二話
もぐらだ、あれ、もぐらだ!
あのフォルムどう見ても、もぐらだ。
確か土竜と書いてもぐらって読めたな、なるほど。くそ、緊迫感があの姿を目撃したせいで、一瞬にして緩んでしまった。
気を引き締め直さないと。
「あの雄々しい姿に驚いたであろう」
そんな緊張した面持ちで言われてもな。驚いたのは事実だけど。
ただ、見た目で侮ることは避けないと。クョエコテクがあれだけ忠告してくれたのだ、実力は推して知るべきだ。
「マゲリ様は耳と目があまり良くない。会話へ持ち込むには至近距離まで近づかなければならぬ。あの軍勢を突破してからの話じゃがな」
飛行部隊の生き残りが、上空に数百。
動く大木や身体が緑の人型は親将軍率いる植物系魔物部隊か。
防衛都市に何度も攻めてきていた四足歩行の魔獣たちは、小将軍の部下たち。
この三つの軍勢を、まずはどうにかしないとな。
「マゲリ様は弱者を嫌い強者を好む。なので、敵に手心を加えるでないぞ。ここで無双の活躍を見せれば、道は開けるやもしれぬ」
それは良いことを聞いた。配下の軍勢が倒されたことにより、怒り心頭で聞く耳も持たずに襲い掛かるという最悪の事態は免れそうだ。
だったら、遠慮はなしだ。そもそも、遠慮をする余裕もないが。
『行くよ、皆。全てが終わったら、ご馳走が待っているからね』
俺が土板に文字を刻むと、全員が力強く頷いてくれた。
何気に黒八咫だけでなくボタンもウサッター一家も文字が理解できているようなのだが、今更つっこまなくてもいいか。
一本道を抜け、荒れた大地に足を一歩踏み入れると、上空から飛行部隊。周囲を取り囲んでいる魔獣が一斉に襲い掛かってきた。
ここはまず迎え撃つ形に変形だ!
体を六面体のダイス状に変化させて、移動に使っていた土の腕を一旦収納する。
畑の表面が地上から40メートル以上の高さになったので、魔獣は戸惑っているな。何匹かは側面の土に攻撃を加えているが、ダメージは無い。暫く放置だ。
このうちに、飛行部隊をどうにかしよう。
厄介なことに俺と一度戦っているので、翼人魔は必要以上に近づこうとしない。相手はあまり高度を上げられないようなので、畑の表面の方が飛行部隊より高みにいる。
飛行部隊は前方に密集している。敵の陣は魔獣が俺をぐるっと取り囲み、前方上空に飛行部隊。植物系の部隊は真っ直ぐ縦に伸びていて、最後尾にもぐら。
真上から見たら、虫メガネのような陣形だな。
真っ直ぐね……ならば、超変形!
畑の上にいる面々を一旦土に取り込む。土の中は激しい動きの揺れは伝わるが、衝撃は緩和してくれるようで、前回あれだけ飛び跳ねてもキコユは無傷だった。
今からちょっと派手な動きをするので、一旦、避難してもらう。
俺は真っ直ぐ高い円柱をイメージして、一気に畑を伸ばす!
ぐんぐん上に伸びていき、その高さは1000メートル――一キロを優に超えている。ここは標高が高いのか、最上部が雲に触れた。
植物系は動きが鈍いと聞いている。なら、ここから真っ直ぐ倒れると、どうなるでしょう。
重心を前にずらして、そのまま巨大な棒と化した俺がゆっくりと倒れていく。
必殺、粉砕一撃棒倒し!
飛行部隊が目の前から飛んで逃げようと背を向けたところを、棒から生やした無数の土の手が叩き落とす。
慌てふためいている顔のついた巨木や、根になった足が地面に潜り込んでいる緑の人が眼下に見えるが、遅い!
体が地面に叩きつけられると、地響きと振動が一帯に広がり、俺の抱擁を受け損ねた敵も衝撃により吹き飛んでいる。
更にここから、棒の半分に右腕、残りの半分に左腕を生やして、その場で一回転をする。
1キロにも及ぶ、巨大な土の棒が一帯を薙ぎ払うのだ、その凶悪さは尋常ではない。
ちなみに、倒れる時は仲間を一番下に移動させ、今は中心部に移動させている。そこが一番影響を受けないだろうと判断してのことだ。
ぐるっぐるっと何周かし終えると、地面に円が描かれていた。その円の外には粉砕され、吹き飛ばされた無数の魔物の死骸が転がっていた。
今ので敵の損害は魔獣部隊が七割、植物系が八割いったか。飛行部隊は半分程度減っているが、前の攻防と今回で完全に心が折れたようで、戦場から逃げ去っている。
円柱スタイルからダイスモードに変形して、表面に仲間を排出した。
「中から見ておったが……無茶苦茶じゃのう」
外の光景は、オータミお婆さんの魔法道具により生中継で控室にも映されている。
『褒められると照れるじゃないですか』
「褒めとらんわ!」
クョエコテクの叫びにイケメン下僕軍団が同意を示している。失敬な。って、何でボタンたちも頷いているんだ……。
「魔獣部隊の小将軍の姿は見えぬのう。理不尽な一撃に巻き込まれたか、哀れな」
そういや、さっきちょっと大きめの熊のような魔物を弾き飛ばした気がする。あれが、たぶん小将軍だったっぽい。ご苦労様でした。
「親将軍はあの巨木だ。あれは任せるが、他の残党は我らがなんとかしよう」
俺の返事も待たずにクョエコテクが飛び降り、続いてイケメンズも畑の上からダイブしていった。全員背中から翼を生やして滑空している。
ここには無数の死体が転がっているから、クョエコテクの死体操作があれば、数の勝負でも押し切ることが可能だろう。原形を留めていない死体が多すぎるが、心配は無用か。
下僕の皆さんも身体能力がかなり向上しているらしく、戦力が大幅にアップしている。これもうちの栄養価抜群の野菜の効果らしい。健康食品として売り出したら、各国が争って購入しそうだな。
「ブフォブフォ!」
「クカーー!」
ん、お前たちも戦いたいのか?
