二十二話
フライング畑アタックゥゥゥゥゥ!
悦に浸っていた天使もどきの脳天に、俺のナイス畑が炸裂した。この技こそ、豊豚魔の人差将軍をも葬った、禁断の奥義!
圧倒的な質量による圧迫という単純明快な技なのだが、その威力が尋常ではない。地面に着地した際に縦揺れが発生したようで、俺が空中へとダイブした瞬間に逃げ出した面々が、大きく地面から跳ねた。
土もできるだけ硬化しておいたので、車に轢かれた小動物並に悲惨な死骸となる予定だった薬将軍だが……あれを耐えきったのか。
どうやら、咄嗟に風を円錐状に発生させ、風のドリルを作り出し俺の体内へと潜り込んだようだ。『硬質化』という加護で防いだとしても、地面にその体をめり込ますぐらいは出来ると踏んだのだが、その前に対応されてしまったのか。
ええと、現在畑の中心より下部に半径3メートルぐらいで球状の風を周囲に吹かせているのか。俺の土が押し出されて、体に丸い異物が混入している感じがする。
このまま、風を操り体内の土を削って移動しているようだが、よく風なんかで土を掘れるもんだ。やはり相当な威力だな、あの風。
さて、どうしてくれようか。
俺の体である畑の土を一気にすべて押しのける力は流石にないようだが、このままだと逃亡される恐れがある。
このまま窒息させる手段も考えはしたけど、風が周囲で動いているということは、当然空気もあるって事だよな。直径6メートルぐらいの空気の塊の中に人がいたら、どれぐらいの時間持つのか……くっ、ここでPCがあったらヤッホー知恵袋で質問するのに!
正直言って見当もつかないから、これは考えるだけ無駄か。となると、他に倒す手段を考えないと駄目だな。
今、薬将軍が進んでいる方向には何も埋めていないか……よし、迎え撃とう。俺の中で好き勝手に暴れられるなんて……許せないわっ! 傷モノにした責任を取ってもらわないとっ!
「畑様、どうなされたのですか……」
はっ、そういや、体内に隠していたのだった、キコユを。離れると呪いを打ち消す効果がなくなるので、無理をして連れて来ていたのを、すっかり忘れていたよ。
しまったー! 今のハイテンションなノリ聞かれてしまっていたか!?
いつものノリでやっちまっていたけど、だ、大丈夫だよね。
「感情の高まりを感じたのですが」
あ、うん、大丈夫だよ。ちょっと敵の将軍が畑の中に入り込んでいてね。今、対応中だから話は後で。
「そうだったのですね。わかりました、ご武運を」
ふーっ、大人しく引き下がってくれて助かった。最近油断して心の声がモロにキコユへ聞こえることが多発していて、幻滅されている気がするんだよな。
元々、あの子は過剰に俺を崇拝しているようなところがあったから、誤解が消えるのはいいのだけど、信頼が削れすぎて、いつか侮蔑へと変化しそうな気がする。
色々と自重しないとな。
よっし、意識を戻すぞ。相手の進路方向は左下の方向か。
上から押し潰されて、真下は道だから斜め下へと移動するという発想は間違いじゃない。だけど、俺は落下の勢いが良すぎて体が半分ぐらい道にめり込んでいる。
真下は通路だから除くとしても、実は他の方角はどっちに進んでもさほど距離は変わらない。
ちなみに今の畑スタイルは真四角タイプだ。サイコロの様な立方体になっている。大体、一辺46メートルちょいだろうか。
進行速度はかなり遅い。なら、少し先に高さ奥行きが10メートル程度の空間を作っておいて待ち構えよう。
ええと、必要なものは、あれと、これと……ああ、これも面白そうだ。相手はド変態みたいだから、趣向を凝らしたお迎えをすることにしよう。
「はて、外へ脱出したにしては暗すぎますね。ここは……」
もう、着いたのか。まずは、灯りがなくちゃ演出の意味がないよな。空洞の四隅に枯れた作物の葉や根っこを燃やして灯りを確保だ。
「いきなり火が。ふむ、ここは土の塊の空洞ですか。何もない殺風景な場所ですね」
内心は不明だが、見た感じ焦りもなく落ち着き払っているな。
では、歓迎のセレモニーを開始する。まずは、右腕左腕を召喚!
