二十三話
限度を超えた悪臭でもがき苦しんでいた人々を親切心で回収して、俺は防衛都市へと帰還した。いや、まあ、俺のせいなんだけどね。
お詫びに果物を全員に配ると、気分も機嫌もすぐに良くなったようで何よりだ。悪臭の原因については、最後までとぼけてやったがっ!
それからは、町の人々に敵を撃退したことを伝え、ジェシカさんが祝勝会を開くと言い出さなくても、町は飲めや歌えやのお祭り騒ぎに移行していた。
北門の直ぐ側で俺は畑モードへ移行すると、新鮮もぎたての野菜だけではなく貯蔵庫の野菜も取り出し、大盤振る舞いの野菜祭りが開始された。
ちなみに、戦闘中うちの野菜はどうしていたかというと、一時的だが畑の中に隠しておいた。あれ程の激しい揺れだと影響を受けそうなものだが、うちの野菜はそんな弱い子じゃないので、地表に戻してもぴんぴんしていた。
俺の存在は町を救った英雄として、既に町中へ知れ渡っているのだが、やはり不気味に感じる様で、料理を作っている姿を遠巻きに眺めている人が大半だ。
町を救ってくれた恩と得体の知れない存在。感謝と恐怖の板挟み状態みたいだな。ただ、既に馴染がある面々が普通に接しているのを見て、少しずつだが興味を抱いているようだ。
ふっ、そこでこの料理の数々だ。
大量に料理を作ることにより、その臭いを広場中に充満させ、見学に来ている人々を誘惑する。そして、それを食べている仲間のリアクションを見て我慢できる者がいるだろうか。
「ふああああぁ……たまんねえなっ!」
「うんうん、何度食べてもほっぺが落ちそうなぐらいだね、父さん」
ゴウライさん、ナセツさんの反応は理想的だ。声も大きいので周囲に響き渡るし、宣伝効果としては抜群だな。
騎士団という舌が肥えた身分の高い人々が、舌鼓を打っているのも効果があるようだ。
「おいしそう、ぼく食べたいな」
「でも、変な腕がつくってんだぜ、やばいって」
お、子供たちが釣れかかっているな。
好奇心旺盛の男の子二人か。子供たちの親は近くにいない。いたら、止められる可能性があるからな。
さて、彼らを引き寄せるには、まずは料理のテクニック!
ゴウライさんに頼んで制作してもらった中華鍋を取り出すと、大量の油を注ぎ込む。
続いて複数の野菜をぶち込み、油通しすると一旦皿に上げる。
そして、スライスしたヌワヌケとスャエギを炒めることにより、香りを際立させ、そこに豚肉を大量投入する。匂いの強い二つの野菜と、肉の焼ける香りが混ざりあう。
くううぅ、我ながら美味しそうな香りだ。ここで、次の出番は――黒八咫だ。
黒八咫は俺の近くでホバーリングすると羽ばたきで風を起こし、匂いを子供たちの元へと運んだ。
「うわあぁぁ、ぼくもう我慢できない……」
「だ、ダメだって」
おとなしそうなおかっぱの子供を短髪の日に焼けた少年が止めているな。両者とも口から涎が垂れているのだが、自覚していないようだ。
ふお、ふお、ふお。無駄な足掻きを。何とか耐えておるようじゃが、我が料理の魔力から逃れられると思わぬことだなっ!
子供たちを狙ったのだが、周囲にいた大人たちにも影響を与えているようで、視線が俺の振るう鍋に集中している。
一気に仕上げると、ジェシカさんたちが用意してくれた更に次々と、料理を盛っていく。
何百もの皿に料理をよそうと、その皿を移動机――ボタンの荷車を改造した物に並べていく。
そして、それをボタンが引っ張って、遠巻きに眺めている市民たちの前へ運んでいった。
さあ、この食欲を刺激しまくる香り。一気に仕上げることにより野菜の色合いを落とさずに仕上げた、見栄えの美しさ。キミは耐えられるかな?
