接抉り消滅させる力だ。どうだ、切り裂くのではなく消滅させられる気分は。通常、痛覚のない幽体や精神体も、この爪で抉られると魂が削られる痛みに絶叫を上げるからな」
このもぐらと相性最悪じゃねえか!
精霊殺しと言う名の武器で斬られた時は痛みが生じなかったが、この爪は斬るのではなく存在を削るのか。つまり、これは魂の痛み……。
今までは痛みを感じず、どれだけ攻撃を与えられてもダメージが全くなかったので慢心していた。どんな相手がきても、俺ならやれると。
馬鹿か俺は! 畑の分際で調子に乗り過ぎたか。
「出来るだけ傷つけたくはないのだがな。魂を削り過ぎて農作物に影響が出ては、元も子もない。さあ、俺の配下となるかここでただの土塊になるか、返事を聞かせてもらおう」
異世界に来て初の絶体絶命だ。
久しく忘れていた痛みの強烈さに心が折れそうになる。ここでこいつの仲間になるのは論外だが、少し交渉をして時間を稼ぐしかない。ボタンたちの戦闘がもう少しでケリがつきそうだ。彼らが援軍に回ればあるいは……。
『俺が仲間になったら人間を……せめて、俺の仲間と防衛都市の人々には手を出さないと誓ってくれ。そしたら、考えてもいい』
「断る。俺は相談をしているわけでもなければ、交渉をしているわけでもない。命令をしている。配下に加わるか、土に帰るか。二つに一つだ」
自分の有利さを理解しているうえでの発言。くそ、時間稼ぎすら、させてくれないとは。
「悩むか。もしや、時間を稼いで仲間の助けを待つつもりなのか。実際、あっちの戦闘は終わったようだしな」
それも見抜かれているのか。あんなつぶらな瞳でよく観察している。
「しっているか、土竜というのは鼻が異様に利く。目と耳が劣る代わりに、嗅覚が異常に発達しているのだよ。そして、その中でも俺は群を抜いている。魔力の匂いや相手の感情の匂いですら嗅ぎ分けることが出来る。理解できるか、匂いが立体的な図となって伝わり、目が見えなくとも捉えることのできる嗅覚を」
感情も臭いで察知するって、反則だろ。俺なんて土の匂いしかしない筈なんだが、それでも嗅ぎ分けられるのか。
「これは動揺している匂いだ。おっと、お仲間が救援に来たようだが……話し合いの邪魔をされては面倒だ。ふんっ」
何かするつもりか!
こちらに走り寄る仲間を守れるように身構える。マゲリがその爪を一本地面に突き刺すと、地面の表面を何かが走る感覚があった。
舐めるなよ、俺も土操作には自信があるんだ。それぐらい、防いで見せる!
土操作を防ぐために、俺は全力で能力を解放した。土と同化し、土は友達と言ってもいい存在の俺の土操作。見せつけてやる!
相手の能力を遮断する様に土に頼み、力を流した――が、俺の土操作が弾き出された……だと。俺の力が全く及ばない!?
「きゃっ!」
「うわああっ!」
「ブフォオオオオオオ!」
クョエコテクと下僕、そしてボタンが土に半身を埋めている。
ウサッター一家はその跳躍力で躱したようだが、他は完全に捕えられた!
「無駄だと言っただろうが。お前の土操作は生温い。俺は力で土を完全に支配している。お前の力が届くわけがない」
土操作の能力としても格段上か。
そして、俺の体にダメージを与える爪。
やばいってもんじゃないな。どうする俺。
この窮地をどうやって乗り切ればいい。
「さあ、配下になるか否か。選べ」
全力で頭を働かせろ! 時間は、もう残されていない。