空洞の壁沿いに、右腕左腕を一対で四セット用意した。四方を土の腕で取り囲んでいる状態だ。
「なるほど、お得意の土の中に呼び込み、風を扱い辛い空間で一気に倒す策ですか。私がただの風操作の加護持ちなら、成す術もなかったのでしょうが……生憎私には硬質化があります。その腕で殴られたところで、損傷を与えることは難しいと思われますよ」
ご丁寧に解説ありがとうございます。
土の腕で殴って倒せるなら、こんな面倒なおもてなしはしないって。ここは出口のない密室。さて問題です。実生活において閉ざされた空間で、されて困ることは何でしょうか。
コタツを連想すると答えが出やすいと思います。それは――
「ふむ、その取り出した包丁で私を刺すのですか? 無駄ですよ。そんな刃物如きでは私を……何をしているのです?」
俺は土から包丁を取り出すと、続いて木の板を地面に置いた。そして、その板の上にヌワヌケ……つまりニンニクを置いて、包丁でみじん切りにしていく、それも大量に。
「野菜を大量に刻むところを見せてどうするつもりなのですか」
想像もつかない展開だろう!
四対の腕が山盛りのニンニクを刻み終えると、次に巨大なフライパンを取り出す。
そして、土の地面の一部を熱く滾らせ、その上にフライパンを置いた。
熱く熱したフライパンに油を注ぎ込み、ヌワヌケを刻んだ物を投入する。
「だから、何をして、何……ぐはああああっ! なんひゃ、ひょひょにほひはっ!」
高温で炒めることにより、ヌワヌケは匂いが強烈になり周辺へと飛散する。それが、臭いを特化して育て上げた、うちの畑産の野菜だったらどうなるのか。
閉ざされた空間に充満する、ニンニクの悪臭。個人的にはニンニクの匂い、嫌いじゃないが、それにも限度がある。臭い特化のこのヌワヌケはどれぐらい強烈かというと、間違ってこれを嗅いだボタンが泡を口から吐いて、痙攣するレベルだ!
動けない畑時代にこれで炒め物を作ったら、誰も食べてくれなかったどころか、臭いが地面にしみこんで、数日の間誰も近寄ってくれなかったんだよな……。
俺はその臭いをどう対策しているかというと、視覚移動が出来るなら嗅覚とかの移動も可能じゃないかと、鍛錬を続けた成果が発揮されているとだけ言っておこう。
鼻を摘み、風でガードしているとはいえ、風に溶け込んだ臭いが沁みこんでくるのだろう、涙目で耐えてはいるが、かなりきつそうだ。
風をドリル状にして土を削って逃げる手もあるのだが、そんなことをしたら一気に臭いが流れ込む。この空間を支配しているのはヌワヌケの臭いだからなっ!