動物たちが興奮した様子で体を揺らしている。クョエコテクたちもいるし、敵は混乱している最中だ……行けるか。
よっし、わかった。皆暴れておいで!
俺が許可を出すと、土鎧を着込んだボタンの背を掴んで黒八咫が降下していく。ウサッター一家はその跳躍力により高所から飛び降りても平気なようで、そのまま飛び降りていった。
それじゃあ、俺は親将軍の大木を相手にしますか。
事前情報によると、長い年月を経て魔物となった木らしい。名は確かキヘワスャエだったか。またも呼びにくい名だ。親将軍でいいや。
その、親将軍らしき、高さ40メートルを超える俺の体より、少し低い高さの木が立っている。先端が尖っているかの様に、円錐状に葉が茂っている。葉っぱは棒状のように見えるな。あれって杉か?
左右に生えている枝が腕のように見えるが。
出来ることなら、棒アタックに巻き込みたかったのだが、ギリギリ長さが足りなかった。あれ以上細くして長くすると強度と威力に不安があったからなのだが。
「ぬぅーしぃーわぁーつぅーちぃーのぉーせぇーいーかぁー」
この大音量の声は親将軍が発しているのか。間延びした、話し方だな。
問われたなら答えておくか。土の体の側面に堂々と大きな文字で『違いますよ』と書いておいた。あ、文字理解できるのだろうか。
「ふぅーむぅー。ちぃーがぁーたぁーかぁー」
すみませんが、もう少しはきはきと話してもらえませんかね。
やっぱり木だけに、思考も動きも遅いのか。
『左足大将軍と話がしたいだけので、邪魔だてしないのなら見逃しますが?』
俺がそう書き込むと。親将軍は何の反応も見せない。
周囲ではクョエコテクが死体を操作して敵を襲わせているな。かなりゾンビの動きが機敏なのは死体が新鮮だからなのだろうか。
イケメンたちの技も冴えているようで、危なげなく敵を処理している。
黒八咫やボタン、ウサッター一家も圧倒的な実力でねじ伏せているな。この調子だと全く心配はいらないようだ。
でだ、親将軍はまだ考え込んでいるようだ。これ以上、返答を遅らせるなら悪いが殲滅させてもらう。
「あーじゃぁーまぁーかー。むぅーりぃーだぁーのぉー。きぃーさぁーまぁーはぁーこぉーこぉーでぇーしぃーぬぅーさぁーだぁーめぇーなぁー」
フライング畑アタック!
あまりに話が長すぎたので、イラッとして必殺技をかましてしまった。
真上から行くと木の先端に突き刺さりそうなので、斜め上から押し潰す様に飛んでみる。
「なぁーんーだぁーとぉー」
両腕のような大きな枝が二本俺の体を挟み込むようにして、受け止めようとしているが、頑張るな。
この重量を何とか耐え、俺の体が空中で一時停止した。相手は土色の箱を仰け反ったような形で受け止めている。
受け止められたことには驚いたが、その衝撃を完全に耐えきれたわけではないようで、ミシミシと木の軋む音がしているな。
相手は両腕? 両枝が塞がった状態で俺を抱えている。このまま、谷底にでも投げつけたいのだろうが、そうは問屋が卸さない。
親将軍に向いている畑の一面から、最大数である20本の土の腕を出す。さあ、防御もできない無防備な状態を晒している親将軍に拳のプレゼントだ!
ツチツチツチツチツチツチツチツチ!
土のダイスから生えた無数の腕による乱打が、木の体に叩き込まれる。
防御する術もなく、一方的に拳を受け続ける親将軍の体から樹皮が吹き飛び、枝も葉も無残に散っているが、手を休めることは無いっ!
ツチツチツチツチツチツチツチィィィッ!
ほぼ無限の体力で止むことのない拳の豪雨に晒され、拳の形に陥没した地点から亀裂が広がる。
最後に右腕、左腕の10本を一つに纏めた、巨大な腕から放たれた一撃が大木を完全に粉砕し、倒木は終了した。
掴まれていた枝から解放され、地面へ墜ちるところを巨大な両腕で衝撃を殺して、華麗に着地する。現在俺は四角い箱状の体の両脇から、巨大な二本の腕が生えている状態だ。
あ、うん。これ、客観的に見たらかなりキモイな。いつもの、移動バージョンとはまた違った気持ち悪さがありそうだ。
何にせよ、目の前の障害は取り除いた。残りの雑魚は皆に任せたよ。
あとは、左足大将軍を残すのみ!