「う、うまそうだな」
「でも、な……」
「この野菜って昨日、領主様たちが配っていた、抜群に美味しかった野菜よね」
一人の女性の呟きを耳にした町民の顔色が変わった。彼らは思い出してしまったのだろう。昨日口にしたうちの野菜の美味しさを。
「お、俺は食うぞ!」
「僕もっ!」
「それじゃあ、私もっ!」
そこからはあっという間だった。次々と伸びてきた手が皿を奪っていき、俺の料理を口に運んでいく。
まず、一口目で全員が黙り込んだ。目を限界まで見開き、何が起こったのか理解できないような表情をしているが、その口が止まることは無い。
咀嚼をし続け、口内に料理がなくなるとすぐさま、次の一口を掻き込む。
「うはああっ! うめえっ!」
「なにこれ! なにこれ!」
「ぼく、こんなに美味しいの食べたことない!」
絶賛の嵐だ。料理を口にした町民の顔に浮かぶ、喜びの笑顔。うんうん、やっぱりいいな。自分の野菜を料理して食べてもらい、喜ばせる。
畑冥利に尽きるね。
「もう食っちまった! おかわりはあるのかっ」
「私も、私も!」
「僕ももっと食べられるよ!」
かああっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
よっしゃあ! 食材はまだまだあるから、安心してくれ。腹がはち切れるまで料理食わせてやるぜ。
そこからは朝方まで働きづめで、料理を作り続けていた。
魔王軍を敗走させてから一ヶ月は平穏な日々だったと言えるだろう。
時折、少数で偵察に来る程度で、魔王軍との戦闘は全くなかった。
だからと言って、暇というわけではない。
まずは毎日の食材、料理の提供。
本当は祝勝会だけで料理の提供は終わるつもりだった。野菜を配給は続ける予定にはしていたが。
だけど、料理の虜になった町の人々が、また食べさせて欲しいと迫るので、夜だけは臨時の畑食堂を開くこととなったのだ。
うちの野菜は原価がないも同然なので、出来るだけ安い値段設定をしたら、若干引くレベルの大盛況。老若男女問わず、連日満員御礼でございます。
料理に加え、繁盛の要因となったのがうちのウエイトレスたちだ。キコユやクョエコテクの下僕であるイケメン軍団、そして、うちの動物たちを起用したのが、更なる客を呼び込んでしまった。
健気な美少女とタキシードイケメン。それにうちの自慢の動物たち。あらゆる層のハートを鷲掴みにしたようで、お金が怖いぐらいに貯まっていく。実は商才あるのかなと、自惚れそうになったぐらいだ。
下僕で思い出したが、クョエコテクたちの洗脳……違う、料理による懐柔も進んでいる。
当初は防衛戦ではつい手伝ってしまったが、吸血魔として人間の言うこと等聞かぬと、意地になられてしまった。だけど、誠心誠意の努力という名の料理のもてなしにより、その凝り固まった心をこじ開け――ほぐし、今では雑談に気軽に付き合うようになっている。
上辺だけかもしれないので、まだ基本的には地下室生活を続けてもらっているが、もう少し様子を見てから、解放してもいいかもしれない。
あとは、壊れた街並みの復旧作業の手伝い。
この町の被害は門の外から投げ入れられた投石や魔法による被害が殆どで、北門周辺だけが瓦礫と化していた。
畑のスペースは確保させてもらった状態で、他の敷地の地面を土操作で均したり、町の外から木材の確保をウサッター一家とボタンに担当してもらい、基礎や土台作りといった力仕事を、俺が土の腕で手伝うという流れが出来上がっている。
毎日が忙しく充実した一ヶ月はあっという間に過ぎ去っていった。
二ヶ月目に入ると、魔王軍が再び進行を始める。
小将軍率いる魔獣部隊。これが頻繁に北門前に現れてはちょっかいをかけてきていた。
敵軍の残りは小将軍と親将軍。それに左足大将軍の部隊のみらしく、親将軍は植物系の魔物を統率しているので、移動が遅く攻めるのには向いてないそうだ。だから、魔獣部隊しか現れない。
とはいえ、油断はできない。敵の総大将である左足将軍が動けば、親将軍も共に戦闘に参加するだろう。敵の総大将をどうにかしなければ、この町に真の平和は訪れない。
魔獣部隊は基本的には俺は手出しをしていない。門の強化ぐらいはしているが、うちの動物たちと町の兵士、騎士団が担当していた。
本来は、俺が全てを撃退するつもりだったのだが、
「全てを畑様に頼りきっていては、畑様がこの地を離れた際に対処ができなくなってしまいます。我々の街は我らの手で守るべき。そう思うのです」
とジェシカさんが申し出てきたので、俺はフォローに回ることにした。
時折、味方が魔獣にやられそうになった時は、土を操作して機動力を奪ったり、転ばしたりはしているが、これぐらいは許してくれるだろう。
最近では兵士たちの動きも良くなってきているようで、怪我人は頻繁にでているが、死者が一人もいないようだ。
更に一ヶ月が経過して、俺はある決意を胸に秘めていた。
ここ数日は魔獣相手に互角以上の戦いを兵士たちがやれるようになってきて、見守る方としても安心して観戦していられる様になってきている。
率先して栄養を多く含んだ野菜を兵士たちに食べさせていたのだが、その影響で身体能力が向上しているようだ。当人の訓練の成果ももちろんあるが、以前とは比べ物にならないぐらい筋力や持久力が増えていると、当人たちが自慢げに話していた。