全力で風の防壁を張って耐えているようだが、そろそろかな。
「息が……何だと、何故……はぁはぁ、ぐほっ、臭いが、息が……く、苦し……ぃ」
風が止み、口と胸元を抑え薬将軍が膝をついた。
息を吸えば悪臭。それでも吸わなければ生きていけない。だというのに、呼吸すらできない現状。
「ど……はぁはぁ……息が……にお……い……」
喉元を抑えながら、薬将軍がゆっくりと地面に倒れ落ちた。
思ったより上手くいったようだ。このニンニク炒めはカモフラージュと嫌がらせで、本来の目的は四隅で燃やしている火だ。
相手が華麗な手さばきによるニンニク炒めに集中している間に、俺は火に大量の枯れた葉や薪をくべていき、火は当初の数倍の火力へと変化している。
簡単な理科の実験だな。物を燃焼させて、密室の酸素を無くした。ただそれだけのことだ。どれだけ体が硬かろうが呼吸ができなければ、どうしようもない。
相手は無機物ではなく生き物なのだから。
この作戦は名づけて、金髪碧眼のニンニク風味、窒息和え。だ! うむ、中々いいネーミングを考えられて満足した。
白目を剥いて完全に動かなくなっているのを確認すると、シテミウマの蔓でぐるぐる巻きにしておく。涎と鼻水に白目という色男が台無しな顔だな。スマホがあれば写真とっておきたいぐらいだ。
どうにか生きているようだが……こいつは捕虜にしないでおこう。加護が強力すぎて正直、抑え切れる自信が無い。性格も拷問好きの変態っぽかったしな。平和の為に、このまま肥やしになってもらおう。
念の為に臭いの染み込んだ土で相手の体を密封して、畑の隅に埋めておいた。
呼吸が止まったので『腐食』『吸収』を発動しておく。っと、この密室の空気も換気しておこう。上から吐き出すと味方に迷惑がかかりそうだから、谷に排出するとするか。
これで、防衛戦は勝利ということでいいのかな。
視界を外に移したが、飛行部隊が戻ってきていないようだし。暴風がもうすぐ戻る時刻だから、今日はもうちょっかいを掛けてこないだろう。
はあああああぁ、長い防衛戦だった。
たった一日で、色々あり過ぎたな。これでようやく、落ち着けそうだ。
「守護者殿、どうなりましたか!」
ハヤチさんが真剣な面持ちで俺に向かって叫んでいる。皆には何が起こっているか、全くわからないもんな。そりゃ不安にもなるか。
じゃあ、通訳はキコユにやってもらおう。ずっと、土の中で待機だったから、そろそろ新鮮な空気を吸わせてあげたいしね。
畑の側面から外へ滑り出るようにキコユが現れると、既に顔見知りの面々が取り囲んでいる。
「皆さん、落ち着いてください。薬将軍は畑様が滅ぼし、吸収しました。脅威は去ったのです」
「そうか……我々の勝利だ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
武器を掲げ勝ちどきを上げるハヤチさんに呼応して、兵士たちが一斉に叫ぶ。
執事のステックさんやメイドのモウダーさんも、いつもの作った笑顔や、動物を相手にした時の狂気すら感じさせる表情ではなく、自然に顔をほころばせている。
ゴウライさんは地面に寝そべり満足げに口元を緩ませ、クョエコテクの下僕軍団も疲れは隠しきれない様子で、全員が座り込んでいる。
ボタンや黒八咫、ウサッター一家も疲労がたまっているな。全匹が密集して目を閉じて休息をとっているようだ。
皆、本当にご苦労様。町に戻ったら、盛大に祝勝会でも開くとしようか。
料理は勿論任せてもらおう。この土の腕を存分に振るって、満足する料理を提供するよ。
疲れ果てている面々を見つめていると、微かに風の鳴る音が耳に届き、思わず身構えてしまった。
だが、直ぐに緊張を解いた。それは援軍でも、殺したはずの薬将軍が蘇ったのでもなく、谷底から吹き上げる風が復活しただけだったからだ。
これで、あの飛行部隊が舞い戻る心配もゼロになった。出来ることなら敵がこれで諦めてくれたらいいのだけど。
そんなことを願いながら帰路に着こうとした、その時。
「うぐっ、こ、これはっ!」
「げほっ、げほっ!」
全員が口元を押さえ苦しみ出した!
油断したところを見計らって、敵が仕掛けてきたのか!?
慌てて周囲を見回すが、何処にも敵の気配が無い。だが、味方全員が地面の土を爪で掻き、口元を押さえながら、必死になって何かに耐えている。くそっ、何者の仕業だっ!
憤る俺の耳に、苦しそうに喘ぐ誰かの声が微かに届いてきた。
「臭い……なんだ、この……悪臭……ぐはっ」
「鼻が鼻が曲がるっ」
あっ、谷風が俺の廃棄したヌワヌケの臭いを舞い上げて……。
だ、誰だっ! こんな悪臭を不法投棄したのはっ!