町の復興もかなり進んでいて、魔王軍を撃退したという実績に加え、噂の美味しい野菜が食べられるという情報が国中に知れ渡ったようで、町を捨てて逃げた人々が戻り、更にうちの食材を求める人々も集まり、以前よりも活気がある町になっていると、ジェシカさんが嬉しそうに語っていた。
そうそう、この町の外壁の向こう側に巨大な農地を作ったことも、挙げておかないといけないな。
地面を整地して畑を耕したのは、もちろん、この俺だ。
そう、畑による巨大農地の開墾。文字にすると意味不明だが、それが事実だから困ったもんだ。
その農地にはうちの畑で育て上げた野菜たちの種を撒いてある。干ばつに強く、雨にも風にもびくともしない野菜たち。土壌も今一だし、栄養の注入もできないから、質はかなり落ちるが、それでもそんじょそこらの野菜には圧勝できる味と品質だ。
これからはこの防衛都市が、農作物でも有名になる日も、そう遠くないかもしれない。
そもそも、この広大な農地を作り上げたのには大きな理由がある。
第一の目的は食料の確保だ。これは説明するまでもない。
次いで、失業者の職の確保。一度この町を捨てた人々が直ぐに元の職に戻れるわけもなく、それに加え新たな住人の増加。それにより無職の人々が街に溢れてしまったのだ。
この巨大農場を運営するには、多くの農業従事者を必要とするので、これでかなりの住人が職を得られるだろう。街の外なので魔物に対する人員も必要となり、ハンター達への依頼も定期的にあるそうだ。
俺がやれることは全てやりきった。そう断言できるぐらいに、この三ヶ月は本当に大忙しだった。
でも、忙しくも、楽しい毎日だったな。
初めは怯え警戒していた町の人々だったが、この三ヶ月で警戒は信頼へと変化し、皆が「畑さん」や「守護者さん」等と親しげに呼んでくれるようになり、俺は町の一員として受け入れられている。
ここで、ずっと畑として生きるというのも、正直ありだとは思うが……俺はこの防衛都市を去ることを決めていた。
このまま居座り、運よく左足大将軍までも撃退できたとしよう。だが、それで終わりではない。彼らは魔王軍の中では下っ端の方だ。
彼らが負けたとなると魔王が本腰を入れ、ここの攻略に乗り出す可能性も高い。
そうなった時、俺は町の人たちを守りながら戦い続けられるだろうか。
おそらく無理だろう。前回の戦いは俺に対する情報が少なかったのが、勝利への大きな要因だろう。今度は相手も対策を練ってくる筈だ。
そうなった時、守りに徹しているだけでは……。
ならば、俺は――自分から魔物の国に乗り込む。
北門から伸びる一本道を進み、まずは左足大将軍と話し合ってみよう。
クョエコテクを三ヶ月観察し続けていて感じたことなのだが、魔物は話の全く通じない相手ではないということだ。やりようによっては、どうにか交渉に持ち込めるのではないかと、本気で考えている。
最終的には戦うことになるかも知れないが、相手を知ることも必要だと思う。
元々は人間だが、今は畑なのだ。人でも魔物でもない俺だからこそ、出来ることがあるのではないか。
その結論に達してからは町の復興に全力を尽くし、この日を迎えた。
明日の早朝、この町を出ることに決めている。この事は既にジェシカさんにも話を通していて、了承済みだ。
ふと空を見上げると、真黒なキャンパスに幾つもの星が瞬いていた。
畑になった当初はずっと空ばかり見ていたな。夜空も見慣れたものなのだが、いつ見ても綺麗で目を奪われてしまう。
満天の星空を見ていると、昔を懐かしんでしまい、この世界に来てからの日々が頭に浮かんでは、消えていく。
しかし、活動的な畑になったもんだ。
一生、あの山で静かに暮らすと思っていたのだが、そうはならないから人生――畑生は面白い。
規格外の畑なのだ。だったら、畑で無双しても何の問題もないよな。
畑の上で集まって眠る、ボタン、黒八咫、ウサッター、ウッサリーナ、ウサリオン、ウサッピー、そしてキコユ。
みんなを見つめていると自然に顔が綻ぶ――顔は無いから、今きっと土が柔らかく、仄かに温かく発熱しているだろう。
この子たちは全員俺に着いてくると言ってくれた。俺はもう一人じゃない。
畑の隅に置かれた磨き上げられている墓石の前に、土の腕を移動させて手を合わせる。
オータミお婆さん。見ての通り毎日楽しくやっているよ。今度は魔物の国に行くことになってね。どんな冒険が待っているのか今から楽しみでならないんだ。
だから、安心してください。俺はこの異世界に呼ばれて本当に良かったと、心底思っているから。
オータミお婆さん。この世界に呼んでくれて本当にありがとう。
俺の畑無双を空の向こうから見て、笑ってくれたらうれしいな。
そう伝えると、俺は墓石から離れ、集まって眠る皆の近くまで移動する。そして、土の腕で抱えるようにして、彼らを風から防ぎながら夜が明けるのを待っていた。
これにて三章終了となります。
本来ならここで終わる予定でしたのですが、もう一章続けることにしました。
次こそが最後の章ですので、最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。




